折角新しい学校に来て、環境は変わったのにやる気は何も出なかった。自分がやらなければいけないことは分かっている。皆への贖罪だ。自分のせいで彼女たちの輝かしい経歴に泥を塗る形になってしまった。表向きは転校という事で公にはならなかったが、真実は大体が分かっているようだった。それはそうだ。優等生の彼女たちがそういったことには無縁だからだ。私を庇った、そういう事だ。
謝ろう。そう考えても身体が自然と震え、無意識の内に奥歯がガタガタと鳴る。長い間ずっと植え付けられた彼女たちへのコンプレックス。そう言ってしまえば聞こえはいいが、結局私は逃げているだけなのだ。何かを言われるのが怖いから。どういう反応をされるか分からないから。私と違って彼女たちは優秀だ。私に出来ること等、何もない。する資格もない。
せめて、今回だけは絶対に落第しては行けない。怖かったが、姉妹に比べればまだ我慢できた。幻滅させてしまっただろうか。失望されているだろうか。無表情のお父さんにお願いして家庭教師を雇ってもらうことにした。結局私の本質は他力本願なのだ。自分一人では何もできないくせに五人でいることからも逃げたのに。
体力だけしか能がない私でも慣れない土地と、悪目立ちする昔の制服のせいでかなり疲れてしまった。恐らくそれすらもドンドン衰えていき、じきに何も出来ない死を待つ人間になるのだろう。やはり自分は早くこの世からいなくなるべきなのだ。この大事な時期は良くないか。成人までは待たなければ。
あ、見つけた。ようやく、と言っても数分くらいなのだが。とにかく今は休みたい。見つけた席に座ろうとしたが、同時に見知らぬ男子生徒もそれをしようとしていた。休みたいとは思ったが下手にいざこざを起こすほどでもない。タイミングが被ってしまっただけで決して害を与えようとしていたわけではない。だから、許してほしい。
変なことになってしまった。まさか私が見知らぬ男の人と昼を一緒するなんて。まぁ、あの状況のままなら更に目立ってしまう可能性もあった。それは正面にいる彼にも迷惑を掛けてしまうことになる。そういえば、彼の顔を見ていなかった。私なんかに親切にしてくれた人だ。顔くらいは覚えて恩は返したい。一番返すべき相手にはずっと借り続けているのが問題だが。
似ている。というかこの人はもしかして本人なのでは無いだろうか。少し感じは違うが、面影がある。身体を通る全身の血液が一気に沸騰する。確信が欲しい。何でもいい。身分証明書までとは言わない。名前さえわかればいい。落ち着いて、決して真意を悟られないように彼のテスト用紙を見せてもらう。違ってくれと願って。
こういう時の勘はよく当たるのだ。名前の欄には上杉 風太郎と書かれていた。テストの点数は100点。私とは、大違いだ。元々彼は頭が良くなかった。私とスタートラインは同じだったはずだ。きっと彼も最初は上手くいかなかったに違いない。そこで努力を積み重ねたか、諦めたか。そこでこうまで変わってしまったのだ。
こんな姿、絶対に見せたくない。彼にはあの時の思い出のままでいさせてあげたかった。幻滅されたくない。大体、あんな昔の事でたった一日の出来事だ。何故私は今まで覚えていたのだろうか。重い。その二文字が脳裏に浮かんだ。きっと彼は忘れている。何事もなかったかのように立ち去って、それでいい。それで良い思い出になる。
私と違って最後まで努力をし続けた貴方は眩しすぎて、一緒の空間にいるだけでもおこがましい。大丈夫だ。大丈夫なはずだ。どうやら私は相当動揺していたらしい。平静を装っていたつもりだったのに。一花とは違って演技も下手だ。自分から墓穴を掘ったが、きっと思い出してはいない。
爆発しそうな感情を必死に押し殺してその場を後にする。歩いていたつもりが気が付いたら早足になり、全力で走っていた。ここから一刻も早くいなくなりたかった。午後からは普通に授業がある。上がった息を抑えながらゆっくりと深呼吸をし身体を落ち着ける。私はまだ笑えているだろうか。
こういう風に目立つのは好きではない。昔は何度か壇上に上がって表彰をされたりはした。嬉しかった。全校のみんなが、チームメイト全員が私を祝福をしてくれているとその時は思っていた。本当はお前の事なんか誰も本気でおめでとうだなんて思っていないのに。視線を浴びて一瞬意識が遠のきそうになる。拳を握りしめてどうにかそれを回避する。大丈夫だ。この人たちはまだ、私の事を知らないのだから。すぐに私の汚いところに気が付くだろうから、最初で最後だろう。こんなのは。
可能な限り、明るくいったつもりだ。私の事は気にしないで欲しい。何かされなければこちらから害になる事は一切しない。居るだけでどうにかなるなら、それは本当にごめんなさい。どうせ嫌われるから意味はないけど、最初から印象を悪くして良いことは無いと思う。
彼がいた。途端に先ほどまでの決心が崩れそうになる。表情を変えるな。演技をし続けろ。私は初めて会ったクラスメイトの中野四葉だ。ここで何かをするのは不自然だ。期待なんかするな。どうせお前の事なんか何も思っちゃいない。さっきので迷惑に思っているの決まっている。これからは彼に関わらず、毎日頑張ろう。そんな決意はあっけなく崩れた。
まさか、覚えていていたのか。私の独りよがりでは無かったのか。嬉しい。いや、正常になれ。きっと何かの間違いだ。何より私があの時にあった人だ、なんて思われたくない。彼の思い出に傷をつけてしまう。自分ではダメだ。あの時は恨んでいたけど彼と会っていたのは私だけでは無かった。
一花。長女として私たちの指針になり続けていた。彼女なら彼に相応しい。彼女は私を許してくれるだろうか。そんな甘えた考えをしていてはダメだ。一生この罪は背負わなければならないのだ。私はどうすればいいのだろうか。妙案が浮かぶはずもない。どこか上の空だった私をクラスメイト達はどこか不気味そうに見ていた。どうせいなくなるなら早い方が辛くない。
私なんかに構わないで欲しい。あれから彼は暇があれば私を追ってくる。十中八九私の事を思い出したと考えてもよさそうだ。いっそのこと、私の事をずっと追う事で私を見てくれるなら永遠に逃げてもいいのだ。そんなはずがない。このままではダメだ。いつかは決着を着けなければいけない。いつお前に愛想をつかしてくるか分からないんだぞ。でも、私は臆病だから。面と向かって話す資格もない。
お昼を食べながら、内心では気にしていない様な素振りを見せ、彼を観察する。私を探しているのが見て取れる。もしも捕まったら何をしてあげれば彼の為になるだろうか。彼と目が合う。多分気付かれた。幸い私の机に上がっている食べ物はもう無い。胃袋の中に収まってしまった。さぁ、いつでも来て。ご飯を食べた後でもまだ勝てるはずだ。
あれは二乃かな。なんで風太郎君と話しているんだろう。そんなことを思って良いはずがないのに、なぜか私の心がざわざわした。もしかして二乃は彼の事が好きなのかな。お互い頭もいいし気も合いそうだ。優しいし欠点らしいところも見えない。二人はお似合いだ。
気が付けば私は食堂から離れ、トイレに居た。大丈夫。私は笑えている。顔が余りにも作り物みたいで気持ち悪くて吐いた。胃には何も残っていない。
私は彼のことが大好きだ。愛している。ただ、その思いは一方通行であるし、決して考えていい事でもない。夢なんて持つだけ無駄だ。そう言い聞かせるも私は中々往生際が悪い。頭では自覚しているだろう。なのに何故。好きだからだ。それ以外に理由はない。
もし、有り得ないことだけれど、性格も良くて頭が良くて人望もあり運動もできる。そんな素晴らしい人間になれたら。そこまで行かずともせめて貴方のように努力をして勉強が出来るようになったならば。その時はもう一度貴方のそばに行ってもいいですか。今更なんて言葉はこの世には無い。今から諦めなければまだ可能性はある。私だって、必要とされる人になれる。
気持ちはどこか晴れ晴れとしていた。目標が出来たのだ。逃げ続けた私だけど、今度こそ。出来ないなりに必死に頑張らなければいけない。もうすぐ家庭教師の方が来る。どうやら同年代らしい。自分でやってもどうしようもなかったが、今日から私は変わるんだ。久々に会話をした。あいさつ程度だけど。それでも大きな進歩だ。
何で。どうして貴方なの。頭の思考が途端に追いつかなくなる。先ほどまでの決意が音を立てて崩れ去る。どうやらまた無理みたいだ。こんな風にすぐ諦める私が本当に嫌いだ。何もしたこともない。それなのに諦めることだけは一人前なのだ。私が生徒でごめんなさい。もうかんがえるのもおっくうになってきた。かみさま、わたしはそこまであなたにきらわれなければいけませんか。