気まずい。沈黙が辺りを支配し、顔を合わせるのも辛い。あの後どうにかして逃げようとした四葉を二乃がキッチリ捕獲してくれた。勉強が得意ではない彼女がこういう行動に出るのは想定済みだったとか。大人しい感じに俺には見えるわけだが、姉妹の前だけで見せるアグレッシブさがあり、その時が彼女の素なのだろうか。姉妹の中での立ち位置が知りたいので今度コッソリ二乃に聞いておこう。一番話しやすいし。
姉妹全員に挨拶も済んだかは分からないが、今現在は一番楽に使える個室という事で四葉の部屋にいるわけだ。別にリビングでもよかったのだが気を回してくれたのかそういう事になった。当初の予定としては、適当に挨拶をし、実力を測る為軽く小テストをするという流れだったが、これはちょっとどうするか迷う。プランを変えるべきか。別に俺は頭がいいだけで家庭教師の経験はない為判断に迷う部分がある。
とりあえず空気を変えるために適当に雑談でもしようかと、自分ではとりあえずで済ませないくらいの難題を考え始めたところで彼女から仕掛けてくる。
「き、昨日から先ほどまでの非礼をお詫びします。その、気持ちの整理がなかなかつかず、問題をどんどん先延ばししていました。色々考えましたが、今までの事はなかったことにして今日初めて私たちは会ったということにしましょう。その方がお互いにとって良いはずです。家庭教師よろしくお願いしますね、
何を言ってるんだコイツ。
「え、ダメでしたか。申し訳ありません。どうしましょうか」
あ、口に出ていたか。まさかそんなことを言われるとは想定していなかった。ふむ。関係を解消して再構築か。真意がいまいち見えない。ちゃんとした考えがあるなら尊重したいんだが、どうなんだろうか。
「いや、不服ってわけじゃないが、俺にとってあの時は今までずっと糧として生きてきた良い思い出なんだ。それでその時の思い出の人に会えたのに初対面レベルになるって悲しいぞ」
俺の言葉を聞き、サーっと一気に顔が青くなる。こうもコロコロ表情が変わるのは見ていて面白い。何となく四葉に一番似合う表情は笑顔だと思うのでそっちの方が見たいんだが。というか昔かそんなキャラだっただろうか。俺自身もだいぶ変わったから人のことは言えないが、猫を被っていそうな気がする。
彼女はあまり気持ちのいい話ではありませんが、そう前置きをし、そこまでに至る経緯をぽつぽつと話し始めた。
搔い摘むと、あれから母が死んでどうにも精神的に不安定だった状態が続いたらしい。皆とは違う自分、皆よりも優れた自分。それすなわち他人から求められることを何よりの幸福として悲しみを忘れようとしていたそうだ。今はこんな風なので信じられないと思いますが、そう言った彼女には初めて見る自嘲したような表情だった。
求められる場所を探し、運動神経の良さを生かして様々な活躍をしていた。が、勉強の方が疎かになり、結果学校を退学することになる。自分だけがいなくなる、それで収めようとしたが、姉妹は全員一緒にあるべきという二乃の説得もあり、全員転校することに。姉妹は皆頭が良かったのに自分のせいで皆にも迷惑を掛けてしまったのだそうだ。
「今では、姉妹の誰とも上手く話す事が出来ません。自分なんかが一緒にいてもいいんだろうか。そう考えてしまうとどうしても。話し掛けてはくれるんです。皆が薄情なわけじゃないんですけど、私が私をどうしても許せないんです。こんな迷惑を掛けてのうのうと生きることが」
そこまで言ってゆっくり息を吸って吐く。泣いたような笑っているような痛々しい表情をしながら、決心をしたようだ。まるでここから話すことのために今まで話してきたかの様にすら思える。
「私も、あの時の事をずっと覚えていました。もう約束を守ることは出来なくなったけれど、今でも鮮明に思い出す事が出来ます。自分がせめて他の姉妹と同じくらいの頭の良さになる事が出来たなら、私もそれが約束の代わりになれるんじゃないかって考えました。逃げ続けてきた勉強に向き合おうって。あそこから直ぐに立ち去っておいてこんなことを言うのもおかしいと思いますが、貴方が覚えててくれて本当に嬉しかったんですよ。嬉しくて、情けなかった。答案を見て思いました。風太郎君は毎日必死に努力をしてここまでになれたんだなって。それに比べて私は何もかもから逃げ続けていた。私じゃ貴方の隣にいる資格はない。他人を不幸にして自分だけ幸せになって良いはずがない。そう考えていました」
「貴方から避けていたのはもう一つ理由があります。それは私が我慢できないと思ったから。あれ以上話したりしてしまっては簡単に決意が揺らぎそうだったから。自分一人では絶対無理って分かってたからお父さんに頼んで私の勉強をサポートしてくれる人を探してもらいました。頑張ってふさわしい人に、必要とされる人になれた時に遠くから素敵な貴方を見つめていられればそれだけで満足したでしょう。でも、貴方が家庭教師だってわかって、貴方に頼っていいんだってわかって、もしかしたら良いんじゃないか。そう思ってしまいました。好きです。昔からずっと。私に出来ることなら何でもするから、私を離さないで欲しい。お願い」
調子が狂う。なんだかさっきから、というか再会してから違和感がすごい。昔の思い出に執着していると言われればそれまでだが、何故かどうしようもない心の膿か何かを感じる。その違和感について考えて、すぐに気が付く。
「敬語。昔はそんな感じじゃなかっただろう。卑屈にならないでくれ。お前には価値がある。他の姉妹には無い才能だってある。だから、それはやめてくれ」
俺の放つ一挙一動に真剣になって聞いていた四葉だったが、話を理解すると途端に耳まで真っ赤にして照れている。可愛いな。こういうところがもっと見たいんだ。俺は。その照れを隠すように彼女は大きく咳ばらいをし、口を開く。
「その、これに関してはもう癖になっちゃってしばらくは治りませんです。多分。ですので、その、ええと。風太郎君、という事で勘弁していただければ」
「四葉、抱きしめていいか」
「いや、そういう事は私がもう少しこの状況から抜け出せたらということではダメでしょうか。嫌ではないんですよ!」
つい本音が漏れてしまった。拒まないという事はつまり俺と同じ気持ちなのでは無いだろうか。とその辺に関してはまた追々話すとして、一先ず確認したいことがある。
「俺は家庭教師だ。お前の成績を上げて、高校の卒業を頼まれている。でも俺はそれだけじゃダメだと思っている。お前の将来までしっかり面倒を見て、いつかやりたいことを応援したいと思っている。だから、中野四葉、お前は俺のパートナーだ。いいか?」
「勿論です!これからよろしくお願いします!風太郎君!」
先ほどまでの曇った顔がどこへやら。眩しい太陽のような笑顔で、元気いっぱいはにかんだ。
上杉さん!呼びが好きすぎるから正直ミスったと思います。いいけど。