【仮】GGOのロリっ子配信者   作:タヌキ(福岡県産)

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と、言うわけでアリシゼーション編のプロローグだゾ。

ただ、これはぶっちゃけ改変点を探して予想して楽しんでください的な「ほぼ原作通り」な文面になっちゃってるゾ。そこんところ気をつけておいてくれ。

改変点、探せば色々と見つかるはずだから探してくれよな。……探して(懇願)

あと、アリシゼーション編は若干のオリ設定が出てくる(主に人間関係)から気をつけてね。

次からは原典から外れまくるからね、まあ最高司祭があれだからしゃーないしゃーない(白目)

では、間違い探しなプロローグ、ドウゾ。


復讐の終着点編
プロローグ


どうして自分はこんな所にいるのだろうか。

ユージオは今日幾度目かの自問に、ため息で自答した。7の月3回目の休息日は、少し恨めしくなるほどに陽神ソルスがその身を輝かせるいい天気だった。いつもならルーリッド村の他の子供達と同様に、天職を与えられる前の幼い頃へと戻った様に夕食の時間まで遊びまわっているはずであったユージオは、現在水の入った袋を担ぎ、北へ向かって川辺の道に沿って歩いていた。

目的地はかの悪名高い果ての山脈。魑魅魍魎が跋扈すると言われているダークテリトリーと人界を隔てるその山脈へと向かうユージオの足どりは、快晴の空模様に反してずっしりと重たいものであった。

 

「なんだ、ユージオ。もう疲れたのか?」

「……何言ってるんだよキリト。まだギガスシダーに行く時の距離も歩いてないだろ。そういうキリトこそ、昨日楽しみで眠れなかったりとかで疲れてるんじゃないのかい」

「残念。俺は楽しみな日ほど早く寝る質なんだ」

「こら!また2人でボソボソ喋って、お喋りはいいから足を動かす!お昼までに洞窟にたどり着かないわよ!」

 

そんなユージオの気持ちを知ってか知らずか、隣を歩く幼馴染のキリトがニヤニヤと笑いながらこちらの顔を覗き込んできた。天職が与えられる前の赤ん坊の頃からの付き合いであり、現在は考えるだけでも若干の憂鬱に襲われる天職の相棒でもある彼の軽口に、同じように軽口で返していると、前を歩いていたもう1人の幼馴染であるアリスがこちらへと振り返って何回目かの注意、というよりも小言を言った。まるで従者を嗜める姫君のようなその口調にキリトと2人で苦笑を交わすと、前を行くアリスに置いていかれないように少し歩くペースを速めた。

ユージオ、キリト、アリス。

この幼馴染3人組が何故果ての山脈に向かっているのか。事の発端は、3日ほど前に遡る。

 

 

 

 

 

「それにしても」

 

と、干し果物の瓶から黄色いマリゴの実を摘み上げながら、キリトが言った。

 

「せっかくの旨い弁当なんだから、もっとゆっくり食べたいよなあ。なんで暑いと弁当がすぐに悪くなっちゃうんだろうなあ……」

「なんでって……」

 

そんな駄々をこねる子供のようなキリトの言葉に、ユージオは苦笑を隠さずに答えた。

とある日の昼下がり。「悪魔の大杉・ギガスシダーの幹を、ルーリッド村の先祖が残してくれた《竜()の斧》で毎日50回刻む」という天職に就いたユージオとキリトは、幼馴染のアリスが届けてくれた弁当を3人で食べながら、他愛も無い会話をしていた。いや、ユージオ達が現在果ての山脈へと向かっている理由がこの会話なのであるから、実際他愛も無い会話と言えるかと言われたらそうとは言い切れないのだが。

 

「ヘンなこと言う奴だなあ。夏はなんでも天命の減りが早いに決まってるだろ。肉だって、魚だって、野菜も果物も、その辺に置いとけばすぐ傷んじゃうじゃないか」

「だから、それが何でなんだ、って言ってるのさ。冬なら、生の塩漬け肉を外にほっぽっといても、何日だって持つじゃないか」

「そりゃ……冬は寒いからね」

 

ユージオの模範的な答えに、キリトは聞き分けのない子供のようにぐいっと唇を曲げた。北部辺境では珍しい黒い瞳に、きらきらと挑戦的な光が浮かんでいた。この時、ユージオはまずいぞ、と本能的に感じていた。キリトがこんな目をした時、そしてその傍にアリスがいるときは大抵ロクな目にあわないのだ。……それも、ユージオを巻き込んで。

 

「そうだよ、ユージオの言うとおり、寒いから食べ物が長持ちするんだ。冬だからじゃない。なら……寒くすれば、この時期だって弁当は長い間保つはずだ」

「簡単に言うなよ。寒くするって、夏は暑いから夏なんだよ。絶対禁忌の天候操作術で雪でも降らせる気か?次の日には央都の整合騎士がすっとんできて連れていかれちゃうよ」

「う、うーん……何かないかなあ……ありそうなんだけどなあ、もっと簡単な方法が……」

 

嫌な予感を回避するために、若干きつい口調になったユージオからの反論に、キリトは顔をしかめてそう呟いた。その時だった。今まで2人の会話を黙って聞いていたアリスが、その長いおさげの先に指を絡ませながら口を挟んだのだ。

 

「面白いわね」

「な、何を言いだすんだよアリスまで」

 

ほら、やっぱりこうなった!ユージオはその場で頭を抱えたくなった。キリトの発案にアリスが唆し、ユージオが巻き込まれて何故か最終的にキリトとユージオが怒られる。これがこの3人の基本なのだ。こうなれば目の前で会話を続ける2人はほとんど止まることはない。これが子供の悪戯の範囲内で収まってくれればそう悪いことではないのだが、この2人にかかれば、

 

「氷だ。氷がいっぱいあれば、じゅうぶんに弁当を冷やせる」

「あんたねえ……今は夏なのよ。氷なんか、どこにあるってのよ。央都の大市場にだってありゃしないわ!」

「夏の氷って言ったらあれしかないだろう。ほら、前にユージオの爺ちゃんにしてもらった話。『ベルクーリと北の白い……』」

「おい、やめてくれ、冗談だろ!?」

 

こんなに大事になる。ユージオはキリトの言葉を最後まで聞かず、両手と首を激しく左右に振りながら遮った。

ベルクーリ、というのは、ルーリッドの村を拓いたご先祖様たちの中でも一番の腕前だったという剣の使い手で、初代の衛士長を務め、なんとあの《四帝国統一大会》を見事に勝ち抜き、人界にその権威を知らしめる公理教会の最高司祭様から人界の守護者の代表である整合騎士に任ぜられたとされる伝説の人だ。しかしなにぶんもう300年も昔のことなので、口伝てに幾つかの武勇伝が残っているだけだが、キリトが口にしかけたのは、その中でも最も奇想天外な話の題名だった。

 

ある夏の盛りの日、村を訪れた貴人の護衛をしていたベルクーリは村の東を流れるルール川に、大きな透明の石が浮き沈みしているのに気づく。拾い上げてみるとそれはなんと氷の塊で、不思議に思ったベルクーリと、彼が見つけた氷の塊に興味を引かれた貴人がひたすら川沿いを上流へと歩き続ける。やがて彼らは、人界の終わりたる《果ての山脈》に辿り着き、尚も細い流れを追っていくと、そこには巨大な洞窟が口を開けていた。

吹き出してくる、凍えるような風に逆らってベルクーリとその貴人は洞窟に踏み込み、いろいろな危険を乗り越えて一番奥の大広間まで辿り着く。そこで彼らが見たのは、人界の東西南北を守護すると伝えられる巨大な白竜だった。大小無数の財宝の上で体を丸めた竜が、どうやら眠っているらしいと気がついたベルクーリは、引き止める貴人の言葉に耳を貸さず剛胆にも忍び足で近づく。そして宝の中に一本の美しい長剣を発見し、どうしてもそれが欲しくなる。眠り続ける竜を起こさないよう、そうっと剣を手に取り、さて一目散に逃げ出そうとしたその途端—————というのが大まかな筋だ。題は『ベルクーリと北の白い竜』。

いかな悪戯好きのキリトと言えど、まさか村の掟を破って北の峠を越え、本物の竜を探しに行こうなどと考えているわけではないだろう。半ば祈る気持ちで、しかし何となく返答は予想できながらも、ユージオはおそるおそる訊ねた。

 

「つまり、ルール川を見張って、氷が流れてくるのを待とう……っていうこと?」

「ふんっ、そんなの待ってるうちに夏が終わっちゃうぜ。別に、ベルクーリとその貴人さんの真似して白竜を見つけようってわけじゃないよ。あの話だと、洞窟に入ってすぐのところにでっかいツララが生えてたって言ってたろ?そいつを2、3本折ってくれば、実験にはじゅうぶん間に合うはずだ」

「だからってお前……」

 

ある意味予想通りの回答に、しかしユージオは数秒間絶句してから、傍らを振り返って、代わりにこの無鉄砲小僧を諌めてくれないものかとアリスを見た。

……まあ、今思えば、これまでの経験上アリスにそんな役目を任せようとしたのが間違いだったのだとはっきりと分かるのだが。

 

 

 

 

 

そして、その後面白がったアリスの屁理屈とも言える強引な理論で納得させられた2人は、こうして休息日である今日、伝承と同じようにルール川に沿って果ての山脈へと向かっている訳だった。柔らかい下草をさくさく踏んで歩くアリスを先頭に、半ば自動的に荷物持ちとされたユージオとキリトが続く。左側から天蓋のように張り出す木々の枝が日差しを遮り、また右の川面から立ち上る涼気のせいもあって、ソルスが空高く昇った後も3人は心地よく歩くことができた。

だからだろうか。

半日も歩いていないだろうという時間。まだソルスも空の頂点までは昇りきっていない時点で《果ての山脈》らしき岩壁が見えた時、ユージオ達は驚いてその足を止めていた。左右に広がっていた森は突然切れてなくなり、ルール川は切り立った崖の根元にぽっかり口を開けている洞窟にその姿を消している。

 

「もう着いたのか……?これが、果ての山脈……なのかよ……?少し早すぎないか……?」

 

隣に立つキリトが、信じられない様子で、ぽかんと開けた口からそんな言葉を漏らした。同様に、アリスも青い瞳をいっぱいに見開いたまま囁く。

 

「じゃあ……《北の峠》ってどこだったの?私たち、気づかずに通り過ぎちゃったわけ?」

 

言われてみればその通りだ。村の子供、もしかしたら大人にとっても絶対的な境界線であるはずの峠を、そうと知らずに通過してしまうなんてことがあり得るのだろうか。思い返してみれば、双子池から30分ほど歩いた所にちょっとした上り下りがあるにはあったが、まさかあれが北の峠だったのか。

半信半疑で来し方を振り返るユージオの耳に、アリスのいつになく神妙な囁き声が届いた。

 

「あれが果ての山脈なら……あの向こうが、闇の国ってところなの?だって……私たち、もう4時間くらいは歩いたけど、でもその程度じゃザッカリアの街にだって着かないわよ。ルーリッドって……本当に、世界の端っこにあったのねえ……」

 

と、そこまでは神妙な顔つきだったのだが、その次の瞬間にはいつもの雰囲気へと戻ったアリスは、

 

「ま、とにかくここまで来たならもう中に入ってみるしかないよね。その前に、お弁当にしましょう」

 

そう言って、キリトの手から籐かごを取り、短い下生えが灰色の砂利に変わるぎりぎりの場所に腰を下ろす。待ってました、もう腹ペコだよ、というキリトの歓声に促されるようにしてユージオも草の上に座り込むと、今まで感じていなかった心地よい疲労感と空腹感が体を包んだ。香ばしいパイの匂いに食欲をそそられると、胃袋はここぞとばかりに空腹を訴える。

いただきますも言わずにパイへと手を伸ばしたユージオとキリトの手をぺしぺしと叩いて撃退したアリスは、素早く印をきると料理の《窓》を次々に引き出した。そして全ての食べ物の天命にまだ余裕がある事を確認してから、魚と豆のパイ、林檎とくるみのパイ、干したすももを配ってくれる。更に、ユージオが下ろした水袋に詰められたシラル水を木製のカップに注ぎ、これもまた悪くなっていないかを確認する。

ようやくお許しが出た途端、2人は弾かれたように勢いよく魚のパイにかぶりついた。

キリトが、かぶりついた魚のパイをもぐもぐと咀嚼しながらも聞き取りにくい声で言った。

 

「そこの洞窟で……氷がたくさん見つかれば、明日の昼飯はこんな慌ただしく食わなくてもよくなるんだよな」

 

口の中身を胃に送ってから、ユージオは首をひねりつつ答えた。

 

「でもさ、よく考えてみると、うまく氷を手に入れても、その氷自体の天命はどうやって保たせるんだい?明日の昼までに溶けてなくなっちゃったら何の意味もないだろ?」

「む……」

 

そこまでは考えていなかったらしいキリトが眉をしかめると、アリスがすまし顔で言った。

 

「急いで帰って、うちの地下室に入れておけば一晩くらいは大丈夫でしょう。まったくあんたたちは、それくらい最初に考えておきなさいよ」

 

またいつもの様にそそっかしさを指摘されてしまい、ユージオとキリトは照れ隠しにがつがつと食事を頬張った。それに付き合ったわけでもないだろうが、アリスも普段より早いペースでパイをペロリと平らげ、シラル水を飲み干す。

空っぽになった籐かごに料理を包んでいた白布をきちんと畳んで収めると、アリスは立ち上がった。3つのコップを持ってすぐ傍のせせらぎまで歩き、川水で手早く洗う。途中「うひゃ」という妙な声をあげながら作業を終え、エプロンで手を拭きながら戻って来たアリスの掌はすっかり赤くなっていた。

 

「川の水、すっごい冷たいよ!真冬の井戸水みたい」

 

その手の赤さに、思わずユージオは手を伸ばし、アリスの手を包み込んでみた。確かに、真冬の村の井戸水を触った後の様な冷たさが伝わってくる。

 

「ちょっ……やめてよ」

 

少しばかり頬をその掌と同じ色にさせながら、アリスはユージオの手の中からすぽんと自分の両手を引き抜いた。それでようやくユージオも自分が普段なら決してやらない様なことをしてしまったことに気づき、慌ててかぶりを振る。

 

「あっ……いや、その……」

「さて、そろそろ出発しようか、お二人さん」

 

それを見たキリトが助け舟のつもりなのか茶々を入れただけなのか、そんなことを言うのに若干の苛立ちを覚えながらも、ユージオは先ほどよりも少し荒っぽく水袋を担ぎ上げ、洞窟の入り口を目指して歩を進めた。

 

 

 

 

 

「……まったく」

 

アリスは、本日8回目となるため息をつき、前で間抜けなやり取りをする2人の幼馴染に呆れ声をあげた。それに2人が反応するよりも早くエプロンのポケットに手を伸ばし、数時間前、この小さな冒険に出発する前に摘み取った草穂を取り出した。そして、その草の先端に掌を添え、目を閉じて意識を集中させる。「システム・コール」と、何回も唱えたおきまりの文句を口ずさみ、村の教会で学んだ術式句を唱えると添えていた手を離し、ステイタシアの窓を開く時よりも複雑な印を切る。

すると、丸く膨らんだ穂の先にふわりと青白い光が灯った。それはたちまち強さを増し、洞窟の暗闇をかなりの距離まで遠ざける。

 

「うおっ」

「わあ……」

 

初めてステイタシアの窓を出すこと以外の神聖術を見たのだろう、驚いた様子の幼馴染たちに少し得意げな気持ちになりながらアリスはユージオに向かってその光る草穂を握らせた。ひええ、と情けない声で抗議する彼をすげなく一蹴してから、3人は洞窟の奥へと向かっていった。

入り口近くに巨大なツララがある、とキリトは言っていたが、どうやらその様なものは見当たらない。まあ、300年も昔の話なのだ、実際とは若干違った所もあるのだろうと思いつつ、アリスは先程から考えている一つの懸念を口に出した。

 

「……ねえ、ほんとに白竜に出くわしたら、どうするの?」

「そりゃ……逃げるしか……」

 

アリスの囁き声に、同じ様にしてひそひそとした声で答えたユージオも同じような不安を抱いていたらしい。が、それに被さるようにしてキリトの脳天気な声が響く。

 

「だいじょーぶだって。ベルクーリと貴人さんが白竜に追っかけられたのは、宝剣を盗もうとしたからだろ?いくらなんでもツララを取ることくらい許してくれるさ。……うーん、でもなあ、できれば剥げたウロコの1枚くらい欲しいよなあ……」

「おい、何考えてるんだよキリト」

「だってさぁ、本物の竜を見たって証拠を持って帰ったら、ジンクたちが死ぬほど羨ましがるぜ」

「冗談じゃないよ!言っとくけど、僕たちはベルクーリについてった貴人様みたいに優しくはないからな!もしお前が竜に追っかけられたら、僕たちは見捨てて逃げるからな」

「おい、声が大きいぞユージオ」

「キリトがおかしなことばっかり言うから……」

 

いつもの如く軽口の応酬を始めた2人に呆れながら、アリスはてくてくと先行する。その時、彼女の踏み出した右足が何かを踏み破ったらしく、ぱりん、という音が洞窟に響いた。そこまで大きくはない音だったが、その甲高い音は徐々に声が大きくなっていた2人が気がつくのには充分な大きさであったらしい。慌てて近づいて来たユージオの持つ草穂の光に照らされたものを見て、アリスは驚きの声をあげた。

 

「見て、2人とも。これ氷よ。多分この先にもっとあるはずよ」

「……あっ、あれなんかそうじゃないか?いっぱい光ってるやつ」

 

アリスの声に反応したキリトが指差した方向を3人で見ると、そこには無数の小さな光点が、ちかちかと青白く瞬くのが見えた。もう白竜のことなどすっかり忘れ、半ば小走りにその方向を目指す。

さらに100メルほど進んだか、と思えた時だった。突然、左右の岸壁が消えた。

同時に、息を呑むほどに幻想的な光景が、3人の前に出現した。

 

氷でできた湖だった。

湖のそこかしこから、不思議な六角柱が突き出している。

宝石のようなそれも、湖全体を覆うように広がるドーム状の場所も、全てが氷で出来ていた。

 

アリスも、その隣の2人も、半袖から出た肌を刺す寒さも忘れて、白い息を吐き出しながら、たっぷり数分間ほど立ち尽くしていた。

やがて、アリスは微かに震える声で言った。

 

「……これだけ氷があったら、村中の食べ物を冷やせるわね」

「それどころか、しばらく村を真冬にだってできるぜ。……なあ、奥の方に行ってみよう」

 

キリトはそういうや否や、数歩進んで氷の湖に足を乗せた。徐々に体重を預け、やがて両足で踏むが、かなりの厚さで凍りついているのか軋む音ひとつ聞こえない。

いつもなら、ここでキリトの無鉄砲を諌めるユージオも、この幻想的な空間では好奇心を抑えきれないらしい。神聖術の灯りを高く掲げ、ユージオはアリスと一緒にキリトの後を追った。足音を立てないように慎重に、巨大な氷柱の影から影へと伝うように湖の中心を目指す。もしも本当に人界の東西南北を守護すると言われている白竜がいたらどうしようか。いや、その前にもしも白竜が勝手に住処に忍び込んだ自分たちに怒り出したらどうしようか。

アリスは、だんだんと中央に近づくにつれ、そんな不安に襲われた。何故ならば、教会で学んでいたアリスは知っていたのだ。

()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

が、しかし。アリスの心配は杞憂に終わった。

 

「……なんだ、いないのか」

 

キリトのつまらなさそうな声が氷のドームに反響する。

湖の中央へと辿り着いたアリスたちの目の前には、堂々たる姿をした白竜の姿は無く。代わりに、鞘に収まった1本の剣と思しき棒状の物体がそこに横たえられていた。

 

「これって、剣……だよね」

「ああ。……でも、これは……」

 

アリスの声にキリトはなにかを考えているような声音でそう返すと、躊躇いなくその剣を握り、ふらふらとよろけながらも1メルほど引きずってアリスたちの元へと持ってきた。白竜の宝と思われるものを躊躇なく持ってきたキリトの剛胆さに呆れながらも、アリスとユージオは彼が持ってきた剣をまじまじと見つめた。

長年使い込まれていたと思われるその灰色の剣は、昔話に出てきた《青薔薇の剣》と呼ぶには些か無骨であった。しかし、その刀身は鞘に収まった状態であっても剥き身であるかのような鋭い気配を3人に感じさせる。間違いなく名剣ではあるのだろう、と剣の知識は無いに等しいアリスたちに感じさせるその剣を、キリトが柄を両手で握って床から持ち上げようとした。だが、全力を振り絞っても氷の床からほんの10セン引き離すのが精一杯のようだった。

 

「……だめだ!」

 

叫んだキリトが両手を離すと、長剣はずしんと重い音を立てて再び床の上に落ちた。分厚い氷に小さくひび割れが入ったところを見ると、その重厚な見た目にふさわしいだけの途轍もない重量があるらしい。

 

「……どうするの、これ?まさか、持って帰るだなんて……」

「無理無理、俺たち2人がかりでも、とても持って帰れないよ。あんな木こり斧ですら、毎日ひいこら言ってるんだから。……他の宝は見当たらない所を見るに、これは盗めっこ無いってことで放置されてるのかなあ……」

「そもそも、白竜の宝を持って行く気にはなれないわ、私」

 

神妙なアリスの声に、2人は同時に頷く。キリトだって、これがなんなのかが気になっただけで、本気で持って帰ろうなどとは万が一にも思えなかった。

竜の巣から宝を盗ってくる。それは他の子供達に自慢できる冒険話ではあるし、禁忌目録に規定された《盗み》の範疇には入っていないために大丈夫ではあるのだが。しかし禁忌目録に載っていないからといって、なんでもしていいという訳ではない。

 

「……そう言えば、今の時期は央都で整合騎士達が会議を開いている時期なんだっけ」

「あー、人類守護なんちゃらかんちゃらって奴だろ?……それに白竜が出席してるって?おいおい、相手は竜だぜ?」

「はいはい、白竜が留守の理由は後でいくらでも考えれるでしょう。それよりも、今は予定通りに氷を集めましょ」

 

うんぬぬ、と踏ん張りながら元あった場所に剣を戻したキリトとユージオに、ぱんぱんと手を叩きながらそう言ったアリス。その彼女の言葉に従って、ユージオはすぐそばの氷柱に歩み寄ると、その根元から新芽のように無数に伸びる小さな氷の結晶を靴で蹴飛ばす。ぽきんと心地よい音と共に砕けた塊を拾い上げ、差し出してきたそれを、アリスは空の籐かごの蓋を開け、中に収めた。

3人はしばらく無言で、氷の欠片を作っては籐かごに詰め込む作業に没頭した。氷柱の根元が綺麗になると、次の氷柱に移り、また同じ事を繰り返す。ほんの数分で、大きな籐かごは青くて透き通る宝石にも似た結晶でいっぱいになった。

 

「ねえ、私たち、どっちから入ってきたんだっけ?」

 

そして、氷を集め切ってからしばらくして。アリスのそんな言葉を皮切りに、3人に「道に迷った」という事実が重くのしかかった。3人がそれぞれ自分たちがやってきたと思う方向を指差すも、それぞれバラバラの方向で「ユージオが踏み割った氷の跡があった方が元の道」というアリスの案によって、3人はまず手始めに一つ目の水路へと向かっていった。

そして、踏み割った氷の跡は見つけられなかったものの、外から吹いてくる風の音に誘われた3人がその音の聞こえた方へと向かうと、そこはいつもの見慣れた世界ではなかった。空は一面真っ赤、しかしそれはソルスの光ではなく。

空に羊の血をぶちまけた様な、そんな不気味な空が広がる世界を見て、キリトは掠れ切った声を出した。

 

「ダーク……テリトリー……」

 

公理教会の権威が及ばない場所、闇神ベクタを奉ずる魔族の国。村の古老たちの昔話にしか存在しないと思っていた世界が、ほんの数歩先に広がっていた。そして、3人の脳裏に禁忌目録の最初に書かれてある一文が幾重にも重なった声と共に響く。「何人たりとも、人界を囲む果ての山脈を超えてはならない」。

そう、これ以上進んではいけない。公理教会が定めた絶対遵守の法「禁忌目録」に逆らってしまうから。そうなんども自分自身に言い聞かせる様にしていた3人は、その真っ赤な空に2つの絡み合う影が見えた。

 

「あれは……」

「何で、整合騎士が、ここに……?」

 

 

 

 

 

そして、それが彼らの命取りになった。

 

 

 

 

 

「シンギュラー・ユニット・ディテクティド。アイディー・トレーシング。コーディネート・フィクスト。リポート・コンプリート……しっかし、まだこんなチビっ子が禁忌目録違反を犯すとはなぁ……まあ、お仕事ですからね。対処はさせてもらいますけれど、っと」

 

 

 

 

 

どの様にしてルーリッド村まで辿り着いたのか、ユージオはよく覚えていなかった。けれども、果ての山脈から帰る道の途中、頭上高くを飛び去る整合騎士の影を見て、凄まじい悪寒が身体中を駆け抜けたのは確かだった。そして、村にたどり着いた時に、村の広場に佇む整合騎士を見た途端に、ユージオは自分の足元が崩れ落ちて行く様な感覚に陥った。見ると、キリトも同じように愕然とした様子で広場の中央に佇む整合騎士と、それに向かって跪き、頭を垂れる村人達を見ていた。

 

「嘘、だろ……あんな、あんな事で……」

「……お父様……?」

 

その整合騎士の前に、アリスの父親でありルーリッド村の村長でもあるガスフト・ツーベルクがいることに気がつき、ユージオは自分の体を貫いた悪寒が現実になった事を理解した。そのガスフトは、整合騎士の前で公理教会の作法に従って、体の前で両手を組み、一礼していた。

 

「ルーリッド村の村長を務める、ツーベルクと申します」

 

その声を聞き、ガスフトよりも拳2つ分ほども上背のある整合騎士は、微かに鎧を鳴らしながら頷くと、そこで初めて声を放った。

 

「ノーランガルス北域を統括する公理教会整合騎士、ベルクーリ・シンセシス・ワンが代理、デュソルバート・セルルト・セブンである。公務により、ガスフト・ツーベルクの子、アリス・ツーベルクを禁忌条項抵触の咎により捕縛、連行し、審問ののち処刑する」

 

人間から出たとは信じがたい、異質な響きを持つ声だった。その声を聞いたアリスが、小さく肩を震わせた。しかし、その声に当てられたようにユージオもキリトも、声を出すことはおろか身動きひとつ出来なかった。禁忌条項抵触の咎により捕縛、連行し、審問ののち処刑する。目の前の整合騎士が言った言葉が、ぐるぐると頭の中を巡る。

村長もまた、その逞しい身体を一度ぐらりと揺らし、しかしすぐにその動揺を覆い隠すと、艶を失った声で問いかけた。

 

「……騎士閣下、我が娘が、いったいどのような罪を犯したというのでしょう」

「禁忌目録第1章3節11項、ダークテリトリーへの侵入である」

 

その声が聞こえた瞬間、ユージオとキリトは半ば本能的に動いた。どよめく大人達の後ろへとアリスを引っ張っていき、彼女の前に身体を割り込ませ、ぴったりと互いの肩をくっつけて、背後の少女を村人の目から隠す。しかし、それ以上動くことは村人の目を引いてしまう為に出来なかった。

しかし、その行動すら無駄だった。

 

「汝と、汝に命ずる。そこにいる娘を、ここに連れてくるのだ」

 

その声で、全てが終わってしまった。

割れる人垣、奇妙な虚ろな目をした村人に捕らえられ、連れて行かれるアリス。

キリトが抵抗した際に石畳の上に押し倒され、持っていた籐かごから集めた氷が溢れた。

父親であるはずのガスフトは何も言わずにアリスを禍々しい拘束具で縛り上げ、飛龍へと繋いだ。

 

「騎士様!!」

 

ユージオは、根が張ったように動かない自分の足に動け、動けと念じながらも、必死に目の前の整合騎士に向かって声を張り上げた。

 

「ア……アリスは、ダークテリトリーになんか入っていません!片手を、ほんの少し地面に触れさせただけなんだ!それだけ……」

「それ以上どのような行為が必要であろうか」

 

しかし、それすらも切り捨てられた。

整合騎士から命じられた村人たちに引きずられ、広場から出されるまで、キリトは狂ったように激しくもがき、抵抗していた。

けれども、ユージオは動かなかった。否、()()()()()()

目の前にいまにも連れて行かれそうになっている幼馴染がいるというのに、もう1人の幼馴染は必死に抵抗しようとしているのに。

禁忌目録に逆らってはいけない、絶対である。逆らう事は許されない。何人たりとも、逆らってはいけない。

そんな言葉が、まるで呪詛のように頭の中をぐるぐると駆け巡り、頭を貫くような痛みが走った。

 

そして。

 

 

 

アリスを鞍に縛り付けた飛龍が空高く舞い上がり、央都へと向けて飛び去っていった。

 

 




一応(原作で名前が判明している)各整合騎士のエピソードも考えてはいるんだけど、それ書きだすと原点の如くアリシゼーション編が本編の合計よりも長いとかになっちゃうからやめますね(鋼の意思)

ベル(真)は次に出てくるけど、ベル(配信者)の出番……は、しばらくないかもしれませんねぇ……

最終不可実験編まですっ飛ばすつもりではいるけど、すっとべなかったらすまぬ……すまぬ……

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