やっと会えた。   作:サラメンス

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お久しぶりです。色々と落ち着いてきたので戻って参りました。投稿が遅れに遅れ本当に申し訳ありません。今後は再開していきたいのでどうぞよろしくお願いします。

見てくれる人そもそもいるのかという疑問はさておき。


12

 授業というものは案外簡単に過ぎてしまうものである。真面目にやっても何か他の考え事をしていたとしても、だ。ならば楽しいことをやっていればいいという事になってしまうだろう。だがそれはどちらを選ぶ方がこれからの人生で役に立つのかという基準であれば話は別になってくる。

 

よく、これは大人になったら使わないだの自分の進路に関係が無いからと切り捨ててしまう人もいる。俺もそこに関しては同意見だ。実際数学など冗談抜きにいらないだろう。人として生きていくなら算数だけでも十二分だ。だが、大事なのはそこではなくあまり必要のなさそうな事、もしくは自分のやりたくないことを全力で頑張る事では無いだろうか。

 

その点から言えばこれは自分のやりたくないことであり、そこから逃げてしまう事は正直良くない。分かってはいる。だがしかし、頭ではわかっていてもイマイチ行動にそれは反映されてくれない。自分の未来について考えてみる。近い先であれば何個も思いつくが、もっと先になると想像もつかない。

 

だがこれだけは言える。俺は将来何をするかについては特に決まってはいないが、少なくともこの道に進むことは無い。人生何があるかは分からないと言う事はよく聞く。しかしながらこの先俺の人生観を揺るがすような大きなことが起こらない限りは安泰だろう。

 

俺はグラウンドをひたすら走るという何の生産性も無いとしか言いようがない状況に内心で愚痴をこぼす。何度でも言う。俺は運動が苦手だ。わざわざそんな人間にこんな苦しみを与えるのはもう拷問に等しいだろう。義務教育を抜け出したとは言え、高等教育の場で平然とこんなことがまかり通ってしまうこの世の中は普通じゃない。

 

ああ、早く放課後になってくれ。そして最近学ぶことに目覚め始めた(と俺は思っている)四葉に勉強を教えてやりたい。そして自分のことを認められるようになって、あの時のような、眩しいくらいの四葉を横から見ていたい。そんな現実逃避してしまうほどには身体にガタが来てしまっている。

 

何故か視界が歪んできて世界がどこか遠くの方に行ってしまったような、そんな不思議な感覚に襲われる。頭が重いな、そう思ったら次の瞬間鈍い痛みが全身を伝わる。恨めしいくらいに照り付ける太陽をぼやっと認識した後、やはり体育許すまじとどこか見当違いの恨みを向ける。そして俺はそのまま暗い夜の中に入って行った。

 

 

 

 ゾクゾクするような冷たさに俺は無理矢理意識をこちらに戻される。どうやら俺は熱中症の餌食になっていたらしい。目の前にいるがっしりとしたジャージを着た男を頭が認識してそう判断した。自分の額には冷えピタ、首元や脇周辺もしっかりと保冷材で固定されており、ぶっちゃけちょっと冷たいので早いとこ外したい。

 

あたふたと動いていたその男は俺の意識が戻っていることに気が付いたらしく、「大丈夫か」などと言いながら俺に自販機で買ったであろうスポーツドリンクを飲ませてくる。良く冷えたそれは不思議と身体に染み渡り、俺を冷静にさせてくれる。

 

結構時間が経ってしまったと考え、辺りを見渡す。すぐに見つかった時計がそれを否定し、まだ授業も半分に差し掛かるかという所だった。そして俺は保健室まで運び込まれたのだという事もわかった。

 

ということは逆算して考えて俺は10分走った程度で倒れたことになる。夏の暑さを考慮しても弱すぎる。少し悲しくなってくる。養護教諭の姿は見えない。朝出張の関係で不在だと担任が言っていたような気がする。

 

「どうする、まだ休むか。もしくはこのあとも走るか」

 

意識を取り戻した俺にこの後の行動を委ねてくる。正直身体的にはそんなにしんどくない。水分補給もして寧ろコンディション的には体育をやる前よりも良いと言える。だが俺がその質問に正直に答えるわけがないだろう。幸い大義名分も出来た。たまにはさぼることも許してくれ。

 

「まだちょっとしんどいので、この時間までは保健室で休ませてください」

 

「そうだよな。この時間はゆっくり休め。俺はこの後も他の生徒に教えなきゃいけないから行ってくる。中野、すまないがよろしく頼むな」

 

俺の言う事を何となくわかっていたのだろう。大きく頷き何かを口走り彼は保健室を後にして行った。緊急時だし廊下も走ったんだろうな。俺を抱えて走るとか流石体育教師だな。じゃあ俺は窓から見えるグラウンドで馬車馬のごとく走らさせるクラスメイトを尻目にゆっくりと目をつぶって、ん?何かおかしくはないか。中野って誰だ。

 

再度保健室を見渡すとヘッドフォンを肩にかけた少女を発見する。やたらと楽しそうな彼女とは反対に俺は先ほどまでの高揚感が落ちていく。お前かよ。

 

「任せて、先生。私がフータローをバッチリ看病してあげる。何、そんな露骨に嫌な顔されたら私だって傷つくから」

 

先ほどまでのやや嘘くさい表情よりも似合う無表情が素敵な少女、三玖が居た。

 

 

 

「だから、別に何も理由は無いから。私も体育がしんどくて丁度いいところで倒れた貴方を見つけてその船に乗っただけ」

 

「それも中々に酷いけどな。それは兎も角、悪かった。色々と疑って。あんまりいい印象を持っていなかっただけでそういうのは良くなかったと思う」

 

最初に三玖の顔を見て思ったことは、四葉に関することで何か俺に言いたいことがあるのかとかまあそういう感じの事だ。何やら意味深な事を俺に告げてからの今回であったので、どうしてもそういう風に思ってしまっていた。

 

よくよく考えてみたら優等生で成績優秀であるらしい三玖がわざわざそのためだけに授業をサボって俺に何か言いたいことがあるはずもない。完全に取り越し苦労だったという訳だ。それはそれとして俺は次の時間に備えて英気を養うためゆっくり休んでいよう。ベッドで寝っ転がりながらボーっとしていると暇になったのかこちらに向かって歩みを進めてくる。

 

「その顔、もしかして私を疑っているでしょ。いいよ、仕方が無いから教えてあげる。クラスでは走るのが一番遅かった。ほらこれで体育が嫌になったことの信ぴょう性が増すでしょ」

 

ベッドに腰掛けながらそう語る。もう疑ってはいないのだが、そんなことを恥ずかしげもなく得意げに語る三玖に少し笑ってしまいそうになった。これまでに話した中で特に嫌な面は出ていないどころか、俺の中の評価は上がり続けている。初対面やその少し後の印象よりもずっと明るく思える。

 

なら、何故あんなことを言ったのだろうか。そして何より何故、四葉から過剰とも思える様な敵意を受けているのか。謎は深まるばかりである。

 

よく言われることだが、聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥とは本当に真理をついていると個人的には思っている。当たって砕けろとは少し違う気もするが、やるだけやった方がいいだろう。俺だって皆仲良くして居て欲しい。家族なんだから。

 

「さっきあんなことを言った手前、悪いんだが三玖と四葉の関係について聞かせてはくれないか。四葉はお前との関係を修復不可能とまで言い切っていた。でも今話した印象からだがどうにもそんな悪い奴には思えないんだ。良かったら、四葉についてどう思っているのか教えて欲しい」

 

何を言っているのか自分でもよく分からなくなってきたがとにかく俺が聞きたいということくらいは伝わってくれただろう。三玖としっかり目を合わせる。瞳に浮かぶのは、何だろう、決意だろうか。大きく深呼吸をし、それからゆっくりと口を開く。

 

「まず、私は四葉と昔みたいに仲良くしたい。そしてもちろん私だけじゃなくて皆で。でもきっと今そうすることを四葉はきっと望んでいないと思う。だからこれもきっと仕方ないと思う。私は皆の中で一番ダメ。今は私がどうにか勉強だけは一番だけど、私が出来る事を他のみんなが出来ないはずがない。だから、あの娘もきっと出来るって、そう思って無理強いしていた。でも、ダメだった。私だったから、ダメだった。血の繋がった姉妹の考えていることすら全然分からない。そして私は諦めた。簡単に投げ捨てて、そのまま触れようともしなかった。あの時四葉に気を付けてって言ったのは事実。未だに何を考えているのか何もわからない。見ず知らずの貴方に何とかできっこないって思ってた。私にあの娘をどうこう言う筋合いは無い。だってすぐ逃げたんだから」

 

そこで一旦話を止める。痛ましく、どこか何かを耐えている様な、そんな表情で。

 

「だけど、貴方は違う。最近、笑う事が増えた気がする。二乃とも喋っている。貴方のおかげでこれまで変わらなかった何かが変わろうとしている。私はそこに入れないけど、羨ましいなって思う。それをそばで見られるだけで充分満足。これは私からのお願いだけど、どうか側に、一緒に居てあげて欲しい。それだけは聞いてほしい」

 

言う事は終わったとばかりなこいつを見るとどうにもイライラする。なんでもう諦めているのだろうか。四葉が変わっているなら自分も変わって行けばいいじゃないか。何度でも、何度でも。

 

「残念だが、三玖。そのお願いは聞けそうに無い。俺は勉強は教えるしなるべく一緒に居るつもりだが、ずっと一緒なんてことは絶対不可能だ。それに勉強の事ですらもしかしたら満足に行けないかもわからない。生徒は四葉が初だし経験と言うものが大きく不足しているからな」

 

「っ、分かった。初めから虫のいいことばっかり言っていたのも自覚があるし、ちょっと求めすぎた。でもせめて勉強を教えている間くらいは」

 

「善処はするが、どうにも難しいこともあるよな。家にいる間は結局本人のやる気次第なところも多いし、実は甘やかさず少しスパルタ気味にやったほうがいいんだが、そんなことを言ってもどうにもならないよな。誰かいないかな、四葉の近くに居て勉強を教えられるくらい頭のいい奴」

 

三玖の顔を見ながら悩む。フリをする。こういうのはわざとらしいくらいが丁度いい。しばらくして俺の意図に気が付いたらしい彼女は、

 

「そうだよね。私が何とかしなきゃダメだよね。諦めないで、何度でも、何度でも。私、もう行くから。もうすぐチャイムもなりそうだし。じゃあね」

 

そう言い残して保健室から去って行った。どこか甘い匂いが残ることだけが三玖がいたことの証明になる。我ながら臭すぎた気もするがまあいいか。三玖が歩み寄ろうとしていることも分かったし、これで良いはずだ。

 

俺もボチボチ次の授業に向けて教室へ戻るか。歩きながら自分の恰好をふと考える。そして直ぐに気が付く。更衣室で着替える為制服を置いていたことに。時間はギリギリ。結局走らなければいけなそうだ。チクショウ。

 

 

 

「フータロー、ありがと」

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