初日からPKしたけどデスゲームだったキリトくん   作:〆鯖缶太郎

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前夜

 馬鹿げた値段設定だ。

 リズベットの鍛冶屋に売られている《コート・オブ・ミッドナイト》を見た時、ディアベルは誰にも聞こえない声でそうぼやいた。

 

 百万コル。強化値は+10で《強化試行上限》もミスなく完全に残っている。例えあの第一層の階層ボス限定のユニーク品とはいえ、あまりにも高すぎる。

 たった一人のプレイヤーの、たった一部分の防具を買うためにそんな大金を出すのであれば。その分を使ってパーティー全員の全身装備を買って、その全てを強化した方がこのデスゲームと化した世界では余程有益だろう。

 よってこのコート・オブ・ミッドナイトは売る気のない見世物。リズベットという存在をこの世界に知らしめるための道具でしかなく、事実その魂胆は成功していた。

 今や前線組の誰もがリズベットの鍛冶屋を利用し、信頼している。リズベットの存在は第一層にまで知れ渡り、変化の乏しい《はじまりの街》ではそんな彼女と百万コルの装備を誰が買うのだろうという話題で盛り上がっている。

 一時期いたネズハはいつの間にやら行方をくらませ対抗する者はもう何処にもおらず、市場は完全に彼女が独占していた。

 

 断言しよう。コート・オブ・ミッドナイトには百万コルを払う価値はない。

 少なくとも、装備単体の性能だけを見た場合に限る、という注釈は付くが……。

 

「本当に馬鹿げた値段設定だ」

 

 でも、だからこそ、この世界で確固たる地位を築くために欲しいと思った。

 

「リーダー。どうかしましたか?」

「……いや、何でもない」

 

 場所は第二層迷宮区。

 その道中で物思いにふけていたディアベルを見て、メンバーの男が心配そうに声を掛けた。

 

「あんまり無理しないでくださいよ? 知ってますからね。最近夜な夜なソロで圏外に出てること」

「バレてたか」

「たまたまですけどね。夜中に起きたらリーダーの体力が減ってたので」

 

 視界の左上に映っているであろうHPゲージを、男はちょいちょいと指さしながら言う。

 ポーション代をケチるために、軽いダメージであれば暫く放置することもあったので、その瞬間を見られてしまったのだろう。

 

「レベリングですか?」

「……そんなところだよ」

「まぁ、フィールドボス戦が控えてましたしね。蓋を開けてみれば、あまりにも呆気なかったですけど」

 

 男が言うように、フィールドボスである《ブルバス・バウ》との戦闘はあまりにも呆気なく終わった。

 ディアベルをリーダーとして集められた四十人を超えるプレイヤー。

 それは階層ボスに挑む四十八人(フルレイド)を想定して集められ、予行演習の意味も込められていた。

 βテスト通りであればこれほどの人数は必要ない。だが想定外の事が起きてからでは遅いと、万全の状態で挑むためにもそれだけ集まったのだ。

 だが、結果は余裕の勝利。折角組んだ隊列を入れ替える必要もなく、恐らく参加した半分近くのプレイヤーがボスに攻撃すらしていない。

 そんな不完全燃焼で終わってしまったからか、このまま迷宮区に全員で行ってローラーでマッピングをしていこうという話になり、今に至る。

 第二層の迷宮区は直径約二百五十メートルの円形の塔。

 このペースであれば、早ければ明日にでもボス部屋まで辿り着いてしまうだろう。

 

「階層ボスも、何事もなければいいですね」

「今の俺たちなら、きっと大丈夫さ」

 

 目指すのは当然、死亡者ゼロ人。

 そしてそこで俺は――と、ディアベルはまた思考の海に沈んだ。

 

 

 

〆〆〆〆〆

 

 

 

 一夜が明け、キリトとリズベットは対面する。

 そこで先手必勝と言わんばかりにリズベットが「この度は誠にすいませんでしたー!」と土下座し、感謝の気持ちも伝えたことで二人は無事に仲直りした。

 今はアスナも含めた三人で昨日フィールドボスが攻略され開通した盆地を抜け、第二層迷宮区の最寄りの村である《タラン》に辿り着いた頃には日が暮れ始めていた。

 

「やっと着いたわね。私は取り敢えず広場でメンテ依頼とか諸々受けようと思ってるけど、二人はどうするの?」

 

 然程戦闘はしていないとはいえ、ここまでぶっ通しで歩いてきたのに休まず鍛冶屋を開こうとする商魂たくましいリズベットにキリトは答える。

 

「取り敢えず宿の確保をしたら、あるクエストを受けてくる。その後は休憩かな。さっきメッセージで、階層ボスの攻略会議を今日の夜に行うってきてたから」

「え? もうボス部屋が見つかったの?」

「いや。ただもう迷宮区は八割方マッピングできてるらしい。だから早ければ明日にでも攻略メンバーを揃えて、そのまま全員でボス部屋まで探索して突入するってさ」

「なるほどね」

「その攻略会議の時にアスナとリズベットも紹介するつもりだから、二人ともそのつもりでよろしくな」

「りょうかーい」

「分かった。じゃあ私は暫く向こうの広場にいると思うから、続報があれば教えてね」

 

 そう言ってリズベットが広場へ向かうと、早速プレイヤーに声を掛けられていた。

 恐らく鍛冶屋に関する依頼なのだろう。和気あいあいと接客するリズベットを見て、キリトはホッと胸を撫で下ろした。

 

「リズのやつ、元気そうでよかったよ。ありがとな、アスナ」

「どういたしまして」

 

 この村に来る道中でも問題なくリズベットと会話できた。

 そんな関係を取り戻す立役者となったアスナにキリトは感謝を伝えると、二人は宿を探しに歩き出した。

 

 

 

〆〆〆〆〆

 

 

 

 その日の夜、タランの村にある広場に階層ボス攻略に挑む前線組が集められていた。

 キリトとリズベットは素顔を晒しているが、アスナに関してはフーデッドケープで顔を覆い隠している。事前にディアベルと軽い打ち合わせをした結果、そうした方が紹介した際に驚きがあるだろうという彼なりの計らいだった。

 確かにアスナは美人であり、リズベットと違って顔も知られていない。そんなプレイヤーが紹介する前から目立っていては進行もやりにくいだろう。

 

「皆、今日は俺の呼びかけに応じてくれてありがとう!」

 

 ディアベルの一声から、攻略会議はつつがなく始まる。

 

「昨日から今日にかけて、第二層迷宮区の攻略は飛躍的に進んだ。全員のマップデータを共有した結果、明日には確実にボス部屋に辿り着く。これも皆の協力があってこそだ。本当にありがとう!」

 

 ディアベルが頭を下げると喝采が起きる。

 口笛を吹く者や拍手をする者など、表情も明るくボルテージは最高潮と言ってもいいだろう。

 

「第一層が攻略されてから一週間。たったそれだけの期間でここまで来れた。俺たちは確実に成長している。そしてここまで支えてくれた人に、まずは全員で感謝を伝えようじゃないか!」

 

 ディアベルがそう宣言すると、そばに控えていたリズベットが「ど、どうもー」と、ぎこちなく壇上に上がる。

 そんなリズベットを紹介するように、ディアベルは声高らかに言った。

 

「もうここにいるほとんどの人は知っているだろうけど、鍛冶屋のリズベットだ!」

 

 リズベットが発言する暇もなく「――うおおぉぉッ!」と歓声が上がる。

 ここにいるのはアスナを除けば男ばかり。SAO全体で見ても女性プレイヤーは圧倒的に少ない。

 そんな中でも前線で活躍するリズベットという存在は(まさ)に紅一点。日頃から鍛冶屋として世話になっていることもあって、その人気は凄まじいものだった。

 

「「「リーズベット、リーズベット、リーズベット!!」」」

 

 誰からともなく始まり伝染していったリズベットコール。

 そんなものを村の広場でやれば間違いなく近所迷惑だが、ゲームの世界なので何の問題もない。

 何とかして場を落ち着かせようとリズベットが両手を上げる。

 

「ちょいちょいちょーい! 恥ずかしいって! って、おい誰だ。どさくさに紛れて結婚してくれって言った奴! 私はまだ未成年だぁ――!!」

「――うおおぉぉッ! 未成年だああぁぁッ!!」

 

 未成年という発言に、何故かこの日一番の雄叫びが上がる。

 場のテンションは完全に可笑(おか)しなことになっていた。

 因みにこのSAOはしっかりと結婚システムがあり、未成年でも問題なく結婚することができたりするのだが、リズベットは知る由もない。

 そんな恥じらう姿と言動が、余計に男たちを(あお)ったのだろう。

 

「お前らいい加減落ち着け! 私が自己紹介できないだろ!」

 

 格好としては怒ってますと言いたげだが、内心ではこの受け入れてくれる空気にリズベットは何処か心地よさを感じていた。

 さすがにやり過ぎと思ったのか、場が(ようや)く落ち着いてきたところでリズベットは自己紹介をする。

 

「えー。改めまして、リズベットです。特に語ることはありません……が! もし……。もし私と結婚したいと少しでも考えているなら、絶対に生きて帰れ! 以上ッ!」

 

 半ばヤケクソ気味に言い放ち、壇上を降りるリズベットに再度歓声が上がる。

 想定以上の盛り上がりに、ディアベルも拍手を送りながら場を取り仕切っていく。

 

「はーい! リズベット、自己紹介をありがとう! 彼女はボス戦にこそ参加はしないけど、ボス部屋まで付いてきてもらって装備の最終メンテをしてもらうから、皆よろしくな! じゃあ一旦、落ち着くために真面目な話をしようか。キリト、よろしく!」

「ここで俺かよ……」

 

 キリトが壇上に上がると、一斉にブーイングが巻き起こった。

 それは彼が何か悪いことをしたとかではなく、本当にただ流れ的にそうなってしまっているだけだ。

 

「あー、一応言っておくが……。これから話すのはボス攻略に関する話だ。死にたくない奴は心して聞くように」

 

 その発言にシンと静まり返るあたり、しっかりと話は聞いているらしい。

 

「前回の報告会に参加したメンツは知っているかもしれないが、キリトだ。今回話すのは主に二点。今回の第二層ボスに関する新情報と、第一層でボス戦の際、退路である大扉がしまった件に関することかもしれない情報だ」

 

 キリトの発言に、場がざわめく。

 

「安心してくれ。どちらも悪い情報じゃない。まず一点目。βテスト通りなら第二層のボスである《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》……通称バラン将軍だが、その更に上位のボスが追加されている可能性が浮上した」

 

 キリトが発言を区切ると、何処からともなく現れたアルゴが新たな《アルゴの攻略本》をこの場にいる全員に配っていく。

 その見開きに書かれているのは情報の出どころである連続クエストの詳細と、真のボスモンスターとされる《アステリオス・ザ・トーラスキング》の存在だった。

 

「先日、アルゴの元に匿名で情報提供があった。詳細はこの攻略本にある通り、新ボスの攻撃パターンやその弱点……。《額の王冠を投擲(とうてき)武器でヒットすればディレイさせられる》というものだ。もちろんゴリ押すこともできるだろうが、ここのボスは麻痺を付与する攻撃をしてくる」

 

 このSAOで数ある状態異常の内、最も警戒する必要があるとも言える麻痺。その効果は弱いものでさえ、六百秒の持続時間がある。

 その間は立っている事すらできず、手を動かすので精一杯というものだ。

 当然そんなものを戦闘中に喰らってしまえば、命に関わってくるのは明白。だから確実に攻略するのであれば、その対策を怠る選択はない。

 

「この中で《投剣》スキルを持ってる奴はいるか? いなければ明日のボス攻略は一旦見送るのが賢明だが……」

 

 この時点で投剣スキルを所持しているプレイヤーは珍しい。

 その理由は投げナイフ系の武器には《残弾数》があるからだ。投げた武器は回収しなければ当然ロスト扱いになり、(コル)を浪費しやすい。

 だから最悪、この中の誰も所持していないまで考えていたのだが、意外にも二名のプレイヤーが手を挙げた。

 全身が濃い灰色の布防具で、頭巾(ずきん)のように同じく灰色のバンダナキャップを被った、この場でも一際異彩を放つ格好をした……さながら忍者の格好を模したプレイヤー。

 そんな二人のプレイヤーであるが、キリトにはどちらも見覚えがあった。

 

「えーと……。自己紹介をお願いしてもいいか?」

「ギルド《風魔忍軍(フウマニングン)》のコタローと!」

「イスケでござる! 師匠、よろしくでござる!」

 

 キリトの事を師匠と呼び、尊敬の眼差しを向けるコタローとイスケ。

 二人とキリトが出会ったのは、この第二層にあるエクストラスキルの《体術》を習得する際の事だ。

 習得方法としてはNPCのクエストを受け、《破壊不能オブジェクト一歩手前》とも思える巨大な岩を己の(こぶし)で割ること。

 キリトがアルゴから情報を買ってそこへ訪れた際、先客として忍者の二人組がいたのだ。

 彼らが岩の破壊に苦しんでいるのを尻目に、キリトは難なく突破。

 そこから何故か師匠と呼ばれるようになって、今に至る。

 

「あんたら二人が今回のボス攻略の(かなめ)になる。もし二人とも麻痺をするようなら最悪戦線が崩壊することになるが、回避に自信はあるか?」

「当然、余裕でござる!」

「拙者たちの足の速さをもってすれば、敵の攻撃を見てから回避するなど容易!」

「お、おう……。期待しておくよ」

 

 鼻息荒く張り切る二人に、キリトは思わずたじろぐ。

 これで一先ずボス攻略は問題ないだろう。

 キリトは気持ちを切り替え、次の話題へと移る。

 

「じゃあ次は、ボス戦の際に退路が断たれることに関してだが、これもついでに攻略本に書いてある。次のページを見てくれ」

 

 ページをめくれば、そこには意味深な文章が書かれていた。

 

『忘れるな。これは警告だ。試練はいつか再び訪れる』

 

「情報提供は街を探索していた一般プレイヤーからだ。《トールバーナ》の民家に地下室があり、そこにいる怪しげなNPCが言っていたそうだ。そして推測だが、このテキストは第一層の階層ボスを攻略した事で書き換わっている。恐らく今回の第二層の様に、階層ボスの攻略のヒントとなっていたんだろう。一体何を指しているかは具体的には分からないが……。まぁ、大方ボスとの戦闘中に逃げることができなくなることに関してだと思う」

 

 もしかしたら全く関係のない別の話なのかもしれないが、もう確認する術はない。

 一先ず二層のボス戦でどうなるのかを様子見するしかないだろう。

 

「試練がいつか再び訪れる……というのであれば、次の階層から暫くは退路が断たれない可能性がある。まぁ、必ずしもそうとは限らないからな。あくまでも可能性の一つとして考えて、不用意な偵察は避けるようにしてくれ。俺からは以上だ」

 

 キリトが壇上を降りると、広場にいたプレイヤーが不安気に攻略本を見ながら周囲と相談しだす。

 そんな様相を見て、ディアベルは落ち着かせるように言った。

 

「皆、心配することはない。俺たちのレベルも装備も、もうこの第二層の階層ボスを倒すには充分すぎるほど整っている。逃げ道を気にする必要なんてないさ。どっしり構えていこう! そして最後に、もう一人重要なメンバーを紹介する!」

 

 改めて結束を固めたところで、遂にアスナの出番となる。

 

「第一層の階層ボスを倒したもう一人の立役者。そのご登場だ!」

 

 ディアベルの紹介に、周囲に緊張が走った。

 今まで謎に包まれていた、第一層の階層ボスを倒したとされるもう一人のプレイヤー。

 その姿を目に焼き付けようと、(みな)が壇上に登るその存在に注目した。

 

 目深に被っていたフードをそのプレイヤーが取ると、ふわりと栗色の艶のあるストレートヘアが舞う。

 そして現れた美貌に、誰もが言葉を失った。

 全員が勝手に決めつけていたのだ。果たしてキリトと対になる存在は、どんな()なのかと。

 だからこそ、すれ違えば思わず誰もが振り向いてしまうような、モデルもかくやという女性プレイヤーの姿に――息をのんだ。

 

「アスナです。よろしく」

 

 全体を軽く見渡した後、アスナは簡潔に言った。

 声を張ったわけではない。しかし不思議と、彼女の澄んだ声は後方にいたプレイヤーの耳にまで確かに届いた。

 そして暫しの静寂の後、示し合わせたかのように集まったプレイヤーが一斉に沸く。

 先程のリズベットに勝るとも劣らない歓声が広場に木霊(こだま)する。

 

「――うおおぉぉッ!」

「リズベットごめん! 俺はアスナと結婚するぅ!」

「アスナ様ファンクラブ会員一番の座は俺がもらったああぁぁぁッ!」

 

 それはもう、何と言うか滅茶苦茶であった。

 その盛り上がりにアスナは冷めた目をしながら壇上を降り、キリトとリズベットの元へ向かう。

 そんな彼女の様子にキリトは苦笑いをし、リズベットは「やっぱり顔……顔なの?」と、自問自答を繰り返していた。

 

 余談ではあるが、後々このSAOで貴重な女性プレイヤーを二人も(はべ)らせているキリトにヘイトが一気に集中することになるのだが、今は誰もそこまで頭が回っていなかった。

 




【後書き】
 定期更新ならず。暫く忙しくてまた投稿遅れるかも?

 恐らく次回で第二層編が完結。本当は今回もっと書く予定だったけど、あまり筆が乗らなかった。

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