初日からPKしたけどデスゲームだったキリトくん   作:〆鯖缶太郎

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 第二層編、完結です。


別れ

 元々今回の攻略会議に集まったのは、フィールドボス戦に参加した面々がほとんどだ。

 だから階層ボス用のパーティー編成をそこから流用することで、隊列などの話し合いは時間を掛けることなくアッサリと終わった。

 迷宮区に向かうのは明日の昼前。それまで英気を養おうと、広場では飲んで騒いでのどんちゃん騒ぎとなっていた。

 

 そんな中、リズベットはディアベルに「二人きりで話がしたい」と呼び出されて裏路地で対面していた。

 ここはゲームの中であるし、圏内であれば現実のように身の危険を感じる必要はない。

 だから特に考えることもなく付いてきたが、これからどんな話をするのだろうと今更ながら思考を巡らせる。

 明日は問題がなければ階層ボス戦だ。そうなれば当然、命を()して戦うことになる。

 まさか、告白されたりするのだろうか? だとしたらどうしよう。

 そんな期待感に内心ドキドキしていると、ディアベルは意を決したように話し出す。

 

「悪いね。こんなところに呼び出して。実は君と交渉したいことがあるんだ」

「……交渉?」

 

 さすがに愛の告白ではなかったか、という乙女としての落胆の気持ちは少しありながら、リズベットは続きを促す。

 

「《コート・オブ・ミッドナイト》を売ってほしい……が、生憎百万コルは貯めることができなかった。俺自身やメンバーの強化が最優先だったからね。今の俺の手持ちでは、出せたとしても三十万が限度だ」

 

 三十万コル。それでも中々に集めた方だろう。

 それだけあれば、そこらの店売りの上等な装備を一式買って、全身を強化する事だってできる。

 だが確かに、彼の言う通り百万コルには到底届かない。

 

「そこでだ。残りの七十万についてだけど、今回の階層ボスのLA(ラストアタック)ボーナスを渡す――ということで、手を打てないかな?」

 

 その手があったかと、リズベットは思った。

 元々コート・オブ・ミッドナイトも第一層の階層ボスのLAで手に入る装備だ。

 ならばそれに見合った交換条件を提示するなら、同じようにLAボーナスのドロップ品を差し出せばいい。

 

「でも、それなら三十万コルは払う必要はないんじゃない?」

 

 同条件のモノを交換するのであれば、別にコルは払う必要はないのではないか。

 そんなリズベットの問いに、ディアベルは首を横に振る。

 

「いや、必要さ。何故なら俺は、今ここでコート・オブ・ミッドナイトを譲ってほしいからね。三十万は言わば、担保みたいなものさ。……口約束にはなってしまうし、必ずしも俺がLAを取れる保証もない。君からしてみたら俺が持ち逃げする可能性だってある。だからかなり無理なことを言っていると自覚はしているよ」

「……んー」

 

 ディアベルの言う通り、この交渉はリズベットにとってあまりにも不利だ。

 取引を確実なものにするのであれば百万コルを用意してもらうか、それこそボスの討伐後にLAボーナスを取れた場合のみ応じればいい。

 だがそれだと、もしもそのLAボーナスがコート・オブ・ミッドナイト以上の価値あるモノであった場合、ディアベルは交渉に応じない可能性が高くなる。

 第一層のボスより第二層のボスドロップの方が、単純に考えれば上等なモノが出やすそうだとリズベットは思う。

 それにキリトも言っていたが、今回の階層ボスはβテストの頃にはいなかった新ボスが追加されていると聞く。

 そのためどんなLAボーナスが出るかは完全に未知数。

 

 因みにだが、キリトとアスナは迷宮区に同行してボス部屋の前まで行くが、余程の事がない限りは介入することはない。

 今回のボス戦でキリトとアスナが参戦してしまえば、自然と二人を活かす陣形になってしまう。それだとこの先二人なしでは攻略が進まなくなる可能性があるため、それを防ぐための措置だ。

 だからキリトやアスナがLAボーナスを取得する可能性は限りなく低い。

 そんな中で生まれたこのチャンスを、何も考えず不意にすることはリズベットにはできなかった。

 

 腕を組んで何とも言えない顔で(うな)るリズベット。

 形はどうあれ悩んでいるという事は、ディアベルにとって彼女が交渉に応じる可能性があることを意味する。

 ならば、少しでも後押しになる提案をすればいい。

 

「気付いているかもしれないけど、コート・オブ・ミッドナイトの性能に百万コルの価値はないよ。それこそ、今回担保として出す三十万でも充分割に合っていると俺は考えている。LAボーナスであるとはいえ、仮にも第一層で手に入る装備だ。階層が上がるにつれ価値はどんどんと落ちるし、今はいいかもしれないけど、ずっと売れ残っているコート・オブ・ミッドナイトを周囲が見たらどう思うだろうね」

 

 このデスゲームで現状最高級の装備を使うことなく腐らせる。

 もちろん誰も買わないなら自分で使うまでだが、印象としてはあまりよくないかもしれない。

 また、百万コルの価値がないというのはリズベットも同意だった。

 接客する中でそれとなく話題に出しても遠慮され、今の段階でそんなにもコルを貯められないと断られたり、もしコルがあるとしても数万の武器と防具で全身を固めると言われてしまう。

 そう考えると、三十万コルでも妥当なラインであると感じる。

 

「もう一度言っておくけど、三十万はただの担保じゃない。仮に俺が持ち逃げや死んでロストしても大丈夫なように渡しておく前金だ。LAを取れた際は三十万はそのままに、上乗せしてLAボーナスを渡す。決して悪い話じゃないと思うんだけど、どうかな?」

 

 キリトやアスナに相談することも一瞬考えるが、基本的に鍛冶屋のことはリズベットに一任されている。

 悩みぬいた末、リズベットは首を縦に振った。

 

「分かった。その条件でトレードする」

 

 その言葉にホッとするディアベル。そんな彼に「ただし!」と、リズベットはビシリと指を突きつけた。

 

「LAボーナスは無理して狙わない事! それでもし死んだらまるで私が殺したみたいだし、装備もロストするから何もいいことがない。最悪残りの七十万コルは余裕がある時に少しずつ返してくれればいいから、それが追加の条件。分かった?」

「あぁ、問題ない」

 

 もっと吹っ掛けてくるかと思ったが、存外に優しい条件だとディアベルは思う。

 コート・オブ・ミッドナイトと三十万コルをトレードしたところで、ディアベルはちょっとした豆知識を披露することにした。

 

「実は俺が死んでも装備をロストしない方法があるんだけど、聞くかい?」

「……一応聞いてあげる」

 

 死ぬ前提なのはいただけないが、聞ける話は聞いておこうとリズベットは続く言葉を待った。

 

「俺とリズベットが結婚すればいい」

「ふぁっ!?」

 

 まさかここでそんな言葉が出るとは思っておらず、リズベットは顔を紅潮させる。

 

「SAOでは結婚すると互いのストレージを共有できるんだ。だから俺が万が一死ぬとき、クイックチェンジを使って装備をストレージに移せば、最悪ロストはしないって寸法さ。まぁでも、結婚すると勝手にストレージの中身を持ち出されて、婚約破棄されるSAO特有の結婚詐欺があるからね。しかもそれは犯罪扱いにならないし。……もし誰かと結婚するなら、気を付けた方がいいよ」

 

 そう忠告すると、ディアベルは固まった状態のリズベットの肩を軽くポンッと叩き、彼女の横を通り過ぎて広場に戻ろうと歩き出す。

 しばしの間を置いて我に返ったリズベットは振り向き、その背に向かって叫んだ。

 

「ディアベル! あんた絶対生きて帰りなさいよ!? じゃなきゃ、絶対に許さないから!」

「肝に(めい)じておくよ」

 

 リズベットの叫声(きょうせい)に、ディアベルは振り向くことなく右手を挙げ答えた。

 

 

 

〆〆〆〆〆

 

 

 

 翌日。誰一人欠けることなく時間通りにメンバーが集まった事を確認すると、ディアベル含むA隊を先頭に集団は迷宮区タワーへと歩き出す。

 ボス部屋までのマッピングはできていないとはいえ、それも残りわずか。

 運が良ければさしたる時間もかからず、ボス部屋まで辿り着くだろう。

 集団の雰囲気は悪くない。現状この世界にいる最高の戦力が集まっているので、それも後押ししているのかもしれない。

 時折道中でモンスターが襲ってくるが、特に苦戦することなく瞬殺していく。

 行軍に問題はなかった。やがて辿り着いた迷宮区内で、大規模な行進であるが故にモンスターの奇襲による混乱があるにはあったが、そこはリーダーのディアベルの指揮によって滞りなく対処される。

 その後も順調に進んでいき、夕刻になる前には安全エリアとなっている第二層フロアボスの待ち受ける広間に一同は到達した。

 ここに来るまでに誰も死んでいないし、ポーションも潤沢(じゅんたく)に残っている。

 リズベットによる装備の最終メンテナンスも終え、準備は万端だった。

 隊列を組みなおし、ボス部屋へと続く大扉の前に全員が並び立つと、先頭にいたディアベルが最後の激励とばかりに声を張り上げる。

 

「ついに……ついにこの時がやってきた。第二層とはいえ、俺を含むほとんどのメンバーにとって、今回が階層ボスとの初陣になる! だが、何も怖気(おじけ)付くことはない。ここにいるのはデスゲームとなったこの世界で、それでも死地へ一歩を踏み出した勇気ある者達、その精鋭だ!」

 

 《はじまりの街》にいるプレイヤーを、バカにするわけではない。

 誰だって命は惜しい。安全な圏内に留まるというのもまた立派な選択の一つだ。

 だがそんな中でもリスクを冒し、命のやり取りをして生き残った者がこの最前線に立っている。

 

「この俺が――このディアベルが断言しよう! 俺たちは強い。この世界の誰よりも!」

 

 それは、単純なステータスという実力だけではない。

 階層ボスという、ゲームをクリアするために立ちふさがる最大の障壁。それに挑む権利を獲得し、そして今ここに立っている事実が、人間としての強さを確かに証明している。

 

 ディアベルが虚空を縦に切ってメニューを呼び出し操作すると、彼の着る防具が漆黒の(つや)やかな輝きを放つコート・オブ・ミッドナイトへと切り替わる。

 その事実に場がどよめいた。

 リズベットの鍛冶屋で度々見かけた、百万コルもする現状この世界で最高級の防具。誰も手が出せなかったそれをディアベルが着ているという事実は、彼の発言力と説得力を更に増幅させる。

 そんなサプライズにだが、この場にいた彼と親しい一部のプレイヤーは思わずといった様子で野次を飛ばす。

 

「おいおい。全然《騎士(ナイト)》って感じじゃねぇな!」

 

 その野次は確かに的を得ていた。

 以前までは胸や肩といった体の各部位を金属防具で覆い、カイトシールドを背負った姿は確かに騎士らしさがあった。

 だが今はそれらを取っ払い、機動力を重視した……さながらキリトのようなスタイル。

 自称ナイトを名乗っていた彼と付き合いの長い者は、違和感を覚える部分があるのだろう。

 そんな野次にディアベルは微笑(びしょう)を浮かべると、この場にいる全員に言い放つ。

 

「俺は――《騎士(ナイト)》は捨てた。俺はこの世界の《勇者(ヒーロー)》として、プレイヤーを指揮し、最前線に立ち、導いていく!」

 

 大言壮語(たいげんそうご)であるとは、誰も思わなかった。

 彼の持つカリスマ性は、それが不可能ではないと思わせるだけの説得力があった。

 

「ハッキリと言おう。いや、きっと皆も薄々感じているんじゃないか? どんなイレギュラーが起きようと負ける気がしないし、誰一人として欠ける気もしないと!」

 

 人によっては今の言動を、死亡フラグだと笑うのかもしれない。

 

「これは慢心か? いや、違うね」

 

 笑いたければ、笑えばいい。

 

「何度だって言おう。デスゲームが始まって一ヶ月、俺たちは強くなった! 後はその全てを出し切れば、結果は自ずと付いてくる!」

 

 死なないために本気で努力してきた人間が、死ぬかもしれない状況で何故、卑屈(ひくつ)にならなければいけないのか。

 

「皆、長々と言ってきたが、俺が言いたいのはたった一つだ」

 

 ディアベルが大扉に手を押し当てると、ゆっくりとボス部屋の中が(あら)わになる。

 

「――勝とうぜ!」

 

 先陣を切ってボス部屋へと入るディアベルに続き、彼に発破をかけられ士気の高揚(こうよう)したメンバーはそれぞれ思い思いに叫ぶと、その後へと続いた。

 

 

 

〆〆〆〆〆

 

 

 

 ボス部屋の中では《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》……通称バラン将軍と、その取り巻きである《ナト・ザ・カーネルトーラス》……通称ナト大佐との戦闘が繰り広げられていた。

 βテスト通りであれば、この二体を倒せば第三層を解放することができる。

 だが事前に情報提供があったように、そうはならないだろうとキリトはボス部屋の外からその光景を眺めながら思った。

 

 第一層の階層ボス戦の時の様に、ボスの出現と同時に大扉が閉まることはなかった。

 もし閉まる場合はキリトとアスナの二人はボス部屋の中に入り加勢するつもりであったが、その心配をする必要はないようだ。

 現在ボス部屋にいるのは四十二人。四十八人(フルレイド)には到達していないが、それでも問題なく機能しているといっていいだろう。

 

「こっちでござる!」

「遅い!」

 

 そんな中でも特に目を引くのが、今回のキーパーソンになる忍者の見た目をしたイスケとコタローだ。

 敏捷力(AGI)特化型という尖った構成。そしてその俊敏性を活かすための軽装の防具。そんな状態でボスの一撃を喰らえば大ダメージは避けられず、場合によってはたった一撃で死んでしまうことすら考えられる。

 そんな状況にも関わらず、二人は率先してバラン将軍とナト大佐にそれぞれ付き、ターゲットを取って攪乱(かくらん)していた。

 敏捷力に特化しているだけあって、ボスが攻撃モーションに入ればすぐに攻撃範囲外へ退避。そしてまたヘイトを買うように、遠距離から弱点である角の間の(ひたい)へと目掛け、投剣でチクチクと攻撃する。

 もっと攻撃部隊の邪魔にならないように敵の攻撃を誘導できれば満点だが、それについては今後の課題だろう。

 AGI型壁という、当たれば致命傷は避けられないが当たらなければどうということはないその戦闘スタイルは、今後のSAOで新たな選択肢の一つとなる可能性を秘めていた。

 

 だが二人のヘイト管理も、時として外れてしまうこともある。

 そんな時は、本来の壁役(タンク)の出番だ。

 足元の攻撃が鬱陶しいと言わんばかりに、力任せに振り払われるハンマーの一撃。

 それを盾を構えた数名のプレイヤーが力を合わせ弾いた。

 

「ボスのデカさに惑わされるな!」

「俺らの実力ならどっしり構えてりゃ、なんてこたぁねぇ!」

 

 ボスの一撃を無傷で防いだ。

 それが確かな自信へと繋がり、伝播(でんぱ)していく。

 

「――回避ッ!」

 

 突如、バラン将軍を相手取るディアベルの鶴の一声が響いた。

 トーラス族特有のデバフ付きソードスキルが来る合図。

 それを聞いたプレイヤーは攻撃を中断し、一目散に攻撃範囲外へと退避する。

 

「ヴゥオオォォヴァルァアアアア――――!!」

 

 バラン将軍が振り上げた金色(こんじき)のバトルハンマー。

 頭の部分が大樽ほどの大きさのあるその打撃面から黄色いスパークが発生した直後、咆哮と共に床面に思い切り叩きつけられた。

 インパクトと同時に衝撃波が巻き起こり、辺り一帯にスパークの渦が広がる。

 

 バラン将軍のユニーク技《ナミング・デトネーション》。

 ナト大佐にも同じように《ナミング・インパクト》というソードスキルを使うが、それよりも効果範囲は倍も広い。

 幸いにも誰一人としてその攻撃を喰らうことはなかったが、もしスパークに吞まれると《行動不能(スタン)》のデバフを引き起こし、三秒間の間プレイヤーを硬直させる。

 更に続けて繰り出される二発目の《デトネーション》を喰らえば、今度は《麻痺(パラライズ)》するという、実に凶悪な技だ。

 麻痺をすると自然回復に最低でも六百秒かかる。当然そんな状態では戦闘は続行できず、何とかして自力で治癒ポーションを飲むか、仲間に助けてもらうしかない。

 喰らうのが一人や二人ならいいが、治癒ポーションがなくなったり複数人が同時に喰らうと戦線が崩壊してしまう。

 だからバラン将軍とナト大佐のそれぞれに、矢面には立たず俯瞰(ふかん)して見るプレイヤーを一人付け、ナミングの予備動作に入った直後に回避の指示を出せるようにディアベルはしていた。

 通常の攻撃には対応できている。ならば多少慎重に攻撃をしながら、確実にデハフを喰らわない立ち回りに徹すれば、自ずと勝利は見えてくる。

 最も、最後に追加で出現するであろう真のボス――《アステリオス・ザ・トーラスキング》……通称アステリオス王という懸念材料がいなければだが。

 

「今のところ、大丈夫そうね」

 

 アスナの呟きに、キリトは頷く。

 敵のスキルの巻き込み事故を防ぐために、バラン将軍とナト大佐の距離は充分に開いている。

 具体的には、出入り口である大扉に近いのがナト大佐で、部屋の奥にいるのがバラン将軍といった具合だ。

 ナト大佐は(じき)に倒されるだろう。HPゲージは最後の段の半分。バラン将軍とは距離があるためどの程度削れているか分からないが、ナト大佐よりも巨体である分人数を多く割いている。

 もしかしたらHPの減り具合は同じぐらいかもしれない。

 キリトがそう考え、やがてナト大佐のHPが全て削り切られた時だった。

 

 ボス部屋に突如、轟音が響き渡る。

 音の発生源は、部屋の中央。その床面が円柱状にゆっくりとせり上がり、やがて三段のステージを作り出した。

 その上空で、モンスターが湧出(ポップ)する前兆である空間の揺らぎが発生する。

 だが、その揺らぎの大きさはフィールドモンスターが湧くときとは比べ物にならない、あまりにも大きなものだった。

 天井まで届かんばかりの巨体。頭部は他のボスと同じように牛のそれだが、角が六本。そしてその真ん中には王冠が輝いている。

 間違いない。事前情報にあった通り、あれがアステリオス王なのだろう。

 攻撃パターンや弱点の情報はあったが、姿形までは実際に見るまで知り得なかった。

 あまりの巨体に先ほどまでナト大佐と交戦していた面々が気圧されていると、アステリオス王は部屋を見渡すようにゆっくりと顔を動かした。

 やがてその顔は、未だ戦闘を繰り広げるバラン将軍の方へと定まると、王は移動を開始する。

 

「コタロー!」

 

 キリトは思わず叫ぶ。

 《額の王冠を投擲(とうてき)武器でヒットすればディレイさせられる》。その情報が確かであるのなら、早急にでも投剣スキルを持つ彼が向かわねば最悪の事態になりかねない。

 コタローはキリトの掛け声にハッとすると、敏捷力に物を言わせ走り出す。

 王の歩みは遅い。幸いバラン将軍と戦闘している面々との距離もまだある。

 余裕をもって追いついたコタローは、見上げるように高い漆黒の背中に肉薄すると、臆せず短剣を突き刺した。

 大したダメージは出ていない。それでも、気を引くことには成功したようだ。

 アステリオス王はゆっくりと振り向くと、距離を取ったコタローに狙いを定める。

 王の眼が光った。それは事前情報にあった、雷ブレスを吐く予兆。その瞬間、コタローは王冠目掛け投げナイフを投擲。万が一外れた時のことも考え、即座に距離を取った。

 

 だが、攻撃が外れる心配をする必要はなかったようだ。

 王冠に投げナイフが命中すると甲高い金属音が響き。ボスのブレスは中断され、逞しい上体を大きく()()らせる。

 間違いなくそれほどの威力はなかったはずだが、あまりにも大袈裟によろけたその姿に見ていた者は拍子抜けしてしまう。

 アステリオス王は次に、右手に握った大金槌を振り上げようとする。

 しかしコタローが再び王冠に向かって投げナイフを投擲し、命中すると先ほどと同じように上体を仰け反らせた。

 

「もしかしてあのボス……見掛け倒し?」

「いや、攻略法を知ってるからああなってるだけで、まともにやりあったら本来もっと手こずる相手……なんだろうけどさ……」

 

 今までハラハラと状況を見守っていたリズベットは、アステリオス王の情けない姿に思わず言葉を漏らす。

 別にアステリオス王を擁護するつもりはなかったが、キリトは何ともいたたまれない気持ちになった。

 

 そうこうしている間に、ナト大佐の相手をしていたエギルを中心とした隊も無事に合流する。

 未だコタローに夢中になっているアステリオス王の足元に張り付くと、ソードスキルを繰り出した。

 

「こっち見ろやぁッ!」

 

 明確なダメージを受けた王のターゲットがエギル隊に向く。

 溜め攻撃はディレイさせられる。そのことを学んだのか、アステリオス王は右手に握る大金槌で薙ぎ払い攻撃を仕掛けた。

 しかしその攻撃は、油断せず身構えていた壁役にしっかりとガードされる。

 

「よっしゃ! これで最後や!」

 

 エギル隊が時間を稼いでいる隙に、無事にバラン将軍も討伐された。

 これで残すは、アステリオス王のみ。

 しかも脅威となる雷ブレスや《ナミング・デトネーション》といった溜め攻撃はディレイでき、通常攻撃も問題なく防ぐことができる。

 遠目からその様子を確認していた将軍を倒した一部のメンバーは、勢いそのままに我先にアステリオス王へと向かって駆けだした。

 

「おっさきー」

「おい! 抜け駆けすんな!」

 

 それは、レイド戦の練度の低さの現れ。自分たちならやれるという自信が、悪い方向へと出た。

 また、ボス戦での経験値の振り分けは単純な山分けだけでなく、いくらダメージを加えたかといった活躍度でも変化するため、それも要因の一つとなったのだろう。

 折角の獲物を取られてなるものかと、他の面々もつられて走り出す。

 

「待て! 隊列を乱すな!」

 

 無断で走り出したその姿を見て、ディアベルが叫ぶ。

 間違いなくこのボス戦は勝ち戦だ。だからこそ落ち着いて隊列を組みなおし、慎重に立ち回れば万が一が起こることはない。

 ディアベルの思う勝利とは、当然誰一人として死なないこと。

 

「……くそっ!」

 

 完全に油断しきっているのか、ディアベルの掛け声も(むな)しくほとんどの者は立ち止まる素振りすら見せない。

 中には留まってくれた者も数名いたが、残ったメンバーはバラバラで隊としての機能は完全に失われていた。

 このまま指揮官である自分が置いていかれる訳にもいかないと、ディアベルも後を追って走り出す。

 

 そしてこの状況は、アステリオス王にとって最後のチャンスでもあった。

 王は気付いていた。恐らくこのままでは、バランやナトのように自分もその後を追うだろうと。

 何もできず、こんなちっぽけな存在にただ(なぶり)り殺しにされる。

 本当にそれでいいのか?

 ――いや。そんな未来、絶対に許してなるものか!

 

「ヴォラアアア――――ッ!!」

 

 王が絶叫する。

 それは、死んでいったバランとナトへの悲しみ。

 そして、例え自分が死ぬことになろうと、この場にいる一人でも多くのプレイヤーを道連れにするという強い意志が込められていた。

 

 弱点である王冠を護るように、大金槌を持つ右手を額の前へと持ってくる。

 それは偶然にも、コタローの視点からは雷ブレスの前兆を察知する眼を覆い隠す形ともなった。

 足元に張り付いているエギル隊は、あまりにも巨躯(きょく)な王の顔を(うかが)い知ることはできない。

 

「ナミングが来るぞ!」

 

 そして背後からその様子を見たバラン将軍を倒した面々には、アステリオス王が大金槌を振り上げ範囲攻撃である《ナミング・デトネーション》を繰り出そうとしているように見え、足を止めた。

 それは雷ブレスを吐いたなら、大勢を巻き込むことができる絶好のポジション。

 たった一つの油断から始まり、偶然に偶然が重なった結果――全ては王に味方していた。

 

「違う! 避けろ!」

 

 状況を察知したキリトが叫ぶも、その声が届くことはなかった。

 上体を反らし、逞しい胸を膨らませたアステリオス王はそのまま体を捻る。

 視界には、バラン将軍を討伐した三十名近いプレイヤーが映った。

 

「横へ跳べえええぇぇ――ッ!!」

 

 ディアベルが叫び、状況を理解したプレイヤーが一斉に動こうとするも、手遅れだった。

 雷鳴が轟き、視界が白く染まる。

 雷ブレスが放たれた直後には最大射程距離まで到達し、直線状にいた全てのプレイヤーを飲み込んでいた。

 

「キリト!」

「いくぞ!」

 

 キリトとアスナが同時にボス部屋に突入する。

 唯一幸運と言っていいのは、投剣スキルを持つイスケが迂回し合流しようとしていた為、ブレスに巻き込まれなかったことだろう。

 イスケとコタローがいれば、まだ立て直すことはできる。

 だが、状況は悪い。

 アステリオス王に不用意に近付き、そして雷ブレスに飲まれた面々はほぼ間違いなく麻痺の状態異常で動くことができないはずだ。

 アステリオス王の足元にいたエギル隊はブレスに巻き込まれずに済んだようで、ボスのターゲットを取ろうと攻撃している。

 

「くそっ! 何で止まらねぇんだ!」

 

 だがアステリオス王は、それに見向きもしなかった。

 大して痛くもない攻撃。そんなものよりも、目の前に無防備に転がっているプレイヤーを倒すことが先決だ。

 

「どうなっているでござる!?」

 

 イスケとコタローが投げナイフを王冠に投擲するも、アステリオス王は一歩一歩力強く踏みしめ突き進む。

 どうやら攻撃モーションに入っていなければ、ディレイは発生しないようだ。

 ならば、攻撃するその瞬間まで待てばよいのではないか?

 しかしアステリオス王は、大金槌の攻撃射程内に入っても歩みを進めることを決断した。

 大金槌など、振るう必要はない。ブレスも吐く必要はない。その巨体を活かし、ただ踏み潰す。それだけで、この小さき存在を容易く殺すことができるのだから。

 後三歩。それだけあれば――まずは一人。そして、大勢の人間を殺すことができる。

 

 ボス部屋の直径は百メートルを優に超える。キリトとアスナが到着する頃には、もう間に合わない。

 そんな空気が漂い始めた時だった。

 雷ブレスに呑まれた集団の中でただ一人、麻痺にならず立っている男がいた。

 漆黒のロングコートに()える蒼い髪。男は周囲を見渡し即座に状況を把握すると、ポーチに入れていた自身の麻痺治癒用の緑ポーションを足元にいたプレイヤーに素早く飲ませた。

 

「ディアベルさん……」

「全員のポーチにポーションがある! 立て直せ!」

 

 そう言いながらアニールブレードを抜き放ち、ディアベルは王に向かって駆け出す。

 彼が雷ブレスに巻き込まれても無事だった理由。それはコート・オブ・ミッドナイトの持つ高い阻害抵抗値(デバフレジスト)のお陰だった。

 防具の強化によっても上昇するその目に見えない値は、元々の装備本体にも隠しパラメータとして備わっている。

 第一層の階層ボスからドロップする、ユニーク品であるコート・オブ・ミッドナイト。

 それには当然、元から高い阻害抵抗値が設定されていたのだ。そこへ更に+10まで強化したことで、雷ブレスを確実に抵抗(レジスト)できる状態となっていた。

 

「うおおおおおぉぉぉ――ッ!」

 

 走り出したディアベルの剣の刀身が輝き、基本突進技である《レイジスパイク》が発動する。

 速さも威力も申し分ない一撃は、すぐそこまで迫っていたアステリオス王との距離を一気に縮めると、足の(けん)へ深々と突き刺さった。

 

「グォラアアァアァァ――――ッ!!」

 

 その痛みは、ダメージは、アステリオス王にとって決して無視できないものだった。

 歩みを止め、握りなおした大金槌で思い切り薙ぎ払う。

 

「――させるかぁッ!」

 

 しかし、即座に間に割って入ったエギル隊が攻撃を防いだ。その隙に手の空いた者は、倒れているメンバーに治癒ポーションを飲ませ。ボスとの距離が近い者から優先に(かつ)ぎ、運び出す。

 それならばと、アステリオス王は大金槌を高々と振りかぶり、範囲攻撃であるナミングを発動しようとする。けれどもイスケとコタローの投げナイフを王冠に受け、攻撃を阻まれた。

 

「イスケ、コタロー! ボスの攻撃する瞬間、その隙を絶対に逃すな!」

「「了解!」」

「両サイドに展開! ボスの眼を視界に捉え続けろ!」

 

 やはり攻撃は通らないかと、アステリオス王は再度理解する。

 ならば強引にでも突き進もうとしたその時、背中から(かかと)にかけて走った激痛に動くことができなかった。

 キリトとアスナが到着し、背後からアステリオス王を切り裂いたのだ。

 

 後一歩。後一歩早ければ――。

 王の目の前で麻痺によって倒れていたプレイヤーが、治癒ポーションを飲んだことで続々と立て直していく。

 そこからはもう――時間の問題だった。

 

 アステリオス王がどれだけ足掻(あが)こうと、イスケとコタローによってあらゆる攻撃はディレイされる。

 そこへ隊列を組み直したレイドメンバーが油断なく攻撃し、王のHPは着実に削られていく。

 それはさながら餅つきのようで……。最後を締め括るのはやはりこの男だろうと、皆が一人の男を見た。

 

「皆、ありがとう!」

 

 ディアベルは、もう一つの片手剣突進技である《ソニックリープ》を発動。その剣の切っ先は巨大な王冠を……。そして、その奥にある額を深々と突き刺し、王の巨体は部屋全体を覆い尽くすように爆散した。

 

 

 

〆〆〆〆〆

 

 

 

『Congratulations!!』

 

 部屋の中央に表示されたシステムメッセージ。そして、眼前に出現した今回の報酬画面は、戦いが終わった事を意味していた。

 大勝利と言える内容ではなかった。反省点も多くある。

 それでも、誰一人として欠けることなく生き延びることができた。

 

「やった……。俺たち、やったんだ!」

 

 誰かが歓喜の声を上げ、それは次第に広がっていく。

 子供のように無邪気に喜ぶメンバーの中心にいたのは、やはりディアベルだった。

 あれよあれよと担ぎ上げられ、(しま)いには胴上げをされている。

 そんな様子を遠目に見ながら、リズベットはキリトとアスナに合流した。

 

「二人とも、お疲れ様。ほんと、一時はどうなるかと思ったわよ」

「まっ、何とかなってよかったよ」

「うん。今回の失敗は、必ず次に生かしていけるだろうしね」

 

 危険な場面は確かにあったが、だからこそ成果としては大きい。

 この世界では一つのミスが命取り。そんな中で失敗し、それでも全員生還できたのは間違いなく今後の糧となる。

 

「話は変わるんだけど……。私、一つ決めたの」

 

 満足そうな表情の二人に、リズベットは恐る恐る話し出す。

 

「私、パーティーを抜けようと思う」

 

 その発言にキリトは目を見開き、アスナは体を硬直させた。

 そして漸く意識が戻ってきたのか、アスナはリズベットの肩をがっしりと掴んだ。

 

「え? 何で? 私、何か悪いことした? え? 本当に? え?」

「ちょ、ちょっと。アスナ、落ち着いて……」

 

 狂気すら感じるアスナの言動にまずいと思ったのか、キリトは何とかしてアスナを引き()がした。

 何やらブツブツと呟くアスナを見ながら、リズベットは事情を話す。

 

「今日のボス戦を見て、確信したんだ。このままだと、上層と下層の差は広がる一方だって」

 

 未だに《はじまりの街》に留まるプレイヤーは多い。圏外へ足を向け始めた者もいるが、前線に追いつくには相応の時間と努力が必要だ。

 そうしている間にも前線のプレイヤーはボスと戦闘するなどして、力を付けていく。

 その差は階層が上がるにつれて、如実に表れてくるだろう。

 

「今いるメンバーが、この先もずっと誰一人欠けることなくボスを討伐できるならいい。でも、きっとそうはならないと思う。どこかで離脱する人もいるかもしれないし、考えたくないけど、死んじゃう人だっているかもしれない」

 

 もしそうなったら、当然人数を補充する必要がある。

 しかし後続が育っていなければボス攻略は停滞してしまう。

 そうでなかったとしても、ボス戦に挑める人数が多い方が少しでも攻略を早めることができるだろう。

 より適切な人材を選定することだってできる。

 

「そうなった時、大切なのは事前に後続を育成することだと私は思う。勢いのある今、下層のプレイヤーもまだ前線に手が届く今だからこそ、私はそんなプレイヤーを支援したい」

 

 それは、リズベットが自分なりに色々と考えた結論。

 今のままキリトとアスナに付いて行って、前線のプレイヤーを支援し続ける。

 それもまた悪い選択ではないだろう。

 だが、それでは下層のプレイヤーが育たない。現状この世界唯一と言ってもいいプレイヤー鍛冶屋であるリズベットは、誰からも必要とされている存在だ。

 

「だから、決めたんだ。私……《はじまりの街》を拠点にする」

 

 はじまりの街であれば、誰でもリズベットの鍛冶屋を利用することができる。前線のプレイヤーが使わなくなった装備を買い取り、下層のプレイヤーに売ることだってできる。

 移動もしないのなら、場所だって分かりやすいだろう。

 

「もちろん、売上の一部は今まで通り共有するから、そこは安心して。二人には恩もあるし、ちゃんと融通もする。……ダメ、かな?」

 

 拝むように手を合わせたリズベット。

 そんな様子にキリトとアスナは顔を見合わせ、互いに頷いた。

 

「俺はいいと思うけど、アスナはどうだ?」

「そうね……。正直、ひっじょーに残念ではあるけど、リズの言ってることも分かる。だから、私もいいと思うよ」

「……二人とも、ありがとう」

 

 お礼を言うと、アスナが「でもやっぱり離れたくないよー」とリズベットに抱き着いた。

 

「おーい、御三方。盛り上がってるとこ悪いけど、そろそろ行くぞ!」

 

 今回のボス戦に参加した一人が声を掛けてくる。

 向かうのは当然、ボス部屋の奥にある上層へ続く階段。新天地――第三層だ。

 

「分かった。すぐ行く」

 

 キリトが代表して返事をすると、未だに抱擁を交わすアスナとリズベットを見た。

 

「二人とも。そろそろ行かないと置いていかれるぞ!」

「「はーい」」

 

 出会いがあれば、別れもある。

 ただし、その別れが生涯の別れにならない限り、また会うことはできるはずだ。

 それこそ、このデスゲーム(SAO)をクリアした先にある、現実(リアル)でも。

 

「絶対に、クリアしような」

「うん!」

「当然!」

 

 この先にどんな困難が待っていようと関係ない。

 絶対に生きて帰ってやると、キリトは誓った。

 




【後書き】
 ここまで読んで下さりありがとうございます。
 無事に第二層編も完結まで書くことができました。
 作者の現実が忙しくモチベも落ちていたので、構想はあったけど書くのに手こずってしまった……。

 第三層編は今のところ書く予定はないです。
 ですが、不定期で各キャラのサブストーリーを書こうかなって思ってます。
 その間に原作を読み返したりして、構想が思いつけば第三層編を書くかも? 一応、モルテとの戦闘はこうしたいっていうのはあるんですけどね。他が全然思いついてない。

 ではでは、またどこかで。
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