はあー、立香いねぇ、マスターもいねぇ、サーヴァントもそれほど揃ってねぇ 作:日高昆布
明朝よりラ・シャリテに向かう一行。
「ラ・シャリテとはどんな町なのですか?」
「修道院のクリュニー教会が始まりとなってできた町です。包囲戦をしてしまった私が言うのも何ですが、良い町ですよ。……無事だと良いのですが。そこより先は小規模な町だけになってしまいますから。なるべく早期に充分な情報を得たいものです」
言葉から焦燥が感じられた。まだ意識が胡乱気なオルガマリーを手引きしつつ敢えて口に出す。
「ジャンヌ殿には改めて言う必要は無いかと思われますが、我々は慎重に慎重を重ねなければなりません」
「ええ、分かっております。しかし、正直に言えば、私は焦っています。もう1人の私は、間違いなく正気ではありません。フランスを支配して何を行うのか。想像に難くありません。圧倒的な憎悪の後に、圧倒的な力を持つに至った者は、どれだけ高潔な精神を持っていても壊れてしまいます」
ジャンヌの言葉を聞きながら、乱蔵は密かに戦慄していた。彼女は黒いジャンヌの事を正気では無い、と断じた。それはつまり彼女は、自身を裏切った祖国に対し「憎悪を抱く」と言う事を正気の沙汰では無い、と言っているのだ。乱蔵にはどうしてもそうは思えなかった。寧ろ、抱いて当然なのでは、と考えている。無論、人理修復を除いても関係の無い市民の虐殺は看過できるものではない。しかし狂った末のものだと断じる事はできなかった。
『ストップ! 遠ざかってるけどサーヴァントの反応だ。この先の町からの反応だ』
「!! 急ぎましょう!」
「うう……」
「こんな……酷い……」
既にそこは瓦礫の山と化していた。ロマ二に聞かずとも、ここに生存者がいるとは思えなかった。全てが執拗かつ徹底的に破壊されている。そこにかつての光景を見出す事はできない。乱蔵とて人間である。憎悪と言う感情がどんなものか理解しているが、どれだけの物を抱けばこんな残虐な事ができるのか全く想像が及ばない。
「これはもう1人の私がやったのでしょうね。どれだけ人を憎めば、こんな所業を行えるのでしょう。私にはそれだけが分からない」
ジャンヌには本当に分からなかった。救おうとした人を殺してしまう、その憎悪の理由が。
『まずい! さっきの連中が反転した! こっちに気付いた…五騎もいるぞ! 急いで逃げるんだ!』
「全速力で逃げるわよ! 乱蔵! マシュ! ジャンヌさん!」
「承知」
「了解しました! ジャンヌさん、行きましょう!」
「できません。せめて真意を問わなければ」
まさかの拒否にオルガマリーが金切り声を上げる。乱蔵も舌打ちしそうになる。
「殺されるだけよ!」
「マシュ殿! 所長殿を背負って先に撤退を。自分はジャンヌ殿を引きずってでも連れて行きます」
そう言い、オルガマリーを投げ渡す。キャン! と、犬のような悲鳴を上げるオルガマリー。
「ジャンヌ殿! 真意もクソも無いでしょう! 敵は憎悪を以ってこの地を破壊しようとしているだけです!」
「だからその真意を……」
「裏切られれば誰でもそうなりましょう!」
手を掴み引っ張ろうとするが、ステータスダウンしていてもサーヴァント。梃子でも動こうとしない。
『問答している暇は……もう間に合わない! 何とかして撤退するんだ! 倍近い戦力差だ! どうやっても勝てない!』
「私は主の啓示に従ってこの国を救おうとした! そこに見返りなんて求めていないのです!」
「憎悪を抱いてるのは貴女ではないんですよ! 貴女がどれだけおかしいと断じても、現に黒いジャンヌは憎悪を以ってこの国を破壊しようとしています! 破壊の真意は憎悪、憎悪の真意は救おうとしたものに裏切られたから! それだけです!」
『君達ーー! 話聞いてる?!』
もう間に合わない。殊更響かせた足音と共に五騎のサーヴァントが現れた。
長髪で顔色の悪い男。目元を趣味の悪い仮面で隠した、これまた顔色の悪い女。十字架を持った目付きの鋭い女。マスカットハットを被った騎士。
そして黒いジャンヌ・ダルク。
「———なんて、こと。まさか、まさかこんな事が起こるなんて」
大仰に、舞台女優のように語り出す。芝居掛かった動きは、露骨な挑発だった。しかしすぐに動こうとする様子はなく、言葉の節々からジャンヌを煽りたいと言う感情が見て取れた。
聞きに徹していると、黒いジャンヌの人となりが見えて来た。酷く幼い。言動も仕草も。属性が反転していると言っていたが、違和感を覚える。対になっているようには感じられないのだ。
「貴方はどう思います? 先程まで愉快な会話をしていたようですが」
問われ、意識を浮上させる。
「……自分に貴方の行いの正否を口にできる資格はない。それを口にできるのは、貴方方だけだろう。しかしそれでも敢えて、ごく当たり前の感情論で言うならば、その行いに道理はあるのだろう」
「なっ……」
「へぇ」
驚愕の目付きと、優越の目付き。
「だから自分は貴方の道理の正否ではなく、我々の未来のために貴方と敵対する。我々の未来のために、貴方の道理を潰させて頂く」
一転して不愉快そうに歪む顔。
「そうですか。恭順すれば滅びるまでは生かしておいてあげようかと思いましたが、敵対すると言うのなら生かす理由はありません」
その身に怨憎の炎を纏う。庇おうとするジャンヌを手で制す。
「是非もなし」
新たな礼装を起動。カードが消え、右手に収まっているのは、中心部が黒く彩られ、周囲を銀に縁取った物体。機械的でありながら、どこか生物的な光沢が見えるその名は『ビーコマンダー』。
大きく左右に開かれた足を右に前屈、同時に上体を開く。体を正面に戻しビーコマンダーを心臓の前に。
「重甲!!」
下部のスイッチを押し、ウィングを展開。内部に縮小収納されたインセクトアーマーが姿を現わす。
天に掲げられたビーコマンダーより、インセクトアーマーが射出・分裂。体を大きく捻る乱蔵の動きに合わせ周囲を高速回転、全身を覆う。
天を衝く雄々しき一本角を持つ、メタリックブルーの戦士。『ブルービート』。
「2人と合流して離れたら合図を」
返答を待たず、右大腿部のホルスターから『インプットマグナム』を取り出し、パワーボトルを引きコード110を入力。ビームモード。
廃屋の屋根に飛び上がり黒いジャンヌへの射線を確保。発射。
「え」
差し込まれた槍がビームを弾く。
「ちっ」
散らされたビームがジャンヌの頬を薄く切る。痛みが彼女に理解させた。『あの男は自分を殺せる』と。
「——っ、今すぐあの男を殺しなキャア!」
乱蔵は八双飛びの様に屋根から屋根へと移りながら、ひたすら撃ち続けていた。長髪の男に防がれるが、それでいいのだ。
ジャンヌとの会話から、大凡の性格は把握できている。彼女は勇敢ではなく、思慮深い性格でもなく、非常に傲慢である。
自身を殺し得る存在への恐怖。格好の獲物だと思っていた相手に無様な悲鳴を上げさせられた羞恥。ジャンヌをいつでも殺せると言う自信。その全てが、彼女を盲目にしていた。
「っ!」
数メートル先の地面に突如発生した血の海から、顔色の悪い女が浮上。広い間合いのまま腕を払おうとしている。
——前進以外の回避では間に合わない!
積み重なった瓦礫目掛け片足でのジャンプ。片足で着地、すぐさまその足で跳躍。空中で回転。地面を走る血の刃に青ざめる。屋上に着地。黒いジャンヌを撃ちながら再び走る。
顔色の良い長髪の女が、拳で屋根を突き破り飛び出す。
「っ!!」
長髪の女が全身を現す直前、入れ違う形で穴に滑り込む。勝気な表情に違わぬ豪快な不意打ちに、肝が冷える。
そして着地——せず、穴の淵に手を掛け、足を畳みながら懸垂の要領で体を持ち上げる。細身の剣が僅かに装甲に掠める。
「っ!!!」
騎士を足蹴に、反動で壁を突き破り外に飛び出す。華奢な体つきからは想像できぬ速度に、顔が引き攣る。
ノールックの背面射撃。顔色の悪い女の魔力弾を迎撃。
「生意気な!」
ブルービートの持つ優れた走査能力が、ギリギリの拮抗状態を作り上げていた。しかしジリ貧である。体力が切れれば嬲り殺しにされる。
合図はまだか、と胸中で叫ぶ。トップスピードを維持し続けている肉体には、既に相当の疲労が溜まっている。筋肉、肺、心臓。そこらかしこが痛い。それでも走り、撃ち続ける。それがオルガマリー達の生存に繋がるから。
パフォーマンスが落ち始めている。それは肉体的な動きだけではなく、思考にも及んでいた。
誘導されている事に気付いていないのだ。僅かに、だが確実に開けた区画へと追い込まれている。その事に乱蔵は気付くが、時既に遅し。初めに黒いジャンヌと対面した場所に出てしまう。
動揺と疲労が思考能力を奪う。
「はあああああ!」
長髪女の雄叫び。回避は間に合わない。それでも体を動かす。僅かでも威力を殺そうと、前方へ飛ぶ。その直後、背部を強烈な衝撃が襲う。地面が猛烈な勢いで流れた。
「ぐあああ!」
地面に落ちて尚止まらず、廃屋に激突し、漸く止まる。動く事を拒絶する体を叱咤。追撃を許すまいと、背後を盲撃ち。その間に何とか立ち上がる。
しかし既に包囲網は完成していた。
「この人数相手によくもこれだけ逃げ回れましたね。しかも血の伯爵夫人に、
目一杯の笑みと共に黒いジャンヌが言う。
「そ、れはそれは。そん、なビッグネーム相、手に戦えたのなら、魔術師の恥と罵ら、れてきた我が一族、も大いに喜ぶな」
酸素が必要なのに、呼吸する事さえ苦しい。
「息も絶え絶えのくせに。そう言う負けを認めようとしない態度、まるでもう1人の私を見ているようで殊更鼻に付くわ」
「……事実、自分も彼女も負けていないからだ」
「……負けではない? これから殺されるのに? 殺されたのに?」
ヒステリックに叫ぶ。
「そうだ。死ぬ事が負けではないのだ。だから死ぬ間際でも胸を張っていられる」
目を剥き、歯を鳴らす。
「訳の分からない事を! もういい! 殺しなさい!」
「残念だがそれはさせてやれないな。迎えが来た」
背後より迫る蹄とそれに引かれる車輪の音。
なけなしの体力を振り絞り、真上に跳躍。廃屋を突き破り、ガラスの馬とそれに引かれるガラスの馬車が現れた。屋根に着地した乱蔵は、熱帯にいる鳥のような色の服を着た御者に怒鳴って伝える。
「目を閉じて下さい!」
コード964を入力。フラッシュモード。銃口より放たれた光が、敵サーヴァント達の目を潰す。すぐさまコード010を入力。冷凍モード。長髪男と仮面女の足を地面ごと凍結させ、動きを完全に止める。
喚き立てる黒いジャンヌを尻目に、ガラスの馬車は悪路を物ともせず、あっという間にオルレアンを置き去りにした。
そこが限界だった。視界が歪む。緊張の糸が切れた体は、インプットマグナムの保持すらできなくなっていた。何とかホルスターにしまうと、仰向けに倒れ込む。
「御者殿。自分はこれから失神するので、なにかあったら手荒に起こして下さい」
言うだけ言い、乱蔵は意識を飛ばした。