はあー、立香いねぇ、マスターもいねぇ、サーヴァントもそれほど揃ってねぇ 作:日高昆布
サーヴァントはこれまでの鬱憤を晴らすかのように、回し続けた。その速度は1週目が終わる頃には、すでに乱蔵の意識は飛んでいるほど。
自身の軸が怪しくなっても回し続ける。
土手に叩き付けられる。その衝撃と痛みは、車に叩き付けられる時と比較にならない程であった。息が詰まり、視界は荒れる水面の如く揺れ、四肢の全てに力が入らない。
「苦痛に歪む顔が見られないのは残念でなりませんが、道半ばで果てる事で手打ちとしましょう」
サーヴァントが乱蔵を踏み付ける。鎖の拘束があるが、万が一にも外さぬために。この一撃を必殺とするために。
石突きを喉目掛け、振り下ろ——
「やああああああ!!」
シールドバッシュ。
ダメージと転倒こそなかったものの、大きく距離を開けられる。チッ、と、サーヴァントは自らの失態に舌打ち。
「乱蔵さんはやらせません!」
「大層な盾ですが、未熟な貴女に果たして守れますか」
「守ります!」
「乱蔵! 乱蔵!」
どれだけ揺すっても、力なく揺れるだけの頭部。吐きそうになる程の不安が押し寄せる。
「乱蔵!」
「……ゴホゴホッ、ぐ、む……。所……長殿。状況は」
「乱蔵! 今はマシュが戦ってる。貴方は? 怪我は?」
「痛みはありますが、骨折はないようです。……くっ、自力での脱出は不可能か」
「そんな……」
マシュ1人であのサーヴァントを倒せるのか。思わず振り返る。
善戦はしている。しかしそれは薄氷の善戦である。そも盾とは武器ではないのだ。もしマシュに百戦錬磨の経験があれば、盾でも倒す事ができたかもしれない。逆を言えば、それだけの経験を積まなければ盾のみで勝つ事は不可能なのだ。
恐怖に耐え、痛みを堪え、必死に立ち上がってもその度に新たな困難が待ち受ける。その全てを跳ね除けられる力も心も、オルガマリーは持ち合わせていない。
「所長殿。このチェーンソーで鎖を切って下さい」
それでも、共に跳ね除けようとしてくれる仲間がいるなら、彼女はまた立ち上がれる。
他力本願を醜いと思う事なかれ。彼女はこの地獄に於いて、敵を打倒する武器も、己が身を守る盾も持ち合わせていない。乱蔵とマシュがいようと、彼女が死に一番近いのは変わらない。それでも彼女は立ち上がる。泣き喚き、小便を漏らしても、立ち上がる。仲間に手を引かれ立ち上がるのだ。
「重い! ちゃんと切れるんでしょうね?!」
「分かりません」
「ちょっと!」
手を差し込み、奥のグリップを握り込む。握力を感知し、チェーンソーが回転を始める。予想以上の勢いに振り回されそうになる。慌てて握力を緩め、回転を抑える。
「全部の鎖に当たるよう平行に押し当てて下さい」
この鎖の厄介な所は、一本が複雑に絡まっているのではなく、複数の鎖が拘束している事だ。前者であったなら運が良ければ一箇所を切っただけで解けただろうが、これではそうは行かない。
大量の火花が飛び散り、オルガマリーは思わず鎖から離してしまう。不甲斐ない自らの行いに歯嚙みをする。
「落ち着いて下さい。反対側に回って」
「それじゃあ貴方の肩に当たるでしょう。火花くらい何よ。やってやるわ。……これぐらいしか出来ないんだから」
暴れようとするデストロイヤーを、歯を食いしばり何とか抑え込む。飛び散る火花は、彼女の顔にまで達する。背けるが、怯まない。
「———」
乱蔵は両腕に渾身の力を込めた。途端に全身に痛みが走る。しかし緩めない。緩められるはすがない。身を挺し戦うマシュのために、無力と知りながら戦おうとするオルガマリーのために。
——死なせてなるものか!
——死なせてなるものか!!
咆哮!
雄叫!
大喚!
何度目か分からない斬撃。既にマシュの腕は疲労困憊となっている。
未熟ゆえ受け流す事もできず、正面からただ只管受け止めるだけ。力負けし、何度も盾を弾かれそうなっては、力任せに引き戻す。それを何度も繰り返した。
それが今や、盾を保持するだけで精一杯になっていた。未だ致命傷を負っていない事は、サーヴァントの戯れでしかない。
「健気ですね。どれだけ待っても無駄だと言うのに」
受け答えさえできず、ただ睨み付ける事しかできない。負け犬の遠吠えならぬ、負け犬の睨視に溜飲が下がっていく。
ならばこれ以上戯れる理由はない。即死に至らぬ致命傷を与えよう。そして奇妙な鎧の男を嬲り殺し、無力な少女を弄ぼう。
静から動へ。瞬時にトップスピードに至るサーヴァントに、マシュはやはり反応出来ない。迫って来る事を視認出来ているのに、酸素の足らない脳はそれを認識出来ない。容易く懐に入り込まれる。
大鎌の返しを引っ掛けられた盾は、あっさりとマシュの手を離れる。取り戻そうとする腕さえ、満足に動かない。彼女の身を守る物はなくなった。
振り下ろされる大鎌が、彼女にはやけにゆっくりと見えた。止まっているようにさえ見えた。
「何っ?!」
否。事実大鎌は止まっていたのだ。サーヴァントの背後より伸びる鋼鉄製のワイヤーがその腕を絡め取っていた。マシュを守る
自身の腕を引き寄せようとする動きに、サーヴァントは咄嗟に踏み止まってしまった。踏み止まれてしまった。それは致命的な判断ミスであった。動きに任せ半転し、転倒だけを避ければ或いは挽回出来るミスで済んだかもしれない。
だがサーヴァントは背を晒している。武器も防具もなく、その背を晒している。
デストロイヤーが肋骨を両断し、内臓を斬り刻み、腹部を裂く。
「がはっ!!」
傷口から内臓が飛び散り、夥しい量の血を吐き出す。痛い、と言う感覚では済まされぬ激痛。末路は死のみ。
だが即死に至らぬ致命傷だげではサーヴァントは止まらない。
髪より変じた鎖がデストロイヤーを雁字搦めにする。更に鎖の上から握り込む。押すも引くも、下ろすも上げるも封じる。
驚異の精神力。サーヴァントが心身共に逸脱した存在である事を、乱蔵はここに至り思い知った。
顔面にエルボーが突き刺さる。乱蔵の反応を見ず、2発、3発と、立て続けに打ち込まれる。4発目で複眼部に亀裂が入った。
バキリ、と言う心根を冷やす音。これ以上の打撃はマズいと、デストロイヤーから手を引き抜き後ずさってしまう。
デストロイヤーの重心変化で乱蔵が後退した事に気付く。逃すものか、と更なる出血も辞さずに振り向き、大鎌を振り上げる。破砕音と火花。赤いパーツが散らばる。優に100Kgを超える乱蔵が、その身を5m以上も打ち上げられていた。
しかし、
——浅い!
胸部装甲からは火花が散り続けている。マスクは左複眼部を砕かれ、流血している乱蔵の顔が露出している。しかし生きている。死なず、戦闘不能にもならず、重傷さえ負わずに。
必殺の意思の元に繰り出した攻撃を回避されたサーヴァント。しかし既に次撃の攻撃態勢に移っている。大鎌の投擲。振り上げた腕を勢いのままに後方へと被る。空中にいる乱蔵に躱す術はなく、防ぐ手立てもない。終わりだ、と叫ぶ。
だが飛ぶはずの大鎌はガラン、と音を立て地面に落ちた。何が起きた、と自身の手を見る。鋼鉄製のワイヤーがあった。ピン、と張られたワイヤー。目で追う。根元にいるのはマシュだった。
乱蔵を見る。
スコーピオンを構えている。奇妙な構えであった。グリップを握る右手に、トリガー部に差し込まれた左人差し指。G3の倍力機構と乱蔵の腕力によってのみ可能となる、桁外れの速射法。
ドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッ!!
その連射は乱蔵が建物に叩き付けられるまで続いた。
壁面を削りながら落ちる。落下地点は瓦礫が重なり斜面になっていた。受け身も取れず、斜面を転がる。スコーピオンだけは手放すまいと抱え込む。しかし体は既に限界であった。転がり落ち止まっても、立ち上がる事が出来なかった。いくら腕を立て上体を持ち上げようとも、まるで全身が鉛になったように重かった。
「乱蔵!」
「サー…ヴァン…トは」
「先の連射で倒しました! 私達の勝ちです」
マシュの答えに全身の力が抜ける。その様に、すわ死んだのか、と2人が悲鳴を上げた。今にも意識を飛ばしそうだったが、最後の力を振り絞り、サムズアップで応える。それを最後に乱蔵は今度こそ失神した。
一方の2人は意味深な仕草と読み違え、更に悲鳴を上げた。
「紛らわしいのよ」
「所長、乱蔵さんの疲労具合を鑑みればそれも致し方ないかと」
「そうだけど……」
意識を取り戻した乱蔵にぶつくさと文句を言いながら、怪我の簡易処置を行っていた。とは言え、碌な物資のない現状ではその簡易処置さえまともに出来ないのだが。
「これで破片は全部取れたと思うけど……。血が止まらないわね」
「顔の出血は止まりにくいですからね」
「そこまで深くはないですから大丈夫です。唾付けておけば止まります」
「そんな治療法があったなんて」
「全力で舐めましょう!」
「!?」
予想を超える純情さ。これでは無知につけ込むクソ野郎になってしまう。慌てて訂正しようとし——2人を押し退け立ち上がり、スコーピオンを虚空に向ける。
「おっと、敵じゃねぇから撃つなよ」
気安い男の声と共に、その姿を現わす。青を基調とした服に長大な杖。
「キャスターのサーヴァント……」
「おうよ。因みにお前らが倒したのはランサーだ」
敵意は無いように見える。しかし判断を下すにはそれだけでは足りない。彼らには圧倒的な経験と実力がある。誠実に見えて老獪。善に見えて悪。自らを隠し、騙す事など当たり前のように出来るだろう。人の中に狼を入れる事だけは避けなければならない。
「敵ではない。その言葉信用しても?」
「ああ。オレはこの狂った聖杯戦争をどうにかしてぇと思っててよ。ランサーを倒せるだけの実力があるなら、手を貸すのも、手を貸されるのも歓迎だ」
「……その言葉信用させて頂きます。弾は無い、装甲は半壊。もし敵だったらどうしようかとヒヤヒヤしましたよ」
武器、防具共に不全であると、敢えて晒す。今ならば楽に殺す事が出来ると、敢えて教える。その反応を見る。敵か味方か。筋の動き1つさえ見逃すまいと見つめる。
「実力があって、頭も回って、度胸もある。だが気負い過ぎだ。そんなに見つめられちゃ、反応を探ってるって白状してるようなもんだ」
軽く看破された事実に動揺するが、せめて顔には出すまいと真顔を貫く。そのいじらしい意地に、キャスターは更に機嫌を良くする。
「まずは自己紹介と行こうか。オレはクー・フーリン」
「三船乱蔵です」
「さて、お近づきの印だ。顔の傷を治してやるよ。そのままじゃ男前が台無しだぜ」
これ以上の警戒は心証を悪くしかねない。値千金の味方を手放すわけにはいかない。
「……お気遣いは嬉しいですが、魔力の補給の目処が立っていない今、少しでも温存すべきかと」
「おっと。そういやそうだったな。気骨のある戦士に、一流の魔術師もいて、それでどちらとも契約出来ないとはな。惜しいな」
「……貴方が把握している現状を教えて下さい」
「聖杯の場所と、それを守ってる奴がセイバーって事と、そいつを守るアーチャーがいるってとこだな」
飄々と告げる様に、乱蔵はどうにか出来る相手なのかと考えるが、オルガマリーが顎を外している様を見てその考えを翻す。
「よりによって三騎士が2体も……。しかもセイバーですって……。もう終わりよ」
ネガティヴモードに入った彼女のフォローをマシュに任せ、クー・フーリンに尋ねる。
「真名は?」
「アーチャーは知らんが、セイバーはかのアーサー王だ」
とんだビックネームである。オルガマリーがまた発狂した。
「クー・フーリン殿はどちらなら勝てます?」
「どちらも、って言いてぇとこだが、マスターなしじゃ、まぁアーチャーの野郎が精一杯だな。となると、お前とあの嬢ちゃんがセイバーとヤる訳だが……」
クー・フーリンの視線に気付いたマシュが顔を曇らせる。
「……宝具の展開が出来ないんです。私に力を貸してくれた英霊が何処のどなたなのかも分からず、ヒントになるものも分からないんです」
「だったら実戦あるのみだ。腹から声出しゃ、魔力の詰まりも無くなるだろうよ」
敵寄せのルーンを刻む。誘蛾灯に群がる虫のように姿を現したスケルトンに、オルガマリーがまた発狂する。
「なら自分ももう1枚の方を試します。流石にぶっつけ本番は怖いので」
事前の打ち合わせ通り、クー・フーリンにアーチャーを任せ、3人は聖杯のもとへと全力で走る。その先にいるセイバーは、姿を見せずとも圧倒的な存在感を放っていた。一歩毎にその圧は増す。
鉛を含んでいるかのように空気が重い。
下着を濡らすほどに発汗している。
破裂するのではないかと思う程に心臓の鼓動が早い。
姿を見せずに、これらを発症させる存在と対峙しなければならないのかと、乱蔵は顔を引攣らせて慄いた。
これではいけない。戦う前に呑まれてしまう。
「所長殿。自分は今、今生で最大級にビビっております。故に激励のため帰還した暁の、褒美を約束していただきたいのです。イエス、又ははい、あるいはうん、or分かったでお応えいただきたい」
「何よそれ。意外とがめついのね。分かったわ。私に用意出来るものに限るけど、約束するわ」
彼女も乱蔵の言葉の意図に気付く。
「では頬にチッスをば」
「はあっ?!」