サリーが僕の身体に宿ってからしばらくの時が経った。左手の手の甲には邪眼、掌には口が形成され左腕から胸元にかけては黒い皮膚を覆うようにして蝶の羽が形成されている。今や僕の左半身はほぼサリーの身体と化していた。
「ガルル………」
『──────!??』
左腕を見て『気持ち悪……』とかぼやいたディーヴァに手の甲の邪眼がひとりでにレーザーを放つ。でもそれをディーヴァは咄嗟に氷壁を展開すると、反射によって僕の方へと撃ち返してきた。……って痛いな!?身体貫通したんだけど!??サリーの身体が僕のものってこと忘れてない!?
「!!……………??」
「いや、大丈夫だけどさ……二人ともあんま喧嘩しちゃダメだよ。ディーヴァもサリーに酷い事言わないの。」
僕が膝をつくとディーヴァが大慌てで駆け寄って僕の頭を前脚で撫でてきた。腰を下ろして胸元の傷を冷たい舌で舐め、自分の脇腹に寄りかかって休めと身体の向きを変えて促してくる。
お言葉に甘えてディーヴァに身体を預けると、黒い体毛がモフっと反発した。……この子の身体気持ちいいんだよなぁ。モフモフなのにひんやりしてて。特に最近は毛並みとか気にしてるのか、前にも増して触り心地が増している。
このプリティヴィ・マータもね……サリーが来てからだいぶ変わってさ。サリーに似て過保護になったっていうか。サリーみたいに名前付けてっておねだりして来たから「ん?」って思ったけど、実際のところはどうなんだろうか。サリーと違って表情とか分かりにくいからね。
とはいえ付き合いが長くなって来たのも事実だし、能力を用いる時の叫びが妙に甲高くてよく響くから。
どうも僕がサリーとベタベタしてるもんだからそれ真似してるだけっぽいんだけどね。でも僕が顔埋めてモフモフやってるとめっちゃ尻尾振ってた。これやっぱ喜んでんのかな………?
あと左手の邪眼をちらりと見るけど、サリーはサリーで気持ち良さそうに目を閉じていた。僕と感覚共有されてるからだろうけど、さっきのが嘘みたいに大人しいな??てっきり『この泥棒猫もう生かしちゃおけねぇ』くらいブチ切れると思ったのに。モフモフは許してくれるのか。
『──────────。』
………元の身体戻ったらこんなのよりもっと凄いことしてあげるからって。待ってマジで。なに凄いことって。いやサリーと思考共有してるから分かるけどさ。え……頑張ろ。サリーの身体絶対見つけよ。
サリーが勝ち誇ったようにディーヴァを見つめると、何故かディーヴァもちょっとムッとした顔をする。……うーん。やっぱよくわからないなこの子は。気があるのかどうなのか微妙なところで。気があるとしたらそれはそれで困るんだけどね。僕の本命はサリーなんだから────
「ガオ!!」
突然ディーヴァが吠えると同時。僕の目の前に氷壁が生成され、更にその向こう側で大爆発が起きた。な……なに!?何事!?なんの爆発!??
あ……やっぱ顔顰めたのサリーのせいじゃなかったんだね!?なんかの気配に気付いてたんだね!何これ敵襲!??
ディーヴァがゆっくり身体を起こすのに合わせて僕も急いで身体を浮かす。そうして氷壁が音を立てて崩れると、今まさに爆撃を引き起こした元凶の姿が目に入ってきた。
「なっ……!僕の華麗な一撃をガードした!?なんだいこの奇妙なアラガミは!!」
「おいおい先走るなよ新入り。今回の任務はあくまでそこの人型だ。」
「まさかあたし達の方が出くわすなんてね。あれやったら報酬いくらだっけ?」
神機使い……それも四人組。ここ最近見られてたのは知ってたが、やはり僕のことを付け狙っていたのか。くっそ全然接近に気付けなかった。サリーが左手にいるから今は戦いたくないのに……
でも僕と違ってサリーはイチャイチャを邪魔されてお冠らしく。手の甲の邪眼から空中にレーザーを放つと、それを神機使い達に向けて降り注がせた。
「っと、撃ってきたぜ。お前らはあの白いヴァジュラ止めてろ。あいつは俺がやる。」
「了解。」
「ちゃんと報酬は山分けしてよ隊長!!」
神機使い共はサリーのレーザーを散開して回避。隊長格のロングブレードを握った奴がこっちへと向かってきた。残りの三人はディーヴァの方へと……ちっ。どうしたもんか。ロングブレードって見るとリンドウさん思い出すからな。どうも苦手意識がある。
ひとまず蝕刃を右手に形成し、それで振り下ろされるロングブレードを受け止める。今回はディーヴァに人が行ってるおまけにブラストしか遠距離使いがいないから後方支援は警戒しなくていい。1対1なら余程実力差がなきゃそう不利にはならないはず。
「!??……なんだこのアラガミ……神機だと!?」
そして切り結んで思い出したんだけど。僕は神機が喰えるアラガミでこの神機擬きの蝕刃は捕喰器官を兼用している。要するにこの蝕刃で斬ったものは捕喰できるんだよ。それが例え神機であってもね。
僕の能力を見て固まった隙に蝕刃をそのまま振り抜くと、ロングブレードが根元からへし折れて刃が神機使いの青年の腹を一閃した。胴体が上下に泣き別れして、流血と共に男の内臓が乾いた岩の上に撒き散らされる。
一撃にして一瞬。神機使いを屠るのはそれだけ呆気ない事だった。いや、リンドウさんとは比べ物にならないくらい弱かったせいだと思うけどね。え、こんな簡単に神機使いって殺せるの……いや。こいつが弱いだけじゃない。この僕の神機擬きが凶悪過ぎるんだ。打ち合った神機を一撃で破壊できるとか。
警戒が誤算であったと気付いて口元が軽く緩む。真っ二つになった青年は血が逆流して喉を詰まらせてるのか、言葉を発することも出来ずに恐怖と絶望に染まった目で僕を見ている。……生命力があるから即死出来なかったんだね。可哀想に。
「……そういや前は神機使いを喰おうとして酷い目に遭ったんだよね。」
『────────。』
うん。絶好のチャンスになったってわけだ。………なんで人間を狙っていたのかはもう思い出せないけどさ。なんか僕の身体に必要だって確信はあるから。殺したついでに頂くとしよう。
脈打つ蝕刃を叩きつけるようにして青年の喉元に振り下ろす。そうするとグチュッという音と共に刃が肉にめり込み、周りの部分が衣類もろとも蝕刃へと取り込まれていく。そして同時、僕の身体にもどこか懐かしい感覚が走る。
なるほど……アラガミとは全然違う味だ。初めて口にする味と言ってもいい。これは美味い。それに凄く頭がスッキリする。なんて新鮮な気分なんだ。こんな晴れやかな気持ちは生まれて初めてだ。
【ハハ……ハハハ……………っ?】
そして思わず漏れた
ならばと今度は蝕刃を脳に向けて振り下ろした。脳髄をぶちまけて頭骨諸共ごっそり捕喰すれば、これはまた思った通りだった。僕の頭の中に今口にしたこの男の記憶が流れ込んでくる。神機の振り方。言い渡された任務。人間関係。こいつの体験した全てが僕の頭へと流れ込んでくる。
すごい。これは素晴らしい。僕の身体が求めるわけだ。人間や神機使いは僕が求める最高の餌そのものだったか。身体に流れ込んでくる未知の感覚に左半身のサリーまでもが困惑と興奮を隠せないでいた。もっと食べてみたいと穏やかなサリーにしては珍しく僕のことを急かしていた。
だから既に喰い散らかされた死体となった男に蝕刃を振り下ろす。それは何度も何度も。肉片のひとつすら残すことなく蝕刃で身体に取り込み、その全てを我が全細胞を以て学習し、模倣を試みる。
………流石に姿形を模倣するには量が足りないか。真っ黒な皮膚が部分的に肌色になっただけで、とても形質の変化までは出来なかった。人間はアラガミに比べて小さいからね。この分だと何十人かは喰わないとダメだろう。
とは言ってもまだだ。まだディーヴァが相手している人間が三人いる。女一人に子ども二人。さっき喰った男の部下だったみたいだね。しかも女の方は付き合ってたらしい。流れ込んできた記憶で任務前にキスしてんのが見えた。
蝕刃に付着した血が完全に取り込まれると、身体を軽く浮かせてディーヴァの方へと向かう。神機使い共に奇襲された時は結構ビビったが、どうやら今回のは相当幸運だったらしい。
極東支部とリンドウさん達に感謝しなきゃ。極上の餌をありがとうってな。
色々遅すぎましたねこの子。