初日からPKしたけどデスゲームだったキリトくん   作:〆鯖缶太郎

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平穏

 《索敵(サーチング)》スキルを使ったのに敵の反応がない。

 そんな違和感に目を開けたアスナがまず視界に捉えたのは、見慣れない天井だった。

 温かい。そして柔らかい。視界は明るく、耳障りの悪い音が響いてくることもない。

 ふと意識を左上へと向ければ、見慣れないHPゲージと【Kirito】というアルファベットが表示されている。

 その事実が、昨日の出来事が夢ではなかったと証明していた。

 

 毛布に(くる)まりながら、部屋全体を見渡すように体を傾ける。

 キリトの姿は見えない。隣の部屋からも物音一つしないため、どこかに出掛けているのだろうか。

 そんな事を考えながら、久しぶりに感じる心地良いまどろみを堪能した後、アスナは立ち上がり風呂場へと向かう。

 部屋着などこの世界で買っていないため、普段通り身に着けていた戦闘服を解除し、簡素な衣服と下着も解除。脱衣所を抜ければ吐湯口からお湯がなみなみと注がれる白いバスタブが目に入り、そこへ全身を勢いよく沈めた。

 

「……ふぅあうああぁ…………」

 

 思わず声が漏れ出る。

 今までの生死を賭けたダンジョン生活は何だったのか。前までの自分に教えてあげたいぐらいだ。

 こんな身近なことにすら気付かないあたり、本当に現実世界にいち早く帰る事しか考えていなかったのだと改めて感じる。

 

「冷静になれ……か」

 

 迷宮区からここに至るまでの道中、キリトから言われた言葉を反復する。

 冷静でいるつもりだった。少なくともデスゲームを告げられた際、あの場にいた誰よりも冷静に物事を見て、現状を考えて行動していたつもりだ。

 自分の中ではそれが正しいと、間違いではないと思っていた。

 けれどもキリトと会話をして、他人の意見を聞いて、改めて色々考えさせられることもあった。

 

 自分だけであったなら、きっとこんな上等な寝床を見つけることはできなかっただろう。もし彼と出会っていなければ、結局いつも通りダンジョン内で寝泊まりし、戦闘に明け暮れていただろう。

 自分は何も間違っていない、正しいんだと信じ込んで……。

 

「まっ、そんなのどうでもいっか」

 

 そんなあったかもしれない自身の姿を、アスナは切り捨てる。

 大事なのは今、湯船に浸かっているという事実。もしもの世界線を考えたところで、そんなものは自分の生み出せる想像の限界にすぎない。

 であれば、どんな結末だろうと関係ない。今この時を楽しもう。そして喜ぼう。

 

「――ふん、ふふんふん」

 

 機嫌良く鼻歌を歌っていたアスナはふと、風呂場と部屋を繋ぐドアを見る。

 気配は何も感じない。キリトが間違えて入らないようにドアプレートは使用中にし、鍵も掛けてある。

 だが、彼と出会った時のことがアスナの脳裏をよぎる。

 

 正直アスナは現時点でトップクラスの実力を有していると自負している。

 《トールバーナ》の町に誰よりも早く着いたし、ダンジョンで何本も剣を使い潰すほどにはモンスターも狩ってきたのだ。

 そんなアスナがキリトと出会う直前まで、彼の気配に全く気付くことができなかった。

 そこまではいい。強いプレイヤーは大歓迎だ。

 

 けれどもし、キリトが既に帰ってきて、隣の部屋にいたとしたら?

 風呂場の使用中のドアプレートを見て、こっそり聞き耳を立てていたら?

 昨日、キリトはβテスターと名乗っていた。知識は当然アスナよりもある。もしもアスナが知らない……そういった覗きのスキル的な何かが存在していたら?

 よくよく考えてみれば、昨日だってそうではないか。

 

 索敵スキルを発動させるが、気配を感じることはできない。

 まだ帰ってきていないのか。あるいは――。

 

 平静を装いながら、鼻歌を続けながら、アスナは装備を着用する。

 そして瞬時に気配を消し、足音を殺し、ドアとの距離を一瞬にして詰め切り。そのまま勢いよくドアを開け放ち――ソファでくつろぐキリトと目が合った。

 

「キリトのエッチ!」

「えぇ……」

 

 理不尽だ。キリトはこの時ほどそう思ったことはない。

 

 

 

 

 

 

「取り敢えず、これを読め」

 

 そう言ってキリトから差し出された本をアスナは手に取る。

 表紙には《アルゴの攻略本》と書かれており、第一層ボス編・SAO入門編のようだ。その下には鼠のイラストと共に『大丈夫。アルゴの攻略本だよ』とあり、何とも胡散臭い。

 

「何これ?」

「俺のフレンドが作った攻略本さ。まだ全体には行き渡ってないが、少なくとも《はじまりの街》では無料で配られてる。制作には俺や他のβテスターが関わっているから、間違いはほぼないはずだ。まぁ、あくまでも大部分はβテストの情報であって、正式版との差異はあるかもしれないがな」

 

 中を見れば、第一層の全体マップや出現するモンスター、装備や各種クエスト、ゲームについての仕様などがまとめられている。

 攻略を進めていくうえでのポイントやオススメ、Q&Aまであって、作る労力を考えても無料では到底割に合わないだろう。

 

「聞いたらがっかりするかもしれないが、一週間以上が経った今も、大部分のプレイヤーは《はじまりの街》にいる。その現状を重く見たアルゴが、少しでも安全かつ確実に攻略が進むように作ったんだ」

「そっか……。でも着実に、前を向いて進むプレイヤーは増えているのね」

「まぁな。と言っても、ボス攻略が確実にできる人数が揃うまではまだ時間はかかるだろうけど」

 

 ひょいとキリトはアスナから攻略本を奪うと、パラパラとページをめくって改めて差し出す。

 

「でだ、アスナに見てほしいのは、ここのゲームの仕様についてなんだが……」

 

 そこにあったのは、簡潔に言えばドアと音の関係について。

 閉じられたドアを透過する音は、基本的に三種類。叫び声、ノック、戦闘音。

 平常な話し声や風呂の水音などは、例えドアに耳を押し当てていても聞こえないとあった。

 よくよく考えてみれば、吐湯口からバスタブにお湯が迸るほど供給され続けているのに、部屋から聞こえないのだから実際そうなのだろう。

 

「これで分かっただろ。断じて俺は聞き耳なんか立ててない。そもそもこの部屋は俺が借りていて、アスナも了承したうえで昨日来たんだろ」

「それは……そうだけど。昨日はちょっと、テンションが舞い上がっちゃっていたのよ」

 

 キリトが仲間になり、自分の想像を超えるお風呂とベッドとの対面。今食べている朝食だって、黒パンを貪っていたあの頃に比べれば感動ものだ。

 そのぐらい、アスナは様々なことに飢えていた。

 

「その攻略本は渡しておくから、暇な時にでも読んでおいてくれ」

「暇な時にでもって……人数が揃わないとボス攻略はできないんでしょ? これからどうするのよ」

 

 ボス攻略の情報が書かれたページを見ながら言うアスナに「少数での攻略は現実的じゃないってだけなんだけど」と、キリトは呟いてから。

 

「取り敢えず、事前にやれることをやっていこう。ボス部屋までマッピングしておけばスムーズに後発組が入れるし、俺たちの強化もできる。後はアスナの武器の新調とかな。ずっと《スモールレイピア》を使ってるんだろ?」

「そうね。安いし丈夫だし、初期装備の頃からずっとそのまま」

「それならまずは《アニールレイピア》の確保からだな。レベルも充分足りてるだろうし、クエストは二人でも問題ないはずだ。……因みにアスナは何レベルなんだ?」

「ん……? 10レベルだけど?」

 

 頬張っていたサラダをミルクで流し込んだ後、アスナは特に躊躇うことなくそう告げる。

 SAOの適正レベルは、基本的に階層順守となっている。中でも安全マージンと呼ばれるまず死なないとされるラインは階層プラス10レベル以上。彼女の実力を考慮すれば、まず大丈夫であろう。

 

「一応忠告しておくと、レベルやステータスは他人に言いふらすなよ。その情報を手に入れた奴が、もしかしたら襲ってくるかもしれないからな」

「襲ってくるって……何で?」

「何でって……。本人に聞かなきゃ理由は分からないけど、例えば持ってるアイテムを奪いたかったとか、純粋に殺したかったとか、そんな感じじゃないか?」

「ふーん」

「警戒しておいて損はないからな。俺の予想だと、そういう輩は今後必ず出てくる。だからアスナには、対人戦の練習もしてもらおうと思ってる」

「……分かった」

 

 その後口数の減ったアスナを見て、食事中にする話題じゃなかったなとキリトは思った。

 

 

 

〆〆〆〆〆

 

 

 

 キリトのソードスキルがモンスターの攻撃を弾くとほぼ同時に、アスナの声が響いた。

 

「スイッチ!」

 

 パーティーを組むメリットはやはり、回転率の速さと安全性の向上だろう。

 ソロであれば一つのミスで命取りになるが、信頼できる仲間がいれば多少の無茶が利く。今みたいにソードスキルを使ってモンスターの隙を作りだし、他の仲間が攻撃すれば短時間で処理することができる。

 警戒する範囲も狭まるし、麻痺や毒といった状態異常を受けても立て直しやすいのも魅力だ。

 

 対してデメリットとしてあるのは、モンスターのアイテムや経験値が分配されてしまう点と、常に仲間の事を意識しなければならない点だろう。

 ソロ同様の成果を得るには、単純計算で今までの倍のモンスターを狩らなければならない。

 加えてこれまでは自分一人で物事を選択できたが、仲間がいれば戦闘面も生活面も常に気を使う必要が出てくるため、そこがネックとなってくる。

 しかし、それらは杞憂(きゆう)だったとキリトは思う。

 アスナとパーティーを組み始めて数日。異性ということもあって、相性が悪ければ解散も視野に入れていたが、今のところ何か不自由に感じたことはない。

 最初こそSAOの事前知識がなかったため手こずっている部分も見受けられたが、逆に言えば何の知識も持たないソロの状態で迷宮区に辿り着いた実力は本物だ。

 戦闘センスは抜群で、私生活でも問題は起きていない。デュエルで対人戦の練習もしているが、(むし)ろアスナが本気(ガチ)すぎて、一瞬も気を抜けないのが正直なところだ。

 

 モンスターがアスナの攻撃によってポリゴンの欠片となったのを見送った後、声を掛ける。

 

「強化素材も集まったし、そろそろ帰ろうか」

「もう? 私はまだ、大丈夫だけど」

 

 物足りなさそうに言うアスナの手には、先日手に入れたばかりの《アニールレイピア》が握られていた。

 感触は良好なようで、暇さえあればずっと素振りをしている始末だ。

 

「休めるときはしっかり休むって決めただろ? それに明日は迷宮区のマッピングを進めるんだから、準備もあるし早めに帰るぞ」

「は~い」

 

 しょうがないなぁとアスナは剣をしまうと、軽いステップを踏みながら近づき、キリトの隣に並ぶ。

 その夕焼けに照らされた表情は明るく、笑みがこぼれていた。

 

「ねぇ、キリト。今日は誰かいるかな?」

「……どうだろうな」

 

 《トールバーナ》には、まだ他のプレイヤーは辿り着いていない。

 しかし攻略本の効果もあってか、アルゴからのメッセージで順調に攻略が進められているとキリトは知っている。

 キリトの見立てでは、後一週間もあれば迷宮区に辿り着く者が現れ始めるだろう。

 それでもまだ、大多数のプレイヤーが《はじまりの街》に(とど)まっているのもまた事実なのだが。

 

「――それで私の武器強化なんだけど、個人的にはやっぱりクリティカル補正のかかる《正確さ(アキュラシー)》をメインにしようと思うんだけど……」

「いいんじゃないか? 《鋭さ(シャープネス)》も《速さ(クイックネス)》も現状PS(プレイヤースキル)でカバーできてるし、《丈夫さ(デュラビリティ)》には少し振った方がいいかもな」

「キリトのはどうなんだっけ?」

「俺のは3S1H2Dで《鋭さ(シャープネス)》に重点を置いて――」

 

 願わくは、順調に攻略が進みますように。

 そう思うキリトだった。

 

 

 

〆〆〆〆〆

 

 

 

 アルゴが《アルゴの攻略本》を無料で配布した理由は大きく分けて三つある。

 

 まず一つ目の理由は、攻略が停滞している現状の改善だ。

 MMORPGで手っ取り早く強くなり攻略を進めるためにはやはり、モンスターを狩る必要がある。

 しかしこのゲームは世界初の完全(フル)ダイブ技術を組み込んだMMO。VR機器自体SAOをやるために購入した者も多く、ハッキリ言って動くのに不慣れな者が多い。

 そうした者が戦闘に出ても必然的にダメージは喰らいやすく、死のリスクが高まる。

 そんなリスクを減らすために、まずはモンスターの特性と、防御と回避の大切さを知ってもらうことが必要だった。

 モンスターの種類。攻撃パターン。攻撃モーション。弱点など。知っているだけで冷静に戦闘を行い、処理できることは多い。

 何よりも、無理に倒すことだけを考える必要はないのだ。

 《はじまりの街》周辺にいるモンスターは弱い。基本的にノンアクティブなので向こうから攻撃してこないし、仮にターゲットを取られても容易に逃げることができる。

 そこに先ほどのモンスターに対する知識があれば、無理な戦闘を行うことは格段に減らせるだろう。プレイヤーのHPだってゼロになるまでは死なないのだ。一発二発かすったところで何の痛手にはならない。

 そうやって少しずつでもモンスターを倒せばレベルが上がり、その頃には自然と知識と経験、自信もついてきて攻略にも前向きになってくるだろう。

 もしそれでも心配だというのであれば、街にあるお使いクエストを地道にこなせばいい。

 作業的で面倒ではあるが、生活に必要なコルや経験値を最低限確保することができる。

 

 二つ目の理由は、βテスターの安全性の確保だ。

 進まない攻略、増えていく死者、そして溜まっていくストレスのヘイトがβテスターに向いていると日に日にアルゴは感じていた。

 まるで誰かが、悪いのは全てβテスターだと誘導しているかのように。

 では悪いのは本当にβテスターかと言えば、そんな訳がないとアルゴは思う。

 デスゲームが告げられた後、新たに追加されていた《生命の碑》。そこにはこのSAOに存在する全プレイヤーの名が刻まれている。

 そして対象のプレイヤーが死ぬ度にその名に横線が引かれ、死亡した事実を確認することができる。

 アルゴとて全てのβテスターの名を覚えているわけではない。

 けれどもフレンド欄の名と照らし合わせても、明らかにβテスターの死亡者数は多い。

 それもそうだろう。現状は腕に自信がある者から攻略に向かう。βテスターの死亡者が多くなるのは必至だ。

 それなのにヘイトがβテスターに向かう現状を打破するには、目に見えて協力していると形にする必要があった。

 そこから生まれたのが《アルゴの攻略本》だ。βテスターの有志で完成したこの本を無料で配布することで、ヘイトを少しでも下げる。

 攻略が進み、徐々にその有用性を示すことができれば、βテスターが悪であるという考え方は減ってくるだろう。

 現状は第一層攻略と基本的な事しかまとめられていないが、今も第二層以降の情報などをまとめつつある。

 

 そして三つ目の理由は、情報屋(・・・)のアルゴとして名を売ることだ。

 表紙に《アルゴの攻略本》と書き、下部に『大丈夫。アルゴの攻略本だよ』と書いたことで、アルゴの名を広めることに成功した。

 攻略本は街の道具屋に委託してあり、無料ではあるがNPCから購入する際に「情報屋の本だね」と、復唱するように設定してある。

 そうすることで自然と、アルゴは情報屋と紐付けされる魂胆だ。

 実際βテスターに協力してもらい情報を集まるようにしているし、この攻略本を作った責任者でもあるのであながち間違いではない。

 

 そんな情報屋であるアルゴは、次なる攻略本の作成に奔走していた。

 日が経つにつれて記憶というのは薄れ、正確な情報ではなくなっていく。そして重要な情報を伝えるのが遅れれば、それだけ救える命が減ることを意味する。

 本を作成する際にかかるコルに関しては、キリトからの依頼である《リトルネペントの胚珠》を仲介して取引したことで問題はない。中には資金提供に前向きな者もいるので、心配の必要はほぼないと言っていいだろう。

 

「各層のまとめがこれデ――今必要な情報ガ――アッ」

 

 あーでもない。こーでもない。アルゴが頭を悩ませていると、階層の情報がまとめられた紙を床にばら撒いてしまう。

 それを面倒だなと思いつつ、階層順にまとめていると一枚の紙が目に留まった。

 

 ――第十一層攻略情報。題名にそう書かれただけの、白紙の紙。

 

「……次は何をするんだったカナ」

 

 その紙を何事もなかったようにまとめると、アルゴはまた作業に戻った。

 

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