初日からPKしたけどデスゲームだったキリトくん   作:〆鯖缶太郎

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 本編完結です。


攻略

 この場にいたのがキリトと自分の二人でよかったとアスナは思う。

 もしも初見のフルレイドパーティーで同じ状況に陥っていたのなら、間違いなく混乱が混乱を招いていたに違いない。

 それはデスゲームが始まったあの日――《はじまりの街》であの光景を見たアスナには容易に想像が付いた。

 誰かが騒ぎ、伝染し、突如始まったボス戦に隊の意味は失せ、逆にプレイヤーの多さが仇となる。

 仮にボスを撃破し攻略に至ったとしても、間違いなく被害は大きかったはずだ。死んだ者も多く現れただろう。そうなれば、ただでさえ遅れている攻略が更に停滞する事態にまで発展していたかもしれない。

 だからだろうか。アスナには信頼できるキリトと二人きりというこの状況が、寧ろ好ましくすら思えていた。

 

「……途切れない、か」

 

 その手に握るのはNPC鍛冶屋で強化した《アニールレイピア》。相対するは今しがた壁に開いた穴から再度湧いて出てきた三体の《ルインコボルド・センチネル》。

 センチネルが五周期目……つまりはβテスト通りであれば既に湧かないはずの十三体目以降が出てきた事に、アスナは呟いた。

 横目でキリトの姿を確認するが、変わらずボスである《イルファング・ザ・コボルドロード》と戦闘を繰り広げている。

 コボルドロードの頭上に浮かぶ四本のHPゲージは、三本目に差し掛かろうとしていた。

 対してキリトは無傷なので、今のところ心配はないだろう。

 本当であればセンチネルを倒し切って加勢しようとも考えていたが、現状ではそれもできそうにない。

 キリトにターゲットが向かないように誘導しつつ、一先ずは現状維持に徹する。

 

 センチネルがいつまで湧くかは分からないが、何もデメリットばかりではない。

 ボスの取り巻き。そしてこの場所でしか湧かないその性質上、レアモンスターに分類されるセンチネルはそこら辺のモンスターに比べて馬鹿にならない量の経験値とコル、アイテムを落とす。

 それらがボスを倒した暁には、キリトとアスナの二人だけに分配されるのだ。

 もしもフルレイドパーティーであれば、その恩恵も微々たるものであっただろう。だがボス撃破の報酬も含め、それら全てが二人だけに集約されるとなれば話は別だ。

 第一層では頭打ちになりつつあったレベルも容易く上げることができる。それはつまり、このSAOで二人に太刀打ちできるプレイヤーが実質的にいなくなることを意味していた。

 だからこそβテストでは湧きの制限があったのだろうと予想は付くが、今回その上限が引き上げられた。

 何故なのだろうか。純粋にアスナは疑問に思う。

 そこには運営(GM)の何らかの意図があるはずだ。

 ボス部屋から途中離脱できなくなった事も気にかかる。冷静になればなるほど、今回のイレギュラーは不可解だ。

 そしてもし、このボス部屋にまだβテストと違う点が存在しているのだとしたら――。

 

「――っと、危ない危ない」

 

 そんな思考を断ち切るように、肉薄してきたセンチネルの攻撃をアスナは捌く。

 集中力に問題はない。安全マージンも充分足りている。だからセンチネル三体のHPを満遍なく削りつつ、キリトの様子も見ながら余裕を持って戦闘を行っていたのだが――。

 

「行動パターンが、変わってきている?」

 

 今までちぐはぐで、時にお互いが攻撃の邪魔をしあっていたセンチネルの動きが、修正されてきている。

 徐々に、だが確実に、アスナという標的を倒そうと連携してきているように見えた。

 

「――シッ!!」

 

 センチネルが身にまとう、鎧の隙間から覗く喉元の弱点。そこへ的確にレイピアを撃ち込み、三体まとめてポリゴンへと変える。

 しばしの間を置いて、壁から再び三体のセンチネルが湧いて出てきた。

 けれどもそれらのセンチネルは、先程の連携は忘れたようにちぐはぐな攻撃を仕掛けてくる。

 まるで今まで覚えていたことを、全て忘れたかのように。

 

「学習しているってこと?」

 

 確かにモンスターは生きている……正確には人工知能(AI)で動いているのだから、学習していてもおかしくはないだろう。

 今まで出会った敵も学習していたのかもしれないが、それは戦闘を長引かせることなく終わっていたので、気付かなかっただけなのかもしれない。

 であれば、キリトが相手をしているコボルドロードは? そしてもし、ボスにも何らかのβテストとは異なるイレギュラーがあったとしたら?

 

「ウグルゥオオオオオオォォォ――――!!」

 

 コボルドロードが、この日一番の雄叫びを放つ。

 視線を向ければ、四段あったHPゲージが残り一本となっていた。

 

 βテスト通りであれば、ここでコボルドロードは攻撃パターンを変える。

 具体的には、その手にそれぞれ持っていた骨斧(こっぷ)と革盾を投げ捨て、腰の後ろに隠すように装備していた巨体に見合った湾刀(タルワール)に手を掛けて――。

 

「キリトッ!!」

 

 嫌な予感がして、アスナは咄嗟に叫ぶ。

 だが、その声がキリトに届くことはなかった。

 視界左上に映るキリトのHPバー。そこに表示された咆哮のデバフ。

 先の雄叫びを間近で受けたキリトの耳は、一時的に聞こえなくなっていた。

 加えてその隣に表示された、もう一つのデバフ――スタン。一時的に対象の動きを最長十秒間拘束するそれは、即時発動で回復手段が存在しない。

 キリトとアスナ、二人しかおらず援護にも向かえないタイミングでのそれは、あまりにもまずかった。

 

 そしてボスが手に掛けたそれは――湾刀(タルワール)ではない。

 刀という種類こそ同じであれ、かつてキリトが攻略した第十層でよく見た、モンスター専用カテゴリ装備――野太刀(のだち)

 アスナは知らない。その装備が湾刀ではなく野太刀である事実を。

 キリトもまた知り得ない。コボルドロードの巨体に隠された、たった今引き抜かれようとしている武器が野太刀であるという事実を。

 赤いライトエフェクトが刀身を包むのと、キリトのデバフが切れたのは、ほぼ同時だった。

 

 ――カタナ専用ソードスキル《絶空(ゼックウ)》。

 抜刀と同時に発動できるそれは、単発技ではあるものの初速は他の追随を許さない。

 下段から上段へ。キリトを真正面に捉え、全てのHPを刈り取らんと放たれた死の一撃。拘束から解かれたばかりの無防備なキリトに、攻撃を防ぐ選択肢はなかった。

 

 

 

 ――キリトの左腕が宙を舞い、ポリゴンとなって消えた。

 

 

 

〆〆〆〆〆

 

 

 

 アスナがキリトと出会って、身に染みて教えられたことが一つある。

 それこそが、ダメージトレードという概念だった。

 

「アスナは確かに強い。けど、無傷で戦闘に勝とうとするその立ち回りじゃ、いつまで経っても俺には勝てないよ」

 

 キリトと初めてデュエルをした日、アスナは言われた。

 初めは何を言っているのかと思ったが、キリトと共に過ごすようになって分かった。

 彼は、自身のHPが減ることに何の躊躇(ためら)いも持たない。

 このデスゲームで、HPが無くなるのは死を意味する。故にアスナも、他のプレイヤーも、無意識に自分の身を守ろうとする。

 少なくとも、自分から好んでダメージを貰うようなことはしないだろう。

 しかしキリトは、勝つための最善の行動を取る。

 

 ――例えその身にどれだけのダメージを喰らおうと、それ以上の一撃を相手にお見舞いすればいい。HPが1でも残っている限り、全快の時と何ら変わらず動けるのだから。

 

 確かにそれは間違いではない。

 このデスゲームはHPが全損したら死亡であって、軽い一撃を貰ったところで死ぬ訳ではない。それでも果たしてどれだけのプレイヤーが、HPが僅かな状態で普段通り立ち回れるというのか。

 だが、キリトは平然と実践してみせる。

 デュエルの時、アスナのレイピアを何食わぬ顔で左手で受け止めたり、少しでも隙のある攻撃をすれば避けずにそれ以上の一撃をお見舞いしてくる。

 

 だからアスナはキリトとのデュエルを全力でやる。

 何故なら少しでも甘い考えをすれば勝てないから。キリトであれば、殺そうとしても死ぬことはないと信じているから。

 

 

 

 だがそれでも、キリトが死ぬかもしれないという状況で平常心を保つのは、アスナにはできなかった。

 

「キリト――ッ!!」

 

 ボスの一撃をキリトが喰らった瞬間、アスナは再度叫ぶ。

 視界に映るキリトのHPバーが全快から八割以上消し飛び、尚も部位欠損によりジワジワとHPが減っていく。

 けれども、コボルドロードが手を緩めることはない。それはアスナが相手取るセンチネルも同様だ。

 

「くっ!」

 

 一先ずキリトは生きている。

 気持ちを落ち着かせるため、多少強引にセンチネルとアスナは距離を取る。その際ダメージを貰うが、毛ほども気にはならなかった。

 遠目にキリトを確認するが、左肩から先がない。恐らく防ぐのは不可能と判断し、咄嗟に体を逸らしたのだろう。

 右手には《アニールブレード》を握り、コボルドロードと変わらず戦闘を繰り広げていた。

 だが、キリトのHPが無くなるのは時間の問題だ。

 武器が野太刀に変わった影響か手数が増え、先程よりも戦闘のテンポが速い。一時的に離脱するのも難しい状況で、左手が使えない以上、キリト一人では回復も望めない。

 

「お願い!」

 

 センチネルを倒して何とかしてキリトが回復する時間だけでも作ろうと画策するも、その湧きが止まることはない。

 一体いつになったらセンチネルが湧かなくなるのか。或いは無限に湧いてくるのか。

 キリトと役割を交代するにしても、タイミングを誤れば余計に事態が深刻になるだけだ。

 何か、何かこの状況を打破する方法はないのか。

 もう一度、アスナはキリトを見た。

 部位欠損は時間経過で治るが、未だその時が来る気配はない。キリトのHPも残り一割を切ろうとしている。

 そして忌々し気にボスを見上げ――気付いた。

 ボスの体力もまた、着実に減っているという事実に。

 

「ほんと……凄いよキリトは」

 

 片腕がないうえに死の瀬戸際という感覚を、アスナは知らない。

 しかし少なくとも、ボスの攻撃を捌きながら反撃できるほどの余裕を、同じ状況で持てる自信はなかった。

 ――第二層に二人で行こう。

 ボス戦が始まる直前、キリトから言われた言葉を思い出す。

 つまりそれは、二人でボスを倒すということ。

 キリトは諦めていない。諦めるなら、もっと早くそのタイミングがあったはずだ。それなのに自分が勝手に諦めかけてどうするのか。

 

 キリトは死なない。絶対に死なせはしない!

 

 残り一割を切ったキリトのHPが、それでも尚減り続ける。

 だが、アスナは動じない。

 来るべきその時に備えて、取り巻きである三体のセンチネルのHPを調整する。

 

 勝負は一度きり。キリトであれば、絶対に同じことを考えるはずだ。

 根拠ならある。

 キリトを信じ、キリトに勝つために、キリトが考えていることをずっと考え続けてきたから。

 

 突如、アスナを取り囲んでいた三体のセンチネルが爆散し、ポリゴンと化す。

 そう錯覚してしまうほどの見事な三連撃は、残像を残して的確に弱点である喉元を貫いていた。

 同時にアスナは、キリトに向かって駆ける。

 

 キリトのHPは残り僅かだが、何の問題もない。

 キリトが死ぬ直前――絶対に援護しないと彼が死ぬ間際。それこそが、二人の息を確実に合わせられるタイミングなのだから。

 

 その時、今日このボス部屋で初めて、キリトの《アニールブレード》の刀身が水色に光輝いた。

 コボルドロードと一対一であるが故に、今の今まで使用を控えていたソードスキル。

 キリトの全力をもってして――今解き放つ。

 

「アスナ!」

「キリト!」

 

 

 

「「スイッチ!!」」

 

 

 

 キリトの剣と、コボルドロードの刀が交差する。

 そしてコボルドロードにとってその衝撃は、先程までとは比べ物にならない力を秘めていた。

 今の今までこちらが押していたばかりに、威力が予想外で地面の踏ん張りが利かず――その巨体が僅かに、だが確かに浮かんだ。体を動かそうにも、動けない。

 一時的行動不能状態――スタン。

 

 そこへすかさず、アスナは速度を殺さず思い切り跳躍した。

 しかし、コボルドロードも諦めてはいない。目前まで迫った死に抗うように、三度(みたび)咆哮を放つ。

 並みのプレイヤーであれば怯み、(すく)んでしまっただろう。

 けれど、アスナの意思の前では、それは何の意味もなさなかった。

 

 ――キリトは、私が守る!!

 

「セアアアァァ――ッ!!」

 

 その瞳が最後に映したのは、コボルドロードの驚愕したかのような表情と、閃光の様に青白く光り輝くレイピアの切っ先だった。

 

 

 

〆〆〆〆〆

 

 

 

『Congratulations!!』

 

 ボスが爆散すると同時に、部屋の中央に祝福のシステムメッセージが表示される。

 そしてアスナは、目の前に表示された今回の報酬画面に見向きもせず、取り出したポーションをキリトに渡そうとして――。

 

「大丈夫だよ。ありがとな、アスナ」

 

 そこには部位欠損も治り、ポーションを飲むキリトの姿があった。

 

「よかった……本当によかったぁぁぁ……」

 

 緊張の糸が解れ、思わずその場に泣き崩れるアスナ。

 そんなアスナにどうしたものかと、キリトは妹をあやすように頭を撫でる事しかできなかった。

 

「――さて、それじゃあ報酬の確認でもするか」

 

 アスナがようやく落ち着いたところで、キリトは話を切り出す。

 今回の成果は計り知れない。センチネルもそうだが、何といってもレイドボスをたった二人で倒したのだ。

 その報酬は全て二人で山分けであり、互いに裏切りでもしない限りアイテムは独占したに等しい。

 そしてボス戦では、LA(ラストアタック)ボーナスというものが存在する。

 これはその名の通り、ボスを最後に攻撃したプレイヤー……つまりはボスを倒した者に贈られる記念品のようなものだ。

 この世界に一つしか存在しないアイテムであり、その性能も基本的にオーバースペックとなっている。

 キリトの話を聞きながら、そう言えばボスを倒したときに何か紫色のシステムメッセージが出ていたなと思い出したアスナがストレージを漁ると、それはあった。

 ボス限定ドロップのユニーク品《コート・オブ・ミッドナイト》。

 

「私はいいや。最後の最後に攻撃しただけだし、キリトが使って」

「別に気にするなよ。元はと言えば、俺の不注意が原因だ。取り敢えず、試しに着てみたらどうだ?」

 

 自分が受け取るには相応しくないとアイテムを譲ろうとするが、キリトなりに譲れないものがあるのか、結局押し負けてアスナはメニューを操作する。

 

「おお。似合ってる似合ってる」

「ほっ……本当に?」

 

 そこには、艶のある漆黒のロングコートを恥ずかしそうに着るアスナの姿があった。

 ギャップ萌え……という奴だろうか。キリトがよく目にするアスナとはまた違った印象を抱かせ、彼女の可憐な容姿がより際立って見える。

 というより、正直アスナには何を着させても似合ってしまいそうだと思った。

 

「それで、次の第二層ってどんなマップなの?」

「さてな。それは見てからのお楽しみでいいんじゃないか?」

「それもそうね」

 

 第二層へと続く階段を上りながら、そんな会話を二人は交わす。

 何かが間違えば、ここを上っていたのがアスナ一人の可能性もあれば、二人ともいなかった可能性もあった。

 それが今、こうして二人並んでいるという事実に、アスナは嬉しさのあまり笑みをこぼす。

 

 そして――やがて到着した扉の前で二人は頷き合い、その先の景色を見た。

 それはかつて日、キリトが単独で見た第十一層の景色より、遥かに輝いて見えた。

 

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