避けられている。間違いなく偶然やそこらで片付けてもいい範囲では無いだろう。比較的友好的なファーストコンタクトだっただけに避けられる理由がよくわからない。初対面なら、の話だが。
俺が彼女にあの時の話をした途端に様子が変わって急に逃げられた。それはとどのつまり俺たちが昔あったことがあるという事の肯定というわけで。今の俺があるのはあの娘、四葉のおかげなのでどうにかしてちゃんとした形でお礼がしたい。あの時の約束を守るためにもうかれこれ何年も頑張って来たのだ。
彼女はあまり社交的ではない。転校生でかなり可愛いという事で初日こそ人が集まっていたが現在は特に人がいるということは無い。彼女自身の消極的な姿勢と、いつもフラフラっとどこかに行ってしまうこともあり、あっさりと群がる虫は消えた。片方の理由に関しては俺から避ける為だろうし少しは申し訳ないと思うんだが、数年間憧れ続けていた人にやっと会えたのだからこうなるのも仕方ない。
実際、今の昼休みも鐘の音が鳴ればすぐさま消えていった。家庭教師としてどっちみち会うのだから今ぐらいは良いのかもしれないが、やはり癪だ。食堂に向かいながら昨日の事を考える。あっさり逃げられたことも受けて彼女の運動神経は相当いいということは正しいだろう。なのにあれだけしか食っていないという事はガス欠になる可能性も高いだろう。俺だって腹減ってるし。
少し辺りを見渡して目的のそれを発見する。やはり飯は少ない。顔色もそんなに良くなかったしちゃんと食わなきゃダメだろと思う。俺が言うなって話だが。どうやらあちらにはバレてはいないようなのでいつもの焼肉定食焼肉抜きを受け取り、こっそり近づく。遠くから声をかけてもすぐ逃げそうだし。
かなり近くまで来た。後は後ろから声をかけるだけだ。そんな矢先、俺の進路を遮る女が現れた。四葉か。いや違う。その女の直ぐ向こう側にいることは確認できるから、四葉によく似た女で間違いないだろう。何の用だというのか。
「すまない。俺は用事がある。そこを避けてくれないか」
「嫌よ。私は貴方と話したいことがあるの。勿論同席してご飯食べますよね」
双子か。一目見て一瞬間違えそうにはなったが全くの別人だ。目が強気な心を表すが如くつり上がっているし、着崩した制服から遊んでそうな感じもする。そもそも蝶をもじったような髪留めなど付けてはいないはずだ。となると何の用だ。妹か姉かは分からないが家族に手を出そうとしている男を見て黙っていられないといった所だろうか。四葉を諦めたくは無いが放課後にどのみち会うのだから今は目先の問題を解決すべきだろう。姉妹に事情を話せばあっさり解放してくれるだろう。俺は了承した。
姉妹と言えど、食べるものは違うのか彼女はパスタを食っている。なんかお洒落だ。こいつも転校生だよな。もしかしてこいつに教える可能性も出てきたのか。ぶっちゃけ気まずいし黙っているのも面倒なのでさっさと本題に入ろうとする。すると先にあちらから声をかけてきた。
「単刀直入に言うわ。ストーカー。四葉に金輪際近づくのを辞めてもらうわ」
「俺の名前はストーカーではない。上杉風太郎だ。初対面の相手には自己紹介をするべきじゃないか」
きわめて正論を装い返答する。十中八九親族なのだろうがよく似た他人と言う可能性も捨てきれない。今は確信が欲しい時だ。
「上杉風太郎ねぇ。どっかで聞いたことがあるような」
「ん?」
「ああ、私の名前は中野二乃。一応よろしく。四葉の姉よ」
俺の自己紹介に思いがけず口を滑らす彼女。まず間違いなく俺の名前は中野家に知らされている事だろう。では何故四葉はわざわざ逃げているのだろうか。思考の海に浸かろうとした俺を二乃が引き上げる。
「そんなことより、四葉に何しているの。昨日、食堂で貴方がナンパして失敗したからってずっと追いかけてるじゃない。しつこい男は嫌われるよ」
もう面倒だし真実を話すことにする。五年前の事は話さなくてもいいだろう。別に隠し事は嘘では無い。
「俺は中野四葉の家庭教師をすることになった。今日の放課後から家に行く。相場の三倍だから三人教えることまでは考慮しているが、お前には教える必要はなさそうだ」
「そういえばパパが家庭教師が来るって言ってたわね…名前に聞き覚えがあったのも納得したわ」
もう面倒だ。俺は腰を上げる。こいつには誠意が足りない。理由があったとはいえ、初対面の人間に犯罪者呼ばわりした上にそれを謝ろうともしない。話すだけ時間の無駄だろう。こいつとこの後顔を合わせるだけで少し鬱になりそうだ。
「話したいことはそれだけだな。誤解も解けただろ。それじゃあな」
「ま、待って。ちょっと。行かないで」
「なんだ。俺なんかと一緒にいたら迷惑だろ」
「ストーカーとか言っちゃって、その、ごめん。四葉のこと考えてて、周りが見えてなかった。四葉の事よろしくね。何かしたら承知しないから」
それだけ言って彼女は去って行った。なるほど。素のところは四葉と同じなんだろう。安心してくれ。変なことはしない。少し昔話をするだけだ。
結局放課後になっても彼女は捕まらなかった。避けられ続けるのも中々に辛いものだ。クラスメイト、過去の人としてではない家庭教師として会ったならば、流石に逃げないだろう。そう思いたい。
念の為彼女の父に契約内容を聞くと、教える娘は中野四葉。四葉以外に俺の名前は教えてある。塾や予備校などでも成績が上がらなかったため相場の三倍だという事らしい。四葉にだけ教えなかったのには、彼女は警戒心が人一倍強いから、だそうだ。その通りであろう。
足取りも軽やかに目的地に向かおうとすると、正面に三人の少女を見つける。四葉と二乃と、ん?おかしい。一人多い。このもやもやは早いところで解消しておきたい。少し歩を進め、追いつく。
「あの、すいません。中野四葉か中野二乃ですか。ちょっと用事がありまして。私は上杉風太郎と言います」
少女たちは一瞬俺の言葉を聞き、顔を見合わせた後、破顔する。似ているというかドッペルゲンガーと言った方が良いだろう。もしかして。頭が痛くなってくる。
「もしかして貴方たちって五つ子ですか」
「うん。そうだよー。昔からよく似てるって言われるんだ」
ショートカットでどこか人を見透かした目をした目の女がそう回答する。正直現実にあり得るのかというレベルだが、実際に起こってるので事実として受け止めるしか無かろう。
「私は一花。一応長女です。上杉君はしっかり者の私に相談するんだぞ。ちなみにこっちのヘッドフォンをかけたこの娘は三玖。この髪留めを着けている娘は五月。皆自慢の妹だよ」
会釈をする二人に俺もそれに倣う。今さらっと出た俺の名前から、俺が何故声をかけたのか理解したのだろう。にしてもこいつらを見分ける自信がなくなってきた。四葉は一発だろうが他が難しそうだ。
「そんなに悩まなくても大丈夫です。じきに慣れるでしょうから。では家まで向かいましょうか」
考え事をしていた俺に助け舟を出すように五月と言われた少女が話す。言われるようについていくべきだろう。三玖とかいう何を考えているのかよくわからないやつとも一言くらい話すべきだろう。
「中野三玖。これからよろしくな」
「別に私はよろしくされる必要は無いし…」
あっさりと拒絶されてしまった。まぁ本人がそういうのだ。無理する必要もないだろう。
部屋の前に来たところで、先ほどまで世間話をしていた一花が声のトーンを少し下げて念を押すかのように語る。
「その、ね。四葉は色々とデリケートだから優しく頼むね」
「任せて下さい。彼女の成績をより一層上げて見せます」
聞くところによると、四葉以外の姉妹はかなり頭がいいらしい。俺ほどでは無いが、8、9割は毎回安定して取れているようだ。姉妹の中で肩身の狭い思いをしているだろうし、この水準までは上げて見せる。
「ただいまー」
「おかえり、一花。今日は家庭教師の人が来てくれるみたいだし急いで急いで」
「それなんだけど、もう来ているの」
「うぇ、そうなの。じゃあお迎えしないと、家庭教師の方。今日からよろしくお願い…しま…」
俺の顔を見た途端一気に表情が暗くなる四葉。姉と同じような態度でいてくれ。できれば。
「今日から家庭教師として中野四葉さんを教えることになりました。上杉風太郎です。今後ともよろしくお願いします!」
さあ、これからだ。