はあー、立香いねぇ、マスターもいねぇ、サーヴァントもそれほど揃ってねぇ   作:日高昆布

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戦闘シーンて難しいね


その四

 超弩級の魔力炉。大聖杯。しかしそこに意識が割かれる事はなかった。

 不動にて立ち塞がる最強のサーヴァント・セイバー。

「魔術師が2に、サーヴァント擬きが1、か。しかし——、ふん、まあいい。足掻いてみせろ」

 津波のように襲い掛かる力の奔流。直視さえ儘ならぬ程に強大な魔力は、強固な岩盤に囲まれた大空洞を揺らした。

「2人ともっ、後ろへ!」

 聖剣を覆う闇。天を突く聖剣から、背後に浮かぶカルデアスさえも呑み込まんとする圧倒的な魔力が放たれる。

「卑王鉄槌、極光は反転する。光を呑め——!」

 

 掲げるは強固なる意志。極まる想いに応えるべく、堅牢な城壁がその姿を現わす。

「宝具展開!」

 

約束された(エクスカリバー)勝利の剣(モルガーン)!!」

 

擬似展開/人理の礎(ロードカルデアス)!!」

 

 迫り来るそれは、まるでブラックホールのようだった。触れる事は叶わず、遍く存在を許さない。

 それを城壁が迎え撃った。衝突の瞬間、音が消え、開いているはずの眼はその暴力的な光景を認識する事ができなかった。吹き飛ばぬよう踏み止まり、オルガマリーを抱え込む。

「うわあああああああ!!」

「いやあああああああ!!」

 護られている自分達でさえこの有様である事に、マシュの死と、その先の自分達の死を想像してしまった。

 だが——

「ぐうううううう!!」

 不破の盾と不屈の心を以って、マシュはその闇に真っ向からぶつかっていた。

 散らされて尚威力の衰えぬ闇が、彼女の肌を切る。そしてそれが些事にさえならぬ程の暴力が盾を叩いている。

 その華奢な体で、一体どれほどの圧力と痛みに耐えているのだろう。

 争いを望まぬその心で、一体どれほどの恐怖と戦っているのだろう。

 護られている自分が諦観を抱いていいのか。

 護られている自分が恐怖に慄き叫んでいいのか。

 

 ——否! 否である!!

 共に戦う仲間である自分がこんな体たらくを許される筈がない。手を添える事さえ出来ずとも、やれる事はあるのだ!

「負けるなっ、マシュ殿!!」

 あらん限りの力で叫べ!

 喉が潰れても叫べ!

 血反吐を吐いても叫べ!

 ただの声と侮るな。この声はマシュの背中を押し、闇を切り裂き、貴様を撃つ力だ。

「頑張ってぇー! マシュゥーー!!」

 声は力となり、マシュの背を押す。

「うぅああああ!!!」

 声に呼応するように城壁の輝きが強くなり、全てを呑み込まんとしていた闇を押し退けた。3人の声が闇に打ち勝ったのだ。

「お2人の声、聞こえていました。ありがとうございます」

「礼を言うのはこちらの方です。マシュ殿の勇姿が、我々に勇気を与えてくれました。だから次は自分です」

 臆する事なく、怯む事なく、怖気付く事なく、悠然と踏み出す。

 遮る濛々と立ち込める土煙の向こうにいる敵を見据え、彼は2枚目の礼装を起動させる。そして己を変革させる言霊を、腹の底から叫ぶ。

 

 

 

 

「——蒸着!!」

 

 

 

 

 

 

 ——防がれたか。

 必殺と言う自負はあったが誇りを持ち合わせていない彼女は、防がれた事にこれと言った動揺は見せず淡々と次撃への準備を始めた。

 全身へ奔り、なお溢れ出る魔力の残滓を散らしながらセイバーは滑空するように駆け出す。間合いに入ると同時にエクスカリバーを上段へと構え、踏み込んだ脚が地面を砕く。

 技術など無いただの暴力的な振り下ろしを、盾が受け止めた。破る事は不可能。しかし押し込めた深さから、すでに疲労困憊である事を看破。息を吐く間さえ与えずに攻め続ければ、1分と持たないだろう。

 勝利を確信したセイバーは再び、上段へと振り上げた。

 ——瞬間、胸部への強烈な一撃が突き刺さった。

「ぐっ」

 思わぬ一撃に体が浮く。両足が接地してなお止まりきれぬ威力。5メートルほど滑り、ようやく止まる。

 あり得ざる一撃。必殺の一振りを止められた事よりも動揺していた。

 僅かな空気の流れにより、土煙がゆっくりと晴れていく。

 そこには銀色の戦士がいた。

 頭部まで覆うその鎧は、セイバーの知る鎧とは大きくかけ離れていた。体のラインに沿った、一見すれば酷く柔に見えた。しかしその見た目に反した頑強さを、凹まされた鎧が示していた。

「キサマ、何者だ」

 

 

「宇宙刑事」

 

 

「ギャバン!」

 

 

 

 

 

 

 ——宇宙刑事ギャバンがコンバットスーツを蒸着するタイムは、僅か0.05秒にすぎない。では、蒸着プロセスをもう一度見てみよう!

 戦意を示す握り締められた拳を胸の前で構える。

 上半身を左へと捻り、その斥力をバネに前方へと両手で山突きを繰り出す。

 左手を右足甲に添えるその様は、獲物を前にした狩人の如き。

 そして天を突くように振り上げられた右手は、すぐさま左手と共に左右へと振り下ろされた。

 この一連の動作を正確に行う事により、地球衛星軌道上の亜空間内にいる超次元高速機ドルギランから粒子の状態で電送されてくる特殊軽合金グラニウム製のターボプロテクターが乱蔵の体に吹き付けられ、コンバットスーツを構成するのだ!

 

「レーザーブレード!」

 左手首に収納された専用武器レーザーブレードを抜剣。

 その容貌と唐突な名乗りにやや呆然としていたセイバーだが、再び戦意を滾らせる。

 硬い岩盤を踏み壊し、乱蔵が走る。一気に互いの間合いへと至る。

 唐竹と斬り上げの激突。遠目にも見える火花。

 拮抗は一瞬。自身の脚が沈み込む感覚を覚えたセイバーは、先手の力を抜き、鋒を下に向け流す。乱蔵が地面に打ち込んだ隙をつこうとしたが、予想以上の力で砕かれ打ち上げられた礫が、その気勢を削ぐ。タイミングを僅かに外された胴斬りを、大きなバックステップで回避。

 魔力を噴出させそれを追うセイバー。振り抜いた斥力を利用した逆胴が、迎撃の一撃とぶつかる。

 ——押し切れない!

 勢いの付いた一撃でさえ押し切れない事に、表情を変えずに驚嘆するセイバー。

 擦過の火花を散らし、擦れ違い、振り向く。制動がセイバーを僅かに遅らせる。

 間合いを意識した乱蔵の片手斬り上げが、威力の乗り切っていないセイバーの剣を弾く。上体が仰け反り、斬り上げを辛うじて躱す。しかしまだ終わらない。柄を両手で握り締められたブレードが、圧倒的な威力と共に振り下ろされた。

 当たれば勝てる/負ける。

 しかしセイバーに焦りはない。先手を捻り、逆手にしたエクスカリバーの剣先より魔力を放出。離脱への推進力と乱蔵への攻撃を兼ねたそれは、目論見通りとなった。

 反撃を想定していなかった乱蔵はそれをまともにくらい、地面を削りながら転がる。自爆に近い故、セイバーもかなり威力を弱めていたため、大きなダメージはなかったが態勢は大きく崩された。

 地面を叩き体を浮かせ、空中で身を捻り着地。

 視線の先には既に振りかぶっているセイバーがいた。

 袈裟斬り。予想以上の速度に、慌てて逆手の斬り上げをぶつける。

 威力の乗った一撃と半端な一撃。先とは逆の構図は、結果もひっくり返す。

 ブレードはその軌跡をなぞるように弾かれる。腕までもが引っ張られる。

「ぬおおぉ!」

 全身にありったけの力を込め、ブレードを振るう。辛うじて防ぐ。しかし無理な体勢からの一撃には威力が乗り切らず、たたらを踏む。

 次撃。迎撃。

 次撃。迎撃。

 次撃。迎撃。

 次撃。迎撃。

 攻勢に出られぬままいつ崩れてもおかしくない薄氷の防戦一方に、オルガマリーとマシュは援護を試みるが、戦闘のイロハを知らぬ2人には適切なタイミングと方法が分からなかった。

 一方セイバーは、崩れそうで崩れない乱蔵の堅牢さに舌打ちを漏らした。それどころか斬り合いを重ねる毎にリカバリーの質が上がっている。

 しかしそこまで。セイバーの攻撃を掻い潜り、一撃を見舞うには乱蔵は未だ未熟であった。それを自覚しているからこそ、彼は強引な攻勢に転じず、只管隙を待ち続けていた。

 膠着状態。

 次第に焦りが募る。この終わりの見えない攻防は、セイバーに笑みを向け始めていた。

 いくら倍力機構の組み込まれたコンバットスーツを纏っていようとも、覆せぬものが両者の間に存在している。

 スタミナである。

 途切れぬ斬り合いが乱蔵の体力を容赦なく削る。全身が悲鳴を上げていた。全身に鉛をぶら下げているように、動きに粘り気が出て来た。徐々に徐々に、リカバリーが遅くなっていく。

 斬り結びから乱蔵のスタミナの低下を察知したセイバーは、大振りの一撃を繰り出した。胴斬り。火花を散らし、乱蔵のブレードが上に弾かれる。強引に振り下ろし、辛うじて次撃を防ぐ。だが、崩された。体勢を戻せない。

 戦局が動いた。

 一撃、二撃。袈裟斬りから横薙ぎ。まともに食らう。散る火花。踏み止まれずたたらを踏む乱蔵。

 覆せない致命的な隙を、渾身の三撃目が襲う。胴体から顔面までを一直線に斬り上げられた乱蔵は、碌な受け身も取れず壁面に叩き付けられた。深すぎるクレーターが、彼を抱き締めていた。

「乱蔵ーー!」

 叫ぶオルガマリーを尻目に、セイバーは埒外に頑強なコンバットスーツを忌々しげに睨み付けていた。

 先の一撃は上半身を両断するつもりで放ったものだった。最大威力の一撃ではなくとも、あの場では最大の力を込めていた。しかし実際にはどうだ。両断は疎か、破損を与える事すら叶わなかった。

 乱蔵は動かない。スーツはともかく、装着者も無傷とはいかなかったようだ。呼吸しているのは遠目からでも分かった。

 ならば最大火力でトドメを刺すまで。黒い魔力が溢れ出る。宝具開放。

 マシュはあらゆる可能性が浮かび、動く事ができなかった。

 もしこの場に敵サーヴァントが他にいたら、自分が離れた瞬間、オルガマリーが攻撃を受ける。

 もしセイバーの標的が動こうとした自分に変わったら、疲弊した体で2度目を防ぎ切れるか分からない。

 もしも、もしも、もしも……。

 動けぬ間に黒き極光は臨界を迎えた。

約束された(エクス)——

「空間移動用ブースター、ON!」

 魔力の鋒が天井を割り、振り下ろされようとした瞬間、乱蔵が射出された。

 空間移動用ブースター。これは脚部に装備されている、本来は跳躍ユニットである。これを使用する事で、300mの垂直跳びが可能となるのだ。

 乱蔵はその機能を、寝たままの姿勢で使う事で水平方向への爆発的な推進力としたのだ。

 乱蔵にとってそれは賭けであった。筋道立てて考慮すれば、セイバーが宝具を使う可能性は高かった。尋常の攻撃では仕留めきれず、さりとてそれまでの体捌きから、遠距離であっても宝具開放の隙はなく。ならば、距離が開き、且つ失神している今を除き、機会はない。

 しかしそれがどれだけ納得出来る推論だとしても、机上の空論でしかなかった。

 だが乱蔵は賭けに勝った。宝具開放と言う、死中の中にこそ活路はある。セイバーは今、両腕を振り上げ、致命的な隙を(・・・・・・)晒している(・・・・・)

 懐に飛び込んだ乱蔵は、まさに振り下ろされんとしているセイバーの両手首を片手で受け止めた。

「ダイナミックレーザーパワー注入!」

 レーザーブレードが青白く光る。

 脇への刺突。が、止められる。

 拘束を振り解いた片手が、乱蔵の手首を掴んでいた。

 暴力的な魔力を吐き出し遍く破壊するエクスカリバー。

 静かなれど何物にも止められぬレーザーブレード。

 対照的なしかし絶対的な一撃を持つ得物が、互いの命に触れていた。

 踏み込んだ足が、地面を割る。

 渾身の力を込めた腕、悲鳴を上げる。

 食いしばった歯が、軋み始める。

 殺意に満ちた眼で、見つめ合う。

 この世に2人しかいないかのように、互いの姿が頭を占めている。余人の存在を許さぬ相思の空間。いっそ穏やかにさえ思える引き伸ばされた時間。

 ——故に、それが刺さった。

 オルガマリーのガンドが、セイバーの眼前で弾ける。微かに動いた視界の端に彼女の姿を見た。

 均衡を崩す訳でも、セイバーに傷を与えるでもなく。ガンドが与えたのは、僅かな時間のみ。

 そしてそれが、勝利へと繋がる。

 オルガマリーの存在に、ほんの僅かな意識と時間を奪われる。そのほんの僅か時間が、刹那にも満たぬ時間が、マシュの接近を許した。

 レーザーブレードを握る腕へのシールドバッシュ。セイバーの脳髄に痛みが奔る。僅かでありながら致命的な硬直と脱力。

「うおおおおお!!」

 叫びに全身の筋肉が応える。拮抗は一瞬で崩れた。ブレードはセイバーの胴体を貫通し、彼女に致命傷を与えた。

 吐き出された血がコンバットスーツを汚す。しかし嫌悪感は微塵も湧かなかった。

 力の抜けたセイバーが、体を預けるように乱蔵にもたれ掛かった。思わずブレードを手放し、抱きとめた。

 打倒からの気の緩みか、コンバットスーツが光となり消えた。

「——負けたか。貴様、よき戦士だな。気を付けろ、グランドオーダーは始まったばかりだ」

「なに? グランドオーダー?」

 乱蔵の疑問には答えず、告げた。」

「もし、招かれる事があれば共に戦ってやろう。取っておけ」

 何を、と尋ねる間もなく、セイバーは血のルージュの施された口で乱蔵の頬に口付けをした。赤いアーチ。彼の頬には血のキスマークが付いていた。

 別れを告げず、セイバーは消えた。

 勝利の余韻とは異なる、奇妙な静寂。仄かに感じる視線を、意図して無視する。

「手助けはいらなかったみてぇだな」

「クー・フーリン殿」

 激闘を示す消耗具合。しかしその飄々とした仕草と表情には一片の曇りもなかった。

「共闘できなかったのが残念だぜ。それ(・・)忘れるなよ。次は無双の槍術を見せてやるよ」

 獰猛でありながら人好きな笑みを浮かべながら消えていった。

 クー・フーリンの言った、それ(・・)に視線を向ける。中空に浮かぶ聖杯。忘れるなよ、と言われても、と困惑しながら手を伸ば———「蒸着!」

 間一髪! 予期せぬ攻撃を装甲でまともに(・・・・)受け止めた乱蔵は、耐え切れずに10m近く吹き飛ばされる。

「乱蔵!」

「乱蔵さん!」

 駆け寄った2人に、立ち上がる事で応える。その既に視線は下手人に向けられている。釣られ、振り返る。

「ああ忌々しい。矮小な存在でしかない貴様が、こうも邪魔をしてくれるとは」

「レフ・ライノール!」

 ブレードを握り締め、2人を背に回す。

「レ、レフ……? 何でそこに(・・・)いるの?」

 酷く動揺している。眼は見開かれ、口は震えている。

 最も信頼している存在。迷いを正し導いてくれる存在。絶対に裏切らない存在。何故そこにいるのか。何故乱蔵を攻撃したのか。何故赤に染まったカルデアスを背に佇むのか。

 そんな事、誰に聞かずとも分かる。しかし尋ねずにはいられなかった。

 分かりきった事を態々問うなど、ナンセンス。滑稽。そう言ってレフは彼女を嗤うつもりでいた。

「…………」

 だがそこにいるのは、唯一の拠り所に縋ろうとする愚か者ではなかった。

 酷く打ちのめされ、今も泣き喚いている。だが、それだけだ。崩れていない。折れていない。なけなしの気力を振り絞り、立っていた。

 自身の手から僅かずつ逃れ始めていた事は分かっていた。それでも都合の良い傀儡である事に変わりはなかった。それ故に見縊っていた。ただ接するだけでこうも影響を与える、三船乱蔵と言う男を。

「レフ!」

「喧しい事だ。そんなに真相を聞き出したいなら、こちらに来ればいい。聞かせてあげよう。君が再び死ぬまでに間に合えば、だが」

 突如浮遊を始めるオルガマリー。見えない何かを引かれる様に動き出す。

「いやああああ!」

「所長殿!」

 それを乱蔵が止めた。全力で握れば潰しかねない膂力を制御し、彼女を手繰り寄せる。

「マシュ殿! 死ぬ気で抑えて下さい!」

「分かりました! 乱蔵さんは何を?!」

「奴を殺します」

 そこには微塵の躊躇もなかった。

「大きく出たな、人間風情が!」

「覚悟しろよ、レフ・ライノール!」

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