はあー、立香いねぇ、マスターもいねぇ、サーヴァントもそれほど揃ってねぇ 作:日高昆布
インセクトアーマーが光となり消える。タラスクの突撃を受けたアーマーは、すでに限界ギリギリのダメージを受けていた。接触さえも耐えきれぬほどに。
その有り様を共有するように、乱蔵もまたギリギリだった。マリーの魔力の温存と戦線への即時復帰のため、治療したのは肺と肋骨のみ。オルレアンより酷使し続けた彼の体は、ここに至り立っている事さえ儘ならなくなっていた。
意思とは無関係に崩れる膝。それを支えたのは、致命傷を負ったマルタだった。
「これじゃどちらが勝ったのやら」
「忝ない」
「止めてもらったお礼としちゃ足りないと思うけど。胸でも触る?」
「英霊とは言え貴女も婦女子。破廉恥はいけません!」
「あはははいたたたっ」
痛みと共に消滅を待つだけのマルタであったが、穏やかな心持ちであった。それと同時に、共に歩めない事を悔やむ気持ちもあった。特に人として当たり前の感情と、
だから釘を刺しておこう。
「もう動けないから誰か来てくれないかしら」
「私が」
万が一の事を警戒し、ジャンヌが向かう。
満足に腕を差し出せぬ程疲弊した乱蔵の姿を見て、彼女は心を痛める。
「そうそう。1つ言っておく事があるわ。彼、左腕も折れてるから」
「え?」
まさにその腕を取ろうとしていたジャンヌは、思わず硬直。本人に問い質そうと視線を向けると、痛みでも顔色を変えなかった乱蔵が青い表情で視線を逸らしていた。重大な隠し事がバレた子供そのものの仕草に、どうしてか笑みが零れた。
言うべき事は沢山あるが、怒髪天を突く2人が背後に控えているのだから、とやかく言わずにいてもいいだろう。若干の同情を抱きながら、無事な方の手を取り支える。
「最後に1つ教えておくわ。竜の魔女が駆る竜に、貴女達では絶対勝てない。だからリヨンに行きなさい。かつてリヨンと呼ばれた街に。竜を倒せるのは、
「……ありがとうございます、聖女マルタ。貴女に会え、言葉を交わせ、光栄でした」
「頑張りなさい、後輩」
光となりマルタは消えた。残光を少しでも目に焼き付けようと、しばしそこで瞑目し佇む。
マスターに縛られた身でありながら、それに抗う気高き精神。いくら聖女と崇められようと、それだけのモノを持てるとは、彼女自身到底思えなかった。
「……」
それでもそれを求められ、後輩と後押しもされた。ならば少しでも
差し当たっては、三者三様の説教をされ、萎びている乱蔵に助け舟を出すとしよう。
「結論から言うと、リヨンはすでに滅ぼされているわ。今では化け物が跋扈する地獄と化しているわ」
リヨンの最寄の街で情報収集を試みていたマリーが言った。
「聖女マルタ様の言っていたかつて、と言う言葉はそう言う意味だったのですね」
「じゃあそこにいたかもしれないサーヴァントはもう……」
意気消沈するオルガマリーの頬を、マリーがそっと両手で包む。
「マリーはせっかちさんね。リヨンには
マリーの推論に喜色を露わにするオルガマリー。不謹慎だがコロコロと変わる彼女の表情を見るのが、マリーは好きだった。
「それともう1つ。シャルル7世が討たれ混乱していた兵士を纏め上げたのは、ジル・ド・レェ元帥だそうよ」
「ジルが……!」
思わぬ人物の名前に、ジャンヌは目を剥く。
心情的に言えば会いたかった。しかし時間の猶予がない今、戦力的に役に立つか疑わしい集団との合流にメリットはない。加えて、竜の魔女として周知された自分が姿を表せばいらぬ混乱を招き、こちらの勢力そのものも敵対視されかねない。
「合流はしない方がよろしいかと。乱蔵やマシュには負担を強いてしまいますが、彼らと合流してしまうと、余計に負担が増えてしまいます」
少なくともマシュは犠牲になる兵士を見捨てて戦う事はできないだろう。しかし彼女は大勢を守って戦えるほど強くはない。ならば現状のままで行くしかないのだ。
「雑魚でしたらそこまで問題はないかと! しかしもしサーヴァントがいるのなら、何かしらの作戦を立てなければ難しいです!」
少し離れたマリーの馬車より乱蔵の声が響く。流れで話が始まっていたが、肝心要の彼を放置して進める事はできない、と皆が集まる。
「……何をしているのかしら、マシュ?」
「はい。枕が欲しいと仰ったので、わたしの太ももをお貸ししています」
回復させるため、と言う名目で(本当はお冠だった3人の溜飲を下すため)紐により雁字搦めにされた乱蔵が、監視のために残ったマシュに膝枕をされていた。
「……そう。寝心地はどうしから乱蔵?」
「丁度よい高さですな。ところでリヨンに着く前には縄を解いて欲しいのですが」
「分かってるわよ。でももし道中に出て来ても、マシュやジャンヌに任せるように」
これからの特異点の事を考えると非常に頭の痛い問題であった。現地の野良サーヴァントを組み込んだ指針など取れる訳がなく、乱蔵頼みしかできない。現時点でも乱蔵への負担は高く、依存と言っても良い状況となっている。
令呪が無ければサーヴァントを御する事はできない。しかしそれに甘んじてる訳には行かない。
「……」
考えるだけでも恐ろしいが、自身への人体実験も視野に入れて令呪を無理にでも宿す方法や、代替の手段を開発しなければならない。絶対に反対されるが説き伏せなければ、乱蔵が何れ死んでしまうかもしれない。それだけは絶対にさせてはいけない。
既に炎は消え、焦げた匂いだけが漂っていた。見慣れる事のない凄惨な光景。ここでどれほどの悲鳴が上がったのか。
「ダメです所長。通信状況が悪く、全く繋がりません」
「要改善ね。でなければロマンがただの穀潰しになってしまうわ」
「この街も広いです。そうでなくとも、この惨状。手分けをしなければ、相当な時間が掛かります。どのように組み分けを?」
ジャンヌに問われ、オルガマリーは思案する。人数で別れば良いと言う話ではない。各々の総合的な能力を踏まえた構成にしなければならない。
「マリー、アマデウス、乱蔵は西側を。残りで東側の探索を。刻限は30分」
「分かったわ。じゃあどっちが先に見付けるか競争ね。最初に見付けた人にはベーゼを上げるわ!」
「なっ……。さ、先走らないでよね乱蔵!」
「何も言ってないのですが……」
そう言って走っていくオルガマリー。体力が低い上に足場も悪い場所でそんなに走らない方が、とハラハラと見送る乱蔵。
「……では我々も行きましょう。蒸着!」
「まあ! 乱蔵は色々な鎧を持ってるのね! キラキラしてて綺麗ね!」
「それを綺麗と言えるのは、恐らく君だけだろうねマリー」
さもありん。乱蔵は静かに頷いた。
行けども行けども、見えるのは瓦礫。かつての生活を思わせる物は何もなく、辟易とする光景であった。
「マリーさん殿。所長殿の件、ありがとうございます」
前を見据えたまま、乱蔵が口を開いた。
「あら? 何かお礼を言われる様な事したかしら?」
「所長殿は今は少し落ち着いてますが、自身を取り巻く環境から非常に追い詰められ、それを隠すためにハリネズミみたいに寄らば刺す状態でした」
「貴方の事は信頼しているようだったけど」
「自覚はあります。でも所詮は『職場の尊敬すべき上司』と『忠実な部下』の域は出ていません。だから貴女は所長殿にとって初めての対等な関係を築けた人物なのです」
乱蔵が思い浮かべるオルガマリーは、沈憂で悲痛な表情だけだ。職務から離れた会話をした事はなく、精々その中で一言二言労いの言葉を掛けるぐらい。
そんな彼女がマリーと愛称で呼び合い、恋バナをしたと言うのだ。喜怒哀楽を見せてくれたのだ。それが乱蔵には嬉しかった。
「だからありがとうございます」
足音が止まる。何事かと振り返ると、マリーは俯きフルフルと震えていた。何事かとアマデウスに視線をやると、大仰に肩を竦めていてた。
「——素敵。とっても素敵だわ! 貴方達はお互いを凄く尊重してる。より良き未来を隣人のために望める。そのために一生懸命になれる。でもね」
マリーは一瞬、アマデウスに視線を向けた。
「でも、それは言葉にしなければ伝わらないの。言葉にしなくて伝わる思いもあるけど、伝わらない思いもあるの。それでもしすれ違ってしまったら、とても悲しいわ。だから言葉にしてあげて」
乱蔵とアマデウスが同時に動き、マリーを中心に前後を挟む。
「死体を動かしてるのか。不愉快な音だ。あっちでも戦闘が始まったみたいだ」
「敵サーヴァントは?」
「……少し離れた所から悠々と歩いてるのがいるな。彼女達の方に近い。早めに合流した方が良さそうだ」
乱蔵は憤慨していた。生存の権利を奪い、剰え遺体を辱めるその鬼畜さに。そして足止めではなく、ハラスメントを目的としたその悪辣さに。
助ける術はない。故に惑ってはならない。例えそれが自己満足だとしても、彼等を一刻も早く解放せねばならない。
ブレードを正眼に構える。
「お2人は先に合流を。こちらも直ぐに追い付きます」
「行こうマリー。彼なら僕らがいない方が早く片付けられる」
正しく意図を汲んでくれたアマデウスに胸中で感謝を伝える。
「分かったわ。あまり遅いと心配するからね?」
気安く投げキッスをする王妃に、天然の恐ろしさを味わう。
「そうだ、アマデウス殿。ご確認したい事が」
「安らぎ……安らぎを望むか。それは、あまりに愚かな言動だ。彼らの魂に安らぎはなく。我らサーヴァントに確実性は存在しない。この世界はとうの昔に凍り付いている……」
髑髏の仮面を付けたサーヴァントが歌のように言葉を紡ぐ。
煙に巻こうとしているのか、会話をする気がないのか、言葉の意味を解する事が出来ない。
「何だコイツ。紳士ぶった態度でやってる事はただの自慰行為か。メロディーが可哀想じゃないか」
アマデウスの明け透けな物言いに赤面する3人。仕切り直すように咳払いしたジャンヌが髑髏の仮面に問う。
「貴方がこの惨状を起こしたのですか?」
「然様。
答えの分かり切った問い。死者を弄ぶ鬼畜の所業を許せぬと、ジャンヌが声を上げる——
「戦い『
前に有無を言わせぬアマデウスの先制攻撃。まるでジャンヌらの思いを代弁するように、その顔は義憤に満ちていた。
彼がそんなまともな人格の持ち主でない事は、付き合いが浅くとも分かる。一体全体何事かと、敵の前だと言うのに彼に視線が集中した。
「前を向いておくんだジャンヌ。奴は必ず怯む。その隙を逃さないでくれよ」
最大の戦力である乱蔵を待たずに仕掛け、何故言い切れるのか。その確証の有無は兎も角、視線を外している場合ではない事は確かである。得物を握り締め、構える。
「愚か。私の歌は音にあらず。その騒音では何も妨げやしない。
突如オペラの体が大きく揺らぎ、脇より血と共に飛び出した何かが地面を穿つ。宝具の名は紡がれず、血が吐き出された。
——虚言ではなかった!
違わずに訪れた必殺の瞬間を、逃すまいとジャンヌは全力にて駆け出す。膝より崩れ落ちゆくその胴に、穂先を叩き込む。皮肉を裂き、骨を砕き、そこで止まる。オペラの手が止めていた。
しかし彼女に焦りはない。
「押します!」
巨大な盾を構え走るマシュ。その意図は、敵にも味方にも正しく伝わった。
離脱を試みようとするが、ジャンヌの手が肩を掴んでいた。瀕死のオペラにさえ振り解けるほどの弱さ。しかしその僅かな間で十分であった。
盾を叩き付けられた旗がオペラを貫く。
力の抜けた手が地面に落ちると同時に、消滅が始まる。
深く息を吐く。
「ありがとうございます、マシュ」
「いえ、ジャンヌさんが飛び出してくれたからこそです」
「私こそ、アマデウスの指示があったからこそ飛び出せたのです」
「まあ! アマデウスったらいつの間にそんな事が分かるようになったの?」
「残念ながら立役者は僕じゃない。そこの彼さ」
皆が皆手柄を譲り合い、その始発点にされたのは、G3を着込んだ乱蔵であった。
「僕にだけ聞こえる音量で言ったのさ。僕の宝具で音を誤魔化して狙撃するからその隙を突いてくれってね」
「よくやったわ、乱蔵。誰も怪我なく切り抜けられたのは、とても大きいわ。マシュ、一応通信を試みてくれない? サーヴァントを退けた事だし。もしかしたら繋がるかもしれないわ」
「分かりま——」
『皆、今すぐ撤退するんだ! サーヴァント以上の超極大生体反応とサーヴァントが三騎向かって来てる!』
一難去ってやって来たのは多難だった。
時間が取れるようになったので、何とか隔週投稿はしたいと思います。
4話ストックがあるので、順次投稿してきます。
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