はあー、立香いねぇ、マスターもいねぇ、サーヴァントもそれほど揃ってねぇ   作:日高昆布

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台風大丈夫だったでしょうか。
私は生まれて初めて避難しました。感じたことのない緊張を味わいました。

何はともあれ、第8話。


その八

 遠くからコンコンと、ノック音が聞こえる。

 起きなければ、と思う反面、意識の浮上を拒否している自分がいた。それでも無視は失礼だと思い、まるで言う事を聞かない瞼を開ける。

 真上からこちらを覗き込む、可憐な女性がいた。

——凄い美人さんだ

「あら! 勇敢な殿方にそう言ってもらえるなんて、とても嬉しいわ!」

——何用だろうか? とても疲れているんだ。もう少し寝かせてほしい

「うーん、本当ならもっと休ませてあげたいんだけど……。でもごめんなさい、起きてくれなければとても困ってしまうの」

——困る、とは何故だろうか

「3人が貴方の事をとても心配してるの。酷い怪我をしているんじゃないかって。もちろんわたしも心配よ。ね、勇敢な殿方。わたし達を安心させるために、目を覚ましてくれないかしら」

——痛い所だらけだし、まだ苦しいけど大丈夫。大きな怪我は全く無いから、3人には大丈夫だよ、って伝えておいてほしい。もう少しすれば起きるから

「本当に大丈夫なのね?」

——本当に大丈夫。貴女も心配してくれてありがとう

「どういたしまして。じゃあ起きたら改めて自己紹介しましょうね」

 

 

 

 馬車の停車に合わせ、乱蔵の意識は覚醒した。痛みはあるものの、酸欠による手足の痺れはもう解消されていた。気合いを入れて上体を起こす。

 深い森の中。慌ただしい様子はない事から、サーヴァントの襲撃やトラブルによるものではないと判断できた。

 屋根から飛び降りる。

「乱蔵!」

 オルガマリーが飛び込んで来る。あっと言う間も無く、彼女は鋼鉄のインセクトアーマーと熱い抱擁を交わす事となった。

「痛い!」

 鼻をぶつけなかったのは、幸いであろう。

「乱蔵さん!」

 次いで姿を現したのはマシュだが、ご立腹のようだった。心当たりは1つしかないのだが。しかし乱蔵は心配を掛けた事を詫びるつもりはあっても、行為そのものに対する謝罪や今後はやらないなどと言うつもりはなかった。

「……ご無事で良かったです」

 どうやら彼女は乱蔵が思うより大人だったようだ。糾弾しかけた口を閉じ、無事を喜んだ。その事に不甲斐なさを感じてしまう。

「……申し訳ありませんでした。わたしの我が儘が、皆さんを、三船さんを危険に晒してしまいました」

 恐る恐る出て来るジャンヌ。順々に表情が重くなっていく。

 彼女の言う事に関して乱蔵は大いに同意し、文句の1つや2つ言いたかった。言いたかったが、ここまで目に見えて落ち込んでいる女性に追い打ちを掛ける事は流石に憚られた。しかし言わなければ言わないで気に病みそうでもあった。乱蔵の中で、ジャンヌは超堅物、と言う評価に落ち着く。

「では恐れながら、文句を1つ。意地も程々にお願いします」

「はい……」

 オルガマリーとマシュは何とか凹む彼女をフォローしようとするが、適切な言葉が見付からず、オタオタするだけ。空気が重くなる。

「うふふ。青い騎士さんは、ジャンヌの事が大好きなのね」

 あらぬ方向からの、あらぬ方向へのフォロー。重かった空気は何処へ。戸惑いと困惑と疑念の視線が乱蔵に刺さる。

——何故こんな肯定も否定もできない謎のフォローをした?!

「初めまして! それともさっきぶりかしら? わたしはマリー・アントワネット。貴方の名前を教えて下さる?」

 とんでもない大物だった。乱蔵は初めてサーヴァントととの会話に緊張を感じた。

「お初お目にかかります。カルデアの「ぶぶーー!」テイク2をお願いします」

「もちろん!」

 今の挨拶でダメとなると……、と考えた所でインセクトアーマーを脱いでいない事に気付く。

——顔も見せないとか、不敬罪でしょっ引かれてもおかしくないな

 光と共にアーマーがビーコマンダーに圧縮収納される。

「お初お目に「ぶぶーー!」テ、テイク3を」

 マリーは腰に手を当て、形の良い眉を吊り上げ怒っていた。

「さっきはもっと気安く話してくれたじゃないの! 凄い美人さんだって言ってくれたじゃない!」

——記憶にない所でそんな畏れ多い事を言ってしまったのか……

 オルガマリーが目を剥き乱蔵を凝視しているが、それどころではない彼は全く気付かない。

「言葉遣いは性分なのでどうかご勘弁を」

 敬意を表すべき相手にはしかるべき言葉遣いを、が信条の乱蔵にしてみれば、命を助けられたと言う事を除いてもタメ口をきける相手ではなかった。

「むー」

 可愛らしく頬を膨らませるが、譲る気はなかった。

「じゃあマリーさん、って言ってくれたら許すわ」

「分かりました。マリーさん殿」

「違うわ! マリーさ・ん! はい」

「マリーさん殿」

「違うのー!」

 何が違うのか、彼には分からなかった。

 

 

 

 天真爛漫の具現とも言うべきマリーの振る舞いによって、重くなっていた空気は四散していた。

「次は僕だね。僕はヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。御者じゃないよ」

 咎めず、皮肉らず、あくまで軽く告げるモーツァルト。しかし彼は深々と頭を下げた。音楽への造詣が浅い乱蔵でも知っている偉大な音楽家。そんな人物をよりにもよって御者と間違えた事に、肝が冷える。

「大変申し訳ありませんでした。ミスターと言うべきでした」

「分かった。君、クソ真面目なんだな」

 呆れと可笑しさを多分に含んだ声色。少なくとも悪印象を抱いた訳ではないようだ。

「自己紹介も済んだみたいだし、これからの事を話したいのだけど構わないかしら。まず乱蔵とジャンヌさんが相対したサーヴァントについて教えて」

「分かりました。まず分かっているのは、ブラド三世とカーミラです。両者とも吸血鬼で、仲が悪いです。それと騎士と女性が1人いました」

 ジャンヌが言う。

「ブラド三世は得物から言ってランサーは確実。カーミラは恐らくキャスター。騎士はシュバリエと言っていたのでセイバーかと。残りの女性は……よく分からなかったです。黒いジャンヌは聖女と言ってましたが。得物や戦い方的にセイバーかランサーかと思います」

 乱蔵の補足にマリーが反応した。

「その騎士さん、たぶんわたしの知ってる方よ。デオン。シュヴァリエ・デオン。わたしの騎士よ」

『ル・スクレ・デュ・ロワのデオンか! どうにか味方に引き込まないかな』

 一騎でも味方が欲しい現状、ロマ二の考えは全員共通のものだった。可能なのか、と言う視線がマリーに向けられる。

「それは難しいかと。あの場にいたサーヴァントはもう1人の私によって狂化を付与されています。交渉による懐柔はほぼ不可能かと」

「なるほど。それでか」

「何かありました?」

 納得したような言葉を呟いた乱蔵に、ジャンヌが疑問を投げる。

「いえ、連中の力技の多さや、数の利を生かさない戦法の理由が分かったので。タイマン張るより何とか乱戦に持ち込んで、足を引っ張り合わせれば勝ちを拾えると思います」

「一騎で来られたら?」

「頑張ります」

 

 

 

 夜。

 ロマ二の探査をもとに、マリーやモーツァルトと言った野良サーヴァントを探す事を行動指針とした一行は、その森で一夜を明かす事にした。

 慣れない長距離移動による肉体的疲労、キャンプセットがあっても現代っ子には快適とは言えない野営による精神的疲労により、オルガマリーは失神するように眠りについていた。

 マシュは何故かいたフォウと共に見回りに赴き、モーツァルトは気ままに散策に出ていた。

 可笑しな硬度のメンタルを持つ乱蔵も、生まれて初めて一瞬たりとも気を抜けないと言う状況に置かれ、気の昂りから中々寝付けずにいた。尤も、寝袋も無しに外で熟睡できる方がおかしいのだが。乱蔵曰く、敵襲があった時にワンアクション遅れた事で致命的な事態を起こさないために、との事。木に寄り掛かり眠気を待つ、と言う常在戦場の思考に、さしものマリーでさえ絶句してしまった。

 しかし乱蔵はせめて寝袋には入るべきだったと、今更ながらに後悔していた。

「ほら。わたしなんて思春期真っ只中ですから? 恋とか愛とかたまないのです!」

「お誘いは嬉しいのですが、そう言った経験がなく。慈愛は分かるのですが。……あと、その、男性がいる近くでは些か恥ずかしくて」

「なら尚更経験するべきよ。普通の聖杯戦争で男の子を交えて楽しく恋バナなんてできないでしょう? ね、乱蔵も起きているのでしょう?」

 地蔵に徹していたが、突然話を振られ体をビクつかせる乱蔵。誤魔化そうとするが、いつまでも刺さる視線に早くも音を上げてしまう。

 乱蔵が顔を上げると、ジャンヌがギョッとしていた。

「……生憎ですが、自分もそう言った経験はないものでして。マリーさん殿を満足させるような話は……」

 なので勘弁してくれ、と言外の言葉を汲み取ってくれと祈るが、予想外の返しを食らう。

「あら、マリーとは違うの?」

「ま、マリー?」

「うふふ。あの子の名前にも『マリー』って付いてるから提案したの。『マリーって呼ぶからマリーって呼んで』って。マリーったら恥ずかしかったみたいで、赤くなりながら呼んでくれたの。とても可愛かったわ! わたし、ここに呼ばれて良かったわ。憧れのジャンヌに会えるし、初恋のアマデウスにも会えるし、新しいお友達もできたわ」

「自分が言うのはお門違いだとは思いますが、言わせて下さい。ありがとうございます」

 乱蔵とオルガマリーの関係は、端的に言ってしまえば上司と部下でしかない。

 もしこの事態が冬木のみで終息していれば、或いは友人となれたかもしれない。しかし現実には複数の特異点が存在し、長く辛い旅が続く。だからこそ乱蔵は対等な関係になる気はなかった。

 上司と部下。言い換えれば、頭と手足。我が身を犠牲にしてもオルガマリーを生かすためには、対等になってはいけない。自分で自分をいつでも捨てられるよう、感情による死ねない理由を作ってはいけない。

 レフ亡き今、彼女が自分を支えにしている事は、乱蔵も分かっている。だからまだ捨て身をするつもりはない。しかしこの過酷な旅を、常勝無敗で完遂できるとは思えない。どこかで必ず、選択を迫られる。その時、乱蔵を失い心が折れるような事態になる事だけは絶対に避けなければならない。

 その支えを外すためには、対等な存在が必要不可欠なのである。マリーのように、友達だと言う事を声高に主張する存在が。1人だけでなく、もっと多く。

 無論、自分が死ねば彼女は悲しむだろう。だが横に並び立つ存在がいれば折れない。立てる。立ち向かえるのだ。

 だから乱蔵は礼を言ったのだ。自身の思惑と、彼女の幸福を叶えてくれる事に。




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