神様にされたら愛され過ぎてヤバい件について。 作:Am.
「………ほらソロモン。着いたよ。」
ジゼルの部屋を出た後、僕は彼女に手を引かれる形で無機質なガラス張りの部屋へと導かれた。その中央には見覚えのある物々しい機械がポツリと置かれており、中には既に巨大な武装が設置されている。
神機技術研究所。広大なロシア支部でそう呼ばれる別棟に、神機の適合試験を行う設備は存在した。この区画には普通の神機使いは最初に神機の適合試験を行う時以外、大半は二度と訪れる事は無いという。
しかし中に並ぶデスク上や引き出しなどは開け放たれ、無造作に散らかっていた。このロシア支部を襲撃した際、ここの技術者達が慌てて資料を持ち出したのだろう。現に残っている資料には、これと言った有意義な情報は残っていなかった。
ただその過程で、僕は中央の神機の適合試験の施術台の操作マニュアルを発見した。幸い機械自体の操作はそう難しいものではなく、神機と対応する腕輪をセットすれば後はボタン一つで施術を行えるらしい。
そして傍にあった案内図を見る限り、肝心の神機と対応した腕輪は………専用の保管庫にセットで保存されているとの事だ。適合者が見つからない神機は総じてそこで埃を被る事となり、新型神機もそこにあるはずなのだが。
………どういう訳か、先に保管庫に神機を探しに行ったジゼルが戻ってこない。どうかしたのだろうか。
「………見に行くか。」
説明書を始めとした資料や案内図にも目を通し終えた僕は、ゆったりとした足取りで保管庫へと向かいかける。が、その時だった。突如として、ジゼルが血相を変えて僕の方へと走ってきた。
「ジゼル?どうした、そんな慌てて────」
「やっばいソロモン。ここ、何故か新型神機が置いてなくて……」
「は。」
思わず素の反応が出てしまう。が、先ほど見つけた説明書をジゼルに渡して入れ替わりで保管庫へ向かえば確かにそこには無数の神機が吊り下げられる形で保管されていた。
それらは柄の部分には対応した腕輪が引っ掛けられており、取り外せば直ぐに適合試験を行えるようになっている。しかしジゼルの言った通り、そこに新型神機の姿は影も形も無かった。
………いや。全く無い、と言う訳では無いのだけど。見落としのないように一つ一つ神機に目を通すも、それらしいシルエットは
「………ジゼル。念のため確認するが……新型神機の開発と生産は、既に完了してるんだよね?」
「うん。どっちかって言うと適合できる人間が見つからないって偏食因子の改良に手こずってて。神機そのものは結構前に出来てたはずなんだけど……おっかしいなー。」
「ふむ………」
遅れて保管庫に戻ってきたジゼルの記憶では、確かに新型の神機はここにあったという。であれば、考えられる可能性は一つだけ。
「………さては、極東への離脱時に持ち出されたか。」
「あっ。」
「もしそうであれば、今頃新型神機は極東支部だろう。適合者の問題であれば、そう直ぐに実戦配備はされないだろうが………」
支部が壊滅するかって瀬戸際だ。有用な遺産は当然持ち出そうとするだろうし、今の人類にとっての最たる財産は神機に連なる【技術】だ。外で無惨に僕の軍勢に喰い散らかされる神機使いや、僕の細胞で変異していく民間人を差し置いても回収する価値は十分にある。というか、真っ先に回収しなければならないはず。
少し考えれば分かることなのに失念していたな。新型神機が既に回収されているとは。そりゃ回収するだろうに。彼らがみすみす崩れ行くロシアに置き去りにするなど、何故楽観視出来たのか。
「………やられたな。これで彼ら堕し児に新型神機を適合させ、ソロモンの侵攻を凌いだという言い訳は出来なくなった訳か。」
「どうしよ……てかあのクソジジイ共、連絡つかないと思ったらこんなものの回収に奔走してやがったか。すっごい納得しちゃったわ。クソが。」
「旧型の神機使いと新型の神機、
捨て石にされた神機使いや置き去りにされた民間人は堪ったものじゃないだろうがね。少なくとも僕の予測が正しければ、この指示を出した人間は後者を取る。より多くの未来のために、少数を犠牲に出来るあの男なら。
………全く以て、忌々しいことこの上ない。極東の連中は、神機使いから支部長に至るまで尽く僕の目論見を挫くのが上手過ぎる。まるである種の因縁を感じるほどだよ。彼らを滅ぼさないことには、人類の絶滅は儘ならないと……そんな気さえしてくる。
だがしかし、あの非常時で時間は無かったようだな。或いは不要と判断したか。不幸中の幸い、さっきも言った通りに保管庫には新型神機が残っていた。たった一振り、ジゼルも知らない形状の神機が。
おかげでまだやりようはある。僕はそう確信し、たった一つの新型神機を手に取った。そして施術台のある下の階に足を進めつつ、ジゼルに今後の予定と指示を飛ばす。
「ジゼル。予定変更だ。堕し児達には後でここから好きな神機を選ばせ、適合試験を執り行ってくれ。」
「………ソロモンは?まさかそれを適合させる気?」
「他に方法もあるまいて。」
しかし僕の言葉に、ジゼルは言外に難色を示す。それもそのはず。この新型神機────と言うより、この刀身パーツが戦場で振るわれていた所を僕は一度だって見たことは無い。
つまり。こいつは実戦配備前の試作型だ。
折り畳まれた異形の刀身は大きく湾曲しており、柄の長さはハンマーやスピアのそれと同じ。傍から見れば、使い方すら分からない新型だ。そして使われたことがないということは────
「ダメだよ。他の神機なら私が使い方を教えてあげられるけど、それは私も初めて見たし。性能だって、どの程度使えるか────」
「そう。だからいい。」
「へ?」
僕が手にした神機は、まだ人類の誰もがその使われる所を見たことがない。つまりその性能が知られていない、未知数の存在だ。
故にアラガミの僕がこの神機で法外な力を振るったところで、
そして僕が示した力が絶大であればあるほど。あの人類にとって絶望的な状況を巻き返したという、奇跡にも近い状況の偽装に説得力を与えられる。
………あぁ、皆まで言うな。我ながら僕も詭弁だなとは思うよ。けど、現状をポジティブに捉えるならこれが一番いい。それだけ『この神機と僕が高性能だった』って事にすればいいんだから。
「えー……ほんとにそれでいいの??使い方も知らなければ、そもそもちゃんと動くかどうかも分からないのに。」
「そこばかりは賭けだが……もし駄目だったら、その時は他の手を考えればいい。それに使い方は僕が知ってる。問題ない。」
「……………知ってる?なんで???」
なんでだろうね。くっそまた口滑らせた馬鹿野郎め。ジゼルもジゼルで揚げ足取るのが上手いこと。ほんと僕の一言一句に至るまで警戒してんだな。
そのせいで今の戯言をジゼルは戯言で片付ける気は無さそうだから。僕は神機の近くにあった適当な紙を拾い上げると、それを遠目にジゼルにヒラつかせた。
「何故も何も……マニュアルには既に目を通した
「あっ、ちょっと!?」(絶対それ神機のマニュアルじゃなくて研究書類とかだよね???)
「とにかく駄目そうだったら代案はその時考えればいい。ジゼル、始めてくれ。」
何でもない紙切れをジゼルに渡すことなく懐に仕舞い、反論を許すことなく施術台の前へと向かう。言葉を吐く際に目も合わさなかったし、ジゼルには嘘だとバレてるが……僕の有無を言わさない態度に折れたのか。ダメ元で了承はしてくれたようだ。僕が施術台の台座に新型神機を配置し、腕輪を上下に分割して施術台の蓋に嵌めるとスピーカーから彼女の声が流れた。
『じゃあ……キミの言う通りに本当にやっちゃうよ!?いいんだね!?』
『あぁ。………腕の置き方はこんな風でいいのかな?』
『うわ、頭の中に声がした。……それどうやってるの?すっごいキモいんだけど。あ、腕は多分そんな感じでいいよ。』
防護ガラス越しだから感応現象で応答すると、ジゼルがマイク越しにそう漏らす。見れば頭を押さえて嫌そうな顔をしていた。最初はみんなこの感応現象を応用したテレパシー嫌がるよね。便利なのに。
とはいえ感応現象越しに僕の姿勢が問題ないことを確認すると、ジゼルはやや大袈裟に右手を振り上げ人差し指を伸ばす。
そして────
『じゃ、もうさっさと始めちゃうけどさ!!ちょっと────いや、だいぶチクッとするから!!我慢してね!!』
────勢いよく右手を振り下ろすと、施術台のスイッチを押した。
その直後。勢いよく施術台の蓋が閉まると、手首にゴリゴリとドリルのようなものが食い込むエグい音が響く。そして遅れてグチュグチュと。食い込んだドリル状の管から、骨の中に異物が流し込まれる音がする。これが人間であれば、この施術は想像を絶する苦痛となっただろう。
しかし僕はアラガミだ。そうやって二度と外れる事がない腕輪が装着される様も、再生を前提としたオラクル細胞の身体にはささくれ以下の外傷にしかならない。体内に注入される偏食因子もそう。人間なら適合しないとアラガミ化を引き起こす異物も、既に全身がアラガミの僕には何の効果もない。
強いて言うなら。既に僕の全身を形成するオラクル細胞が、今体内に打ち込まれた偏食因子の性質を新たに学習するだけだ。そしてその偏食因子の性質すら、僕は今まで喰らった神機使いから十分なほどに摂取し学習を終えている。
………少なくとも僕はそう考えていた。
だが。
「………〜〜〜〜〜ッ!??ぐぅっ………!?」
まず最初に、割れるような頭痛が走った。そして次に、周りの音が聞こえなくなるほどの耳鳴りが襲いかかる。思わず左手で頭を押さえようとしたが、サリーに与えたせいで左手は依然手首から先が無かった。
いや、そんな事はどうでもいい。なんだこれは。既にアラガミ化を引き起こしたこの身に、一神機の偏食因子が今さら毒になるとでも言うのか?……それとも、新型神機の偏食因子と旧型神機の偏食因子は異なるとでも言うのか。
故に初めて身体に入ったこの異物に……或いは異なる種類の偏食因子が二つ同居したことで、拒絶反応を引き起こした。……そう考えるべきか?
………まさかな。それは無い。何しろ僕は、既に新型神機の偏食因子を体内に宿している。一番最初に僕の身体に投与されたオラクル細胞……僕の身体を爪先から毛髪の一つに至るまでを穢し、アラガミ化を引き起こした全ての始まり。あの時僕が手にしたのは、確かに新型神機だったはず。
(……………あぁ、そういう事か。)
脳を揺らす頭痛を思考を循環させることで紛らわそうとする内、僕はある可能性に気付く。そして苦痛に耐えようと瞑っていた目を細く開けば……施術台の隙間から、赤黒いオラクル細胞が稲妻のような形状と化して走っていた。
やはりだ。僕はこの閃光を知っている。これは僕の身体に元より存在する偏食因子の力……後の未来で人類に【血の力】と名付けられた、ブラッドのそれだ。この頭痛は、役目を終えて眠りについていた過去の偏食因子が目を覚ましたんだ。
僕を神機使いを通り越してアラガミに変え、僕が自分の神機を持たないが故に眠りについていた。それが新たに新型神機を用いるための偏食因子を打ち込まれ、自らの神機を得たことで目を覚ましたんだ。
ある意味この段階で感応現象を自在に制御していたのが、既にその証拠だったのだろう。何故今の今まで忘れていたのか。僕は確かに神機使いで────本来なら、最初のブラッドとなるはずだった。そして今、僕は人ならざる身でありながらブラッドに……否、アラガミとして名乗るのなら【感応種】*1として覚醒しつつある。
そう思わぬ形で、僕は自身に秘められた力を思い出す。しかしそれとほぼ同時。未だ音を捉えられない耳鳴りの中で、僕はある声を聞いた。
『ーーーーーと。ーやーーっと、繋がりました。』
それは僕の中から消えて久しい、最早懐かしくも思える声。僕自身も図らずして得た同居人にして、僕に神機の力を齎した外因。僕の宿敵の得物が、僕の中で自我を開花させた存在だ。
あまりに静かなので存在そのものを忘れかけていたが……ずっと僕が捕喰を重ねて数多の情報を獲得する中で、それらに埋もれていたらしい。どこか懐かしさと、僅かな怒りを帯びた声でそれは語り掛ける。
『………久しぶりですね。ずっっっと、貴方に呼び掛けていたんですよ?』
「レンか。………とっくに消えたかと思ってたが、しぶといな。」
『勝手に消さないでください。全く……あの怖い彼女さんが体内から居なくなったと思いきや、大量に情報を取り込んで僕のこと埋めるんですから。僕が居ないと神機絡みの能力は使えないんですからね??』
どこか膨れたような声で、久しぶりに息を吹き返したレンがそう呟く。……が、その言葉に自然と視線が施術台に再び向く。そうすればそこには、既に蓋が空いて手首に装着された赤い腕輪があった。
さらに握りしめた異形の神機は、未だにバチバチと血の力に由来するエネルギーを発している。それを試しに持ち上げてみると、折り畳まれていた刀身がガシャコンと音を立てて展開した。
その形状は大鎌のそれによく似ているが、偏食因子の共鳴の際に僕の細胞が逆流したのだろう。黒と赤の異形の色彩と化した刀身は、通常の神機とは一線を画す禍々しさを放っている。
何なら神機の根元にある本来なら橙色のコアも、真紅に変色して鈍い輝きを称えていた。ていうか、これ………
『………ところでソロモン。その神機、見るからにあなたのオラクル細胞で汚染されてますけど。』
「やはりか。妙な話だが、神機の刃の先まで僕の感覚が通ってる。……まるで身体の一部のような感覚だよ。見たまえ、手元を離れても動かせる。」
『早速やらかしましたね。どう言い訳するつもりですか???こんな
そりゃお前……「新型神機使いは適合に失敗するとこうなる」とでも言っておけば。或いは「適合には失敗したけど奇跡的に人間の形は留めた。なんか細胞が逆流して神機は汚染されたけど」とか、言いようは幾らかある。
特に後者に関しちゃどっかで聞いた話だし。最悪『神兵計画』の書類をゴミ箱から掘り出してゴリ押せば、無理やり黙らせることが出来るだろうよ。
………………………。
………しかしねぇ。僕が神機使いか。この僕が……第零接触禁忌種にまで至った僕が、今さら神機使いとは。
いざなってみると、中々どうして笑える話じゃないか。しかも人類にとっての希望の星、新型神機使いだとよ。人類最大の天敵たるこの僕が。
………………………………………。
「………………………………はぁ。」
『どうしたんですか。珍しくため息なんて吐いて。』
「なに。………我ながら遅かったなって。」
クルリと手の中で大鎌を回し、逆手持ちにして構える。片手でヒュンヒュンと振り回してみれば、それは扱いにくそうな形状に反してよく手に馴染む。
それだけ、僕にとっては神機使いとしての才覚もあったということだろう。………そのせいか、余計に手遅れ並みに色々と想像してしまうものだ。今の今になって、やっと神機使いの真似事だなんて。
………もし僕が普通に神機使いになっていたら、極東の第一部隊の連中と肩を並べて戦ったりとかさ。人類の中でも有数の神機使いになってチヤホヤされたりとか、不味いレーション食ってつまらないアニメ見たりしてさ。
それで人間の女の子と恋仲になったりとかして、もう幾分か普通に生きていたのかなって。姿形だけなら紛れもない神機使いになった今、そんな『もしも』を一瞬だけ考えてしまった。
………本当だったら、そうやって生きてた筈なんだって。今となっては何の意味もない可能性を想像してしまった。しかし僕の思考を、頭の中のレンはやんわりと否定してくる。
『………別に今からでも遅くないんじゃないですか?これを機に足を洗って、神機使いになっても────』
「何を今更。無理に決まってるだろう?そんなもの。」
『無理じゃないですよ。逆にその姿と神機で、何故神機使いが出来ないんですか。』
何故も何も。今から人間の真似事をして英雄ごっこをするには、僕はあまりにアラガミとして幸せになり過ぎた。優しくて献身的な伴侶に、強くて可哀想な僕の崇拝者。彼女達を差し置いて、何故今さら人の真似事が出来るものか。
何しろ僕が長すぎる人ならざる者の生の中で得たものと言えば、あの二人だけだ。だからこそ手放せない。あの二人を捨てることでしか得られない、人としての暮らしなんて絶対に選べないんだよ。仮にその姿がどんなに人のそれになったとしても。
その上、万が一僕が人として生きたいと願った場合。その存在が障害になると知ったら、サリーは躊躇わずに命を捨てる。嫌な確信だけど、あの娘は僕が幸せになるためなら何でもする。ずっと見てきたから分かるんだ。
あの娘達のために残った人類全員皆殺しにしようって決めるくらいなのに、論外も論外だろう。仮にその対価がどんな幸福であれ、彼女達の居ない世界での幸福は既に僕の中で何の意味も成さない。
『………こう言うのも何ですけど。あなたも結構重いですね。いや……まぁ、無理も無いのかなー……そうですよねー……』
だから言ったのだ。遅すぎた、と。せめてサリーに会う前にこうなっていれば、まだ選択肢があったものを。
……おかげでこの新たに手に入れた血の力も、新型神機に新型パーツも、直に人類を滅ぼすための力として完成する。僕が得る全ては人類絶滅のために。そう在り続けた僕が、今さら神機に適合できたくらいで揺らぐような事は無い。
なのに、人に仇なす以外の選択肢が確かに在るのに選べない自身が酷く滑稽に思える。ジゼルと触れ合い、少しだけかつての人間の暮らしを思い出し、或いは体験したせいだろう。
或いはたった今打ち込まれた、この神機使い製造用の偏食因子がそうさせたのか。人間臭い感慨と未練に耽る僕に、頭の中の住人はえらく申し訳なさそうな声を返した。
『………ごめんなさいソロモン。その、期待させるようなこと言って。そう、ですよね。あなたが人類の味方なんて……そんなこと………』
「構わんよ。ただ僕にもそういう可能性があって、その上で僕は選ばなかった。それだけだ。君にとっては不本意だろうがね。」
何よりそう持ち掛けたレン自身、僕に正しい用途で神機を使って欲しいと願ったのだろう。願うことなら、レン本来の持ち主と僕が戦わずに済むならと。
とはいえ、僕にとっては取るに足らない感慨も、未練たらしい憧憬も。その姿形があまりに幼くては、見るに堪えない程に痛々しいのだろう。
或いは特段僕がそう振る舞ったつもりが無い故に、余計にそう見えたのか。
「────────────ッ!?」
手の中で半回転。神機の柄をくるりと回し、振り子のように刃を翻す。そうすれば不意に、僕の後ろから息を呑む音がした。
「ジゼル。適合試験の施術、ありがとうね。」
そう、僕の後ろに
だが。そうしてもしばらく、ジゼルはその場で立ち尽くしていた。我に返ったら直ぐさま
「びっ、びっくりした……!!今、キミ私の頭を落とそうとした!?なんで!??」(なんでバレたの!?殺気は隠したはずなのに!!)
「なに、新たな
「だからって人に神機向けちゃダメでしょ!!首斬られるかと思ったんだからね!?」(いや、反射?後ろに立たれることを嫌っての事なの?警戒はされてないみたいだけど………)
僕を指さしながらも涙目で吠えるジゼルに、僕も適当な言葉で応対する。本当によく口が回る。わざわざ気配を消して、僕の背後を取ったくせに。
………僕の首を落とそうとしたのはそっちだろう?『僕を殺すなら今しかない』と。そう思ったから、ジゼルは今僕の背後を取った。
無理もない。この機会を逃せば、もう僕を殺すことは出来ないからと。僕を仇として殺し得る最後の機会に、彼女は最初で最後の賭けに出たんだ。
そしてジゼルは失敗した。いとも容易く、呆気なく僕がその殺意を牽制した。……が、殺せなければそれはそれでと思っていたのか。僕が神機を引き摺りながらも振り返ると、ジゼルはいきなり僕を抱きしめてきた。
「でも………無事に適合できてよかった。大丈夫?どっか痛いところは無い??すごく苦しそうだったけど………」
「問題ない。不適合だったのか、少しビリッとしただけだ。そして神機の方を僕に合わせて適合させた。この分なら他の堕し児も、適合率の心配はしなくていいだろう。」
「そっか。凄いなぁキミは。……あんな適合するために技術者共が色々やってた新型神機を、こんな簡単にモノにしちゃうなんて。」
ギュッと自身の胸に僕の顔を押し付け、ジゼルが僕の頭を撫でて褒めてくれる。相変わらず距離感はバグってるが、そこには復讐のための下心は無かった。
ただその代わりとばかりに。しばらく僕を抱きしめた後、ジゼルは躊躇いがちに口を開いた。
「………あのさ。一つ、聞いてもいいかな?」
「断る。」
「まだ何も言ってないのに!!………いいじゃん、キミの適合試験手伝ってあげたんだから!!そのご褒美に、ね!?」
造書庫で何を聞く気なのかは分かっているから、僕は二つ返事で拒否した。が………そう言われると断りにくい。何しろ僕に尽くすといい事があると、さっき示したばかりだから。ここでそれを覆すのは、今後を考えると控えたい。
………まぁいいか。そこまで察してるなら、今更隠す必要も無いし。
「いいだろう。ただ答えられるとは限らないよ。」
「ほんと!?いや、そんな大した事じゃないんだけど────」
「勿体ぶらずに早く聞きなさい。この後は堕し児達に神機を適合させなきゃならんのだから。」
そうジゼルを急かすと同時。僕を抱きしめるジゼルの腕に、緊張したように力が入った。
しかも急かしているにも関わらず、ジゼルは何度か深く息を吸って吐いてと繰り返す。そして急かしこそすれど、僕もそれを大人しく見守った。
そうすれば。
「………………キミの。
ジゼルはそんな、至極妙な質問を僕に投げ掛けた。
だから、僕もその意図を分からないフリをした。
「………可笑しな事を言う。僕の名は────」
「ソロモンじゃなくて!!……
「………………………………。」
我ながら
本当に………自分の事は分からないものだ。他者の事ばかりは、知りたくないことまでも理解できるくせに。
だから下手に繕わず、僕も初めて正直にジゼルに答えた。
「悪いが………それは答えられない。」
「!!!……どうして────」
「何分、もう覚えていないんだ。本当の名前も、どう生きてきたかの記憶さえも。」
人類に畏怖の象徴として授けられた、ソロモンではなく祝福として与えられた人間の名前。ジゼルが僕に求めた名前は、何時からか風化して無くなっていた。造書庫で調べて思い出すことが出来るのも、人の記憶はアラガミとなる前の数刻の景色が限界だ。
きっと執着が無かったからだろう。人間だった時の記憶も、その更に昔にあったはずの過去も。その結果がこれなら、何一つとして悲しむ必要は無い。
だと言うのに。
「………………………………そっか。」
その答えは、僕の予想以上にジゼルの心に深い傷を残した。長い沈黙の後に絞り出した短い言葉は、彼女が今まで並べた言葉のどれよりも僕の耳に残った。
ボロボロと涙を零し、僕を抱きしめる彼女の手が暖かい。こうして抱きしめ返せないのなら、左腕をさっさと調達しておくべきだったと少しだけ後悔した。
「………なんで、君が泣くんだよ。」
そのせいで、返した言葉は随分と冷たいものになってしまった。繕うように彼女の胸に顔を押し付けたのは、僕も顔を見られたくなかったからだと思う。
何しろこの暖かさは居心地が悪くて仕方がない。未だに僕を一人の人間として扱う、初めて人間として扱われた苦しさが。こんなにも僕の心を締め付けるなんて。彼女の思考は造書庫で全て知ってたと言うのに。
………僕という存在が真っ当な人間から見れば、如何に哀れで惨めな存在か。僕の生涯の何も知らないくせに、ジゼルはその暖かさで僕に思い知らせる。
おかげで初めて、僕はアラガミになった事を後悔した。そうなる事しか出来なかったと知っても、自分の原点を呪った。
思えばサリーとディーヴァだけだ。あの二人との出会い以外、僕がアラガミになってからの暮らしは嫌なことばかりだった。だからあの二人に縋って、引き返せないところまで来たんだ。
もっと早く、ジゼルみたいな人に出会えてたら……なんて。そんな女々しい事は言わないけどさ。我ながら思い知った自分の業苦に、僕はジゼルにされるがままにならざるを得なかった。
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「あのね。………私、弟が居たんだ。ちょうどキミくらいか、ちょっと上くらいの。」
長く間を開けた後に、律儀にジゼルは僕の問いに答えを返した。とはいえ実際は、聞くまでもなく僕は知っている。
その名はアレイスター。元神機使いで、僕が殺した彼女の一番大切な人の名前だ。このロシア領内で活動してた最中、散発的に襲撃を行ってきた神機使いの一人で、顔も名前も気に掛けずに殺したから覚えてなかった。
とはいえ堕し児同様、造書庫には僕が喰い殺した人間の情報や記憶も残るから。最近ジゼルの事を調べた際に、その顔と名前を知った。殺した時期もサリーが
そんな何ヶ月か前の事だが、愛しくて愛しくて仕方ない弟を僕に殺された怒りは未だジゼルの脳内に鮮明に残ってる。元々僕に抱く憎悪が大きかったのは、それが一因でもあった。
だと言うのに、ジゼルは僕が殺したことを一切口に出さない。自身達神機使いも、僕を殺そうと全力を尽くしたのだからお互い様なのだと。そう割り切り、あくまで僕に重ねた最愛の弟の姿を懐かしむように言葉を続ける。
「それと同じくらいの小さな男の子がさ。………無理やりアラガミにされて、自分のことも思い出せなくなるまで彷徨ってたんだなって。………そう考えたら、この世界が地獄みたいに思えて。」
「………………そうか。」
「誰が一番悪かったんだろうね。……キミだって、望んであんな姿になった訳じゃないのに。」
『そしてそんな子どもを痛めつけて殺すことでしか、自身の喪失と憎しみを晴らすことは出来ない』と。そう察した時点で、ジゼルは僕への復讐を諦めてしまう。そのくらい、僕にも分かっていた。
彼女は心根が善良過ぎたんだ。それこそ僕が想像していた以上に愛情深くてさ。だからこそ大切な人を全て奪われて、復讐の鬼になりかけていたのに。僕の素性が割れたせいで、全部が台無しになった。
既に亡き弟がよほど重なるのか、普段より幾分素直に甘える僕をジゼルは大切そうに、本気で慈しんで撫でている。彼女から全てを奪った仇敵である僕を、ある種の愛しさを感じるほどに。
その上で、ジゼルは僕に言葉の続きを紡ぐ。
「でもさ。……これでキミは、やっと人間として生きられる。やっと………普通に生きられるんだよ。」
きっとそれが人間にとっての幸福なのだろう。その言葉は間違いなく、僕に幸せになって欲しいという願いの言葉だった。
叶えようのない願いとも知らず、至りたくとも至れない幻想をジゼルは嬉々として語る。そんな彼女に、僕は言葉を詰まらせる事になった。
「………………ジゼル。それは────」
「分かってる。……他の皆は、きっとキミの事を許してくれない。今だってキミの顔を見たら、直ぐに殺そうとすると思うよ。でも………」
僕は善良な人間で、更生出来ると信じたいのだろう。あくまでジゼルは僕に寄り添い、僕が人間として幸福になるようにと願ってくれている。
無知とはいえ、小さな子どもを惨たらしく殺そうと考えた罪悪感のせいだろうか。ジゼルだって、僕のことは憎くて憎くて仕方ないだろうに。
「あの子達も、キミの事をちゃんと話したら分かってくれると思うから。だから………」
「ジゼル。……君は本当に優しいんだね。」
「そんな事ないよ。………私だって、根っこは他の子とそんな変わらないと思う。」
その憎悪を押し殺した上での献身の、何と心苦しいことか。応えようも無い善意に、僕は随分と続きの言葉を紡ぐのに手こずる事となる。
ジゼル自身は蟠(わだかま)りの全てを吐き出せば、僕と共に人の暮らしを送れると信じていたのだろう。僕も、少なくとも心の底ではそう望んでいると。
けどその実態は違う。望むことすら出来なくなった僕に、ジゼルの願いは叶えられない。
………だから。
「ありがとうジゼル。
………ごめんね。」
だから彼女の胸に押し付けた顔を、一歩後ろに引くことで離す。
そうして顔を上げてみれば、ジゼルは呆然とした様子で僕の顔を見つめていた。
人の生を絶対の幸福と考えるジゼルにとって、あまりに僕の言葉は想定外だったのだろう。我に返るとジゼルは、困惑の籠った笑みを僕に向ける。
「え?………ごめんねって、何が?」
「出来ないんだ。僕が人の暮らしの真似事なんて。」
「そっ……そんな事ないよ。キミはどこからどう見ても人間の子どもだし。その神機だってよく似合ってる。誰もキミがかの
そう的外れなフォローを、そういう意味ではないと察しつつもジゼルは必死に飛ばす。………本当に、僕が更生できるって信じていたんだね。僕が人間を起源とする以上は、多少は人として生きたいって想いが残っているって。
何しろつい最近まで人間だった彼女達堕し児は、アラガミとしての暮らしは地獄と同義だと思っている。というか、実際その認識は間違ってない。
だから人の暮らしをなぞる事に執着するし、僕も同じだと思っていたのだろう。………このロシアの惨状だって、僕が人の姿に還ろうと行ったのだと信じている。
けど、僕はその願望にも近い幻想を一言で一蹴する。
「そもそも前提が違うんだよジゼル。僕はそもそも、人としての暮らしを望んでいない。」
ハッキリと認識のズレを口にすれば、困ったように笑っていたジゼルの表情が引き攣った。………いや、可能性として想定くらいはしていたのか。ジゼルが考え得る限りの最悪の可能性ではあるが、僕が苦痛のあまり人間を見限っているとは頭の片隅で考えていたらしい。
………それでも、僕の正体を知ったせいで認めたく無かったんだね。そうだろうとも。何しろ僕が人間嫌いと確定してしまえば、僕がこのロシア支部を滅ぼした目的から変わってくる。
────人の姿を獲得し、人の暮らしを取り戻すために止むなく死体を重ねたのでは無いのなら。僕は何故、ロシア支部を攻め落としたのかと。
口に出した言葉以外は何を語った訳でも無いのに、ジゼルの出来の良い頭は将棋倒しのようにその答えを導き出してしまう。
何故、僕はロシアの人間を無差別に襲撃したのか。
何故、僕は人の性質を得た後にも虐殺を続けたのか。
何故、僕はこの支部を修繕しフェンリルの一支部として復旧しようとしているのか。
そうやって全てを悟ったジゼルは、一歩退いた僕にその指を伸ばし掛けた。けど、それが僕の頬に触れる事は無い。………僕が人間である自分に触られるのは嫌なのではと、気遣ってしまったらしい。
………ただ代わりに、ジゼルは泣きそうな声で尋ねた。
「………………………ソロモン。」
「なに?」
「………そんなに、人間が憎い………………??」
明確な意思の元に行われた殲滅に、人類絶滅という大願。僕という存在を正しく理解したジゼルに、僕は沈黙しか返すことが出来ない。
何しろ僕自身も分からない。感慨も無く殺すうちに分からなくなっていた。人間が憎いかどうかなんて。ただ、僕らの害となるから滅ぼさなければならないと。憎しみに基付く復讐よりは、使命感に近いのだろう。
………僕は苦痛に耐え兼ねて人類を見限った訳でも、人類全てを憎むが故に絶滅を掲げた訳では無い。ただ………そうだな。
「ジゼル。神機使いは憎しみでアラガミを殺す?」
「………同じだって言いたいの?キミが人間を殺すのは、生きるためだって………必要な事なんだって………」
「あぁそれだ。流石、君は聡いね。」
どう言語化したものかと迷っていた傍ら、僕の代わりにジゼルが答えを言ってくれた。
つまり僕やサリーが生きるためには必要なんだ。人間の、全人類の犠牲が。
そんな身勝手な大量殺戮は、人間を起源とする僕しか思考し得ない。故に僕は、数有るアラガミの中でも第零接触禁忌種へと至った。悪い意味での人間らしさだけが、僕の中に残った結果だ。
「そうだ。必要なんだ、全ての人類の犠牲が。僕らの生活を守るために、残存人類は邪魔なんだ。」
「無茶苦茶だよ……!!キミは人としての暮らしを諦めて、地獄みたいなアラガミとしての生活を守るために………何の罪もない人達を、皆殺しにしようって言うの!?そんな大虐殺なんかより、普通に生きた方が絶対に幸せになれるのに!!!」
「やはり分からんか。……それで良い。」
当然自身を人間だと思い込み、人類の味方と勘違いしてるジゼルは僕の目的と思想を真っ向から否定する。………彼女だってとっくに、堕し児というアラガミの一種だと言うのに。人間から見れば、僕も彼女も何一つ変わらない敵だというのに。
とはいえ、僕らの存在の是非を議論するのは今では無い。何しろ既存の人類が絶滅すれば、次は僕らが人類の位置に収まるのかもしれないのだからね。
そんな物よりも、今大事なことは唯一つ。
「で、どうする?ジゼル。僕はこの通り、既存人類の抹殺を大願としている訳だが。」
「そんなの……止めるに決まってるでしょ!!二度と私達みたいな思いをする人は出させないし、これ以上キミに人を殺させる気も無い!!キミの願いは叶えちゃいけない!!」
「そうか。じゃ、頑張って僕を殺さなきゃね?」
人間の価値観に由来する正義感を叫ぶジゼルに、僕は小さな笑みで告げる。………そう、これでジゼルは理解した。僕という存在は堕し児達の復讐の対象であり、同時に人類にとっては絶対に倒さなければいけない敵だと。
そうすれば。『僕が年端もいかない少年を由来とし、人に仇なす生き方しか出来なかった』という優しい言い訳も意味を成さない。ジゼルは再び、僕を殺す権利を得たわけだ。
けど、僕が淡々とそう告げればジゼルはその顔を絶望に染めた。僕から逃げるように一歩退き、首を激しく横に振った。
「なんで……そうなるの……!?私は、キミにいい子にしていて欲しいだけで……キミを、殺したいなんて………!!」
「何時までも弟の幻影に縋るなよ。ジゼル・レイヴラント。僕を止めたくば、それこそ息の根を止めるくらいしか方法は無いぞ。」
「ほ、他にもキミの願いを挫く方法はあるから!!例えば……ほら、キミの事を他の支部に伝えたり………って………」
なんて無謀な選択肢をジゼルは口にするが、直ぐに気付いたらしい。そんな真似をすれば僕だけでなく堕し児という存在は公になるし、自分達の身を危険に晒すことになると。
そうでなくとも自分で殺すか他人に殺させるかで、結局僕の野望を止めるには息の根を止めるしか無いのだと。それなら自身の手で殺した方が気が晴れるのではと、直に彼女は気付いてしまう。
実際のところ、僕はジゼルに期待している。高い知性に由来するアラガミの能力の最適化に、計画的な襲撃と諜報能力。そして元神機使い故に、民間人上がりの堕し児には無い基礎戦闘能力まで備えているんだ。贔屓目抜きに、彼女は堕し児の中でも一番の逸材だ。
だから僕の正体を知り、復讐を諦めた時には正直焦った。戦闘を放棄して僕に寄り添うだなんて、そういう生き方は尖兵たる堕し児達には求めていない。求めるとしたら、それは彼女達が人類を絶滅させるだけの力を得た後だ。
………我ながら惨い仕打ちを行っている自覚はある。こんなに僕に優しい人に、初めて僕を人間として扱ってくれた人に、したくもない復讐を強要しようなんて。
しかし、僕はジゼルに復讐を諦めさせない。力に対する渇望を、決して手放させはしない。
けど無理強いしたところで、僕の望むようにはならないのは理解している。だから僕は、あくまで大義名分を与えただけだ。事実を語り、選択肢を与えただけだ。
『僕を殺せば人類を救える』と。そう思い知らせた上で、ジゼルが僕の殺傷を拒絶するならそれも良い。人類絶滅計画とは関係ないところで、堕し児としての余生を堪能してもらうだけだ。
………………だが。
「………………本当に、殺すしか無いの………??」
僕は知っている。人という生き物は、大義のためならどんな蛮行でも成し遂げられる生き物なのだと。それは他ならぬ、人を起源とする僕が証明してきた事だ。
ましてやそれが、心の底で望むものなら止めるべくもない。そういう意味ではジゼルを心配する必要なんて無かった訳だ。
「……随分と嬉しそうだね?ジゼル。」
「………────────ッ!??ちがっ……私……!!」
「良い良い。君は
ジゼル自身は気付いて居なかったらしい。………僕を殺すしか無いと理解した瞬間、彼女は笑っていた。僕を殺していいのだと、無意識に喜んでいた。
だから僕自身もそれを肯定してあげたんだけどさ。そうしたら、ジゼルはその場に蹲って両手で口を押さえてしまった。
「ちがうの……私……キミを殺せるって知って……喜んだりなんか………!!そんなつもりじゃ………………ゔっ……!!」
そうすれば直に、自己嫌悪と罪悪感にも似た嫌気がジゼルの口から零れ始める。僕に抱いた願望と、無意識に表面化した本性は未だ彼女には毒となるらしい。
聡い上に愛情深い人間は、こうも生きにくいものなのかと。嗚咽と共に吐瀉を撒くジゼルを、僕は暫く見下ろしていた。
………ここまでして、未だ彼女がどちらを選択するのか想像がつかないとは。全く以て、彼女の人の良さには呆れたものだ。
そして同時に、そんな彼女に惨い仕打ちを重ねられる自分自身にも嫌悪を覚える。まさか僕がここまで悪辣な性格だったとはな。
サリーと言いディーヴァと言い、愛情を注ぐような触れ合いしかして来なかったせいだろうね。自身の人の悪さを、僕は今に至るまで知らなかった。何しろ大半の人間は触れ合う前に殺してきたから。
その悪辣さを自ら知ることでやはり確信するよ。「あぁ、僕はもう人間じゃないんだな」って。身体だけの話では無い、精神構造までもがとっくに人間のそれから乖離してるんだって。分かり切っていた事ではあるけどね。
ま、だからこそ人類の絶滅なんて選択肢を迷いなく選べるんだろうけど。神機を手にした程度じゃ更生出来ないわけだ。
こんな僕の本性を正しく知覚すれば、ジゼルも罪悪感で吐くような事は無くなるだろうにね。
とはいえ僕への認識と対処方法を決めるのは、あくまで他ならぬジゼル自身だ。僕に抱いた憎悪と憐憫、
故にこれ以上、僕からジゼルに掛けるべき言葉は無い。ただ吐くほどに感情に苦しむジゼルを眺める以外、やるべき事も無い。
だから僕は、最後に一言だけ。
「ジゼル。……僕は君がどちらを選んでも、君の選択を尊重するよ。だから恐れず、後悔がない選択を選ぶと良い。」
「………………………………ッ!!!」
「僕はもう行く。また明日、エントランスに会いに行くから。……今日はありがとうね。」
禄に返事も出来ない状態の彼女に一方的に告げると、適合したばかりの新型神機を引き摺ってその場を後にした。その背中を見て、ジゼルが何かを叫んだような気がしたけど振り向かなかった。
けどそうして神機開発研究所を出るとほぼ同時。突如として、僕の頭の中にある声が響く。
『………いいんですか。彼女、あのままにして。貴方に何か言ってたみたいですけど?』
「いいんだよ。今のジゼルには一人で考える時間が必要だ。」
『よく言いますよ。あんな苦しむ程に悩ませたのは貴方でしょうに。』
わざわざ苦言を呈しに現れたレンに、僕も苦笑いしか返すことが出来ない。………言い訳にしか聞こえないだろうが、必要な虐待だったんだよ。
僕もここまで包み隠さず話すつもりは無かったんだが、ほんとあの娘は聡いからさ。ならばせいぜい僕の思惑通りになるよう軌道修正したら、あんな吐くほど苦しんだだけで。なんであんな僕に情を向けるかね。
『………ソロモンって、本当に人の心分からないんですね。』
「
『それ、自分の心は読めないでしょう。……貴方も、しばらく一人で考えた方がいいと思いますよ。貴方は自分で思ってる以上に面倒な性格してるので。』
めっちゃチクチク言葉を吐いてくるなこの神機。僕の更生を測った者同士、思うところでもあったのか。妙に機嫌が悪い気がする。
しかも一方的にそうとだけ吐き捨てると、それを最後にレンの声は僕の脳内から途絶えてしまった。言いたいことだけ言って居なくなりやがって。意識だけで僕の一部判定になってるのか、あいつには造書庫使えないんだよな。
まぁいい。これで新型神機は無事僕に適合したし、あと僕がやるべき事と言えばサリーを人の姿に封じる事だけだ。そうすれば概ね、他の支部の人間を招き入れる準備は終わる。
ただあっちは僕が忙しいせいで、ディーヴァに任せてしまっていた。堕し児相手にやるべき事はやったし、僕もあっちに合流するとしようか。
………本当に情けない話だけどさ。ジゼルと話してて、思った以上に僕も堪えた。今はとりあえず、サリーに癒されたい。
ディーヴァといいジゼルといい、こいつはヒロインを精神的に追い詰めないと死ぬ呪いにでも掛かってんのか。
実際どっちか求むならどっち求めますか
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