初日からPKしたけどデスゲームだったキリトくん   作:〆鯖缶太郎

1 / 18
【注意】
 私の原作知識は1~10数巻とプログレッシブの3巻辺りまでで内容もおぼろげです。
 本来原作にないオリジナル設定を使って原作と差異があると思いますが、そこも含め楽しんでいただけると幸いです。


第一層
はじまりの物語


 βテスト最後の祭り。

 その日起きた出来事は、ネット掲示板でそう書かれた。

 

 過去に類を見ない大規模攻略。適正レベルに全員届いておらず、新種のモンスターに攻略組はかき乱された。

 道中で何人ものプレイヤーがポリゴンと化し、やっとの思いで辿り着いた第十層迷宮区。

 けれども、一息ついている暇はない。βテスト終了というタイムリミットが迫っていた。

 疲労が蓄積し、回復薬もプレイヤーの人数も足りない、マッピングが一切されていない手探りの攻略。

 一段と強くなったモンスターに足は度々止まり、少しの油断で退場していく仲間達。

 それでも階段を早期に見つけられるという少なからずの幸運もあり、最後は一人のプレイヤーに託され――そのプレイヤーが蘇生の間で復活することはなかった。

 

 果たしてそのプレイヤーが最後に見たものは何だったのか。

 道中で終わったのか。ボス部屋まで辿り着いたのか。ボスの姿を見たのか。

 SAOの正式サービスを控え、そんな話題で盛り上がっている掲示板を見ながら彼女(アルゴ)は思い出す。

 あの日見た最後の光景を――。

 

 ―――

 ――

 ―

 

「なぁ、アルゴ」

 

 自分よりも遥かに屈強な男に名を呼ばれ、顔を上げる。

 第一層のボス攻略から攻略組を立ち上げ、リーダーを務めていた彼と話す機会は何度かあった。

 アルゴが今この場にいられるのも、荷物持ちと斥候として彼に誘われたところが大きい。でなければ、戦闘力のない足手まといとして、参加は許されなかっただろう。

 

「すまねぇが、散っていった奴の分まで……お前に託していいか?」

 

 忌々し気に言う彼の視線の先には上階へ続く階段と、手前の通路で群れるモンスターの姿があった。

 

「具体的には、どうするんダ?」

 

 語尾が特徴的な甲高い声で、アルゴは問う。

 

「俺を含め、残ったメンバーで敵の注意を引き付け、階段への道を開ける。アルゴはそこを突っ走って、何処かにあるボス部屋まで駆け抜けてくれ」

「……せっかくここまで来たのに、最後がオレっちでいいのカ?」

「こう言っちゃなんだが、今回のボス攻略は最初から不可能だと思っていたんだ。でもどうせなら最後に、ボスの情報を少しでも知りたいだろ? 元よりお前を強引に誘ったのはそれが理由さ。攻略を前提としなければ、一番生き残る可能性が高い。そうだろ?」

 

 確かに、今この中で一番生き残る可能性が高いのはアルゴだ。

 戦闘能力こそ大幅に劣るが、隠密や索敵、看破といった戦闘回避と索敵能力は誰よりも高い。ステータスも敏捷値に特化しているので、仮にモンスターに捕捉されたとしても逃げることならできる。

 

「それに、お前なら信用できるしな――鼠さんよ?」

「ニャハハ」

 

 誰が呼んだか《鼠のアルゴ》。両頬に描かれた髭のような三本線のペイントから、その名が付いたのだろう。手広く交流していたことに加え印象に残るのか、今ではマスコット的存在になっていた。

 

「そりゃ、責任重大ダナ」

 

 全てはアルゴに託された。

 彼を含めた数人はモンスターの群れに突貫し、遅れてアルゴが開いたスペースを駆け抜ける。

 

「頼んだぜ!」

「結末を知りたいなら、それなりの額は要求するヨ!」

「そりゃ勘弁してくれよ!!」

 

 去り際、そんな二人のやり取りに笑い声が上がり。ポリゴンと化し離脱していく仲間たちを背に、アルゴは脚により一層力を込めた。

 自身が今まで培ってきた知識と経験、そして勘を頼りに。極力敵に感知されないよう、隠密行動を心掛け。

 ただ闇雲に、一秒でも早く――先へと突き進む。

 ゲーム故に、無尽蔵にある体力に身を任せ。閉鎖的な迷宮区内で、アルゴは一陣の風となる。

 それでいて足音を最小限に留める技量は、VR空間に於いて一朝一夕で身に付くものではなかった。

 

 ……どれほどの時間が経っただろうか。

 気付けばβテスト終了まで一分を切ろうかというところで、遂にその時は訪れた。

 今までとは明らかに違う迷宮の構造。そして見上げるほどに積み重なった横に広い階段を捉え、ボス部屋が目前まで迫っていることを確信する。

 階段を一段飛ばしで駆け上がり、最上段まで到達したアルゴが見たものは――。

 

「嘘……ダロ?」

 

 震える声音で、信じられないと、その光景に目を見開くアルゴ。

 彼女の視線の先には、確かにボス部屋が存在した。存在したのだが……。

 そこにあったのは、開け放たれた巨大なボス部屋の扉。

 部屋の中は、左右に立てられた松明が爛々と燃え上がり。ただただ、四角く刳り貫かれたような空間があるだけだった。

 

 ――まさか、まだ実装されていない?

 足を踏み入れ、一瞬そんな思考が脳裏を過るが、ボス部屋の奥にある次層へと続く階段が開かれている事にアルゴは気付いた。

 

 ――何者かが、現段階で最高峰とも言える攻略組を差し置いて、ボスを倒した?

 一体誰が、何人で、どうやって、どんなボスを攻略したのか。

 

 アルゴの情報を以ってして、可能とするプレイヤーは……一人だけいた。

 いつフレンド欄を見てもログインしており、今回の攻略にも不参加を表明していたプレイヤー。

 彼ならば、それこそ単独で攻略可能かもしれない。そう思えるほどに、アルゴはそのプレイヤーとの関わりが深く、強さを知っていた。

 

 階層間を移動する転移門は、ボス撃破から二時間後に自動で開くか、次層にある転移門に触れて有効化(アクティベート)しなければ連結されない。

 だが、アルゴは思う。第十一層の転移門は恐らく、有効化されていないだろうと。時間経過による自動連結もだ。

 全ては自分だけで、情報を独占するために。

 次層への階段を上ろうにも……もう、時間はない。

 

 ――今この瞬間。誰も到達できていない階層でただ一人、その景色を眺めているプレイヤーが存在する。

 

 己の眼で見なければ間違いなく信用しなかった事実に、アルゴはゲームで流れるはずのない冷や汗が伝った気がした。

 そして、ボスを倒したであろう彼を呼ぶ時に使っていた愛称を、薄れゆく世界の中で呟く。

 

「キー坊……」

 

 視界がブラックアウトし、二ヶ月間に及んだβテストの幕が閉じられた。

 

 

 

〆〆〆〆〆

 

 

 

 βテスト終了から更に時は流れ。テスター千人と限定販売されたソフトを手に入れた九千人を含めた、計一万人でSAOの正式サービスが始まろうとしていた。

 

 ――いよいよだ。いよいよ、待ち望んでいたゲームが開始する。

 ナーヴギアを装着し、直ぐ様ログインできるように楽な態勢で待つ者達の中に、桐ヶ谷和人の姿もあった。

 

「リンクスタート」

 

 開始時刻になった瞬間、一万人のプレイヤーが同タイミングでそう言った事だろう。

 ナーヴギアが音声認識をするや否や、意識と感覚はゲームの中へと誘われる。

 そして次に分かるのが、ベッドで寝ていたはずの自分が両足でしっかりと立っている、という事実。

 ゆっくりと目を開ければ、まず視界に入るのは規則正しく敷き詰められた石畳。顔を上げれば、そこには懐かしい《はじまりの街》の風景があった。

 

 一万人が続々とログインし、様々な気持ちが織り交ぜられた歓声が広場に木霊する。

 そんな人混みの中を掻き分け、キリトは迷う事なく裏道へと入って行く。途中、赤い髪のバンダナ男に声を掛けられた気がするが相手にはしない。

 今この瞬間からゲームは……競争は始まっているのだ。

 

 βテスト中に目を付けていたこの街で最も物価が安い武器屋に入り、まずは初期防具を売り払い、続いて初期武器と同じ《スモールソード》を数本購入。残ったコルで念のための体力回復のポーションを買った。

 その一切無駄のない動きは、キリトがβテスト時代に予習した賜物だろう。

 店を出た後はそのまま裏道を使って北西ゲートへと歩を進め、その間にこのゲームの要とも言えるスキルスロットを埋める。

 レベル1の時にある枠は二つ。その一つをβテストでも愛用した『片手用直剣(ワンハンドソード)』にし、もう一つは敵を効率良く見つけられるよう『索敵(サーチング)』にする。

 表通りに出れば既に他のプレイヤーで溢れかえっており、北西ゲートを出れば草原エリアで早速イノシシモンスターと戦っている姿がちらほら見えた。

 あと一時間もしない内に、ここもプレイヤーで溢れかえってしまうだろう。

 そんな事を思いながら、キリトは目的の村がある深い森が広がる方面へと駆けだした。

 

 途中、何体かのイノシシやイモムシとすれ違い、動きの鈍いイモムシを手っ取り早く倒して一つレベルを上げる。それと同時に入ったステータスポイントは全て筋力値に振り分け、そのまま森へと入った。

 中は迷路のように入り組んでいるが、キリトにとってはさしたる問題ではない。βテストから変更されていないだろうかという一抹の不安を胸に突き進み、無事目的地である《ホルンカの村》に辿り着く。

 

 ここに来た理由は二つ。

 一つ目はこの村の外れにある民家に『森の秘薬』というクエストがあるからだ。

 それは片手剣使いの必須クエストであり、成功報酬の《アニールブレード》は武器強化も含めれば第三層までメインウェポンとして充分使える。

 そして二つ目の理由が、序盤で最も経験値効率の良い狩場だからだ。

 まず先に説明すると、森の秘薬クエストを達成する為には狩場に出る《リトルネペント》という植物系モンスターを倒す必要があり、しかもこの敵は細かく言えば三種類に分けられる。

 

 『ノーマル・実つき・花つき』

 ノーマルは通常種で、最も出現しやすい普通の個体。

 実つきと花つきは少し特殊で、ノーマルに実か花が付いているネペントのことだ。

 ただ、この二種類は出現確率が異常に低い。クエストを達成するには花つきを倒すと確定ドロップする『胚珠(はいしゅ)』が必要であり、今からキリトが狙うのがそれだ。

 ならば実つきは何なのかと言えば、その実が傷つくと臭気を噴出し、周辺にいる仲間達を引き寄せる厄介な存在だ。

 

 故に実つきは初見殺しに近いが、立ち回りさえ覚えてしまえば狩り効率を上げるありがたい存在と捉えることもできる。

 以上のことを踏まえ、クエスト討伐対象の花つきの出現確率が低いことや、実つきの特性故か、この森のモンスターの湧きは他と比べても圧倒的に早いのだ。

 

 よってキリトは、早速クエストの受注に行く――かと思いきや、そのままネペントを倒しに森へと向かう。

 クエストの受注と達成は同時に行った方が短く済むことに加え、この森に湧くモンスターは確かにネペントだけであるが、本当の敵は別にいるからだ。

 

 森に入れば早速索敵スキルで周辺を警戒するキリト。

 ここで死んでしまえば蘇生ポイントの《始まりの街》に逆戻りであり、時間を大幅にロスしてしまう。

 小走りに木々の隙間を抜けて進んでいると、敵が索敵範囲内に入った事を知らせるカラーカーソルが表示される。

 孤立している敵であることを確認し、キリトは迷うことなく歩を進め、視界に捉えた。

 

 それは正に、βテストの頃と何ら変わりのない動く食虫植物そのもの。

 無数の露出した根を足として移動し、ウツボカズラを思わせる胴体。攻撃手段である二本のツルは現れたキリトを真正面に捉え、捕食用の大きな口をパクパクとする度、粘液が滴り落ちる。

 頭の頂点には大きな芽が咲いており、ノーマルの個体であると一目で認識できた。

 

「ハズレか……」

 

 本命は花つきであるが、どうせレベルを上げる為にこれから何百体と狩るのだ。今は一秒でも早く強くなる事を重点に置き、花つきはついでだとキリトは思考を切り替え、剣を抜く。

 眼を持たないネペントではあるが、キリトが臨戦態勢に入った事を感じ取ったように「シュウウウウ!」と咆哮を上げた。

 

 リーチは自在に伸縮するツルを持つネペントが有利。加えて遠距離攻撃の口から吐かれる腐食液を浴びてしまえば、HPと武器防具の耐久度が大きく減り、粘着力で動きが阻害されるおまけつきだ。

 幸い腐食液の攻撃範囲は狭く、予備動作もあるので注意していれば喰らう事はない。

 警戒しつつ歩を進め、丁度ネペントの攻撃が届くギリギリの範囲でキリトは敢えて立ち止まった。

 

 今が好機と見たのか、ネペントは二本のツルを自在に使って攻撃せんと鋭い突きを放つ。だがそれを見切ったキリトは危なげなく躱し、やがてネペントがしびれを切らした様に大きく開いていた口を閉じかけた瞬間――キリトは駆け、対象へと肉薄する。

 今のネペントは言わば、攻撃モーションの最中。プレイヤーで例えるなら、ソードスキルを構えたタイミングだ。

 

 AIシステムによって動くネペントはモーションをキャンセルできず、そのまま腐食液を溜める予備動作へと入る。

 しかしその間に距離を詰め切ったキリトは、腐食液の当たらないネペントの側面へと回り込み、剣をウツボ部分と太い茎の接合部である弱点に叩き込んだ。

 背面攻撃のように、相手が隙だらけの状態の際に入るダメージボーナスも加わり、ネペントの赤いHPバーが筋力値に極振りしたステータスもあってガクリと四割近く削れる。

 そして、腐食液を吐ききる前に攻撃を喰らった事によりできた隙にもう一撃叩き込み。最後はネペントが態勢を立て直す前に単発水平斬撃技《ホリゾンタル》を放つ。

 

 息をする間もなく、流れる様なキリトの三連撃を弱点に食らったネペントのHPは全損し、青い硝子の欠片となって爆散した。

 ステータス上は間違いなく相手が格上であったが、防御面が低いことや弱点が露出している点など。立ち回り次第で狩りやすいのもネペントの魅力だ。

 βテストから修正されているかもしれないと、少々オーバーキル気味に攻撃を加えてしまった事を反省しつつ、キリトは次なる獲物を求めて駆けだした。

 

 ――そして、レベルが3に上がった頃。キリトが最も恐れていた敵が現れた。

 しかし、すぐに襲うような真似はしない。剣を収め、なるべく自然体で近付くキリト。

 すると、相手もこちらに気付いたのか。振り向いて、口を開いた。

 

「驚いた。まさか、もう先客がいるとはな」

 

 その相手とは、植物系モンスターではない。

 そもそもこの森には《リトルネペント》しか湧かず、加えて会話が成立するようなモンスターは存在しない。

 相手の頭上に浮かぶ、緑色のカーソル。村で買える革鎧を身に纏い、腰には吊り下げられた《スモールソード》。それらは間違いなくプレイヤーである証拠であり、同業者であると確定した瞬間だった。

 

「お前も秘薬クエ、受けてるんだろ? よければ俺とパーティーを組まないか?」

 

 友好的に近付いてくる相手を、キリトは油断なく観察する。

 一見友好的に見えるかもしれないが、それが演技の可能性もあると考慮して。一歩、また一歩。射程内に入っても、相変わらず隙だらけの相手に。

 

 ――どうやらコイツは、本当にパーティーを組もうとしているらしい。

 そう理解した時には、体が動いていた。

 

「……は?」

 

 一体何が起きたのかと、思考が追い付くまもなく。そのプレイヤーは素っ頓狂な声を残し、顔と胴体を分離させながら爆散した。

 何てことはない。キリトが己の剣でプレイヤーを殺した……つまりはPK(プレイヤー・キル)だ。

 キリトの頭上に浮かぶカーソルが緑色からオレンジ色へと変わる。

 

「これでもう、同じ手は使えないな……」

 

 キリトにとって一番の敵。それは狩場を荒らす同業者……つまりは他のプレイヤーだ。

 折角低確率で湧く『花つき』が出たとしても、奪われるかもしれない。そうでなくとも、狩りの効率が落ちるのは免れないだろう。

 ゲームに於いて、狩場とは奪い合いだ。仲良く分け合いましょうという思考など、生粋のソロプレイヤーであるキリトは持ち合わせていなかった。

 仮に彼とパーティーが組める者がいたとしたら。それはキリトをも唸らせる実力の持ち主だけであろう。

 

 そしてPKなどの違法行為をした場合、プレイヤーのカーソルはオレンジ色になる。

 そうなった場合に最も困るのが、本人が村や街の中といった安全な圏内に入れなくなるということだ。

 ならばもう《ホルンカの村》に入れず、クエスト達成もできないではないか……と、思うかもしれない。

 だが、それに関しては問題がなかった。何故なら、森の秘薬クエストを受注する民家は村の外れにある。つまりそこは安全圏ではないため、実質的にオレンジプレイヤーも入ることができるのだ。

 それでもNPCによってはオレンジプレイヤーを毛嫌いする者も多いが、その民家に限っては少なくとも大丈夫である。クエスト内容を見れば分かるが、その民家の娘が重病にかかっており、それを治す為に胚珠がいち早く必要なのだ。

 つまり、胚珠を持ってきてくれるならば……娘の命を救う為ならば、例えオレンジプレイヤーでも頼る。それがこのクエストの隠れた特徴でもあった。

 

 故に、キリトにとってこれから一番面倒なのは圏外での安全確保だ。

 圏内以外でログアウトすると体は残り、モンスターやプレイヤーに倒される恐れがある。一応βテストの内にいくつかポイントはピックアップしてあり、PK行為が可能なだけあって少なからずの救済措置も存在する。

 いざとなれば、数少ないβテスト時代のフレンドを頼ればいいだろう。

 だから何の心配もいらないと、キリトは再びネペントを狩りに駆けだした。

 

 

 

 SAOのサービス開始から、五時間あまりの時が流れた。

 ――成果としては上々だろう。

 レベルが上がる毎に狩り効率も上がり、今現在で手に入れた胚珠の数は四個。一個は既にクエスト報酬である《アニールブレード》に替えてしまったので、残り三個は顔が広いとあるフレンドに仲介して売ってもらおうと考えていた。

 多少の仲介料は取られるだろうが、今のキリトはオレンジプレイヤー。しかもあれから両手の指の数ほど倒したので、もうPKプレイヤーがいるという情報は拡散されている頃合いだろう。自分で売るのはそれなりのリスクが伴うし、何より胚珠を売る時間があるならばレベリングを優先させたいのが正直な気持ちだった。

 

 途中、どこからともなく鐘の音が鳴り響き。すわ何事かと警戒を強めたキリトであったが、結局は何も起こらず杞憂に終わり。

 そろそろ次なる狩場を求めて移動するかと考えた時、メッセージ音が響く。GMから送られてきたそれに、まさかメンテナンスのお知らせだろうかと思いながら開けば――。

 

「……は?」

 

 最初にキリトがPKしたプレイヤーのような、何とも間抜けな顔ずらでそんな言葉を漏らした。

 だがそれも、仕方がないことだろう。

 何故なら最初に目に入る件名が『デスゲーム開始のお知らせ』なのだから……。

 

「どういうことだ……?」

 

 読み進めていけば、どうやら数十分前に鳴った鐘の音は、はじまりの街へとプレイヤーを強制転移させるものであったらしい。

 しかしキリトは現在オレンジプレイヤー。街に入ることはできず、強制転移はシステム的に自動で拒否されてしまった。

 本来であれば一万人近くのプレイヤーが一堂に会し、GMである茅場晶彦のお言葉を頂戴する……という流れだったらしい。らしい、つまりは過去形。これらは既に終わった事である。

 

 端的に言えば、そのメッセージの内容は茅場晶彦直々の謝罪であった。

 何故ならキリトはゲームだと思って十人近くを既にPKし、そのプレイヤーが本当に現実で死んでいる……つまりは意図せず殺人と同じことをしたのだから。

 送付されたアイテムを見れば、手鏡とカルマ値を元に戻すポーションが添えられていた。

 

 試しに手鏡を見てみれば、突然白い光が身を包み……。次に鏡を見た時には、現実の桐ヶ谷和人の姿になっていた。

 最初はメッセージの内容を疑っていたキリトも、現実世界の自身の姿や実際にログアウトボタンがないことを確認し、恐らく本当のことだろうと取り敢えずは受け入れる。

 そして実際に人を殺した件に関しては、そこまで何も感じていなかった。

 

 既に終わったことであり、今更何か後悔したところで変わることはないのだから。

 ただ、これからは無闇にPKをしないと心に誓った。

 今まではゲームだと思っていたからこそのPKであり、現実世界に帰還できた際に説明すればまだ取り返しが付く範囲だ。

 けれど、ゲームの死が現実の死に繋がると理解した今、PKをすれば紛れもない殺人である。

 それが露呈すれば家族に迷惑を掛け、自身の人生も終了してしまう。

 

 最後にカルマ値を戻すポーションだが、はっきり言えばこれはかなりのレアアイテムだ。売ればそれなりの価値になるのは間違いないが、このデスゲームの世界でオレンジプレイヤーとして見つかった場合はどうなるかと考える。

 恐らく、多くのプレイヤーから拒絶される存在となってしまうだろう。

 

 暫しの葛藤の末、キリトはポーションを余すことなく飲み干した。

 オレンジのカーソルが緑に変わり、少し気分が軽くなったと感じるのは気のせいではないだろう。

 

「さて……どうするかな……」

 

 強さに関しては、今現在プレイヤーの中でもトップだろう。

 問題なのは、これから冒険をするのか。それともしないのか。

 果たして、このデスゲームに於いての安全とは何か。

 街に籠るのも一つの手だ。勇気ある者が立ち上がり、いつか攻略されるまで待ち続ける。……だが、安全圏がいつまでも安全である保障はなく。ゲームである以上、何か抜け道がないとも言い切れない。

 

 それにデスゲームと言えど、この世界の本質はゲームである。

 ならば、答えは一つしかない。

 

 ――この世界で、攻略するか死ぬその時まで遊び尽くす。

 

 それがキリトにとっての、最もな選択肢だった。

 せめてもの、名も知れぬPKをしてしまったプレイヤーの分まで恥じぬ生き方をこの世界でしよう。

 そう心に決めて、キリトは次なる目的地へと走り出した。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。