こういう所が原因なのだ。私がいつまでも私なのは。彼にはもう私という人間が分かられてしまっているのに往生際が悪い。貴方を私という鎖で縛りたくないという意図が一応あった。だが、それは昔の思い出の人に拒絶されたらショックだろう。私だって彼に一方的に嫌われたらどうなってしまうかわからない。自分がされて嫌なことはしない。そんなの小学生でもわかることだ。私はそれ以下だったのだが。
頭が痛くなる。やはり、彼は私という幻想に囚われている。思い出は素晴らしいものだが、時として美化されてしまうものだ。話したくはなかったが、仕方が無い。私は昔話が嫌いだ。自分の嫌なところ、避けてきて蓋をしていたものを無理矢理直視させられてしまうから。この気まずさも正直辛い。ここから事態が好転するとは到底思わないが、決めた。
そうして私は大して面白みもない一人の女の過去を話した。ほんの一部分ではあるが、私という女を知るためには十分だろう。前に覚えていて嬉しかったと思ったが、昔の明るくて元気な四葉ちゃんはいないのだ。なぜあの時は何でもできると無意識に考えていたのだろうか。そんな保証がどこにあるというのだろうか。あの時に戻りたい。今度は彼に会わないために。
どうにか最後まで話しきる事が出来た。こんな風になってしまった経緯、昔からの想い、そして貴方にやってしまった罪。口を開けばもう止まらない。本当はずっと話したかった。こんな機会じゃなくて貴方の友達、恋人として。そこまでは願いすぎだろう。そこまで思う資格何て私にはない。
あれ。私は何を言っているんだろうか。なぜ彼の重荷になるようなことをそんな軽はずみに言う事が出来るのか。確かにそれは紛れもない私の本心だ。貴女が家庭教師で嬉しかったし頼っても良いんじゃないかとも考えてしまった。そこまではかなりギリギリだけどどうにかセーフと言えなくもない。はず。
なんだ。そこまでしていいと誰が言ったんだ。誰がお前がそんなの許可をした。こんな風に滅茶苦茶に言葉の大洪水を引き起こした後にこのダメ押しだ。本当に私は私だ。ここまで来るといっその事呆れてくる。もう家庭教師としての関係すらも放棄することは無かっただろう。それだけの事と考えていい。
出来れば通報とかはしないで欲しい。刑務所にぶち込まれるくらいなら構わないが、彼に近づくことが今後罪になってしまうのは嫌だ。遠くからでも見ていたい。自分勝手な考えをする私に嫌になる。
何故か彼はそんな私を受け入れてくれた。何故だろうか。考えて直ぐに結論にまで至る。彼は昔貧乏だと言っていた。この家庭教師のバイトをクビになってしまうのは彼の思うとする事では無いのだろう。そうだとしても、嘘だとしても彼からの甘い言葉は本当に甘美だ。どんな麻薬よりも効果がありそうだ。流石にまだやったことは無いが。
身体が熱を持つ。私は単純だ。頭では理解していてもそれだけで大きな高揚感を持ってしまう。自分の今の姿を見たら心底みっともないに違いない。
サラっと自分の昔の呼び方を通す。上杉さんは流石に他人行儀過ぎる。そういう事だと言い聞かせる。結局昔の私を感じて欲しいのだ。今の私とは違い、輝いていた。そう言える時だけはせめてあの時のような素敵な自分に戻れればいいな。そう考えながら。
私で欲情してくれているのかな。見てくれだけは一応自信がある。今は見る影もないけど、昔は美人5姉妹と言われたこともあったのだ。姉妹全員容姿だけはよく似ている。一花は芸能界で働いていることもあるしそれは今でもどうにか見られるレベルだとは思う。皆とはこれ以上ないほどの劣化だが。
大丈夫だ。そういう関係でなら私をそういう風に見ることは無いはずだ。彼はお金を稼ぐ。私は彼に教えられながら勉強をする。私のメリットしかないこれもビジネスパートナーということなら何ら問題ない。貴方の顔が見られるだけで私にとっては幸せです。これからもよろしくお願いします。
まぁ、勉強中は色々あった。昔のバカみたいなリボンがバレて恥ずかしくてもう穴があったら入りたいという感じになったり、その弾みで彼の事を押し倒したりしてしまった。多分無理矢理事に及ぶことは可能だ。正直、興奮する。関係が切れそうになったら身体でもなんでも使ってしまうのは全然アリなのではないか。彼だって一応年頃の男である。満足してもらえるかは分からないが、というか私に得がありすぎる。
それに5教科合わせて100点というどうしようもない点数も取って軽いうつ病にかかりそうだった所も慰めてもらった。教師としての彼にならしてもらえるだろうと思ったが案の定その通りだった。悲しそうな表情をすれば、応えてくれる。至福の時間が終わりそうだったから、分からないことがあると無理矢理引き延ばす。全てが打算ありきなのだ。
流石にこの時間ではマズいだろう、そう考えたのか彼は帰ってしまう。今日はこれでも十分だ。やはり彼は相当頭がいい。教えるのも丁寧だし、私の事を考えてくれている。この調子でいけば目標は達成できそうだと楽観的に考える。そして同時にそうなってしまった時、彼とは赤の他人になってしまう。そんなのは嫌だ。
三玖だ。どうやら盗み聞きをされてしまっていたらしい。私がこういう事を言うのも変だと思うかもしれないが、それはやって良いことと悪いことのラインを越えている。もしかして彼女は私に残されたたった一つの希望すらも摘んでくるのだろうか。そう思うと自然に心が穏やかでなくなってくる。彼に見られたことに気が付いてどうにか取り繕う。みっともない。
もうこんな私を見せたくない。さっきまでそんなこと考えていなかったのに今は早く帰って欲しいとそう願うだけになっていた。最低限、客人は送るのが礼儀だろう。私だってそこくらいはわきまえているつもりだ。
私はこの時間が楽しかった。こんな日がこれから続いていくのかと思うとそれこそ天にも昇る気持ちだ。しかし、それは私だけだ。最後の最後にして大きな失態を犯してしまった。そういう言い方をすればそこまでは何もしていなかったという事になってしまうが、それ以上にあれは擁護出来ない。嫉妬に狂った女。客観的に見たらそうにしか思えない。ただのビジネスパートナー風情なのに。
結局、自分を許せない。彼を突き放す言い方をしてしまった。どうすればよかったのだろうか。彼女たちの様に頭が良ければ最適解を導き、何事もなく一日を終えれたのかもしれない。たらればなど、考えるだけ無駄だ
と言うのに。自分のやることなすこと全てが裏目に出ている。
下に落ちた水滴を見て雨が降って来たのかと勘違いしたがここは室内だ。ではこれは。考えて答えは直ぐに出たがどうにかそれ以外の解を見つける努力をした。だってそれが本当なら私は何てあさましい女なのだろうか。泣けば全てが許される。そう思われてしまっても仕方が無い。目を痛いほどにこする。
呆然としたまま部屋に戻る。さっきまでここに風太郎君がいたなんて夢のようだ。しかし紛れもない現実。ここには彼がいた痕跡がある。髪の毛はきちんと取っておこう。そうしてそれを採集しているときに部屋の隅に見知らぬ物を見つけた。これは生徒手帳か。先ほどのもみ合い未遂が原因か。一瞬今から急いで下に戻れば間に合うかもしれない。そう考えたが、車に追いつくのは流石に無理だ。
これで明日話し掛ける口実をどうにか見つける事が出来た。一応彼のプライバシーに関わることも考慮して最後の一線を越えるのはやめにした。盗み見されて誰が喜ぶか。
彼が休み。その事実を知ってから動揺が収まらなかった。高校までなってくると原因までは言う事は少ない。せいぜい忌引かどうか、くらいか。引き金となったのは間違いなく昨日の一件だろう。身体が弱そうには見えない。考えて考えて、気が付けばもう放課後になってしまった。
この際手段を選んでいる余裕など一切私には無い。鞄に仕舞っておいた生徒手帳を取り出し、中身を躊躇なく見る。罪悪感はもう無くなっていた。分かったことは二つ。彼の住所とあの時二人で撮った写真だ。少し考えて、仮説にもなっていない様な妄想が浮かぶ。もしかしたらあの事は私以上に彼に影響を与えているのではないか。と。
そんなどうでも良いと思っている決心一つでここまで勉強を頑張れる事が出来るだろうか。状況としては可能性は限りなく薄い。しかしこれにしか私が縋ることのできる糸はないだろう。悪魔じみた計画を実行しなければならない。これをするためには私であってはいけない。尚且つ全てを語ってそれでいて受け入れてもらうしかない。
家にまで着く。もうここまで来たのだ。後戻りは出来ない。震える足を無理矢理動かしながら彼の元に向かい、チャイムを鳴らす。今の私は
風邪を引いたという事を知り、内心ガッツポーズをする。そうか、私を避けていたわけでは無かったのだな。それだけでさっきまで焦っていた頭が何故か冷静になってくる。ここはお見舞いに来ただけだ。無理矢理危ない橋を渡る必要は無い。いいや、最初からの計画を実行に移すんだ。ここまで来て退くことは有り得ない。二つの考えが浮かぶ。私は悩んで後者を取った。
全てが上手くいった。私から一花だとは言っていない。彼はここまで行っても受け入れてくれたんだ。もういいだろう。彼に看病をしてあげられないことは本当に申し訳ないが断腸の思いでここから立ち去った。
私からアプローチをかけても良かったのだが、彼から手紙を貰った。ラブレターだと少し思った私は脳内がお花畑だ。そうじゃないにしろ昨日の決意は本物だろう。彼の目がなによりそれを物語っていた。九割ほどの勝ちが見える賭けにすらならない賭けだ。私は何度も博打を打っているのだ。最後の最後くらい成功するだろう。
やっぱり風太郎君は本物だ。一昨日やった事が頭にしっかり残っている。本当は私の前に家庭教師をしていたのかと疑うくらいに。もしそれが誰であれ嫉妬で狂ってしまう。そうだとしても、これからは私も成長していくのだ。何となく頭が良くなってくれるはずだという確信が持てた。
昼休みになった。屋上へ行こう。大丈夫だと自分に言い聞かせる。自分は信じられないけど貴方なら信じられる。貴方の事が大好きだよ。
誤字訂正が実は今まで一回も来てないんですよね。自分で言うのもなんですが、不安です。
そんな完璧に行くはずがないので。