はあー、立香いねぇ、マスターもいねぇ、サーヴァントもそれほど揃ってねぇ 作:日高昆布
嬉しいです。ありがとうございます。
ありもしないオルガマリーとの色恋沙汰を凌ぎ切り、疲労困憊で眠りに就いた乱蔵。体が睡眠を欲している事に加え、本人の気質も相俟って熟睡する事ができていた。
夜半。忍び寄る闘争の気配に、乱蔵は覚醒した。
「敵の数と種類は?」
「20近くの……二足歩行だけど、体重が爪先に集中してるな。人型だけど人間ではないね。犬っぽいな。それと少し離れた所に、人がいる。靴を履いてる。小柄だし、これは女サーヴァントかな?」
アマデウスの敵戦力分析に、オルガマリーが思考を走らせる。
「乱蔵、気勢を削いで。音と光の順で、奴らの感覚を潰すのよ」
「了解」
重甲を完了させていた乱蔵は、インプットマグナムにコードを打ち込む。
乱蔵の視界の中で走査の光が森の奥へと走る。
「アマデウス殿は目と耳を塞いで下さい。まともに聞いてしまえば、ダメージは免れないかと」
トリガーが引かれ、銃口より指向性を持った音が放たれる。高音が狼の耳を潰す。矢継ぎ早に放たれる、夜の森を照らすほどの光が目を潰す。
五感の内の視覚と聴覚を潰されれば、最早烏合の衆。乱蔵を先頭に、マシュとジャンヌが切り込み、蹂躙した。
「お代わりが来たぞ!」
アマデウスの声。
木々の間を縫うワイバーンの姿。こちらを視認した途端、翼を折りたたみ、超低空飛行へ。
地面に向けて炎を吐き散らかす。爆撃された様に火が一直線に連なる。あっと言う間に夜の森が、赤く彩られた。
間一髪大木の裏に身を隠す事でやり過ごした3人。
「マシュ殿、ジャンヌ殿! ご無事で?!」
「私達は大丈夫です。所長達は?!」
「熱いとブーたれる声が聞こえているので、大丈夫かと。……こうも狭い所であれだけの速度で飛び回られると厄介だな」
木越しに走査。所詮はデカい爬虫類。あまり頭は良くないのか乱蔵達を見失い、辺りを何度も旋回している。
「乱蔵。もしあの竜を落とせたら、貴方なら確実にトドメを刺せますか?」
「無論」
「分かりました。マシュ、協力して下さい。わたし達で落とします」
「了解です。指示を下さい」
「ええ。勇敢に、厳格に、懸命に行きましょう」
ジャンヌの指示は作戦とも言えない、至極シンプルなものだった。マシュの盾で炎を凌ぎ、ワイバーンが直上を通り過ぎる瞬間を狙い、盾に身を隠していたジャンヌが翼を突く。それだけだ。
しくじれば何度も攻撃に晒されるぞ、などとは言わない。故に一言。
「武運を」
躍り出る2人をすぐさま見付けるワイバーン。馬鹿の一つ覚えに、攻撃態勢へと移る。
羽ばたきが炎を散らす。
焼け焦げた地を這うように、殺意を高め飛ぶ。
マシュは自分の動悸と鼓動が激しくなっている事に気付く。盾を持つ手が、震えている。
彼女は自分でも気付かぬ内に、乱蔵に後ろめたさを感じていた。サーヴァントでなく、正規の訓練を受けた兵士でもない。それでも誰よりも前に出て戦い、傷付いていた。自分がもっと強ければ。もっと力を使いこなせていれば。
「マシュ」
マシュの肩にジャンヌがそっと手を乗せた。仄かに体が跳ねる。
「その意思があれば、貴方は必ず強くなれる。その意思を
誰かのためにと思い続けられるのならば、人は強くなれる。そしてそこに限界はないのだ。
「はい!」
炎が盾を焼く。しかしその熱はジャンヌは疎か、マシュには伝わらない。
「やあ!」
直上を通り過ぎる瞬間、穂先が翼を突き破り、そのまま引き千切った。欠けた翼では巨体を支える事も、大量の炎による乱れた気流を乗り切る事も出来ない。ワイバーンは自身が作り出した炎の滑走路に墜落した。
「スティンガーブレード!」
スティンガーブレードとはアーマーの背面に翳した右手に電送される、前腕部を覆う甲虫を模したガントレットと、高速回転する両刃剣型のアタッチメントを持つ専用の近接武器である。
墜落の衝撃から立ち直り、再び攻撃に移ろうとしていたワイバーンを、乱蔵が上方から奇襲。振り下ろされたスティンガーブレードが、骨肉を容易く斬り落とす。
吹き出した血が炎を消していく。
あと1体。しかしその様を見て学習したのか、より低く、より速く。炎ではなく、その速度と質量を以って粉砕を目論む。
「止めます!」
「任せますぞ!」
盾の下端を地面に打ち付け、前傾に。脚を大きく開き、息を止めた。衝撃。しかしエクスカリバーを凌いだ彼女に、止められぬ道理はない。
逆にワイバーンは大ダメージを受けていた。頭蓋骨が砕け、頚椎には致命的な損傷が生じている。最早動く事さえ叶わない。
しかしそれを知る由の無いジャンヌと乱蔵は、止まった瞬間に躍り出、翼を破壊。地に伏せた所を、マシュが盾の下端を首を叩き付け、押し潰す。
「皆、無事?!」
オルガマリー達が駆け寄る。
「全員無傷です」
「良かった。すぐにサーヴァントが来るわ」
足音が1つ。
「……こんにちわ、皆さま。寂しい夜ね」
「狂化を施されているようには見えないわね」
オルガマリーがそっと耳打ちする。
「必死に抑えてるのよ。だから味方にはなれないわ。少しでも気を抜けば背中を撃ちかねない味方なんて欲しくないでしょう?」
耳聡いサーヴァント相手には無意味であったが。
「ならば何故出て来たのです」
「どちらが正しいのかなんて一目瞭然。だから貴方達が、究極の竜種に騎乗する魔女を倒せるのかを、私自身を使い確かめさせて——」
サーヴァントが顔を逸らす。数センチ横を抜けたビームが木に穴を開けた。続けざまに放たれるビームを、曲芸師のような動きで全て回避。着地と同時に背後目掛け、振り向きの勢いを乗せ十字架を振るった。スティンガーブレードの斬撃を防ぐ。
中腰と言う半端な体勢でも押し切れぬ事に、乱蔵は舌打ちする。
「話の途中で攻撃とはね。昼間も思ったけど、いい度胸してるわ」
「去就と目的が明確になったのなら、話を聞く道理はなし。速やかに排除すべし」
「確かに、ね!」
敢えて背中から倒れ込み、変則的な巴投げで乱蔵を蹴り飛ばす。
ネックスプリングで立ち上がるサーヴァント。空中で体を捻り、難なく着地する乱蔵。
乱蔵が走る。サーヴァントが身を翻そうとする。十字架を握る手の位置からリーチを把握し、間合いを調整。外した所を攻め込む算段。
「シッ!」
振るわれた十字架が伸びた。彼が予測を違えたのではない。振るいながら握力に緩急を付け、リーチを伸ばしたのだ。一歩間違えればすっぽ抜ける高度な技術。
驚愕しつつも、寸での所でブレードを翳し防ぐ。穂先がブレードの表面を撫でていく。
眼前で散る火花の向こうで、サーヴァントと目が合う。
左手に持つインプットマグナムを構え、撃とうとした瞬間、斬撃を外した勢いを使い放たれた後ろ周り蹴りが手を直撃。マグナムが手を離れてしまう。
回転は止まらない。2度目の斬撃。乱蔵は強烈な蹴りを喰らい、体が流れていた。
——躱せない!
「やらせません!」
差し込まれた盾により、勢いづく前に止められる。
ジャンヌの突きを、サーヴァントは十字架を手放し、バック転で回避。振り上げた足で牽制すると同時に、着地地点目掛けて十字架を蹴り上げる。
その隙にマグナムを回収。内腿で挟み、コードを入力。
「目を潰します」
——あの光か!
サーヴァントは一度それを喰らっている。それに加え、聞こえぬようにと小声で味方に伝えた事がその判断をより確固たるものにした。だからそれが放たれる前に顔を背け、身を屈め、腕で顔を覆い隠した。
下肢を凍結され、騙された事に気付く。
入力されたコードは010。冷凍モードだ。
「上下の挟撃を!」
屈んだ状態での凍結。可動範囲を大きく狭めた最善と言っていい状況だ。双方への迎撃は不可。
——勝てる!
それを油断や慢心と責めるのは酷であろう。偏にサーヴァント戦の経験不足から来る思い込み。
全てのサーヴァントが持つ必殺の一撃。逆転の一手。
「タラスク!」
横合いからの凄まじきプレッシャー。木々をへし折り、それは乱蔵達を襲った。
マシュは辛うじて盾を翳す事が出来た。しかし直撃を免れただけ。
息が出来ぬ程の痛みがマシュの全身を襲う。身を強張らせ、喘ぐ。
一方でジャンヌは意図せずマシュをクッションにした事で、そこまでのダメージを受けていなかった。
「マシュ! しっかり!」
「だ、大丈夫です。痛、みは、ありま、すが、重大、な、傷はあり、ません」
息を絶え絶えにしながらも、何とかジャンヌの手を借り立ち上がる。
『敵サーヴァントの真名が分かった! 彼女はマルタ。リヴァイアサンの子を調伏した聖女マルタだ。そしてあそこにいるのがその竜、タラスクだ』
マルタは凍結された箇所の破壊に手間取り、動けずにいた。
「乱蔵さんは?」
少し離れた木の根元に倒れている。身動ぎしているのが見える。駆け寄ろうとする前に、オルガマリー達が尋常ならざる様子で駆け寄っていた。
「乱蔵さんの様子は?」
「呼吸音がおかしいな。水の音が混じってる」
『何だって?! 早くそのスーツを脱がせるんだ! 肋骨が肺に刺さってるんだ』
ロマニの声が聞こえていたのか、アーマーがビーコマンダーに収納された。
「乱蔵!」
口元は血に汚れ、流血が続いている。
『今すぐ手術をしないと! ドクターはどこに?!』
「……は……やく、にげ、ブハッ!」
吐き出された血が、オルガマリーの手を汚す。
「チェックメイトかしらね」
氷を砕き、自由になったマルタがタラスクを従え立っていた。
マシュとジャンヌが立ち塞がる。
「……私の宝具なら彼を助けられるわ。だから、2人で私達を守って下さいな」
「必ず守り抜きます!」
「だから彼をお願いしますね、マリー」
「ええ。では少し彼をお借りするわね」
自身の膝の上に乱蔵の頭を乗せる。
「いきますわよ、
ガラスの結晶が水晶のように析出し、2人を覆い隠していく。
外界と隔絶した訳ではないのに、そこは静寂に包まれていた。マリーの手が乱蔵の頬を撫でる。労わるように。慈しむように。
心地良さを感じながらも、手袋と膝が汚れてしまう、と自身の惨状とかけ離れた事を考えていた。
「優しいのね。でもその優しさを自分にも向けてあげないと。貴方が死んでしまったら、マリーもマシュもとても、とても哀しむわ。私がマリーの友達になれても、貴方の代わりにはなれないもの。貴方を失った悲しみは、私では埋められないのよ。だからね? 死んででも、何て考えてはダメよ?」
「あの男が要だと分かっているのに、易々と休憩させると思う?」
言葉と共に僅かに身を屈め、タラスクを飛び越す程の後方回転を伴い跳躍。
「来ます!」
「ジャンヌさん、合わせて下さい!」
「これは僕も頑張らないとマズイかな?!」
背中に付かんばかりにまで振り上げられた足。剥き出しになった食い縛る歯。吊り上がった眉。見開かれた目。必殺の意思を露わにした、彼女の本性。
「
蹴り付けられたタラスクが、甲羅の棘を逆立て、巨大過ぎる質量兵器となり3人を襲う。
「
「
「
音に削られた竜が、旗に鼓舞された鉄壁と激突。
夜が光る。
散らされて尚減退しない炎が木々を焼き、衝撃波が地を抉る。
盾の向こうに感じる圧倒的な質量に、マシュは恐怖する。
偉大な英霊に比べて自分は何と卑弱なのだろう。強さの寄る辺となる生涯はなく、技術も拙く、宝具さえ扱いきれない。自分には乱蔵のようにあれだけの人数を相手に立ち回る事などできない。
——それでも。それでも!
「やあああああああ!!」
立ち向かわなければならないのだ。オルガマリーのために。乱蔵のために。ダヴィンチのために。ロマニのために。自分を支えてくれる人達のために。
そして何より自分のために。立ち向かい、勝たなければならないのだ。
マシュの咆哮に呼応するように、盾が強く輝く。
足が地を踏み砕く。
押し出された盾が、タラスクを跳ね返す。エネルギーを全て返されたように、遥か彼方へと姿を消した。
しかしその代償は大きい。現界できるギリギリまで魔力を使ったジャンヌとアマデウスは、既に立つ事さえ儘ならなくなり、威力の全てを受け止めたマシュもまた、盾の保持さえ不可能になるほど消耗していた。
ジャンヌの前にマルタが現れた時、彼女にできる事は何もなかった。神に祈る事さえ間に合わない。十字架が振るわれ、彼女の髪を揺らす。
「は?」
この距離で外すなどあり得ない。僅かな間混乱に支配され、すぐにその答えに気付く。
コード967を入力されたインプットマグナムより放たれた反重力ビームを照射されたマルタは、風船よりも軽やかに浮遊していた。
完全な理外からの攻撃は、彼女に致命的な隙を作らせた。
腰だめに構えられたスティンガーブレードが、腹部を貫く。僅かに視線を落とし、血を吐きながら言った。
「お見事です」
俺もマリーに膝枕されてぇなぁ。
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