はあー、立香いねぇ、マスターもいねぇ、サーヴァントもそれほど揃ってねぇ 作:日高昆布
感想・批評よろしくお願いします。
「龍殺しを探し出すわ! ロマン! 今すぐ居場所を探し出して! マリーは馬車を用意して、回収したらすぐに逃げられるようにしておいて」
僅かな逡巡さえ許されぬ程に切迫した状況の中、オルガマリーは決断を下した。
しかし口にした途端、ここにいる全員の命を無断でベットしたのだと言う事実が重くのし掛かった。分かって決断したはずなのに、胃液が込み上げて来た。吐き出す事だけは堪えたが、今にも倒れてしまいそうだった。視界が滲む。
「大丈夫よマリー。今貴女は選択させられたのではなく、選択したのよ。その勇気を踏み躙る人はここにはいないわ。だから胸を張りなさいな。ね?」
手を取り、眼を見て言う。貴女は凄いのだ、と。皆が首肯いている。
震えが止まった訳ではなく、不安が解消された訳でもない。それでも皆が信じてくれている、自分の事を信じようと思えた。
「ロマン! 居場所は分かったの?」
『小さな反応を見付けた! ナビゲートする』
「分かったわ。皆行くわよ。……ありがとうマリー」
「ふふふ。どういたしまして」
廃城の廊下に凭れ掛かるサーヴァントを見た時、乱蔵は彼が本当に
深い傷があるのは見て取れた。しかしその傷がこれだけの繊弱さを引き起こしたとは考えられなかった。
立位を保持できず、立ち上がる事さえ剣を杖代わりにしなければ儘ならない。射殺さんとするその眼差しだけが、唯一彼を英雄たらしめてた。
「次から次へと……!」
一行を視認し即座に臨戦態勢を取ろうとするサーヴァントに、オルガマリーが待ったを掛けた。
「ま、待ちなさい! こちらは敵ではないわ! 貴方の力を貸して欲しいの!」
「何……?」
「本当は時間を掛けて説明したいけど、今まさに竜とサーヴァントがやって来てるの! だから一緒に着いてきて!」
竜と言う単語で1人何かを得心した様子を見せるサーヴァント。
「分かった。君達に着いていこう」
「!! ありがとう! これを呑み込めば魔力が回復するわ。マシュ、彼を手伝って」
オルガマリーの血液により造られた魔力ドロップは既に残り少なくなっていた。取り敢えず問題なく行動できるよう分割したものを手渡した。
「分かりました。お手を拝借します」
「すまない、頼む……」
後はこの町を脱出するだけ。しかしそう都合良く事は進まない。既に視認出来る距離にまで、その竜は接近していた。
その竜を見た瞬間、オルガマリーは全身から力が抜けるような錯覚に襲われた。絶望が形を成したモノ。彼女にはそう見えていた。
崩れ落ちそうになる彼女を乱蔵が支える。
視線の先にいるのは竜ではなく、竜の頭部と言う玉座にいるジャンヌ・オルタ。
「何を懸命に探してるのかと思えば、瀕死のサーヴァント一騎ですか。良いでしょう、諸共滅びなさい。特に
名指しを受けたジャンヌと乱蔵。先の時間稼ぎの執拗な攻撃が原因だろう。憎悪を原動力としているサーヴァントのターゲットになっている事に顔が引き攣る。
「焼き尽くせファブニール!」
充填された炎が口内より溢れ出る。それだけでも熱を感じる事に、戦慄を隠せなかった。
「やらせるものか、邪竜」
何も気負わぬ声。だがたったそれだけの言葉が、炎を散らした。
皆を守るように進み出たその姿に、ファブニールをも凌駕する巨躯を見た。今になって分かる。矮小だと感じた己の未熟さを。ここにいるのは類稀なる大英雄だ。
「何度蘇ろうと、その悉くに喰らわせるまで!」
「ファブニールが怯えている……。まさか?!」
竜殺しが鋒を差し向け、吼えた。
「蒼天に聞け!我が真名はジークフリート!汝をかつて打ち倒した者なり!」
溢れ出る魔力が視覚化され紫電となり迸る。白髪が逆立ち、瓦礫が宙を舞う。
「宝具解放!
圧倒的な光が疾った。幻想的でありながら暴力的な光。逃げたいと言う恐怖とその光に身を委ねてしまいたいと言う安寧感。全てを包み、全てを破壊する極光。守られる立場になって初めて分かる、その威光。
——これが英霊……!
魔力の光に包まれ朧げにしか見えないその背を、乱蔵は己の眼に焼き付けようとしていた。
光が収まった時、ファブニールの姿はなかった。一瞬喜色に支配されるが、崩れ落ちたジークフリートに安堵の色がない事に気付く。
「……はあ、はあ、はあ。すまないが、これで限界だ。今のうちにどうにか逃げてくれ」
そのまま倒れ込みそうになるジークフリートを慌てて支える。
「皆、今の内に離脱するわ!ジークフリートは馬車に入れて!乱蔵とマシュは悪いけど屋根に乗って警戒してちょうだい」
「了解!ジークフリート殿、失礼します!」
ガラスの馬車にジークフリートをやや乱雑に投げ込み、すぐに屋根に飛び乗る。マシュを引き上げ、全員が乗った事を確認し、車体を叩く。それを合図に馬車は全速にて離脱を開始した。ひしひしと迫り来る殺気を感じながら。
定員オーバーとなっている馬車の速度は明らかに遅かった。しかも問題はそれだけではない。
「ごめんなさい、もう魔力が限界……!」
息の荒くなったマリーが告げる。アマデウスの咄嗟の判断による急停車とほぼ同時に消滅。
宝具の展開が出来なくなったと言う事は即ち、魔力が限界になりつつあると言う事。マスターを持たぬ身である彼女らは、戦えば戦うほどに、文字通り身を削る事になるのだ。
「マリー!これを飲んで!」
酷く狼狽したオルガマリーが、分割した魔力ドロップを手渡す。嚥下し、荒くなっていた息がどうにか治る。
「ありがどう、マリー。助かったわ。でも、それの数が……」
オルガマリーの血液を原料とするドロップは、どうしても製造できる数に限りが出てしまう。宝具を使えばほぼ間違いなく、1個は消費する事になる。宝具の使用を躊躇っていられるほど緩い戦いでもなく、また戦力を削る余裕もない。
「大丈夫よ。もしもの時は、私の血を直飲みしてもらうから」
「……凄い絵になりそうだね」
「否定は出来ません……」
アマデウスは乱蔵にこそりと耳打ちする。彼女の発言から一瞬とは言えその場面を想像してしまった彼は、気不味そうに答えた。
『皆、早く移動するんだ!ファブニールは撤退したけど、サーヴァントはまだ追って来てる』
ロマ二に強く促され、再び走り出す。しかし速度は雲泥の差である。今までのアドバンテージを考慮しても、逃げ切れるものではない。直に追い付かれる事を考慮し、乱蔵は自ら殿に付く。
「前方に何か……アレはフランス軍?!」
ジャンヌの言葉に、乱蔵は胸中で毒付く。追撃を受けているこの状況で足を止める事は死を意味する。手助けするメリットは皆無である。皆無であるが、ジャンヌの意思を無視し、彼らを見捨ててしまえば間違いなく信頼関係に亀裂が生じる。しかしまともな戦力が実質乱蔵1人である以上、短期決着は不可能であり、最悪挟撃される事態もあり得る。
曲がり形にも舞台を率いていたジャンヌも、その事態が起こり得る事に思い至っていた。この瞬間も、人も全て過去のものであり、修復が済めばこの時代と共に消滅する事も分かっていた。それでも、出来なかった。命の取捨選択が出来なかった。
だから彼女が決断した。
「乱蔵! 彼らを助けて!」
「オルガマリーさん?!」
「勘違いしないでジャンヌ。彼らを見捨てられないのは、わたしだから」
詭弁ではないか。そう言いそうになった。だが今やるべきは、自身の思いを汲み取った彼女を咎める事ではない。
「乱蔵。これは『死ね』って命令じゃないからね」
「分かっておりますとも!」
フランス軍を逃す事だ!
「ジークフリート殿!お手伝い頂きたい!」
「承知した。十全には程遠い身だが、君の援護ぐらいはしてみせよう」
アンタレスを装備。勢いよく振り下ろすと同時にワイヤーを伸長、1体のワイバーンの首に巻き付ける。当然暴れ、振り解こうとするが、魔力を全身に奔らせ渾身の力で踏ん張る。
「ジークフリート殿!」
「承知!」
ジークフリートにユニットを託すと、何と乱蔵は、千切れんばかりに張られたワイヤーの上を走った。
「見事!」
思わず感嘆の声を上げるジークフリート。並外れた技術と度胸がなければなし得ぬ絶技である。
そのままワイバーンの胴体に取り付いた乱蔵は、他の個体をスコーピオンで狙い撃つ。ヘイトをこちらに集中させるためだ。無視出来ぬダメージを負ったワイバーンは狙い通り、乱蔵に狙いを付けた。奴らに同士討ちを躊躇する知能はない。一斉に業火が放たれる、よりも前に、足場のワイバーンが群れ目掛け突っ込み、激突。数体を道ずれに落下。
既に2人の間に言葉は不要となっていた。優れた戦士である乱蔵の思考を、優れた戦士であるジークフリートは正確に読み取っていた。乱蔵が落とし、ジークフリートがトドメを刺す。
最早機勢は決した。しかしそれを喜んでいる暇はない。ワイバーン八艘飛びの最中、G3のMDSSが遠方より接近する人影を捉えていた。彼我の距離は3km。数字だけ見ればまだ距離はあるが、サーヴァント基準で考えれば猶予は無いに等しい。
眼下にはまだ兵士がいる。誘導に対する動きが想定以上に鈍い。舌打ちをしたくなった。
ワイバーンの死骸に着地した乱蔵は、モタつく兵士達に向かって怒鳴り声を上げた。
「さっさと逃げろと言っている!死にたいのか!」
スコーピオンを足元目掛け数発撃ち込む。耳にした事のない轟音と、地面を深く大きく抉り飛ばす何かに大いに慌てふためき、バタバタと蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
咎める視線を無視し、移動を促そうとする。が、時すでに遅し。既に全員が視認できる距離にまで接近されていた。
赤と黒が混じった悍ましいオーラを噴出させている全身甲冑のサーヴァントに、両肩に異様な装飾を付けた気怠げなサーヴァント。
後者の男を認識したアマデウスが怒りの感情を露わにし、マリーが旧友に出会ったように親しげに語り掛ける。律儀なのか知能が足りないのか、気怠げなサーヴァントが話している間、全身甲冑のサーヴァントは動かなかった。
「アマデウス殿、前を向いたまま聞いてください」
彼にだけ聞こえるよう囁くように語り掛ける。
「甲冑の方は、あの雰囲気から恐らく普通のバーサーカーだと思われます。強力な敵ではありますがそれだけです。宝具も直接的な武具でしょう。厄介なのはあちらの白髪の方です。マリー殿との会話から察するに奴はシャルル=アンリ・サンソンでしょう。ならばアサシンの可能性が一番高い。下手をすれば即死させられる可能性もあります。故に奴を先に潰します。だから貴方方にはあちらのバーサーカーを全力で止めて頂きたい」
そのどちらの提案も、アマデウスに乱蔵の正気を疑わせるには十分なものであった。だが、最終的には乗ってやろうと思うぐらいには、彼の強さを信じていた。
「自分が飛び出したら足止めを願います」
サラマンダーが唸りを上げ始める。そのタイミングを図るように、乱蔵の足がリズムを刻み出し、強く地面を踏みしめた。
「全員で鎧を先に潰すぞ!」
再びアマデウスにより放たれる偽の嚆矢。デジャブを感じる言葉に、マシュらはそれが乱蔵への援護に繋がる事であると理解し、同時に動かない彼の姿から狙いがバーサーカーではない事にまで至る。
故にマリーは動く。自己満足でしかない感情を押し殺し、仲間を、未来を救うために。当然、彼女への異常な執着を見せるサンソンは、視線を誘導される。彼女を自分以外に殺されてたまるか、と立ち塞がろうとする。
その瞬間を乱蔵は待っていた。十分な荷重移動が行われ、体勢を立て直すには時間を要するこの瞬間を。
「何っ?!」
縮地と呼ばれる極短距離走法で瞬く間に接近。しかし未だ射程圏外であり、射程圏内である。
「死は明日への希望なり《ラモール・エスポワール》!」
それは問い掛ける宝具であった。人であるのならば避けられぬ絶対の「死」。
そのギロチンは問うているのだ。誰もが無意識に理解し、しかし誰もが真の意味で理解していない、やがて訪れる「死」と言う宿命に耐えられるのかを。
乱蔵の頭上に出現したギロチンが落とされ、そして砕けた。
展開されたサラマンダーがサンソンの胸部に突き刺さり貫通。口と鼻から多量の血を流しながら、サンソンはどこか晴れやかな気持ちになっていた。
「世話を掛けたね。処刑人が虐殺なんて洒落にもならない。彼女にも謝っておいて欲しい」
「……とうに許しているでしょう。そんな事は、貴方の方がよく知っているでしょう」
「そう、かな……。そうだと嬉しいな」
どこか思い当たる事があったのか、安心した様にサンソンは消えた。