初日からPKしたけどデスゲームだったキリトくん   作:〆鯖缶太郎

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PK

 今日、遂にこの第二層で《フィールドボス》の攻略が行われる。

 その事をリズベットは、自身の鍛冶屋に訪れるプレイヤーの話で知っていた。

 今朝だって参加予定の前線プレイヤーが多く訪れ、最後の仕上げとばかりに強化に(のぞ)む者や装備のメンテナンスの依頼を何十件も請け負った。

 そしてネズハに関しては、結局あれ以来一度もこの東広場に姿を現していない。加えてリズベットが強化でいくら失敗しようと、武器破壊が起こることもなかった。

 その事実からリズベットも鍛冶屋を訪れる他プレイヤーも、薄々彼が詐欺を行っていたのだろうという結論に至っていた。

 

「……暇だ」

 

 第二層のフィールドボスは階層ボスと異なり、開けたエリアで戦闘を行うことになる。

 強さもβテスト通りであれば、適正レベルのワンパーティーで倒せるぐらいだ。

 だから第一層の階層ボスのように逃げ道を防がれる心配はなく、外から攻略の様子を見ることだってできる。

 第一層のボスに関してはキリトとアスナの二人が倒してしまったので、実質今回のボス戦こそが前線プレイヤーの初陣とも言えるだろう。

 そんな前線組の勇姿を見届けようと、ボス戦に参加せずとも見学に向かうプレイヤーの人数も多かった。

 結果として、ただでさえ暇になりがちなお昼時の鍛冶屋にプレイヤーが訪れる気配はなく、リズベットは暇を持て余していた。

 

 時間潰しに買い取っていた装備の強化をしていたが、それも先程終わってしまった。

 このままただ座り、代わり映えしない街の風景を眺めているだけというのも何だか落ち着かない。

 

「よし! ソロで圏外にでも行きますか」

 

 キリトとアスナは何やら予定があるらしく、進展があれば報告すると言っていた。

 恐らくネズハの件で、何かしら情報を掴んだのかもしれない。

 そんな二人の邪魔をする訳にもいかないと、リズベットは気分転換にソロでフィールドに出てみることにした。

 

「本当は売り物だけど……使わないと勿体ないし、いいよね」

 

 未だ売れていない《コート・オブ・ミッドナイト》をリズベットは装備する。

 街に戻ったら忘れずメンテナンスをしようと心に決め、あてもなく圏外へと足を踏み入れた。

 

「この感じ、何だか久し振りだな」

 

 不思議な緊張感に、リズベットは呼吸を整える。

 数日前までソロだったのが懐かしいとすら思う。キリトとアスナとの出会いから今日に至るまでは、そのぐらいリズベットにとって濃密なものだった。

 フィールドボス戦を見に行こうかとも考えたが、今から向かっても到着する頃には終わってしまうだろう。

 万全を期すため、階層ボスに挑むぐらいの慎重さで人数も揃えていたようなので、心配する必要もない。

 

「適当に散策しつつ、モンスターでも狩っていこうかな」

 

 鍛冶屋は装備の強化を行うだけでも経験値を取得することができる。

 そのため日々強化依頼を受けていたリズベットのレベルは、既に第二層をソロでも問題なく移動できるまでになっていた。

 片手棍(メイス)を握り、道中出くわしたモンスターをリズベットは危なげなく処理する。

 その中で自身の成長を実感しつつも、キリトとアスナの異常性を再認識していた。

 

「本当にあの二人は……。どうやって一撃で倒してんのよ」

 

 そんな独り言を呟きながら草原フィールドを散策していると、遠目に一人のプレイヤーの姿が見えた。

 だが、様子がおかしい。

 そのプレイヤーは一体のモンスターを引き連れ、武器も構えず走っていたのだ。

 それも、圏内である最寄りの街《ウルバス》ではなく、リズベットに背を向ける形で逆方向へと。

 

「まさか、焦って反対に逃げてるんじゃ」

 

 もしかしたらただモンスターを釣って、仲間のいる場所に向かっているだけかもしれない。

 それだったら問題ないが、最悪の場合も想定するべきだろう。

 そう考えたリズベットは、そのプレイヤーの(あと)を追いかけることにした。

 

 

 

〆〆〆〆〆

 

 

 

 モンスターとネズハは対峙(たいじ)する。

 だが、やはりフルダイブ不適合(FNC)による視覚のハンデは大きい。

 遠近感の掴めないネズハは、本来であれば防げるはずの攻撃を度々喰らっていた。

 それでも何とか倒し切ると、所属パーティーのリーダーであるオルランドに一言断りを入れる。

 

「回復ポーション飲むね」

「あいよ。のんびりしてると次が来るぞ」

 

 ネズハを含む《レジェンド・ブレイブス》は六人パーティーだ。

 本来であれば今日、ネズハを除く他のメンバーはフィールドボス戦に向かう予定だった。

 だが、今朝になってオルランドが「ネズハの復帰が最優先だ」と発言したことで、辞退することになったとネズハは他のメンバーから聞かされていた。

 折角自分のために時間を割いてくれたのだ。少しでも結果を残さなければと、ネズハは武器を握りしめる。

 現状の配置としては、戦闘をするのがネズハ。オルランドを含む三人が万が一の時のために近場で待機。一人が索敵。もう一人が周囲からモンスターを釣る役割を担っていた。

 

 乱立した岩の陰から、リポップしたであろうモンスターがネズハに襲い掛かる。

 ポーションもただではない。今でこそ潤沢(じゅんたく)な資金はあるが、強化詐欺を辞めたことで無駄遣いはできない状態となっている。

 このままでは、自分は本当にただのお荷物だ。

 強化詐欺の負い目を感じながらも、今ばかりは戦闘に集中するネズハ。

 だがやはり、どれだけ注意していても攻撃を喰らってしまう。

 体力を半分ほどまで減らしながら何とか倒し、また回復しようとしたが、すぐ取り出せるように入れていたポーチのポーションを全て使い切ってしまったことに、ネズハは気付いた。

 

「ごめん。回復ポーションが切れたから、分けて欲しいんだけど」

 

 そんなネズハの願いに、オルランドは厳しい口調で言う。

 

「いや、まだ大丈夫だ。それに、俺らだっていつもお前を援護できる訳じゃない。多少体力が減った状態にも慣れてもらう。それにほら、もう次が来るぞ」

 

 見れば、モンスターを引き連れたメンバーの男が合流してくるところだった。

 男がすぐ横を通り過ぎると、モンスターはネズハに狙いを切り替える。

 そんな状況でも、ネズハは大丈夫だと自分に言い聞かせた。

 多少のヘマをしても、仲間がすぐに助けてくれると。

 

「くっ……」

 

 生産職であったとはいえ、リズベットが現れるまで強化依頼をこなしていたネズハのレベルはそれなりに上がっていた。

 今装備している防具だって、自分で鍛えたもので防御値も底上げしている。

 それでもステータスは、戦闘をメインで活動してきたメンバーと比べるとやはり劣ってしまう。

 モンスターの攻撃を(さば)けず、じわじわと体力が削られる。

 

「ごめん、流石にそろそろ限界かも」

「すぐ援護に入る。強引にでも敵の攻撃を(はじ)いてくれ」

「分かった」

 

 オルランドの言葉に、ネズハは彼がスイッチしようとしているのだと考えた。

 体力を減らしながらも、ネズハは何とか敵の攻撃を弾く。

 気付けばHPゲージは赤色にまで差し掛かっていた。

 

「全員、行くぞ!」

 

 でも、もう大丈夫だ。

 何故ならすぐ近くにいるパーティーメンバーが、モンスターをすぐにでも倒してくれる。

 攻撃を弾く際、敵の勢いに押され態勢を崩したネズハはそのまま尻餅をつく。

 顔を上げればモンスターを倒し、手を差し伸べてくれる仲間が――。

 

「――え?」

 

 そこに――仲間はいなかった。

 先程まで戦闘していた黒い牛型のモンスターが、絶好のチャンスとばかりに二本の角をネズハに向け突進してくる。

 

「何で――」

 

 何で誰もいないの?

 そんなネズハの発言は、モンスターの角で突き上げられたことで中断された。

 攻撃の勢いで空中に飛ばされながら、視界にパーティーメンバーが映り、目が合う。

 だが誰も何もせず、動こうとすらしていなかった。

 そこでネズハは悟った。自分は今、M P K(モンスター・プレイヤー・キル)をされているのだと。

 考えられる理由は《強化詐欺》しかない。

 そう。自分は切り捨てられたのだ。

 

「嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ!」

 

 ネズハの魂の叫びも虚しく、HPゲージは減っていく。

 

「死にたくない!! 誰か――」

 

 その絶叫(ぜっきょう)を最後に、ネズハは青いガラスの欠片となって四散した。

 

 

 

 

 

「――えっ?」

 

 そんな時だった。

 駆け付けたリズベットが岩陰から姿を現したのは。

 

 二言三言(ふたことみこと)しか話したことはなかったが、その聞き覚えのある声と四散する直前に見えた姿から、リズベットは今死んだのがネズハだと悟った。

 そして、彼の周囲に立っていた五人のプレイヤー。彼らとネズハはどういう関係なのかとリズベットが思うよりも早く、その内の一人が動揺しながら言う。

 

「リ、リーダー。どうする? 見られちまった」

「……チッ。まだ誤魔化せる範囲だっただろ」

「えっ……? あっ……」

 

 オルランドは悪態を付くと「めんどくせー」と言いながら、ネズハが必死に体力を削ったモンスターを一振りで倒す。

 それこそが、ネズハを見殺しにした決定的な証拠でもあった。

 

「おい。索敵はどうした?」

「す、すまん。気を取られて、つい……」

「はぁ……何やってんだよ」

 

 オルランドは再度舌打ちした後、リズベットに語りかける。

 

「あんた、鍛冶屋のリズベットだろ? 悪いな、俺の仲間達がバカで。目撃者のあんたを殺さなくちゃいけなくなった」

 

 オルランドは抜き放っていた剣の切っ先をリズベットに向ける。

 その行為は、未だ状況を掴めず混乱するリズベットを強制的に現実に引き戻した。

 

「抜けよ。巻き込んでおいて、ただ無抵抗の相手を殺すのも忍びない」

 

 リズベットの動悸が激しくなる。

 今になって(ようや)く、自分は殺されそうになっているのだと理解した。

 一瞬逃げようかとも考えたが、ここに来るまでモンスターを釣っていた男には距離を引き離された。加えてリズベットは生産職だ。態々敏捷値を上げる必要はないと考え、あまりステータスは割り振っていない。

 つまり、逃げるのは絶望的。

 相手が自分を殺すと言うのであれば、やるしかない。

 

 ――そんな事(PK)が、自分にできるだろうか。

 

 突然殺し合えと言われても、できる人間は少ないだろう。

 いくら正当防衛であるからといって、実際に行動できる者は限られる。

 プレイヤーを――人間を殺せるか殺せないか。

 リズベットは、後者の人間だった。

 

「嫌、来ないで!」

 

 そう言いながら、リズベットは片手棍(メイス)をオルランドに向ける。

 じりじりと後退しようとするが、それ以上の歩幅で距離を詰めてくるオルランド。

 唯一リズベットに勝算があるとすれば、相手がこちらを生産職であると侮っていることだろう。

 幸い他のメンバーは静観している。

 何とか相手の体力を殺さない程度まで削り、怯んでいる間に逃げるしかない。

 

「じゃあな」

 

 オルランドの高らかに振り上げた剣が、リズベットに振り下ろされる。

 だが、その速度は決して躱せないものではなかった。軌道も読みやすく、カウンターを決める絶好の機会とも言える、そんな舐めた剣筋。

 キリトとアスナを間近に見てきたリズベットにとって、それはあまりにも遅すぎた。

 

「舐めんな!」

 

 大丈夫だ。きっと何とかなる。

 コイツの剣を躱して、一撃を叩き込んで怯んでいる間に逃げる。

 そんなリズベットの思考はだが――突如乱入してきた一人のプレイヤーによって遮られた。

 しかもそのプレイヤーが割って入ったのは、オルランドとリズベットの間。

 たった今振り下ろしていたオルランドの剣が、そのプレイヤーを切りつけるのは自然な流れだった。

 

「キリトッ!?」

 

 そしてその乱入者とは、キリトであった。

 相当急いでいたのか、剣すら抜かずに立っている。

 

「ぐふっ……」

 

 意味が分からないとリズベットが見ていると、キリトは思い切りオルランドの腹を蹴り飛ばし距離を取る。

 そこで漸く、キリトは愛剣である《アニールブレード》を抜いた。

 

「リズ、大丈夫か?」

「いや、私は大丈夫だけど……あんた何やってんのよ! キリトだったらあんな攻撃、喰らわずに済んだでしょ!」

 

 キリトならばあんな風に庇わなくとも解決できたはずだ。

 剣を抜く暇がなかったや、相手の剣筋を見ている暇がなかったのだとしたら、そもそも間に割り込まずに最初から今みたいに蹴り飛ばせば済んだ話だ。

 そうしている間にも、態勢を立て直したオルランドがキリトを睨みつけた。

 その様子を見ながら、キリトはリズベットに説明する。

 

「リズ、覚えておきな。PKプレイヤーは二種類存在する。自分がオレンジになることに一切抵抗がない奴と、それでもグリーンであろうとする(こす)い奴だ」

 

 そう。先程までオルランドのカーソルはグリーン。つまりネズハをMPKしていても、システム的には何ら犯罪をしていないプレイヤーと判断されていた。

 だがキリトを斬り付けたことで、今になって漸くオレンジプレイヤーとなったのだ。

 だからこそグリーン同士の殺し合いで、尚且つ両者がオレンジになりたくないと思っていた場合、ややこしいことになる。

 先手必敗。もちろん先手の方が先に攻撃できるというアドバンテージはあるが、システム的には先手を取った方が犯罪者となり、後手は一切の制約を受けない。

 故に両者が同意するなら、決闘(デュエル)の《完全決着モード》を選択することで解決できる話ではあるのだが、今回はその限りではない。

 だからオルランドは、先手をリズベットに譲ろうとした。

 殺すと脅し、反撃の機会を与え、(わざ)と攻撃をその身に受けようとしたのだ。

 そうすれば、例え犯罪者となったリズベットを殺しても、自分はグリーンとして生きていけるから。

 

「来いよ。犯罪者(オレンジ)

 

 キリトの挑発を受け、オルランドは吐き捨てる。

 

「黙れ、ガキ」

 

 もうグリーンという(かせ)はなくなったと、オルランドは開き直ってキリトに斬りかかる。

 彼が使うのはキリトと同じくアニールブレード。

 更には防具も重装備かつ二層で手に入る現状の最高級品であり、今は亡きネズハの手によって全て《強化試行上限数》を最大まで消費したものだ。

 その武器の切れ味はキリトをも(おびや)かし、その堅牢(けんろう)さはPKという殺し合いにおいて大胆な立ち回りを可能とさせる。

 

 鍔迫(つばぜ)り合いをしながら、オルランドはキリトの装備を注意深く観察する。

 強化した装備に現れる独特な光沢。その剣は(まさ)しく一級品であると言えた。

 だが防具に関して言えば、機動力を重視しているのか軽装。それも一層で手に入るものであり、強化も然程(さほど)していないように見えた。

 加えてキリトのHPゲージは、リズベットを庇ったことで(いく)ばくか減っている。

 あの時は本気で斬るつもりはなかったこともあり、大したダメージにはなっていなかったが、それでも現状優位に立てているとオルランドは思った。

 

 戦闘が始まるまでに回復ポーションを飲む機会はいくらでもあったはずだが、それをしなかったのはポーションを常備していないのか。それとも、回復に気が回るほどの余裕がなかったのか。

 どちらにしても、悪いことではない。

 

 本当であればパーティーメンバーに、加勢するなりリズベットに攻撃するなりしてほしいところだが、それは望み薄だ。

 自分で言うのも何だが、あいつらはオレンジになる覚悟がない。

 MPKをしておきながら、自身の手で殺すことには抵抗があるのだろう。

 

 戦いは拮抗しつつも、徐々にキリトが押される展開となる。

 その一番の理由は、リズベットを守りながらキリトは戦う必要があるからだ。

 オレンジとなったオルランドは、もういくらグリーンのプレイヤーを殺そうと関係ない。

 だがキリトは、自身がグリーンであろうとする限り《レジェンド・ブレイブス》のメンバーを攻撃することはできない。

 仮にメンバーが攻撃されてキリトがオレンジになれば、こちらは全員でキリトを殺す理由が生まれる。

 例えどれだけキリトが強者であっても、リズベットがいる限りオルランドの優位は揺るがない。

 

「お前の実力はそんなもんか?」

 

 キリトの体力は徐々に削られ、遂に半分を切った。

 対してオルランドの体力はまだ七割以上残っている。

 

 ――敢えて優位な自分から勝負を仕掛けるなら、この辺りだろう。

 

 ここまでソードスキルを両者とも使用していない。

 ソードスキルを使った後に発生する僅かな硬直時間。それすら命取りになると、互いに理解しているからだ。

 だからこそ、時としてソードスキルを使用するというその大胆さは、相手の意表を突く形と成り得る。

 

 剣戟(けんげき)最中(さなか)、オルランドはあるソードスキルを自然な動作で構えた。

 キリトとの戦闘が始まってから、度々こうしてソードスキルを放つと見せかけ、結局真似事で普通に斬撃を繰り出すというシーンをオルランドは何度かしていた。

 全てはこの瞬間のための布石。

 

 オルランドの持つアニールブレードが、青白く光り輝く。

 基本突進技《レイジスパイク》。威力は然程(さほど)高くはないが、十メートルという距離を瞬間的に加速し突進して突く技。

 オルランドの真の狙いはキリトではなく――その直線状にいるリズベット。

 キリトに真正面から攻撃が当たるならよし。防御されても突進の勢いそのままに押し通す。回避されたらキリトと距離を取りつつ、戦闘の意思が全く見られないリズベットを人質に取ることができる。

 体力の優位があるからこそできる選択。技が放たれるまでの数秒で、初見のキリトが完璧に対応することはできないだろう。

 大体のプレイヤーは防御が間に合わず、反射的に回避を選択する。そしてリズベットも、まさか自分が直接狙われているとは思うまい。

 戦闘に慣れているプレイヤーほどこの術中に陥る。

 

 ソードスキルが始動する。

 地を蹴ったオルランドは、アシストに従って放たれた矢の如く一直線に突進する。

 そしてキリトの選択は――回避。

 キリトであれば真の狙いに気付き、体を張ってでも止めてくるかと思ったが、そうはならなかったなとオルランドは思う。

 だが、それでいい。これが最善の結果だ。

 そうオルランドが確信したときだった。

 

「あんた、自分に相当自信があるみたいだけど……詰めが甘すぎるよ」

 

 キリトは確かに回避した。

 だがそれは、逃げではない。後ろでも横でもなく、前に回避する攻めの一手。

 最小限のステップで、オルランドの一直線に突き出された右腕を(くぐ)るように身を(かが)め、体を(ひね)る。その間に、キリトのアニールブレードも青い光芒(こうぼう)をまとっていた。

 単発水平斬撃技《ホリゾンタル》。

 この世界に来てから《リトルネペント》を狩るため、一番使用してきたソードスキル。

 上体を起こしながら一歩踏み込み。遠心力を利用して溜めていた力を剣に乗せ。その全てを一気に開放する。

 アシストだけではない。速度と威力が乗った、横薙(よこな)ぎに振り払われる神速の一撃。それはオルランドの《レイジスパイク》の速度をも超越(ちょうえつ)する。

 

 キリトとオルランドが交差する。

 後はリズベットに向かって突き進むだけだとオルランドが笑みを浮かべた刹那――彼の背に凄まじい衝撃が走った。

 キリトの振るった剣が、今まさに通り過ぎようとしたオルランドの無防備に(さら)された背中に、後方から追いついたのだ。

 背面攻撃。そして一度も失敗することなく、上限までリズベットの手によって強化されたアニールブレード+8。そこにキリトの暴力的なステータスが加われば――答えは一つ。

 

「何が……起きたんだ……?」

 

 吹っ飛ばされたオルランドは、岩壁に体を強く打ち付ける。

 果たして何が起こったのか。理由が分からないままキリトを見て、その体を四散させ青いガラスへと変えた。

 

 暫しの静寂の後、剣を肩に(かつ)いだキリトが残ったレジェンド・ブレイブスのメンバーを見やる。

 

「どうする? あんたらもやるか?」

 

 キリトの問いにメンバーは顔を引きつらせると、情けない叫びと共に一目散に逃げだした。

 漸く脅威は去ったと、キリトはへたり込んでいたリズベットに手を差し伸べる。

 

「大丈夫か?」

「――嫌ッ!」

 

 だがキリトの手を、リズベットは振り払った。

 その事実に、リズベット本人ですら驚いている様子だ。手の平を見つめると、小刻みに震えている。

 

「ご、ごめんキリト……。私、何やってんだろ。殺されそうになって、助けてくれた恩人に対して」

 

 リズベットの瞳から、涙が零れ落ちる。

 

「でも……でも、ごめん。私、キリトの事が……怖い」

 

 何の躊躇いもなく、人を殺した。

 リズベットの目には、キリトが恐ろしい存在に見えていた。

 

 

 

〆〆〆〆〆

 

 

 

 程なくして、現場にアスナも合流した。

 オルランドから初撃を貰ったキリトが回復しようとしなかったのは、パーティーメンバーであるアスナに異常を知らせるためであった。

 

 強化詐欺の真相に辿り着いたキリトとアスナは、リズベットに報告と検証をお願いするため東広場に向かった。

 だがそこにリズベットの姿はなく、メッセージにも気付いていないのか反応がなかった。

 そこで最悪の場合も考え、二手に分かれて圏外を捜索していたのだ。

 

「キリト。私がリズと話すから、今日は一旦別の宿に泊まってもらってもいいかな?」

「……分かった」

 

 無事に第二層主街区《ウルバス》に引き返した三人。

 だがリズベットのキリトに対する忌避感は強く、ろくに会話もなかった。

 このままでは何も進展しないと、今日は一旦アスナとリズベットで話し合うことになった。

 転移門を使って第一層の宿にアスナとリズベットは戻る。

 扉を閉め、二人が同じソファに腰掛けたところで、リズベットがポツリと呟く。

 

「私――鍛冶屋を辞めようと思う」

 

 そんなリズベットの発言に、アスナは優しく問いかけた。

 

「何で辞めようと思ったの?」

「……気付いたんだ。私がやってるのは、殺人のための道具作りなんだって」

 

 膝の上で両手を握りしめながら、リズベットは吐露(とろ)していく。

 

「私の強化した武器は、確かに攻略の手助けになってる。でも、武器強化の依頼をしてきたのがPKプレイヤーだったとしても、見分けがつかないから強化しちゃうことになる。自分が売り出した装備で、見えないところで人が殺されてるかもしれない。そのPKプレイヤーを更に殺そうと、また私の装備を使って殺し合いが起きる。そう思うと私、耐えられないよ」

 

 現状、この世界にリズベットを超える鍛冶屋は存在しない。

 そうなれば必然的に、依頼はリズベットに集中する。その依頼をしてくるプレイヤーはグリーンであることに間違いはないだろう。

 だが、もし今はグリーンでも、その装備を使って犯罪をしようと考えていたら? 装備を犯罪者に横流ししていたら?

 そんなもの、見分けが付く訳がない。

 

「リズは鍛冶屋を辞めたらどうするの?」

「……分かんない。取り敢えず、何もせずに引き(こも)ると思う」

 

 (うつむ)き黙ってしまったリズベットを見て、アスナが突然明るい声で元気よく言った。

 

「――じゃあ。今この瞬間、リズは鍛冶屋を引退しました!」

「……え?」

「引退できました。やったー。ほら、リズも。バンザーイ!」

「バ、バンザーイ?」

 

 アスナに急かされ、よく分からないままリズベットも両手を上げる。

 

「けれど残念ながら次の階層ボスの攻略で、私やキリトを含めた前線組が全滅しました」

「え?」

「あーあ。リズが鍛冶屋を続けていたら、装備の強化も進んで誰も死なずに攻略できたかもしれないのに……。もうボス戦に立ち向かえるプレイヤーはいません。この世界に残った数千人は囚われたまま絶望し、時間が経つにつれて現実の体が朽ち果て死にました」

 

 立ち上がったアスナは、胸の前で神に祈るように両手を組む。

 腰を落とすと、未だ状況を把握できていないリズベットの顔を覗き込んだ。

 

「凄いね。鍛冶屋を辞めたことで、この世界のプレイヤー全員、リズが殺したんだよ? 大罪人だね♪」

「いや……そんな全滅なんて……起きる訳……」

「何で? 可能性はゼロじゃないよ? まぁ、大事なのはそこじゃなくて……」

 

 コホンッと、アスナは(わざ)とらしく咳をする。

 

「リズはもしそうなった時、鍛冶屋を続けてればよかったって――後悔するの?」

「…………」

 

 そうなったら間違いなく後悔するだろうと、リズベットは思った。

 仮に全滅まで行かなくとも、自分がいたら結果が変わったかもしれないのにと、今の話を聞いて毎日考えるようになるだろう。

 今日この世界で死んだプレイヤーは、自分が殺したのかもしれないと。

 

「リズはさ、考えすぎなんだよ。別にリズがいなくなったら、犯罪者が減る訳じゃないよ? 装備の水準が下がるだけで、結局全体としては何ら変わってない。犯罪者は別の手段で装備を手に入れて、変わらず人を殺すだけ。犯罪者にとってリズの鍛冶屋は、手段の一つでしかない」

 

 そう。リズベットがいてもいなくても、犯罪者にとっては何も変わらないのだ。

 

「むしろその影響で、攻略のペースが落ちるだけ。装備の水準が高ければ攻略は早まるし、その分死亡者数も減る。リズの鍛冶屋はさ、この世界に囚われた人を助ける、唯一無二のスキルなんだよ」

「唯一無二……」

「うん。唯一無二。リズの装備を犯罪者が使うのは、結果論でしかない。だから何も気にする必要はないと、私は思うな」

 

 アスナの説得で、リズベットは次第に落ち着きを取り戻していた。

 一時の気の迷いで鍛冶屋を辞めようと本気で思っていたはずなのに、今はもうそんな感情は何処にもなかった。

 

「それで、本題なんだけど……」

「……本題?」

「もう、何言ってるのリズ。キリトの事が怖いんでしょ?」

「あ……そうだった」

 

 そう言えばそうだったと、リズベットは気恥ずかしくなり頭を掻く。

 考えを巡らせるあまり、キリトのことをすっかり忘れていたようだ。

 

「ふふっ。その感じだと、もう大丈夫そ?」

「あの時は……うん。目の前でPKが起きて気が動転して、自分の強化した武器で人が殺されたショックとかもあって……。キリトが守ってくれなかったら、私は間違いなく殺されてたし。今改めて考えてみると、やっぱりキリトは何も悪くないなって」

 

 あの時のキリトの行動を否定するというのであれば、それは自分がPKで死ぬのを受け入れることを意味する。

 そんなの受け入れる訳がないと、リズベットは冷静になって思う。

 どう考えたってPKしようとした相手が悪いし、仲間である自分を(まも)ろうとしたキリトには何の落ち度もない。

 

「まぁ、私は実際にどういった状況か見てないし、これは推測でしかないんだけど……」

 

 アスナはそう前置きすると、リズベットが装備する漆黒のロングコートに触れた。

 

「リズの強さでこの《コート・オブ・ミッドナイト》まで着てたら、そのPKプレイヤーの攻撃の一発や二発なら大した痛手にはならないと思うんだよね。言い方は悪くなるけど、キリトだったらリズを(おとり)にする選択だってあったはず。それなのに自分の体力を削ってでもリズの護衛を最優先にしたのは、キリトなりに配慮した結果なんじゃないかな?」

 

 つくづく私は頭が固いなと、リズベットは思った。

 確かにアスナの言う通りだ。キリトがその気になれば、もっと簡単に勝敗は決していたに違いない。

 なのに、自分は彼にどんな態度を取っただろう? 差し伸べてくれた手を振り払い、あまつさえ「怖い」と言って突き放した。

 

「あぁ……。本当にバカだな。私って」

 

 過去の自分に思わず「違うだろ」と、ツッコミを入れてしまう。

 

「そこは怖いじゃなくて、ありがとうでしょ……」

 

 気持ちの整理がついた。

 今すぐにでもキリトにお礼を言いたいリズベットであったが、今日のところは一旦冷静になって時間を置こうとアスナに説得され、渋々頷く。

 その後はアスナに質問され、あの時一体何があったのかをリズベットは話し出した。

 

 

 

「折角だし、今日はいつもキリトが使ってるベッドで寝よっか?」

 

 食事をとってお風呂にも入り、時間はまだ少し早かったが寝ようとしたタイミングで、悪戯(いたずら)な笑みを浮かべたアスナが突然そんな提案をした。

 さすがにそれは……と、リズベットは思うが、アスナに手を引かれたので仕方なくキリトのベッドに入る。そう、これは仕方なくだ。断じて自分の意思ではない。

 

 はしゃぐアスナに便乗して、リズベットも何の気なしに枕に顔を埋めて大きく息を吸ったりしてみる。

 そんな背徳感に酔いしれながら二人で毛布を被ったところで、リズベットは禁断とも言える質問をアスナにしてみることにした。

 

「もし……もしもだよ? あの場にいたのがキリトじゃなくてアスナだったら、どうしてたか聞いてみてもいい?」

「んー。どうだろ……」

 

 リズベットの質問にアスナは困ったように思案し、淡白(たんぱく)に言った。

 

「取り敢えず、リズをPKしようとした人は即刻殺したんじゃないかな? 隙だらけだっただろうし、ソードスキルでパパっと」

 

 その回答はある意味でリズベットが予想し、期待した通りのものだった。

 今まで一緒に過ごしてきて、そして今日改めて感じた疑念が確信に変わった瞬間でもある。

 

「それで他の人達はどういった関係か分からないから、その場の流れ次第? でもこれだと、私ってオレンジになるんだよね。キリトみたいに態と攻撃を受けてからっていう発想はなかったなぁ……。また一つ勉強になったよ」

 

 そう言って笑うアスナは、リズベットの目には何処か破綻しているように映った。

 

「褒め言葉として受け取って欲しいんだけど……。アスナってさ、可愛い顔して結構残酷だよね」

「敵には容赦しないってだけだよ? だって私、このゲーム(SAO)を本気でクリアしようと思ってるから。例え自分が死ぬことになっても、やるからには後悔なんてしたくないし」

「……うん、そうだね」

 

 アスナのように割り切って考えられる人間が、果たしてこの世界に何人いるのか。そして自分は、鍛冶屋として今後どう生きていくのか。

 そんな思考を巡らせている内に、毛布から伝わる温かさと普段は感じる事のない心地よい優しさに包まれて、いつの間にかリズベットは寝落ちしていた。

 




【後書き】

 原作だとオルランドはネズハの事を『ネズオ』と呼んだりしてますが、補足を入れるのが面倒だったので普通に名前を言ってる設定です。

 恐らく後二話ぐらいで二層編が終わります。
 三層以降に関しては、今のところ書くのが難しいんじゃないかなって勝手に思ってます。
 理由としては、階層を跨ぐキャンペーンクエストが始まるからなんですよね……。
 まだ原作を読んでない(買ってない)ので何とも言えない部分もありますが、結構物語の本筋になってくるっぽい?
 クエストという性質上、ルートが固定されて原作改変やオリジナル展開もやりにくそうだし、どうしたもんかっていう感じです。
 あんまり原作と流れが一緒でもつまらないですしね。
 まぁ、第二層編を三年経って書き始めるような作者なんで、どうなるかは完全に未定。それに本作自体第一層編で完結してますので、二層編を書いてるのは本当にただの気まぐれです。

 二層編が終わった後、ちょっとしたオリジナルサブストーリーを書くかもって何となく思ったりはしてます。

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