はあー、立香いねぇ、マスターもいねぇ、サーヴァントもそれほど揃ってねぇ 作:日高昆布
時間はできたので、早めに投稿していきたい
1300ccの水素エンジンが唸りを上げている。その圧倒的なパワーと悪路をものともしないラジアルタイヤが草原に消せない軌跡を描いていく。
自然界には存在しないシンメトリーの曲面構成と、濃い青と白、そして最高速度350km/hを誇る〈ガードチェイサー〉はあまりに異質な存在であった。もし現地の人間が目撃するような事があれば、畏敬の念と共に神の乗り物として語り継がれていただろう。
「ねえ!これってこう言う風に乗る物なの?!」
「着物で乗っていい物なのでしょうか?!」
乗り手の声さえ搔き消すエキゾーストノート音に負けじと、ガソリンタンク部に座るエリザベートと、後部の赤灯装置に横座りする清姫が声高に問い掛ける。
「一部の地域を除いて2人乗りで、着物で乗っている方は見た事ありません!」
誤魔化す事もせず、間違った乗り方だと堂々と言ってのける乱蔵。未知の速度を初体験させられているわ、その速度のせいでちょっとした凹凸で飛んでしまうわで、極度の緊張を強制させられている身としては嘘でも安心させるようなフォローをして欲しかった。誰も知る由はないが、嘘を一切許さない清姫にTPOによっては嘘も必要なのでは、と思わせる地味に偉業を達成していた。
「ご不便をお掛けし申し訳ありませんが、少々の間勘弁して頂きたい!」
「後で覚えておきなさい!」
未体験の速度と景色に、手放しまではいかずとも、代わり映えのしない景色に欠伸を我慢する程度には慣れ始めていた。すると右前方に一台の馬車が視界に入った。どこかの町から避難して来た住民だろうか。エリザベートは乱蔵に声を掛けた。
「ねえあの馬車。進路を変えた方が良いって伝えた方がいいんじゃない?」
「いえ、あの馬車は自分の仲間です」
進路をそのままに速度を上げ、赤灯装置を起動させサイレンを1秒だけ流す。
「わひゃ!!……驚かせないで下さいまし」
「失礼、配慮が足りませんでした」
「プププ、変な声上げてやんの」
「貴女程太い神経をしておりませんので」
「そっちが恐がりなだけでしょう!」
乱蔵を挟んで行われる姦しい罵倒の応酬。
「まあまあ賑やかな方達を連れて来られたんですね」
天幕の入口から楽しそうな表情のマリーが顔を覗かせた。同性に会える事が嬉しいのだろう。
「お名前を教えて下さる?」
「な、何この光の塊みたいなの。……コホン、私はエリザベート・バートリーよ」
「私は清姫でございます。高名な方とお見受けしますが」
『エリザベート・バートリーに清姫だって?!色んな意味で凄い英霊を連れて来たね』
「話をしてみての判断です。戦力は多いに越した事はありませんから」
『まあ君にはそれを言う権利があるからね。でも医療を預かる身として君には言いたい事が沢山あるからね』
生まれ持った頑強さと、魔術的・身体的な鍛錬によって鍛え上げられた肉体と並外れたメンタルを持つ乱蔵でなければ、とうに倒れていただろう。だからと言って放っておく事などできるはずがない。常に命の危機に晒されている極限の状況でストレスを感じない訳はない。オルガマリーと同等の心身のケアは必須だと、ロマ二は考えている。
「乱蔵。上手い事その鉄の塊でこっちの馬車を牽引できないか?」
とアマデウスが尋ねた。馬の様子を間近で見続けていた彼は、パフォーマンスがかなり低下している事に気付いていた。道理である。餌はなく、長時間の休憩も取れずに走り続けているのだ。
「かなり乗り心地は悪いと思いますが、できるかと」
共に停車。馬を放し、紐をガードチェイサーに結び付けていく。
「ええ?!本当に墜落してたの?!」
「ええ?!主戦力ってあいつだけなの?!」
黙々と作業している男性陣を尻目に、盛り上がっている女性陣。一部不穏な話題が聞こえたが、敢えて無視。咎められても着陸の仕方を間違えたとしか言い訳のしようがないのだ。
「作業完了。出発しましょう」
藪蛇を突かぬようタイミングを見計らって声を掛ける。
御者席に男性陣、馬車に女性陣が乗り込んだ事を確認し、出発しようとするが、そこにオルガマリーから待ったの声が掛かる。
「人数が多すぎるわ」
小柄な女性と言えど、6人が乗るには狭かった。4人の時点でかなり手狭となっており、そこにエリザベートと清姫が追加された事でいよいよ座る事さえ儘ならなくなっていた。1人、ないし2人は乱蔵と同乗する必要があった。
「できればわたくしは中がよろしいのですが」
赤灯装置の乗り心地は良くなかった。
「所長殿も中の方がよろしいかと」
「何でよっ」
予想だにしなかった否定的な反応に驚く乱蔵と、2人乗りしたかったと言う場違いな事を考えていた自分に驚くオルガマリー。
「いえ、剥き出しより天幕内の方が安全かと思いまして。マシュ殿もいますし」
「必ず守り抜きますので大船に乗ったつもりでいて下さい」
「そ、そうよね。その方が安全よね」
彼女のよく分からない反応に首を傾げる者と、暖かい視線を送る者。無論乱蔵は首を傾げている。
「言っておくけどもう乗りたくないから!」
「私もご遠慮したいのですが」
全力の拒否と申し訳なさの滲み出る拒否。
「じゃあわたし!折角だから前に乗ってみたいわ!」
諸々の条件を鑑みれば同乗者としては適当である。
「2人はどうしますか?」
ジャンヌがアマデウスとジークフリートに問う。
「冗談じゃない。ここでジークフリートとこうして身を寄せ合うのも嫌だってのに、密着しろってのかい」
「幅を取ってしまいすまない。同じ理由で俺が乗ると狭くなるだろう。ジャンヌならば体格的にも邪魔にならないのでは?」
至極もっともな意見である。それに加えて、両者とも魔力の問題があるが、いざと言う時の防御手段を持っている事も大きい。遠距離攻撃を受けた際に乱蔵を守る事ができる。
「……私でも構いませんか?」
「ジャンヌ殿が特別拒否する理由がないのならば」
「ではお願いしますね」
堅く言っているが、ジャンヌも未知の乗り物への好奇心があった。本人は無意識なのだろうが、その感情が表情に少し出ていた。
そして言葉と裏腹な思いを抱いているのは、彼女だけではなかった。乱蔵である。ここに来るまで同乗していた2人は子供であった。滅多にお目に掛かれない程の美貌を持っているが、心身ともに子供である。その2人に劣情を抱いてしまうようなフェティシズムは持ち合わせていない。マリーも精神性はともかく、外見的には子供であるため問題はない。問題はジャンヌである。彼女は成人である。スタイルも服の上からでも分かる程グラマラスである。そんな彼女と密着するのは、
G3かギャバンの金属系のスーツを装着する事ができれば感触が伝わらずベストなのだが、どちらも耐久値に不安がある以上選択肢はオーレッドしかない。OHスーツはその薄さで英霊の攻撃も受け止められる剛性を持ちながら、外部からの刺激を完全に遮断する訳ではないのだ。つまり胸の感触が伝わってしまうのだ。礼装自体はもう1つあるのだが、この局面に於いて使えるものではない。
「では出発しますので、乗って下さい。……マリー殿、失礼ですが王冠を取っていただいても?」
「あら。これは失礼しましたわ。アマデウス」
そう言って気軽に放り投げる王冠。今生で1度だけしか目にする事のないであろう光景。モノの価値は見る者によって変わると言うが、こうまで乖離するのかとシミジミと感じた。オルガマリーはギョッとしていた。
そこから見える景色、感じる速度。どれもが馬車とは比較にならない刺激に満ちたモノであった。自分達が窮状に立たされていると分かっているが、それでも燥ぐ事を止められなかった。速度によって増減するメモリから、最高速度はもっと速い事に気付き、出せないのかと一度尋ねてみた。
「馬車が壊れかねません」
そう言われてしまえば諦めざるを得ない。またの機会までお預けね、と靡く髪を抑えながら残念そうに言った。
「ただ状況によってはマリー殿に運転して頂く事があるかもしれませんので操作方法をお伝えしておきたいのですが」
それがどう言った場合を示しているのか、容易く想像できた。囮や殿。つまりは乱蔵のみ、もしくは極少数の人員で戦う時の事を指しているのだ。
「……そう言うもしもは起きて欲しくないのだけれど」
そうは言うものの、今の自分達に碌な戦闘力がない事は痛い程に自覚している。自身の存在と引き換えにしなければ、宝具の発動は最早叶わない。有り体にいってしまえば現状、サーヴァントは足手纏いなのだ。その事実に彼女だけでなく、後ろにいるジャンヌも鬱屈とした気分になる。だからこそ、ここでお終いにしたくない。
「ねえ乱蔵。貴方達はこれからも特異点を修復していくのでしょう?」
「その通りです」
「わたしも同行させてくれないかしら」
マリーにとっては順当、と言うよりも当然の、乱蔵にとっては晴天の霹靂と言うべき申し出。因みにこの想いは清姫とエリザベートと除き、全員が持っていた。
人類の存続と言う人には重過ぎる責務を背負わされたオルガマリー。聖杯と言う弩級の機関を持っているが、彼女はどこまで言っても凡人である。能力も器も、責務を全うするにはあまりに普通すぎた。凡ゆる脅威に心身を傷付けられ、それでも彼女は泣きながらでも責務を果たそうとしている。
その彼女を支えんと、自らを「死」に晒し続ける乱蔵。ともすれば自殺志願者にも見えてしまう程に、その精神を逸脱させながら、苛烈に道を切り開いていく。
彼らの行くべき道は過酷であり残酷である。その道を踏破せんと我武者羅に突き進むその姿は、あまりに貴く、危うかった。だからそれを間近で見たく、そして支えたくなったのだ。
「その申し出、嬉しく思います。しかし相当苦労を掛けると思いますが、よろしいのですか?」
現時点ではマスター不在と言うディスアドバンテージを覆すようなモノはない。艱難辛苦は当たり前、時には泥を啜るような真似さえしなければならないかもしれない。彼らの誇りを汚すような事になってしまうのでは、と思ってしまう。
「あら、苦労を掛けている自覚があったのね?」
「おっと、藪蛇でしたか」
「わたし達はもう過去の存在なの。わたし達が泥を啜るだけで、これからを生きていく貴方達を守れるなら本望よ。ね、ジャンヌ?」
「そうですね。英霊となった今でも、生前に抱いていた想いは変わりません。より良い未来のため。貴方達が泣かずに、戦わずに、傷付かずに日々を謳歌できるようになる。私はそれを実現したいと思ってます」
「ここで貴方方にお会いできて良かった」
彼は自身が前線に立ち続ける事に、悲観的な思いは抱いていない。それでも味方でいてくれると公言してくれる存在がいる事が、とても嬉しかった。これでもし自分が死んでしまっても、彼女が自分を孤独だと感じなくて済むだろうから。
『サーヴァントの反応が2つ!1つは乱蔵君が戦ったのと同じ反応だ。それとまだ住人が多数いるみたいだ』
「自分が助太刀します」
『気を付けてよ!』
「無茶はなさらぬように!」
暖簾に腕押しだと分かっていても、少しでもその言葉が無茶な行動への枷になればと思い、ジャンヌは言う。
避難の邪魔にならない場所に停車。全員が降車し、乱蔵とそれ以外に別れる。
跳躍し建物の上へ。速度を緩めず飛び移りながら、剣戟音の源へと向かう。そこにいたのは、竜を象った銅色の鎧を着けた男と、デオンがいた。クラスの差か、もしくは純粋な技量の差か、ゲオルギウスが押されている。
「ゲオルギウス殿を確認!それと敵はセイバーのデオンです!」
情報共有のためオルガマリーに伝える。
「しゃああ!」
攻撃を中断させ場を仕切り直すため、態と大声を発しこちらを認識させる。落下と共に振り下ろしたスターライザーを、思惑通り後退して回避した。
「ゲオルギウス殿で間違いありませんか?」
「如何にも。あなたは味方と見てよろしいみたいですね」
「竜の魔女打倒のため、お力を貸して頂きたい」
「よろしいでしょう。まずは眼前の脅威を打ち払いましょう。助力して頂きたい」
「承知!」