初日からPKしたけどデスゲームだったキリトくん   作:〆鯖缶太郎

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報告

 第一層《トールバーナ》にある円形劇場。

 そこが今日、第一層迷宮区のボスである《イルファング・ザ・コボルドロード》との戦闘内容ついて報告する場となっていた。

 報告会まで後五分を切った頃。ついにこの時が来たかと、キリトは気持ちを落ち着かせるように深呼吸する。

 

「キー坊。緊張してるのカ?」

「まぁな」

 

 その様子を見ていたアルゴの問いに、キリトは頷く。

 一方のアルゴは大きく伸びをしながら欠伸(あくび)を噛み殺していた。突然第二層が解放され、新たな《アルゴの攻略本》を夜通し作成していた影響だろう。

 加えて今回の場のセッティングや根回しなど、情報屋も決して楽ではないのだろうなとキリトは思った。

 

「そういえば、アーちゃんの姿が見えないケド……」

「反感を買うかもしれないから、今日は俺一人だ」

「反感?」

「だって、そうだろ? 俺とアスナは、成り行きはどうであれ勝手にボス攻略をしたんだ。そんな抜け駆けをした奴に、他のプレイヤーはいい顔はしないだろ?」

 

 当然のように言ってみせたキリトにアルゴは(しば)し呆然とし、徐々にその意味を理解してあまりの可笑しさにくつくつと笑い始めた。

 

「な、なんだよ」

「なるほどナ。だからキー坊はあんな覚悟したみたいに……。ニャハハ」

 

 アルゴは一通り笑い終えた後、未だ戸惑った様子のキリトに問いかける。

 

「キー坊は、ボスを攻略した後に一回でも《はじまりの街》に行ったカ?」

「いや、行ってないけど……」

「――皆、感謝してたヨ」

「……は? 感謝?」

 

 意味が分からないと、キリトは本気で思った。

 感謝? いつ自分は感謝されることなどしたのだろう?

 ボスを倒したことだろうか? だがそんなものは自分がやらずとも、いつか誰かが勝手にやっていたことだ。

 そうしなければ、現実(リアル)に帰れないのだから。

 時間さえかければ攻略なんてできて当然だ。そうでなければ第百層まで到達できないし、本当にできないのであればあまりにもクソゲーすぎる。

 

 むしろあるとしたら、酷評の嵐だろう。

 二人だけが抜け駆けして、他のプレイヤーの強化する機会とボス討伐というゲームの醍醐味(だいごみ)を奪って――。

 

「キー坊は本気でこの世界(ゲーム)を楽しんでいるのかもしれないけど、他のプレイヤーは違ウ。大多数のプレイヤーにとって……人間にとっては、もうここが死と隣り合わせの現実(リアル)なんダヨ」

 

 アルゴは知っている。あの暗い《はじまりの街》を。そして、希望の光に照らされた《はじまりの街》を。

 

「もし仮に、キー坊の楯突(たてつ)く奴がいても、気にする必要はないヨ。だってソイツは、何千人という人間から敵対視されることになるんだからナ」

 

 そう。今やキリトは、この世界の希望の星なのだ。

 

「さあ、時間ダ。行こうゼ――英雄様」

 

 

 

 

 

 キリトとアルゴが円形劇場に入ると、そこには既に四十名ほどのプレイヤーが集まっていた。

 ソロでいる者、数名のグループでいる者。それぞれが思い思いの場所に腰掛けている。

 目深に被ったフードのせいで容姿が分からない者もいるが、見渡す限りではそのほぼ全てが男性プレイヤーだろう。

 そんな彼らの視線が、時間になってアルゴと共に入場してきたキリトに一斉に集まる。

 その値踏みするような視線に居心地の悪さを感じながら、キリトは全員が見えるようにステージの中央に立った。

 アルゴは付いてくる気がないのか、手をヒラヒラと振って他プレイヤーと同じように、階段状になった石造りの席に腰掛ける。

 劇場が静まり返り全員の視線が自分に集まった事を確認すると、キリトは一つ大きく息を吐き、演説を始めた。

 

「取り敢えず、まずは自己紹介といこうか。俺の名前はキリト。第一層のボスを倒した張本人だ」

 

 ビリッと、空気が震えた気がした。

 アルゴはああ言ったが、ここにいるのは《はじまりの街》のプレイヤーとは違う。

 第一層が攻略される前から、自分達の意思でボス攻略を目指しモンスターと戦闘してきた前線組だ。

 その身に(まと)う武器と防具を見れば、それは明らか。

 果たして彼らは、ボスを倒したと自称した自分を見て何を考えているのだろうか。

 

「話を聞く中で、色々と質問したいことは出てくるかもしれない。だがその都度質問に答えていたら、話のテンポが悪くなる。そう長くはならない。まずは俺の話を聞いて、終わってから質問してくれ。――と、その前に」

 

 キリトは思い出したかのように虚空を縦に切ると、メニューを呼び出す。

 しばらく操作をして一つのアイテムを具現化すると共に、この場にいる全員にあるデータを共有した。

 

「今、ここにいる全員に第一層迷宮区のマップデータを共有した。それを見れば、俺がどうやってボス部屋まで行ったか確認できるはずだ。加えて、これも見せておく。間違っても盗もうなんて考えるなよ」

 

 そう言って、キリトは最前列にいた一人のプレイヤーにそのアイテムを渡し、全員に回して性能を見るように伝えた。

 そのプレイヤーが性能を見て、思わず「おぉっ!」と驚嘆(きょうたん)するのも無理はない。

 何故ならそれは、ボスのLA(ラストアタック)報酬である《コート・オブ・ミッドナイト》なのだから。

 

 全員がその事実を認識し、キリトの元に無事に戻ってきたところで改めて確認を取る。

 

「見てもらった通り、この装備はボス限定のユニーク品である《コート・オブ・ミッドナイト》だ。性能だって、数日前に解放された二層のどの装備よりも高い。これで少なくとも、俺がボス攻略をしたプレイヤーの関係者以上であることは認識してくれたと思う」

 

 そう。そもそもの話、アルゴを除くここにいる全員がキリトに対してある懸念点があった。

 それが「そもそもコイツは本当にボス攻略の内情を知る人物なのか?」ということだ。

 一応アルゴの紹介ではあるが、キリトがとんでもない大嘘つきである可能性は捨てきれない。

 だがボス攻略をしなければ絶対に手に入らず、尚且つまず手放すことはないだろう破格の限定装備を見たことで、少なくともキリトが信用に足る人物だと今ここで(ようや)く分かったのだ。

 

「じゃあ、再開するぞ。と言っても、俺が共有したいのはこの《アルゴの攻略本》にあるβテストの情報と、今回実際に戦闘したボスとで変更点があったことだ」

 

 ストレージから取り出した攻略本を全体に見せつけると、続けて言う。

 

「主な変更点は三つ。まず一つ目。正直これが最重要まであるかもしれないが、ボス戦の開始と同時に入り口の大扉が閉まった。何か条件があるのかもしれないし、外側から開くかも確認できてないが……。不用意なボスの偵察は命取りになる可能性があることを理解してほしい。実際、今回俺がボス討伐に至った経緯も、軽い偵察のつもりで入って閉じ込められたことが切っ掛けだ。脱出するためにはボスを倒すしかなかった」

 

 キリトは自分がボスを倒したことを正当化する意味も込めて、順序的にもこの情報を最初に出した。

 これで「何故ボスを勝手に倒したんだ」などと言うプレイヤーは現れないだろう。

 

「一応確認するが、βテストの際にどの階層でもいい。そういった演出をみた奴はいるか? いたら手を挙げてくれ」

 

 だが当然と言うべきか、手を挙げるプレイヤーはいない。

 その事実を確認したところで、二つ目に移る。

 

「次に二つ目。ボスの取り巻きであるセンチネルの湧きが、恐らく無限になっていた。βテスト通りならボスのHPゲージが減る度に湧く四周期……つまり上限は十二体だった。けど、今回は七周期目まで確認した。いや、周期と言うのは語弊(ごへい)があるかもな。それぞれが単一のポップで、ボスのHPゲージの状況に関係なく倒す度に数秒の間隔をおいて補充されていた。最後はボスを倒したから無限湧きとは断定できないが、可能性は高いだろう」

 

 七周期目(二十一体)まで確認こそしたが、本来はフルレイドパーティー(四 十 八 人)で挑むことが推奨されているのが階層ボスだ。

 それだけの人数がいれば今回の場合、何か理由でもない限り四周期もしない内にボスを討伐したはずなので、この情報は副産物に近い。

 

「そして最後に三つ目。ボスの使用する装備に変更があった。今回のボスであるコボルドロードはHPゲージが残り一本になると、攻撃パターンを変える。だがその装備が、湾刀(タルワール)ではなく野太刀(のだち)になっていた。まぁ、これは純粋な強化点だな。落ち着いて前衛(タンク)が対処すればどうとでもなる」

 

 一先ず、キリトの共有したかったことは伝え終えた。

 

「以上だ。何か質問があるやつはいるか?」

 

 これで全員質問がなく「詳細は後日《アルゴの攻略本》にまとめるから」と解散の流れになれば楽だったのだが、どうやらそうはいかないらしい。

 いの一番に手を挙げた前列のプレイヤーを、キリトは指名する。

 

「じゃあそこの、長髪の青髪の人」

「オーライ。――じゃあ、まずは俺も名乗ろうかな」

 

 指名された男はステージにひらりと飛び乗ると振り向き、全体に聞こえるよう堂々と自己紹介をする。

 

「知ってる人もいると思うけど、君とは初対面だし改めて。俺はディアベル、気持ち的に《ナイト》やってます!」

 

 そんな自己紹介に、先程まで彼がいた一団がどっと沸き、周囲からも拍手や口笛が鳴り響いて歓迎ムードだ。

 人当たりも良さそうで、人徳(じんとく)があるのだろう。

 《アニールブレード》を腰に差した、キリトと同じ片手剣使い(ソードマン)だ。

 暫くして場が落ち着くと、ディアベルはキリトと向かい合った。

 

「まずは最初に、俺が全プレイヤーを代表して感謝させてもらおうかな。今回君がボスを攻略して救われた人は多い。そして、もしここにいるメンバーでボス戦をしても、もしかしたらさっき話したイレギュラーによって死んだ人がいたかもしれない。そしたらどうなっていたことやら……。だから、言わせてくれ。ありがとう、と。」

 

 ディアベルの発言に、場に再び拍手と口笛が鳴り響いた。

 ありがとう。面と向かって実際に言われたことで、キリトの心にかかったモヤが晴れていく。

 

「こちらこそ、そう言ってもらえて嬉しいよ」

「まっ、これで君がボス攻略をしたプレイヤーじゃなくて、代理人とかだったら感謝し損だけどね!」

 

 その発言に、周囲からどっと笑い声が上がる。

 場の空気は充分すぎるほどあったまっていた。

 

「じゃあそろそろ、質問(ほんだい)といこうかな。君がボス攻略をした日、正直俺は自分のパーティーこそが最前線だと思っていた。だからトールバーナに着く前に、転移門が開いたってメッセージがフレンドから来た時には驚いたよ。そこで聞きたい。君は……いや、君達は、一体何人でボス攻略をしたんだい?」

 

 当然の疑問だろうなとキリトは思った。

 ディアベルの発言を誰も否定しないあたり、実際彼とそのパーティーはそれなりの実力者揃いなのだろう。

 

「ボス攻略をしたのは、俺を含め二人だ」

 

 特に隠す気もなかったのでキリトは正直に打ち明けたが、逆にそれが疑わしかったらしい。

 たったの二人? 本当か?

 そんな疑惑に周囲がざわめきだす。

 

「ふむ。人数自体はそこまで多いと考えていなかったけど、二人か。因みにもう一人の仲間はこの場にいるのかな? 後は、その仲間の名前とかも教えてくれるかな?」

「この場にはいない。名前も伏せさせてもらう」

「一応確認するけど、どこかのパーティーに加入したり、その内創設するつもりの俺のギルドに所属する気はあるかい? あったら大歓迎なんだけど」

「いや、今のところはないな」

「そうかい、それは残念だ。気が変わったらいつでも言ってくれよ」

 

 キリトの返答に、ディアベルは本気で残念そうに肩をすくめた。

 

「質問は以上でいいか?」

「そうだね。俺ばかり君と話してたら申し訳ない。一旦ここは引き下がるよ」

 

 そうしてディアベルが元の席に戻り、キリトが新たな質問者を募集するよりも早く、一人のプレイヤーが手を挙げる。

 小柄ながらもがっちりとした体格。特にその茶髪の頭が特徴的で――。

 

「じゃあ次は、そこのサボテン頭の人」

「誰がサボテン頭や!」

 

 関西人なのだろうか。

 思わずキリトが言ってしまったサボテン発言に、間髪いれずツッコミを入れ周囲に笑いを誘った男はステージの上に立つ。

 

「わいはキバオウってもんや。単刀直入に聞くわ。あんさん、ベータ上がりやろ?」

 

 ベータ上がり。つまりは元βテスターかどうかという確認だろう。

 実際それは事実だし、アスナは例外としても、たった二人でボス攻略をしたのだからそれ以外考えられないというのも分かる話だ。

 

「そうだが……。つまり、何が言いたいんだ?」

 

 仮にそうだとして、だから何だろうか?

 質問の意図をはかりかねるキリトに、キバオウは言い放つ。

 

「ハッキリ言うわ。わいはベータ上がりが嫌いや」

 

 簡潔にまとめれば、それはキバオウによる元βテスターへの恨みつらみだった。

 このデスゲームが始まって、九千人近くの初心者を見捨ててすぐにはじまりの街を飛び出した。

 ウマい狩場やクエストを独り占めして、自分達だけどんどんと強くなった。

 確かに《アルゴの攻略本》という形でフォローしたのかもしれないが、最初から声を大にして講習など開けば今よりも犠牲は少なく済んだはずなど。

 

「あんさんに関して言えば、命張って第二層を解放してくれた。そこは認めとるし、感謝もしとる。けどわいは、それでも許せへんのや」

 

 熱弁するキバオウの主張は、確かに的を得ている部分もあった。

 だが、紛れもなく最前線にいたキリトからしてみれば、それはあまりにも偏見が過ぎると言わざるを得なかった。

 

「キバオウさん。アンタの主張は間違ってるよ」

「……なんやと?」

「キバオウさんが言いたいのはつまり、元βテスターが充分なサポートをせずに、勝手に自己強化に走ったからこれだけの初心者の被害が出た、そういうことだろ?」

「せや!」

「じゃあ何で、デスゲームから半月が経って俺とその仲間がボス攻略をするまでの間、そのベータ上がりは誰一人としてトールバーナにすら辿り着けなかったんだ?」

「そんなもん、知ったこっちゃないわ。大方、どっかウマい狩場で引きこもっとったんやないか?」

「それだよ、それがあり得ないんだよ」

 

 確かにキバオウの言う通り、この広大な第一層を探せば比較的ウマい狩場というのはあるかもしれない。

 だがそれは、あくまでも短期的にみた場合に限る。長期的に見たら、あまりにも非効率すぎるのだ。

 

「βテストの期間は二ヵ月。それだけの期間で初見プレイの千人は、第十層まで辿り着いたとされているんだ。単純計算で週に一層以上攻略している。なら、もしキバオウさんの言う通り、事前知識をもった千人のβテスターが己の利のみを考えて自己強化に走ったなら、今頃第三層までは余裕で攻略されているだろうな。だって、そうだろ? いくら第一層にウマい狩場があろうと、第三層のモンスターに比べれば経験値効率が悪すぎる。そんな事をするぐらいならどんどんと先の階層に行って、初心者が立ち入れない場所でモンスターを狩った方が遥かに効率的だ」

 

 そう。そもそもの前提として半月以上経ってなお、ボス攻略をせずに第一層で効率を求めている考え自体が間違っているのだ。

 

「それなのに、トールバーナに半月以内で辿り着いたのは俺と仲間の二人だけ。キバオウさん、あんたさっき言ったよな。ベータ上がりは初心者を置いて、はじまりの街を飛び出したって」

「…………」

「じゃあ、その街を飛び出した連中は、半月の間に何処へ行ったんだ? それまでの間に死亡した千人弱のプレイヤーの内訳に、そのベータ上がりとやらは何人含まれる?」

 

 そう。そのほとんどはつまり、死んだか街に逃げ帰ったか。それしかないのだ。

 

「確かに、俺ら元βテスターの初心者へのサポートが足りない部分はあったかもな。そこは認めるし、あやまるよ。けど、だからといって死んでいったプレイヤーの責任が全てこっちにある訳じゃない。そこは理解してほしい」

「……フン。すまんな、ワイも冷静やなかった。確かにあんさんの言う論にも一理あるわ。悪いな、空気悪くしてもうて」

 

 それ以上言うことはないのか、キバオウは大人しく元の席へと戻る。

 だが、ディアベルが作り上げた和気あいあいとした空気は何処にも存在せず、場もすっかりと冷えてしまっていた。

 

「……他に質問があるやつはいるか?」

 

 こんな状況で果たして質問するプレイヤーはいるのだろうか。

 そう思いながらキリトが辺りを見渡すと、手を挙げているプレイヤーが一人だけいた。

 ソロプレイヤーなのだろう。周囲にパーティーメンバーと(おぼ)しき他プレイヤーはおらず、フードを目深に被っておりここからでは表情を(うかが)い知ることはできない。

 

「じゃあそこの、フードを被ってる人」

 

 男か女か。それすら分からなかったが、立ち上がったその姿は中々に長身であり、ゆったりとした足取りでステージに上がってくる。

 実際に対面してその顔を覗き見れば、真鍮色(しんちゅういろ)の瞳がジッとキリトを見つめていた。

 

「私も他の二人に(なら)って自己紹介をした方がよさそうだね」

 

 若い、落ち着いた男性の声。

 キリトは不思議と、そのプレイヤーから目が離せなかった。

 

「私の名前はヒースクリフ。今はしがないソロプレイヤーさ。早速一つ、質問してもいいかな?」

「あぁ、いつでもどうぞ」

「今回第一層のボスを君と、もう一人のお仲間で攻略したみたいだが……。第二層以降も同じように攻略するつもりかい?」

 

 第二層以降も同じように攻略するかどうか。

 もちろんそれができるのであれば、他プレイヤーと大きく差を広げることはできるだろう。

 だがこのデスゲームをクリアするのであれば、それはハッキリ言って愚策だ。

 そしてこの質問への回答こそが、キリトが今日までずっと考えていたものだった。

 

「――いや、俺ともう一人の仲間は、一旦ボス攻略からは手を引こうと考えている。もちろん、サポートはできる範囲でするつもりだ」

 

 その回答が意外だったのか、少しの間を置いてヒースクリフと名乗った男は再び問いかける。

 

「それは……どうしてだい?」

「そんな攻略を続けていて、もし俺やもう一人が死んだ時にボス攻略が進まなくなる可能性があるからな。それだけは避けたい。そもそも今回、最初に説明した通り俺は第一層のボスを軽い偵察のつもりで入った。結果として閉じ込められたから討伐こそしたが、本当ならフルレイドパーティーが揃うまで待つ予定だったんだ。だからもし抜け駆けしたと思ったなら、そこは勘違いしないでほしい」

 

 そう説明した後に、キリトはついでだと全員に向かって語り掛ける。

 

「今回、ボスとの戦闘中に退避できなくなったのはあまりにも初見殺しすぎる。だからこの第一層のどこかに、何らかのヒントやそれに繋がる情報があると俺は(にら)んでいる。何だっていい。今後のボス攻略のためにも、有益な情報があった場合はアルゴに報告してくれ。……話の途中で悪かったな。他に質問はあるか?」

「いや、その言葉が聞けて満足だよ。私も何か、有益な情報を見つけたら共有するとしよう」

 

 ヒースクリフはそう言い残し、元いた席へと戻っていった。

 

「じゃあ他に、質問のあるやつはいるか? ――いなさそうだな。詳細なことは後日、アルゴの攻略本で出されると思う。その時は全員忘れずに確認してほしい。じゃあ、各々解散してくれ」

 

 

 

 

 

「ディアベルさん。あのキリトとかいうやつの言ってたこと、本当ですかね?」

 

 閑散としだした円形劇場。

 そこでふと、ディアベルのパーティーメンバーの男が先ほどのキリトの発言について考えていた。

 

「そうだね……。にわかには信じがたいっていうのが、正直な感想かな」

「ディアベルさんもそう思いますか? やっぱりアイツ、嘘を付いて……」

「いや、あの情報屋(アルゴ)が保証したんだ。その可能性は低いだろう。だからこそ、信じがたいんだ」

 

 どういうことですか? と、男は首を傾げる。

 

「簡単な話さ。彼の言っていることが全て本当だとしたら、たった二人でボスを討伐したことになる。じゃあ、一体彼らはどういった内訳でボスと戦ったんだろうね」

「えっと……。一人はボスを相手にすることは確定で、じゃあもう一人は……え?」

「そういうこと。もう一人は取り巻きの三体のセンチネルを相手にすることになる。それも偵察のつもりであったなら、事前にろくな打ち合わせだってしてないだろうね。そして仮にも相手は階層ボスだ。人数がいるなら余裕かもしれないが、たった二人が半月程度のレベリングをしてどうにかなる相手じゃない」

 

 そう、普通に考えたらあり得ない。

 一つのミスが死に直結する状況で、一人はボスを相手取り、もう一人は三体のセンチネルのヘイトを管理し捌き切る。

 しかもそれを二十体以上倒す? その間にボスのHPを削り切る?

 果たしてどれだけのPS(プレイヤースキル)があったらそんな事が可能なのだろうか。

 

「できることなら、是非とも仲間に引き入れたいね」

 

 

 

〆〆〆〆〆

 

 

 

 髪を染めることに抵抗がなかったと言えば、嘘になる。

 でも、折角ゲームの世界なのだからと、遠目で見ても目立つように思い切ってピンク色に染めた。

 ここから私の新たな人生がスタートするのだ。

 そう意気込んでいたリズベットはだが、現実を突きつけられて広場で突っ伏していた。

 

 場所は数日前に解放されたばかりの第二層主街区《ウルバス》。

 観光目的のプレイヤーも中にはいるが、やはりここを利用する多くはモンスターとの戦闘に意欲的な前線組だ。

 そんな相手に鍛冶屋として商売をしようと、決して安くない《ベンダーズ・カーペット》という簡易的にプレイヤーショップを開ける絨毯(じゅうたん)まで買ったのだが、結果は見ての通り。閑古鳥が鳴いている状態だった。

 

 何故こんなことになっているのか。

 それはリズベット自身、既に理解していた。

 

 彼女の視線の先――広場の一角にある人だかり。

 そこには自分と同じように絨毯を地面に敷き、自分と同じように鍛冶屋の象徴ともいえる鉄床(アンビル)を置いた男のプレイヤーがいた。

 

「はい。完全に同業者です。どうもありがとうございましたー」

 

 しかもその鉄床の上にあるのは《アイアン・ハンマー》であり、リズベットが使うのはNPC鍛冶屋と同じ《ブロンズ・ハンマー》という始末。

 一応熟練度的にNPC鍛冶屋よりも成功率が若干高いとはいえ、ブロンズがアイアンに勝てる道理などない。

 ここはデスゲームなのだ。

 己の命を託す武器・防具の強化に、態々リズベットの方を利用するプレイヤーなど存在しなかった。

 

 基本的に彼はこの広場にいるようで、リズベットのように圏外に出てモンスターを狩ったり素材集めをする様子もない。

 ソロプレイの弊害だ。

 パーティーであれば彼のように仲間に一任できることも、リズベットは自分一人でやらなければならない。しかも戦闘用にスキル枠を取らなければならないし、鍛冶の熟練度上げも捗らないときた。

 リズベットが圏外に出ている間も彼は商売をして着々と熟練度を上げる。

 

「うん。詰んでるわ、これ」

 

 そう。このままでは何処まで行っても中途半端。

 何でデスゲーム開始早々に生産職に手を出したのかと、リズベットは後悔していた。

 

 さっさと名を上げて《リズベット武具店》を開くという夢は諦めるしかないのだろうか。

 体育座りのままボーっと上空を眺めていたら、その視界内にフードを被った一人のプレイヤーが割り込んできた。

 

「あなたも鍛冶屋なの?」

「え? あっ、はい」

 

 元々得意でもなかった接客の事など忘れて、そんな生返事をリズベットはしてしまう。

 SAOでは珍しい女性プレイヤーだ。フードで顔は隠しているが、パーツは整っていて声まで可愛いときた。

 自分もこれぐらい可愛かったら熱心なお客さんが付いたのだろうかと、くだらない妄想をしてしまう。

 

「でも、私のとこよりも向こうの方がいいですよ。私なんてあの人の下位互換なんで」

 

 そんな自虐めいたリズベットの発言にだが、彼女は思案するように手を口元に添えた。

 

 まさか、客が一人もいない同性の私を見かねて声を掛けた?

 だとしたら申し訳なさすぎるし、自分の命を最優先に考えて欲しい。

 そう考えたリズベットは咄嗟に内情を打ち明ける。

 

「あっ、それに今日で、もう鍛冶屋は諦めようと思ってるから。あはは……」

 

 漸く来てくれたお客さんを前に何を言っているのだろう。

 そんな乾いた笑いを聞いた彼女はだが、真剣な表情でこちらを見つめてきた。

 

「あなた、自分の価値は理解してる?」

「自分の……価値?」

 

 この世界における自身の価値。そんなものが果たしてあるのだろうか?

 リズベットが何も言えずに黙っていると、彼女の口が開く。

 

「あなたは今、この世界でたった二人しかいないプレイヤー鍛冶屋の内の一人なのよ?」

 

 確かに、それは間違いではないのかもしれない。

 世界にたった二人しかいない鍛冶屋の内の一人。そう表現すれば聞こえはいいかもしれないが、だからといって客が付かなければ意味がない。

 

「まぁ……確かにそうかもしれないですけど。でも、お客さんが付かないと意味ないですし。向こうの方が熟練度は上だし。私なんてソロでちまちま強化素材集めとかをやってるから、絶対追い付けないし……」

 

 本当に、何を言っているのだろう。折角自分の事を励ましてくれているお客さんを前にして……。

 我ながら嫌になってくると、リズベットは今すぐにでもこの場から逃げ出したい衝動に駆られ、地面に広げたアイテムをしまおうとしたその時だった。

 

「――凄いじゃない」

「……え?」

「ソロで圏外に出て、二層のモンスターを狩って強化素材集め? この世界で今、何人がその領域にいると思ってるの? しかも、スキルスロットの枠の一つは鍛冶屋でしょ? 断言してあげる。あなたは今、他の誰にも真似できない、とても凄いことをやっているわ」

「あっ……」

 

 第二層が解放され、圏外に出る新規のプレイヤーは徐々に増えている。

 それでも大半は、安全な圏内に留まっている。

 二層で狩りをするのは中級者以上。しかもここは、一度死んだら終わりのデスゲーム。その数はどんなに多く見積もっても三百人が関の山だろう。

 

「そっか。そうだよね。私……凄いじゃん」

 

 この世界に来てからずっとソロで、ろくに交流も無くて、やっとの思いで鍛冶屋になったのに誰からも必要とされなくて。

 今日初めて、この世界で認められた。初めてリズベットという存在を見つけてくれた。

 気付けば頬に、涙が伝っていた。

 でもこれは、嬉し泣きではない。悔しいのだ。何故こんなに頑張っている私を、誰も必要としてくれないのかという悔しさ。

 だから――。

 

「あなた、まだ鍛冶屋を続ける気はある? もしあるのなら、一つ提案があるんだけど」

 

 だから続く彼女の言葉は、リズベットにとって渡りに船だった。

 

「私のパーティーに来ない? 私があなたを、この世界で随一(ずいいち)の鍛冶屋にしてあげる」

 

 見返してやろう。

 誰も無視できないぐらいの、最高の鍛冶屋になってやろうじゃない。

 

 無意識の内に、リズベットは差し出された彼女の手を取っていた。

 

「私の名前はアスナ。よろしくね」

 

 これが後に語られることになる最強の一角である《閃光》と、鍛冶屋として唯一《グランドマスター》に到達した二人の出会いになるとは、今はまだ誰も知らない。

 




【後書き】

 前回が久しぶりの投稿だったから、頑張って早めに仕上げました。
 次回は投稿遅れる可能性大。

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