はあー、立香いねぇ、マスターもいねぇ、サーヴァントもそれほど揃ってねぇ   作:日高昆布

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串田アキラっていいよね


その五

 世界が揺れている。それがただの地震ではない事は、レフと相対している乱蔵にも分かった。そしてそれがこの世界にとって致命的なものである事も。

 しかしその事に乱蔵は意識を全く割いていなかった。彼の目的はただ一つ。眼前にあるもの。レーザーブレードを正眼に構え、不動にて対峙。

「フン、相打ってでも討とうと言うのかね。仮にそんな事ができたとしても、世界の崩壊は止まらないし、君達も助からない。もっとも、君達2人が助かったとしても、マリーは助からんがね」

 その言葉が逆鱗に触れたのか、乱蔵が駆け出した。

 速い。しかし、愚か、と蔑む。

 ――――遠距離の攻撃手段があるならまだしも、先の一撃を食らって尚接近戦を挑むとは。サルの方がまだ学習するぞ!

 フェイントさえ入れぬ猪突猛進。自棄なのか頭に血が回りすぎているのか。最早戦いを放棄したも同然の振る舞い。ならば望み通りに終わらせてやろう。レフは物理的威力さえ持つに至った魔力の塊を打ち出した。双方の速度により瞬く間にゼロになり乱蔵に直撃した。

「何?!」

 ほくそ笑む時間さえなかった。確かに直撃した。しかし乱蔵は僅かにさえ怯まず、その足を止めなかった。

 ここに至り気付く。乱蔵がスーツの頑強さに物言わせた特攻を仕掛ける気なのだと。確かに速度とその頑強さがあるのなら、一矢報いる可能性が一番高いだろう。

 しかし、と再びほくそ笑む。レフはスーツの耐久度が有限である事を知っていた。ならばそれを削ればいいだけの話。性能に少々驚かされたが、所詮それだけ。何も問題はない。

 機関砲の如き連射。さしもの乱蔵も脅威に感じたのか、ブレードを構え、防御を固めた。しかし到底防ぎきれる量ではない。だと言うのに、躱す素振りさえ見せない。その猪突猛進振りに僅かな疑問が芽生える。

 セイバー戦で見せた機動力があれば、全てではないにしても回避は可能であるはず。何を狙っているのか。

 あれは未知の塊だ、と警戒を強めようとした瞬間。何と乱蔵は唯一の武器であるブレードを投擲したではないか。

「窮したか!」

 無理な体勢からの投擲のせいか、左にズレている。窮した末の一矢など実るはずもない。

 無駄な警戒であった、と、回避すべく射線を外れる。意趣返しも含め、あくまで余裕を持って。

 無為にカルデアスに吸い込まれる哀れな得物を見送る。唯一の武器を犠牲にした最後の攻撃が、悪足掻きに終わる。その様を見た悔恨の顔を目にする事ができず残念だ、と乱蔵に視線を向け、目を見開く。

 そこには青白く光る右腕を差し向ける姿があった。

 僅かな間に、様々な言葉が頭を過る。しかしそれらが意味する事は全て同じであった。“誘導されたのだ”、と。

「レーザーZビーム!!」

 チャージされたバードニュウム・エネルギーが指先より連射される。

 本来、この技は必殺であっても必中のものではない。チャージに時間を要するし、その弾速は光には程遠く、辛うじて音に届く程度。

 

 だが、必殺なのだ。当たったのならば、必ず殺せるのだ。

 

 だからこそ乱蔵は捨て身の布石を打ったのだ。遠距離攻撃の手段を持たず、防御もなく、できる事は悪足掻きだけなのだ、と。プライドを傷付けられたレフの思考さえも読み切り、狙いを定めた。

 

 そしてそれらは実る。

 

「ぐあああああああ!!」

 着弾の爆炎がレフの姿を消す。

 構えは解かない。

 間も無く煙が晴れる。そこに人の姿はなかった。

 ギリギリで保たれていた気力が底を尽き、同時にコンバットスーツが解除される。

 五体投地する直前に、辛うじて手をつく。パタパタ、とその手の上に血が落ちる。どこから流血しているのが分からない。全身が隈なく痛み、触覚を曖昧にしているからだ。

 落ち始めた瞼を、唇を噛み切る事で食い止める。まだ終わってない。ここで意識を手放す訳にはいかない。

 覚束ない足に喝を入れ、緩慢に立ち上がる。

 マシュやオルガマリーが何かを叫んでいるが、乱蔵には聞き取れなかった。

 地面に縫い付けられた様に鈍い足を引きずり、歩き出す。10歩にも満たない距離が、果てしなく遠い。進んでいるのかも分からない。それでも進み続ける。

 徐々にに崩れ始める世界。それでも歩みを止めない。

 彼女をこんな所で死なせる訳にはいかないのだ。

 重圧に押しつぶされ、無能と蔑まれ、幾度涙を流したか。

 その果てがこんな所でいいはずがない。

 まだ彼女は何も始めてはいない。何も始められていない。

 自らに奇跡を起こす力はない。だが。だが奇跡をこの手にする事ができたのなら。

「聖杯よ! 聖なる杯よ! オルガマリー・アニマスフィアを助けてくれ!!」

 掲げられた聖杯が発する煌々たる輝きに照らされ、乱蔵は遂に意識を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!?」

 跳ねる様に上体を起こす。

「わあ?!」

 前触れなく覚醒した乱蔵に、ロマニが悲鳴をあげる。

「ロマン殿……。ここは」

「現代に戻って来たんだよ」

 落ち着かせる様に肩を押し、再びストレッチャーに寝かせる。

「君は怪我をしているんだ。あれこれはそれからにしよう。連絡してあげて」

 程なく医務室に到着する。平時と変わらぬ静けさ。それが意味するのは、治療の段階を越えている者が殆ど、つまり大勢の死者が出たと言う事。

 スタッフ総出でベッドへと移乗。

「触診した感じ骨折や大出血を伴う傷はなかったよ」

 断りを入れ、服をハサミで切っていく。

「しかし話では相当の攻撃を受けていたと言うのに、これだけの傷で済むなんて。この礼装は一体何なんだろう」

「詳しくは自分にも……。話を聞いた?」

「? そうだよ。彼女達から」

 瞬間、意識が完全覚醒する。

 何を呆けているのだ。何よりも先に確かめなければならない事があると言うのに。ストレッチャーから飛び出そうと

「乱蔵!」

 開き切るまで待ち切れないと言わんばかりに半身を引っ掛けながら、見慣れた銀髪の女性が姿を現した。

 駆け寄る彼女を見て、乱蔵は痛む体にも関わらず、その華奢な体を受け止めた。

 僅かに香る甘い香り。頬をくすぐる銀の髪。骨格を感じさせる柔い肌。必死にしがみ付く細い腕。熱い涙の感触。

「所長殿、良かった……。生きていてくれた……」

 

 

 

 

 

「人類史焼失の危機は終わっていない。このカルデア以外、既に消滅している。唯一の回避方法は、観測された特異点を修正する事だけ」

 ダヴィンチの言葉を静かに聞く。

「それは果てしなく困難なミッションだ。何せ、第三魔法の体現にして、超弩級の魔力炉を持つマリーがいても、肝心要のマスターがいない」

 マスターがいなくともサーヴァントを召還するだけなら可能である。しかし運用となると話は別だ。比較する事さえ烏滸がましい程に隔絶した存在を運用する前提条件は、『絶対命令権』がある事。それを持つのはマスターのみ。

 もしかしたら人理修復と言う目的に賛同し、協力してくれるかもしれない。しかしそれは召還し、コミュニケーションをとらなければ分からない。例外はあるものの、狙ったサーヴァントを召還する事は基本的には不可能。

 博打と言うには余りにもリスキー。

「つまり現時点でのこのカルデアに於ける戦力は乱蔵とマシュだけで最高戦力は、乱蔵。君なんだ」

 あまりに大役。あまりに重責。人類史にその名を皓然と刻む者達を倒せ、と。背負わせるには、重過ぎる。それを分かっていながら、告げるしかなかった。

 それは本人達だけではなく、生存者にとっても死刑宣告に他ならなかった。

 慰めの言葉さえ口にできぬ重い空気。

「確認を。戦闘の指揮は何方が」

「私がやるわ」

 乱蔵の傍に控えていたオルガマリーが答える。

「1つだけ答えて頂きたい。所長殿は、我々に『死ね』と命じる事ができますか?」

 命を惜しみ、生にしがみ付き勝てる相手ではない。肉も骨も切らせなければ、命には届かない」

「……っ」

 言われるまでもなく分かっている事だ。分かっていた筈だ。だが言葉が出ない。この事態において一番恐ろしいのは乱蔵なのだ。その彼が宣言しているのだ。ならば言わなければならないのだ。

 それでも……

「わ……わた、しは……」

 それでも——

「私は……」

 それでも!!

「私は命じない! 死が恐ろしいのは私が一番分かってるから! 一生懸命頑張るから! 戦術も戦略も覚えるから! 魔術ももっと覚えるから! だから! だから……。そんな事言わないでよ……」

 涙には頼るまい、と必死に堪えるオルガマリー。しかしその様が却ってスタッフの感情を大きく揺らした。どうするんだよ、と視線が刺さる。

 数秒の針の筵を味わい、ため息を1つ。

 流れる流れないに関わらず、女が涙を見せた時点で勝敗は決しているのだ。

「早計でした。先の言葉は所長殿とマシュ殿を軽視する発言でした。申し訳ありません」

 頭を下げ、謝罪する。

「う゛ん゛」

 ホッとした空気が流れる。捉えようによっては甘酸っぱく見える遣り取りに、スタッフから囃し立てる声が俄かに飛び出す。嚙み嚙みで否定するオルガマリーの姿がそれを更に強くしていた。

「考えればアーサー王を討ち取ったんですから、そうそうに負けはしないですね」

「おおっ!」

「マジか!」

「凄いな」

 状況が好転した訳ではない。それでも、嫌でも、無理にでも、前を向かなければならない。例え根拠がなく、縋れば壊れそうな希望だとしても。それを掲げ、進み続けるしかないのだ。

 ロマ二やダヴィンチを含め、その事を察している者はいた。乱蔵に過酷な役目を押し付ける事に心を痛めつつ、何も言わずにそれを肯定する事しかできなかった。彼の悲壮な決意に水を差し事ができなかった。

 だから誰も彼が『死ねと命じられるか』と言った事を撤回していない事に気付く事ができなかった。

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