うわっ…茅場の告知、遅すぎ…?   作:〆鯖缶太郎

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閃光

 期待などしていなかった。

 それは期待するまでもなく誰もが考え、行動して、出来て当たり前だとアスナが思い込んでいたからだ。

 故にその知らせは、彼女を失望させるには充分であった。

 

 ――デスゲームが開始して一週間で、五百人が死亡。

 

 それだけならまだ、気にはしなかった。誰だって死ぬことはある。五百人は判断を誤ったのだ。残りの九千五百人が、その間に強くなっていればいい。そして最後にはゲームをクリアして、現実世界に帰るのだ。

 そう。現実世界に帰る。その為に第百層を目指す。それがアスナの目標だった。

 

 βテストでは二ヵ月という期間で第十層までプレイヤーは辿り着いたとされている。しかも総勢は千人。事前知識だってない、初見プレイでそこまでいったのだ。

 ならば正式サービスが開始し、一万人が事前知識を備えた状態で挑んだならば。一週間もあれば、既に第二層まで到達していても何らおかしくはない。

 だが、現実はどうだ? 多くの者は未だに《はじまりの街》に留まり、数少ない立ち上がった者から死んでいき、それを見聞きした者が歩みを止める負のスパイラル。

 

 ゲームの死が現実の死になる? 一度の死で全てが終わる?

 そんなもの――当たり前ではないか。寧ろこの世界は、現実世界よりもよっぽど単純明快だ。

 

 生き抜くにはどうするべきか。

 ――強くなればいい。

 安全を確保するにはどうするべきか。

 ――強くなればいい。

 第百層まで辿り着くにはどうするべきか。

 ――強くなればいい。

 最終ボスを倒し、ゲームをクリアし、現実世界に帰るにはどうするべきか。

 ――強くなればいい。

 

 たった……それだけの事なのに……。

 

 

 

「…………」

 

 アスナは今日も、固く冷たい石畳の上で目を覚ます。

 数多のモンスターが我が物顔で闊歩するダンジョンの中。内部の各所に点在する安全地帯こそ、デスゲームが始まって以来、彼女の寝床だった。

 寝心地は当然最悪だ。四隅の松明が燃える部屋を一歩出れば、ダンジョン内であるが故に、モンスターの足音や唸り声が絶える事はない。

 こんな場所で眠るメリットとしてあるのは、宿泊費が掛からず、直ぐにモンスターと戦えることぐらいだろう。

 

 固くボソボソとした黒パンを貪り食べ終えると、ゆらりと立ち上がる。

 睡眠も食事も必要最低限。HPこそ満タンであるが、とても万全の状態とは言えない。加えて仲間もいないソロプレイ。

 きっとこんな姿を他のプレイヤーに見られたら、死にたがりだと思われるかなと、アスナ自嘲気味に笑う。

 別に好んでソロプレイをしているわけではない。アスナの予定ではとっくに第一層は攻略されており、道中で仲間ができているはずだったのだ。

 けれども迷宮区から最寄りの町である《トールバーナー》に初めて辿り着いた時、他のプレイヤーは見つけられなかった。そこで悟った。自分のペースが明らかに早く、期待しすぎていたのだと。

 だから今、できる最大限の事をやる。そのために今日もモンスターと戦う。

 

 ――でも、誰もいないし……ちょっとくらい発散しても、いいよね。

 

「――――ッ!!」

 

 アスナの悲鳴が、叫びが、声にならない声が、ダンジョン内に響き渡った。それが彼女の腕を振るう原動力となり、また一体、モンスターの命を刈り取る。

 

 身を削って、耐えてきた。何百体というモンスターを切り伏せて、力を付けてきた。全ては自分のために。そして、志を共にする仲間のために。

 

 背後から敵が迫ってくるのを感知。振り向きざまに頭上へと迫っていた攻撃を受け流す。

 食らえば重傷は免れなかった大振りな一撃は、細剣の腹を滑って石畳を力強く叩き。次の瞬間には壁を蹴って身を翻したアスナが敵の背後へと回り込み、勢いそのままに反撃する。よろめいたモンスターは体勢を立て直すため、一足飛びで距離を置こうと画策するが――。

 

「遅い!」

 

 つま先で着地して二歩。細剣を所定の位置で構え、踏み込んで三歩目。ソードスキル特有のライトエフェクトが刀身を包み、単発刺突技《リニアー》が放たれた。

 ――光芒一閃。

 アシストに全く振り回されていない、全体重が乗った重く 速く 鋭い一撃が一直線に軌跡を描く。一瞬にして懐に潜りこまれ、胴体を貫かれた敵の残りHPが消滅するのに、時間は掛からなかった。

 

 ――こんなにも、私はクリアに向けて努力しているのに!

 

 モンスターが四散すると同時に、アスナの持っていたレイピアもまた、その役目を終えて砕け散る。彼女は何かを追い求める様に、右手を消えゆくポリゴンの欠片へと伸ばした。

 耐久値が無くなってこうして見送るのも、これで何度目だろうか。

 市販の剣一本を使い潰すまでに、徐々に倒すモンスターの数が増えていることが彼女の成長度合いを物語っている。

 ダメージだって久しく喰らっていない。ゲームに触れる機会が少なく、更には初めての完全(フル)ダイブを経験した数日はものにするまで苦労した。死にかけた事も、一度や二度ではなかった。

 

「ふぅ……」

 

 戦闘がひと段落し、慣れた手つきで予備の剣を装備したアスナは息を吐く。

 食料も回復薬も削り、重量制限ギリギリまで買い込んでいたレイピアが、残り二本となった。

 レベリングついでのマッピングも順調に進み、一度町に戻ってアイテムを買い足すのも悪くない。

 それに、思っていた以上に疲労がたまっていた。精神的なものもあるだろうが、デスゲームが始まって以来、ろくな睡眠を取っていなかったからだろう。

 ゲームの世界だからある程度は大丈夫だろうと、高を括っていた。

 宿にふかふかなベッドはあるのだろうか。ぽかぽかなお風呂はあるのだろうか。

 

「でも、まだ誰もいなかったらどうしようかな……」

 

 そして何よりも、町に自分以外のプレイヤーは辿り着いているのだろうか。

 ……期待はしないでおこう。宿も、プレイヤーに関しても。心のどこかで期待した結果が今の自分なのだから。

 それでもし、期待しなかった通りであったならば――。

 

「……誰?」

 

 重い足取りで地上を目指そうとしたその時、索敵(サーチング)スキルに反応した存在へと問いかける。

 重要なのは、その存在がアスナの索敵範囲内に突如として出現したことだ。

 この迷宮区のモンスターであれば、範囲内に入った時点でアスナは気付ける。丁度リポップした可能性もあるが、足音がどの対象にも当てはまらない。

 何よりも、わざとらしかった。今まで隠れていたのに敢えてこちらに気付かせるような、モンスターではないとアピールするような、そんな足音。

 アスナの索敵ですら感知できなかった存在。

 

 薄々気付いてはいる。勘付いてはいる。

 けれども今まで裏切られてきたからこそ、実際にこの目で見るまでは信じなかった。

 

「悪いな、隠れるような真似をして」

 

 ――あぁ。

 

「危害を加えるつもりはないから安心してほしい」

 

 ――随分と久しぶりに話しかけられた気がする。

 

「もしよければなんだが……」

「ねぇ」

 

 (キリト)の話を遮って、アスナは言った。

 

「私とパーティーを組みましょう」

 

 レイピアを抜き放ち、その切っ先をキリトに向けて――。

 

 

 

〆〆〆〆〆

 

 

 

~another story~

 

 ギルド《血盟騎士団》副団長であるアスナの朝は早い。《強制起床アラーム》が鳴った直後にはパッチリと目覚め、ベッドの上で大きく伸びを一つすると、肩の調子を確かめるようにその華奢な腕を回す。

 

「よしっ!」

 

 両手を胸元で握り、今日も一日頑張ろうと己に喝を入れ。まず取り掛かるのは、すっかりと板についた朝食作り。

 板についたと言っても、ここはゲームの世界。当然料理をするにしても料理スキルが必要となり、仮に現実世界の一流シェフが料理を作ろうが、その味は結局スキルの熟練度に左右されてしまう。調理法だって簡略化されており、アスナが食材に軽く包丁を当てるだけでバラバラと適当な大きさに崩れ、後は手順通りに鍋に入れるなどして調理開始ボタンを押せば、数分の待ち時間で完成。

 ゲーム内の暮らしに慣れ過ぎて、現実世界で支障をきたさないだろうかというのが最近の彼女の悩みだ。

 

 テーブルに並べた朝食を食べ終え食器を片付けると。ゆったりとした薄い生地の寝間着から、上は白と赤を基調としたギルド内で統一された騎士服へ。下はアスナの要望によって特注された膝上丈の赤いミニスカートへと着替える。

 姿見の前で軽く身だしなみを整え、髪の乱れもない事を確認すると、腕を広げてくるりと一回転。改めて鏡に映った自身の顔と睨めっこして頷き、軽い足取りで鼻歌と共にプレイヤーホームを後にした。

 

 ――閃光のアスナ。

 このデスゲームが開始して一年で、その名は一躍有名となった。

 それは彼女がこのデスゲームでも数少ない女性プレイヤーで、中でも飛び抜けて容姿端麗で、尚且つ最前線に立つ攻略組の代表的な存在だからだ。

 アスナのプレイヤーホームが存在する第六十一層の城塞都市《セルムブルグ》。彼女が買い出しや転移門へ向かうため、一度外へと出歩けば歓声が上がり。中には態々その姿を拝むためだけに訪れるファンも多く、人気の高さが窺える。加えて声援に嫌な顔一つせず笑顔で応える姿もまた、人々を魅了する要因なのだろう。

 

 ――恐ろしいお方だ。

 

 アスナの後方に付き従う一人。同じく《血盟騎士団》に所属し、彼女の護衛を務めるクラディールは、その姿を見て思った。

 かつて日、我らが副団長の本性を初めて垣間見た瞬間は、今も彼の脳裏に焼き付いている。

 

 ――MPK(モンスター・プレイヤー・キル)。通称『トレイン』と呼ばれる行為によって、未踏破エリアの遠征中に殺人ギルドである《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》に嵌められた事があった。

 その際、隊のリーダーを務めていたアスナがいなければ、クラディール含む一行は間違いなく死んでいただろう。

 

 あの時ほど、クラディールが己の無力さを痛感したことはない。

 言い訳ならいくらでもできる。メンバーに内通者がいたこと。未踏破エリアであったが故に、モンスターの特性や攻撃パターンが未知数だったこと。敵の数があまりにも多かったこと。

 あの場にいた全員が自分の身を守ろうと抵抗するのが精一杯で、刻一刻と迫る死を待つのみだった。

 だが、アスナだけは違ったのだ。何故なら彼女にはあの時、演技をする余裕すらあったのだから。モンスターのヘイトを率先して買い、囲まれながらも攻撃を捌き、だが時にダメージを受け。残りHPを瀕死にまで調整して、劣勢に追い込まれたように振る舞う余裕が。

 そして最後には、閃光を殺す又とない機会だと刃向かってきた《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》もろとも当然のように無傷で撃退(ころ)し、言ったのだ。

 

『大丈夫よ、クラディール。ただのかすり傷だから』

 

 何事もなかったように、勝利の美酒に酔いしれるように。クラディールが慌てて差し出した即時回復する回復結晶ではなく、取り出したポーションを呷るアスナ。残り一割にも満たないHPがじわりじわりと進みだした光景は、今でも忘れることはない。

 

 もしも己が《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》の一員であれば、今は殺す絶好の機会だと捉えるだろうか。あれ以来、そんなもしもの夢を何度も見てきた。

 最強の一角である《血盟騎士団》の副団長が射程内に。それも、今であれば一撃で屠る事も可能。その姿は隙だらけのようにも見えて……。

 だが、身近に仕えてきたからこそ分かる、確信があった。

 彼女であれば――閃光のアスナであれば、当然のように反応し、何の躊躇いもなく剣を振るうだろうと。或いは何故そんな事をしたのかと、攻撃を受け止めて笑って問うて来るかもしれない。

 何れにせよ、何百、何千、何万通りの可能性を考えようと、己の剣が彼女の身に届くことはなかった。

 

『さて、ちょっと想定外の事もありましたが、遠征を再開しましょう』

 

 ふわりと、朗らかに、先ほどは何も特別な事はなかったと。花の咲くような笑顔で言う副団長の姿に、その場にいた全員は畏怖の念を抱いた。

 一体、どの様な生き方をされてきたのか。

 

 ――閃光のアスナ。

 明日には閃光のようにこの世界から消えているとも揶揄される彼女は、今日も生き続けている。

 




 ども、かなりお久しぶりです。

 削除しちゃいましたが前回の後書きで一年以内に次話を投稿したいと言って、かなり経ってしまいましたね。
 作者の現実世界で色々あって、現在進行形でピンチなので申し訳ないです。
 取り合えず最終回(第一層攻略)までは書こうとは思っているので、気長にお待ちください~。

 なるべく早く投稿できるように頑張ります。

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