はあー、立香いねぇ、マスターもいねぇ、サーヴァントもそれほど揃ってねぇ 作:日高昆布
批評、よろしくお願いします。
室内を炎と憎悪が満たす。
喉を焼くような熱は、炎が発しているのか、それとも憎悪が発しているのか。
その「動」が満たす中にて、乱蔵とヴラドは「静」であった。ゆっくりと歩を進め、間合いの一歩手前で止まった。僅かに得物を揺れ動かす様は、喰らい付くタイミングを計る肉食獣の様であった。
全身を震わせる「動」の戦いに対し、全身を締め付けるような緊張を齎す「静」。しかしそれは嵐の前の静けさだ。一度動き出せば、もう止まる事はない。
張り詰めていく弓の弦のように、少しずつ少しずつその時は迫っていた。
弾かれた炎が2人の間を割って入った。軌跡を追わず、瞬きもせず。そして同時に動く。
肘を曲げ、腕の
しかし、極限にまで高められたテンションと限界まで強化された神経は、乱蔵にそれを見てから回避させた。短いサイドステップで回避しつつ、体を沈み込ませる。水平に構えられたライザーが振るわれる。その高さは、回避行動を迷わせる絶妙な高さ。
それに対し迷わず回避行動を取れるのが、英霊だ。
刀身に手を乗せ、地面とし、倒立するように回避。
刹那の背中合わせ。同時に回転。僅かにヴラドが早かった。
火花を散らし乱蔵が壁に叩きつけられた。追撃を行わず、掌を見た。一筋の赤い線。力を弛緩すると血が溢れ出た。
ーー痛み分け、と言うには差があるが、先に傷付けられたのは余の方か
既に立ち上がっている乱蔵を見遣る。思わず、笑みが溢れる。
床を砕き駆け出す。乱蔵は待ちの構え。
振り下ろされた槍を、逆手に構えた刀身で滑らせる。体勢を崩す事を狙っていたが、優れた体幹を以ってそれを最小限に抑えられる。攻撃は不可能と判断し、後退。
それを追うヴラド。フェイントや、リーチを惑わす曲芸的な槍捌き。円を描くその動きはそのまま威力に上乗せされている。斬り結ぶ度に大きく揺らされる。ブラドの動きに淀みは一切なく、途切れる事なく全てが繋がっている。時間を経る毎に威力が上がっている。どうにか状況を動かさなければジリ貧である。故に一歩間違えれば玉砕の一手を打つ。
敢えて踏み込み、必殺の間合いの更に内側へと身を晒す。
「?!」
横薙ぎの動きがキャンセルできない絶妙なタイミング。ヴラドの攻撃は斬撃から打撃へと変わる。柄が胴体に接触する瞬間に体を動かし、ミートポイントをズラし脇に挟み込む。同時にその動きを殺さぬように更に体を動かしながら、ブラドの首を鷲掴み、後方へと投げ飛ばす。ふらつきそうになるのを堪え、ヴラドを追い、壁に叩き付けるようにタックル。諸共壁を打ち抜く。
壁の外は両側を壁に囲まれた狭い螺旋階段であった。受け身も取れず階段を転がっていく。浅い角度であったため自然と止まる。
自分より上段でまだ這っているヴラドを見た乱蔵は、四つ脚のような不恰好な状態で一気に接近。顔面へと拳を叩き込む。体勢を直せないまま喰らったヴラドは、脳を揺すられ意識が白濁となった。虚ろな目から好機と悟る。頭を抑え込み、頬を何度も殴打。床が割れる程の威力。しかしそれが彼の意識を呼び起こした。
「『
「あら、ヴラドが宝具を使ったようですね。思ったよりも苦戦したのか、戦いに飽きたのか。まあどちらにせよ、宝具を使っておきながら、仕留め損ねるような愚は犯さない事でしょう。こちらももう少しで終わりますし、丁度いいタイミングですね」
『残念だけど乱蔵君は生きてるよ』
高笑いする程に上機嫌だった
「使えないグズね。羨ましいわね私。……アレがこちらにいたらどれだけ楽だったか」
乱蔵が復讐を肯定した事を覚えていた彼女はそう言った。皮肉か本音かそれは本人にも分からない。
静寂。ヴラドも乱蔵も動かなかった。
「くくく……。ははははは!!大したモノだな」
宝具は間違いなく必殺の間合いで発動し、直撃した。肉を貫く感触もあった。しかしそこにある血溜まりはあまりに小さかった。
「躱せぬと分かって目を潰すとはな」
ヴラドの左眼は完全に失明していた。
顔の側面を床に押し付けられていた状態で、視界を得ていた方の目を潰された事で盲撃ちとなったのだ。マウントを取られていた事で完全に外すような事はなかったが、果たして割りに合っているのかどうか。
「名を聞いておこう」
「……三船乱蔵」
淀みない足取りで姿を現す。
「乱蔵か。覚えてこう」
左脇と左肩から流れた血が、床に溜まっていく。
左眼窩より溢れる血が服を汚す。
「……」
「……」
互いの手に得物はない。
否、拳がそれである。
「ぜあっ!!」
「しゃあっ!!」
死角側の頬を、穴の開いた脇を、拳が叩く。
「腕が動かぬか!」
「十分だ!」
靡く長髪を掴み頭突き。潰れた鼻から血が飛び散る。
メットの後頭部を掴み離脱を阻止。脇に膝蹴り。2発、3発と立て続けに叩き込む。喉奥より血が昇り吐き出された。
髪を掴んでいた手でイヤーカップを打つ。空気圧を利用した三半規管への攻撃。目論見通りヴラドの視界が歪む。そのまま頭部を押し退け、壁面へとぶつける。その行為自体にダメージはなかったが、揺れが悪化し膝をついてしまう。
「はあっ!!」
空かさず回し蹴りを側頭部に叩き込む。どこからかの血が飛び散る。
「ハアハアハア……」
キングブラスターを引き抜きトリガーをーー
「?!」
背中より杭が撃ち出される。紙一重で回避するがその隙に接近され、タックル掌底。片手で顎を突き上げ、片手で脚を取られ押し倒される。
マウントを取られた。即座に右手首と首を渾身の力で握り締められ反撃も離脱も封じられる。
酸素を断たれた脳が今にもシャットダウンしようとしている。それでも懸命に打開策を探す。使えるのは、
左手が動いている事自体はヴラドも気付いていた。しかしナメクジが這うような動かせない上、右手の拘束を振り解こうとする動きに対処しつつ警戒できる程の余裕はなくなっていた。だから左手がどこを目指しているのか全く気付けなかった。
突然下腹部より全身に奔る激痛。拘束していた手が勝手に弛緩する。
左手が睾丸を握り潰そうとしていた。
「ぐおおおおお!!!」
ブラドの幸運、乱蔵の不運。それは睾丸を握りしめているのが左手であった事。深いダメージのせいで十分な握力を維持する事ができなかったのだ。
戦術も思惑もない痛みからの逃走。吐き気さえ催す痛みに、しばらく立ち上がる事さえ叶わなかった。
「ゲホッ、ゲホゲホ……」
「熟、貴様は、強いな。斯様な泥仕合、生まれて初めてだ」
2人とも支えなしには立ち上がれなくなっている。壁に身を預けながら、緩慢に立ち上がる。
キングブラスターを構える。徹底したその姿勢に胸中で賛辞を送る。だが、
ーー簡単に勝ちをくれてやるつもりはない!!
「カアアア!!」
全霊の力を以って走り、全霊の力を以って貫手を繰り出した。
手は空を切った。
「……見事!」
『聖杯の回収を確認した!帰還の準備をしてくれ』
「ロマ二!乱蔵は?!」
『大丈夫だ。ちゃんと生きてる。ただかなり負傷しているから、医療班を準備させておくよ』
階段へと通じている扉が開く。戦闘の余波で歪んだのか、耳障りな音を立てた。
「乱蔵!」
制服を破って作った即席の包帯から、血が滲み出ている。脱力している左腕。鼻血、吐血の跡。それでも確と歩いている。
感極まったオルガマリーが突撃を敢行しようとして、直撃一歩手前で踏み止まり、控え目に抱き着く。
「ご無事で何よりです」
「乱蔵も無事でよかった……!」
誰もが乱蔵に負けず劣らず負傷しているが全員無事であった。
2人を囲うように全員が集まる。
「次呼ぶならちゃんと後方勤務させてくれ。もう切った張ったはゴメンだ」
「私が言うべき事は他の方が言ってくれるでしょう。それでも、貴方はもっと貴方自身を大事にしてあげなさい」
「未来のアタシいなかったじゃない!この借りはちゃんと償って貰うわよ!」
「……人理修復の旅に同行すれば安珍様を見つけられるかもしれませんね」
「私達が不甲斐ないせいで貴方には大きな負担を掛けてしまいました。共に歩む時には、必ず挽回させて頂きます。感謝するのも何か変ですが、
別れは惜しいが、世界が白み始めている。
「ねえ乱蔵」
マリーが手を取る。
「貴方が私の手の届かない所で傷付いていく事を考えると、とても胸が苦しくなるの。私にはそれを止められない。だからせめて、傍で支えさせて欲しいの。だから必ず私を呼んで」
視界が白く塗り潰されていく中、彼女は最後までその手を握り続けていた。
心のどこかで、英霊と言う存在は人とは隔絶した存在であり、利害の一致や契約による隷属でなければ味方にならないと思っていた。だが彼らは人なのだと分かった。困っている誰かに、得にならないと分かっていても手を差し伸べるように、心で動いているのだと。
「ヴィヴィラ・フランス!よろしくね、私の騎士さん」
あの時と変わらない笑顔の彼女を見てそう思った。
評価して下さった方ありがとうございました。感想を頂けると凄く励みになりました。
誤字脱字報告をして下さった方ありがとうございまいした。隅々まで読んでいただけて嬉しかったです。
まだまだ書きたい話もあるので、しれっと更新すると思いますが、またその時は読んで下さい。
ありがとうございました。