「新郎様、起きてください。新婦様のご準備が整いましたよ」
目が覚める。ゆっくりと意識が覚醒していく。こんな大事な時に寝ているなんて、自分でも少しおかしいとは思う。まぁでも、支度に時間がかかっているので仕方ない気もする。
「あなた。行きましょうか」
後ろから声をかけられる。どうやら準備が出来たみたいだ。振り返るとそこにはウエディングドレスを身にまとった美しい彼女がいた。化粧と衣装も相まってか、いつもと違う彼女に胸がうるさくて仕方ない。
そこまで考えて、さっきまで見ていた夢を思い出した。君と出会った高校二年生の時の、あの夢のような日々を。
「焼肉定食、焼肉抜きで」
いつもと同じ決まりきった注文を告げる。学食のおばちゃんはああまたか。と慣れた手つきで俺に配膳する。そんな俺を見てなんだあいつは、等と言う人間がいるがそんなことは大した問題ではない。
この学食では焼肉定食の焼肉抜きを注文することにより、ライスと同等の値段を有しながらお新香とみそ汁が付くのだ。こんなお得な物を知らないなんてあいつらは人生を損しているに違いない。
また、水も飲み放題であることから学食は最高である。そう結論付けるを得ないだろう。水を注ぎ、胃の中に流し込む。うん美味しい。
「あ、ワリ」
後ろから比較的大きめの衝撃を感じる。この程度、体を鍛えておらず体力に一抹の不安が残る俺でもなんてことは無い。平常時なら、の話だが。
水を飲んでいた俺には致命的な一撃となった。顔にかかる冷たい感触。ご機嫌だった俺の心が一瞬にして冷静になる。足早に立ち去っていく件のヤツを尻目に、学食は最悪だ。そう結論を修正した。
気分が落ち着いた俺には陰口が良く聞こえる。一人だから何だと言うのだろうか。一人の素晴らしさをわからない彼らとは恐らく、二度とかかわることは無いだろう。故に気にする必要はない。
いつもの席に腰を下ろそうとしたとき、左から自分のところに座ろうとする少女を見つける。ここは俺が毎日座っている席だ。機嫌が少々悪く、大人げないが彼女には席を移ってもらおう。
「「あの」」
声が被る。少し、いやそこそこ恥ずかしい。少女はきまりが悪そうに顔を俯かせている。よくよく見てみると、少女の身にまとっている物はこの学校の制服ではない。転校生だろうか。少し色が入った髪をそのままおろしている。
いつの間にか陰口に対して感じていた怒りは鳴りを潜め、寧ろ彼女に対しての申し訳なさを感じてしまっていた。転校して早々、知り合いもいないだろう。そんな中、席を見つけたと思えば絡まれる。不幸でしかないだろう。
「すまんな。俺が席を移る」
「いえ、こちらの方が申し訳ないことを。席を移るのは私です」
この女、お人好しか引っ込み思案なのか。あるいは恥ずかしがり屋か。俯いたままでそう口にする。間違っているのは俺だからそうしてもらう訳には行かないだろう。
「いや、見たところお前転校生だろ。色々と疲れているんじゃないか。それにこの食堂は席が早々空かない。これは運が良かっただけだ。ここに居ろ」
「見ず知らずの方にそんな親切をしていただいたという事実だけで十分です。ありがとうございます。私こう見えて体力があるので平気です」
ああ言えばこう言う。親切の押し付け合いをしている内に自分たちが目立ってしまっていたことに気が付く。彼女はより顔を俯かせる。これは嫌だな。
「あの、これ恥ずかしいですし新しく席を見つけるのも大変そうなんで一緒に食べましょう。勿論ご不満ならいなくなりますよ」
そこまで言わせてしまっては人としてどうかしてるだろう。俺は会釈をし、同席する。飯を食べながら彼女をこっそり観察する。さっきの一件で少し興味が湧いたからだ。自己犠牲というかそういうところが特に。勿論勉強もしつつ彼女を見ていることは隠して、だ。
見たところ彼女のお盆に乗っているのは水とおにぎりだけのようだ。俺が言うのもなんだが、少ないような気もする。ダイエットするほどの体型にも見えないし、よくわからん。もっとよく観察をしようと思った時、こちらに話しかけてくる。以前俯いたままではあるが。
「勉強、お食事中もするなんてすごいですね。私では真似できません」
「そんなことは無い。昔は勉強もしていなかったしバカだったからな」
おかしい。なぜこんなことを言ってしまうのだろう。少し考えた程度では思いつかない。楽しいのは自分語りしている方だけなのに。考え事をしていたからだろうか、テストを見せて欲しいと言われ、特に何も考えず渡してしまった。
先ほどまで落ち着いていた彼女が何故だか動揺している。俺のテスト用紙を握りしめながら。何かまずいことをしただろうか。彼女の一挙一動に注目していたからか、騒がしい食堂でも、次に言う言葉が鮮明に聞こえた。
「風太郎君なの」
恐らく意図して言ったわけじゃないだろう。俯いた顔を初めて上げながら、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。何だろう、初めて見る顔のはずなのになぜか既視感がある。芸能人に似ているとかそういう類では無いだろう。俺の直感がそう断言する。なら、俺を風太郎君と言う少女を考える。少し考えて直ぐに思い出す。あの時、俺を救ってくれた彼女を。
「わ、私行くから。今日はありがとう」
足早に去ろうとする。先ほどまでの口調が崩れている。間違いなく
「オイ待て。お前、もしかして」
言う前に彼女は走り去っていった。追いかけようとするも足が速すぎて追いつけない。俺は一応男なんだがな。テーブルに座り直し、生徒手帳を懐から出す。写真を確認して間違いではないことを悟る。彼女には逃げられたが、同じ学校にいる以上、いつかは会えるだろう。
ポケットから振動が伝わり、滅多に鳴ることのない携帯に連絡が入る。らいはか親父だろう。連絡の内容は、家庭教師のバイトを俺がやること。相場は三倍だという事。その生徒は俺の学校に転校してきて、かつ同級生だそうだ。借金が無くなりそうなことも嬉しいが、もっと嬉しいことがある。彼女とは意外と直ぐに会えそうだ。
「中野四葉です。よろしくお願いします」
小さな声でそう言い、ゆっくりと自分の席を目指す。どうやら俺に気付いたようだ。あからさまに表情を変える。そんなに悪いことをしただろうか。何にせよ言う事がある。可能な限りの笑顔で、
「さっきはありがとう。5年前もありがとう」
そう言った。