はあー、立香いねぇ、マスターもいねぇ、サーヴァントもそれほど揃ってねぇ 作:日高昆布
「ウソでしょロマン......。マスターが全滅なんて。それに、レフまで……」
『
「——! 急いで凍結保存に移行しなさい。生存が最優先よ」
齎された情報は『悪い方』と『もっと悪い方』しかなかった。施設は破壊され、人員も3分2以上が失われた。
妨害など予測出来なかった、などと言う言い訳が通じる相手ではない。帰還し悠長に挽回策練っていれば、協会にカルデアを取り上げられ、アニムスフィア家の没落は必至となる。
損失に見合うだけの成果を、なんとしてでも得なければならない。
しかし当主としての強迫観念染みた義務感に突き動かされそうになる一方で、現戦力での探索が可能かを推し量っている冷静な部分もあった。
マスターのいないデミ・サーヴァントと、ほぼ未知数のG3。骸骨を相手に見せた乱蔵の格闘能カを含めた戦闘力を鑑みれば、ある程度のスペックがある事は分かる。だがそれだけの検証で主戦力として運用するには、乱蔵の事も含めて抵抗があった。
『帰還の準備が整うまではそこを拠点に待』
「静かに」
聞きに徹していた乱蔵が突然言葉を遮った。疑問を挟むより先に、緊張を多分に含んだ呟きに各々が臨戦態勢を取った。
「何の音だ ?」
甲高い音。類似の音を探した時、どうしてかカルデアを思い出した。しかし機械の音ではなく、内部で聞くものでもなかった。ふとした拍子に耳を傾ける音。意識しないほどに聞き慣れた音。
複雑な地形に嬲られた風の音。
「走れ!!」
答えに至った乱蔵は叫び、オルガマリーを掬い上げるように横抱きに抱えた。マシュが警告に従ったのか確認する間もなく、
まるで石を投げ込まれた水面のように地面が巻き上がる。乱蔵の肩越しにその現実離れした光景を見たオルガマリーは、この特異点が既に救助を待てるような状況ではない事を悟った。
「マシュ殿!」
「ここに!」
再び着弾。つんのめりそうになる体を死に物狂いで立て直す。至近弾でさえ致命傷となり得る威力。直撃すれば痛みさえ感じずに四散する事は間違いない。
再び着弾。瓦礫の波が装甲を何度も叩く。
再び着弾。体勢を立て直し切る前に崩され、無理な回避に徐々に体が悲鳴を上げ始める。長くは保たない。
「私が止めます!」
打って出なければならない。盾の下端部を地面に打ち付け固定。
——刹那、意識が飛ぶ。
映像を結んだ視界に映るのは、焼けた空。
仰け反っていると瞬間的に認識出来たのは、幸運以外の何物でもなかった。しかしそれだけ。
その体勢を立て直すには、四肢へと伝わる電気信号の速度があまりに遅すぎた。
「マシュ殿!」
背中に鉄の冷たさを感じた。顔の脇を通り伸ばされた手が、彼女の腕を掴み、再び盾を地面に打ち付けた。
絶え間なく続く攻撃に、威力の衰えは一切見られない。衝撃だけでアイスでも掬うかのように地面が抉られる。全身を駆け巡る痛みに再び意識を手放しそうになる。
「気をしっかり! このまま横移動でビルの陰に隠れます! 所長殿は我々から一切はみ出ないで下さい!」
着弾音と破砕音にオルガマリーの耳はすっかりバカになっており、乱蔵が何かを言っていると言う事さえ分かっていなかったが、言われなくとも分かる事であった。
着弾。
着弾。
着弾。
着弾。
絶え間なく降り注ぐ圧倒的な攻撃に、僅かな移動さえ儘ならない。すでに消えつつある腕の感覚が、限界が近い事を如実に表していた。
——耐えろ!ここで押し負けたら地球が滅びるつもりで耐えろ!一分一秒でも長く耐えろ!死ねばこれ以上の責め苦に遭うと思え!2人が地獄に堕ちると思え!
——耐えろ!
——耐え…ろ!
——耐…え……ろ
無限とも思える時間は、呆然と呟かれたオルガマリーの言葉で終わりを告げた。
「 止まった? 乱蔵! マシュ!」
呼び掛けにより意識を取り戻す2人。すぐさまオルガマリーを抱え、マシュの盾に身を隠しながら走った。
比較的損傷の少ない高層ビルを見つけ、ロビーに駆け込む。あの狙撃に対して凌げるとは思えないが、少なくとも身を晒しているよりは安心できた。
「……何なのよアレは!」
「残念ながら、超長距離からの何かしらによる狙撃と言う事しか分かりません」
「あんなのがいるなんて聞いてない……」
顔を覆い、座り込むオルガマリー。打ち拉がれている彼女に申し訳ないと思いつつ、マシュと現状把握を進める。
「マシュ殿」
「何でしょう」
「盾に問題は?」
「ありません。私の筋力の問題で弾かれてしまいましたが、強度は相当なものだと推定できます」
未だ痺れの残る腕を摩るマシュ。
それを見た乱蔵は彼女の腕を取る。
「失礼、少し触診します。インナーは外せますか?」
白く陶器の様な肌。盾との衝突による打撲痕がいくつかあったが、内出血や異常な腫れはなかった。
「押されると痛い箇所はありますか?感覚はしっかりとありますか?」
「痛む箇所はありません。触覚も正常です」
「分かりました。異常は無さそうですね」
「乱蔵さんは大丈夫ですか?」
「戦闘に支障を来す類のものはありません」
マスクを外し、傍に置く。
「所長殿」
肩をゆすり、意識をこちらに向けさせる。
「無事に帰るには貴方のお力が必要です。我々はまだ生きています。どうか前を向いて下さい」
無茶を言っている自覚はある。マシュの様に英霊を宿しているわけではなく、自らの様に英霊の武具を纏っているわけでもない。それでも彼女に生身でこの死の荒野を踏破しろと言わなければならないのだ。
何かを言い掛けては震えが口を塞ぐオルガマリー。あの攻撃の最中、何もする事が出来なかった。ただ暴力にさらされ、ただ泣き喚いただけ。死の恐怖が、無様な無力感が彼女に襲い掛かる。彼女は顔を上げる事が出来なかった。
「……武具を纏う自分でさえここは恐ろしいです。そんな場所に生身でいる貴女の恐怖やストレスは自分には想像出来ません。それでも言わせていただきます、オルガマリー。こんな所で何も残せず、汚名を雪ぐ事すら出来ず、それで満足ですか。瀕死の彼らが起きた時、当然の事と受け入れられて満足ですか。悔しくないのですか」
「……悔しいわよ! でも、私には何も出来ない。力も勇気も……ない」
「人には役割りと言うものがあります。武力のある我々の役目は切った張ったであり、知識のある貴女の役目は、我々が勝利を得るために必要な情報を導き出す事です。武力だけでも、知識だけでも勝利を得る事はできません。貴女が必要なんです」
「————」
目を閉じ深呼吸を数度繰り返す。眼にはまだ怯えが残っているが、自力でも立ち直れたな、と思わせるぐらいの光が宿っていた。
「先の奇襲。あれは間違いなくサーヴァントによる物です。であるならば、この事態は聖杯によるものだと予想できます。よって我々が目指すべき場所は、聖杯の柳洞寺の地下空間です。異論はありませんね?」
無論、と頷く。
悪路しかない道と、狙撃を警戒し気を張り続ける移動はオルガマリーの心身への大きな負担となっていた。比較的無事なコンビニやスーパーで補給と休息を行なっているが、状況を考えれば時間を取れるはずはなく、完全回復には程遠い。明らかに足取りが重くなっていたが、彼女は弱音を吐かなかった。そも、歩けないと言っても戦闘要員である2人が背負う訳にはいかないのだが。
背の高いビルが立ち並ぶビジネス街を抜け、川縁に差し掛かかると柳洞寺が漸く顔を見せた。ゴールが目視出来るか否かはモチベーションに大きく関わってくる。
しかしそれに水を差す様な形で一行の前に、奇妙な石像が姿を表した。今にも走り出しそうな躍動感と、顔を恐怖に歪ませた石像。平時であれば悪趣味で片付けられるが、それがレイシフト先で、しかも大量にあるとなれば話は全く異なってくる。
「これは……サーヴァントの仕業でしょうか」
即ち、これは生身の人間なのか。
「悪趣味なただの石像を大量生産するだけの敵がいれば話は別ですが、これは間違いなくサーヴァントでしょう」
マシュの問いにオルガマリーが答える。
乱蔵は既に右手にチェーンソーのデストロイヤーを、右手にスコーピオンを装備している。
「所長殿を中心に自分が前を、マシュ殿は後ろを。所長殿も周囲に目を走らせて下さい」
どこまで行けば脅威から離れられるのか。現状でそれを判断する材料は何もない。オルガマリーもそれを把握しており、忙しなく周囲に目を走らせている。しかし心身の疲労が限界に達しつつある彼女には、異常を異常と判断するだけの気力が最早残っていなかった。
視界に映る銀に光る物体が鎖だと気付いたのは、乱蔵の側頭部に直撃してからだった。
側面からの不意打ちは乱蔵を容易く倒した。柵に体を強かに打ち付け呼吸が詰まり、視界が揺れる。
思わず駆け寄ろうとしたオルガマリーの背後で、激しい金属音が響く。二度目の鎖を盾で防いだ音。耳を劈く音に思わず体を止めてしまう。
「敵サーヴァントです!」
まるでその言葉を待っていたようにサーヴァントが姿を表す。黒のフードを被り、大鎌を持つ姿はまさに死神そのものであった。端麗な容姿、蠱惑的な笑み、グラマラスな肢体。その全てが恐怖を煽る。
「可愛らしいお客様ですね。じっくりと遊んであげましょう」
嗜虐的な言葉を裏付ける様に、鎌を大仰に乱舞させ、瓦礫を切り刻む。
敵サーヴァントにしてみれば、攻撃も防御もあったものではないただの威嚇行動だが、マシュにはどこから繰り出されるか予測させないためのフェイントとしか映らなかった。
攻撃手段を持たぬ故に動けない者と、恐怖を煽り楽しむため敢えて動かぬ者との間で奇妙な静寂が訪れる。マシュの顔を粘り回す様に見ているサーヴァントは、攻撃を見逃さんとする彼女の目の動きに気付く。意図せぬ結果だが、使わぬ手はない。
鎖が
眼前にまで至った鎌が自らの右腕を切り取らんとする軌跡を、彼女はただ見ている事しかできなかった。
「シィィイ!!」
鋭く吐かれた呼気と共に振り下ろされたデストロイヤーが、鎌を叩き落とす。
乱蔵の闖入にサーヴァントが一瞬惑う。好機と見た乱蔵は鎌の柄を全力で踏み付け右手ごと固定。スコーピオンを頭部に押し当て、トリガーを引く。が、柄を手放しフリーになった左手でスコーピオンを叩き、逸らす。弾丸はフードを破き地面を砕く。
空薬莢が落ちるよりも早く、サーヴァントの拳が乱蔵の脇に突き刺さる。
口一杯に広がった吐瀉物を無理矢理飲み込み、その腕を右手で潰さんばかりの力で握り締め、デストロイヤーを消した左手で後頭部へ回し、一気に自らの側へと引き込む。地面を蹴り付け跳ね上がった膝が、顔面へと叩き込まれる。
いくらサーヴァントと言えども、倍力機構の組み込まれた鋼鉄のスーツに顔面を蹴られればただでは済まない。歯と鼻が折れ、大量の鼻血と共に砕けた歯が流れ落ちる。
しかしサーヴァントがその程度で終わる訳がない。
髪が蠢く。風でも慣性でも無い、髪が意思を持ったかの様な異様な動き。この局面において、それが只のブラフである訳がない。
——ここは近すぎる!
咄嗟に飛び退く。瞬間、眼前を鎖が縦横無尽に走る。胸部に微かな衝撃。さしてダメージはない。しかし、と地面を穿った鎖を見て思う。
——装甲の隙間を狙われるのはまずい
落としたスコーピオンを走りながら拾い上げ、撃つ。牽制のつもりで当たれば御の字程度の気持ちだったが、重力を忘れた様な跳躍で回避されるとは思っていなかった。
頭上数メートルを飛ぶサーヴァント目掛け偏差射撃。大鎌が唸る。火花が散る。あっさりと弾かれた弾丸が力なく落ちた。しかし弾いた瞬間に僅かにだが体がブレていた。ダメージは与えられずとも、ある程度のストッピングパワーは期待できると判断。
着地を狙い射撃。不整地を物ともしない蛇行による回避。狙いが追い付かない。瞬く間に距離を詰められる。このままでは押し込まれる。そうなれば戦局は一挙に傾く。既に射程圏内。だがリズムに乗せてはならない。故に乱蔵は前に出る。
それによりミートポイントが切っ先から柄へとズレる。しかしそれだけで英霊の攻撃を受け止められる訳がない。掲げられたデストロイヤーは肘方向へと傾いていた。それは、上段からの振り下ろしを受け流すための形。上段受け。
柄と刃が激突。全身に響き渡る衝撃。膠着は一瞬。流れ始め、擦過による火花が散る。滑り切った鎌が地面を砕く。
サーヴァントの顔こそこちらを向いているが、致命の隙を晒していた。
上段受けが手刀の打ち下ろしへと転じる。顔面へと迫るデストロイヤー。
「!!」
不快な金属音が連続的に響く。鎖による防御。手応えから即座の切断は不可能と判断。同時に身を横に投げ出す。空気を引き裂く音。何が振るわれたかなど、考えるまでもない。
右腕だけで地面を叩き、巻き戻しのように体勢を直す。サーヴァントはまだ振り抜いたまま。
———果敢攻勢あるのみ!
しかし踏み出した足が奇妙な振動を感じ取った。
———
地中より鎖が飛び出す。中空を走る姿しか見ていない乱蔵は、それが咄嗟に鎖であると認識できなかった。完全に意表を突かれた彼はなす術なく絡め取られ、ハンマーのように振り回された。