神様にされたら愛され過ぎてヤバい件について。 作:Am.
「つ……つかれた………」
『お疲れ様です。』
よろめく足取りで支部長室を後に、堕し児達のひしめくエントランスへと向かう。そんな僕の脳内に感情の籠ってない……というか呆れたようなレンの労いが響く。仮に心が籠っていたとしても、野郎の労いで癒えるほど浅い疲労でもないが。
『あの?』
「冗談だよ。ありがと。」
僕がこんな一日の始めの朝っぱらから満身創痍なのは、昨日サリーとディーヴァにしこたま貪られたせいだ。そこまでは良かったんだが、それで気が付いたら夜が明けててね。
おまけに今日は神機を適合させた堕し児達に、神機の使い方を教える日だから。昨日ジゼルがあの後堕し児達に神機を適合させてくれたのは既に
そのおかげで、僕がのんびり休みを取って身体を休める………なんてことは出来るわけない。ていうか他支部の人間が来るまでは休めるわけが無い。
………そう分かっちゃいたのだが、意外と儘ならないものでね。アラガミの身体なら休み無しで無茶が効くと思っていたのだが、仮にも人間を模した身体なせいか。確実に降り積る疲労が僕を蝕む気配がある。
ただ精神的にはだいぶ回復したというか……サリーともディーヴァとも、いっぱいイチャイチャラブラブできたおかげでだいぶ元気になった。そのせいで疲れていたとしても、おかげで今日も僕は頑張れそうだ。
………………なんて、思っていたんだが。
「………みんな。おは────」
「ッラァ!!ソロモン!!てめぇゴラァ!!!」
「うお危な。」
エントランスにエレベーターで降り、エレベーターを降りるとほぼ同時。僕に根深い恨みを持つ堕し児が数人、
普段なら難なく躱すなり防ぐなりしたのだが、疲労困憊の僕はそれをすんでのところで躱す程度に留まる。こんな素人丸出しの神機の一撃に当たりそうな辺り、マジでガタが来てると認めざるを得ない。
おまけに何故か、昨日より今日の方が堕し児に殺意が漲っている気がする。いや「何故か」なんて事は僕が造書庫で堕し児の思考を把握できる以上は存在しないんだけど。ちゃんと理由も納得もある殺意だよ。建前上、尋ねはするけどね。
「どうした?今日は……いや、今日も随分やる気じゃないか。」
「ったりめえだ!!ふざけやがってこの外道が……てめえ、昨日ジゼルちゃんに何をしたァ!??」
『ソロモン?』
激高する青年型の堕し児に同調するよう、何故か僕のうちのレンが尋ねてくる。『お前なにやらかしたの?』ってばかりに。なんでお前が便乗してんだよ。新型神機入手した後のこと見てたろうが。
けど態とらしく首を傾げる僕に対し、堕し児達は勢いだけは凄まじい猛攻を続ける。
「オメエと二人っきりで二階行ってから、ずっとジゼルちゃんが何か思い詰めてるんだよ!!!見ろやあそこ!!!」
「挙句に尋ねても何も答えやしない!!!人の真似事したアラガミのくせに、ジゼルちゃんにナニしやがった!?言ってみろ!!!」
「あー………ね。」
分かっちゃいたけど。そりゃ堕し児視点だと、僕がジゼルと二人で二階に行ったと思ったら、ジゼルが思い詰めた顔して降りてきたわけだから。
んでジゼルの性格的に僕がジゼルの部屋に連れてかれたって事は想像ついてるから。彼らは「ジゼルがアラガミの僕に手を出されて、あんな思い詰めて絶望してる」って思ってるんだ。
確かにジゼルならそう言いふらして、堕し児を焚き付ける材料にはしそうだけどさ。そう荒れ狂う彼らを差し置いて、ジゼルはカウンター席から僕の方を無言で見ている。んで僕と目が合うと、無言で目を逸らした。まるで僕という存在そのものを視界に入れるのが苦しい、って顔だ。
………まぁ実際のところは、ジゼル的には僕に強姦されてた方が数倍マシってレベルなんだけど。普通は分からんか。まさか僕がこの堕し児達の中だと最年少クラスのクソガキで、にも関わらず人類の絶滅を願ってるって。
そしてそれを止めるには殺すしか無くて、幼く哀れな僕を殺したくない。けど憎くて憎くて仕方ない仇として殺したい。その上で殺す理由まで与えられ、相反する感情の板挟みになったんだ。
挙句にそうした心が二つある状態にすら、半分とはいえ僕に殺意を抱くことすらジゼルは死にたくなるほどの自己嫌悪を覚える。だから僕の姿は直視できない。直視すれば殺したいと思うし、殺したいと思えば罪悪感で死にたくなる。そんな地獄の負の連鎖を一人抱え、堕し児達の元に戻ったんだ。
そりゃ「何もなかった」なんて、ボロ泣きしながら堕し児達に告げるわけだ。言えるわけないもの。僕に同情したなんて、それこそ彼らに対する裏切りのようなものなのだから。
そしてだんまりを貫いた結果が、この今の狂戦士と化した堕し児達と言うわけだ。結果として焚き付けるのには大成功してるじゃんね。
ただ可哀想なことに、当のジゼルは僕が寄って集って殺されそうになってる光景にまたしても心を痛めてる。それでも『何かの間違いで僕が死ねば、自分は悩んで苦しまずに済む』って祈りも存在する。その比率は今のところ半々で、難儀な思いしてるんだよ。ここまで何をやっても苦しむとは、流石に不憫になってくるな。
だからジゼルには本当に悪いんだけどさ。僕は堕し児達の疑問に、正直にこう答えた。
「………何をしたも何も。僕はただ、彼女に教えただけだよ。」
「────────あ"ぁん!??」
「僕の最後の目的は人類の絶滅。この世の全てのフェンリル支部を、
そう、僕の目的のありのままを告げる。そうすればあまりに人類視点で邪悪の極致みたいな目的に、神機を握る堕し児達はその動きを固まらせた。おかげでさっきの怒号と喧騒が嘘みたいに静まり返る。堕し児ってこんな静かに出来たんだってなるくらいに。
でもそんな静寂を破ったのは、さっきまで静観を決めていたジゼルだった。彼女は突如としてカウンターから飛び出すと、泣き叫びながら僕の胸ぐらを掴んできた。
「────なんで!!!キミは……それを、この子達にバラしちゃうの!??私、言わないで黙ってたのに………!!!」
「ジ、ジゼルちゃん………!?」
「そんな事したら……どうなるか、キミだって分かってるでしょ………なのに………!!」
ジゼルの危惧通り、これで堕し児達は僕を殺す理由に加えて大義名分を得た。今までは唯の支部を滅ぼす仇だったが、これで堕し児は「人間世界を守るために僕を殺さなきゃいけない」って思い知った。
………最もジゼルは、僕がそこまで堕し児に嫌われて敵視されるのは望んでなかったみたいだけどね。だから黙ってたんだよね。昨日知った僕のことを、堕し児達にも隠していたわけだ。
だってジゼルは、僕が堕し児と和解して人間としていい子に暮らせば手を汚さないで済むもの。復讐だって『ソロモンが無害になったなら仕方ない』って諦められるものね?正直そうしてくれるのが、ジゼルとしては一番嬉しいんだろう。
けどそれは僕に言わせりゃ悪手だよ。僕にとっても、堕し児にとっても。現に堕し児達はそんな大事なことを、他ならぬジゼルが隠していた事にザワついている。
そりゃそうだ。これは共有しなきゃダメな情報だもの。少なくとも「僕を殺す」って目的で団結してる堕し児達には、どんな思惑があれど伝えるべきだった。
………これじゃ、ジゼルが僕(ソロモン)の味方だって見られても仕方ないだろう。
「なあジゼルちゃん……それは、本当かい………!?なんで、そんな大事なことを黙って────」
「………………ッ。だって……私は………………」
言葉を詰まらせ、ジゼルが瞳に涙を溜める。……半端に可哀想とか思うから苦しむし間違えるんだよ。僕としちゃ、そりゃ慈しんで優しくしてくれるジゼルの気持ちは嬉しいけどね。けどそれは嬉しいだけであって、僕にとっても不都合だ。
何しろ僕としちゃ、ジゼルには堕し児を管理し体良く僕の言うことを聞かせるための緩衝材になってもらいたいんだ。そういう意味で、ジゼルと堕し児の仲が拗れることは避けたい。
だからね。僕はもう一つ、助け舟を出した。
「言えるわけ無いだろう。この娘は『自分が僕の言うことを聞くから、そんな酷いことを他の堕し児にさせないで』って頼んできたんだ。」
「………………えっ……!?」
「何しろ僕としては、君達堕し児には僕の手伝いをして欲しかったからね。人類の存在しない世界を手に入れる、そのためだけに僕らは
「そしてそれを知ったジゼルは、他の堕し児を使い潰さない代わりに自分だけは言うことを聞く。そう持ち出して来たのだ」と、僕は堕し児に出任せを吐く。
ま、全部が全部嘘って訳では無いが。堕し児を人類絶滅用の戦力にしたいのは本当だし。けどそうと言葉を吐けば、ジゼルはフルフルと首を弱く振って僕の言葉を否定していた。せっかく助け舟を出してやったのに。やはりというか、乗る気は無いようだ。
………いいよ別に。ジゼルの意思なんて、あって無いようなものだから関係ないし。
何しろね?
「ジ、ジゼルちゃん……!?そうなのかい!??」
「ち、違う!違うの!!私はそんなこと────」
「いいや隠さなくていいぜジゼルちゃん!!むしろそこのクソゴミが、尚のこと生かしておいちゃいけねえ奴だって分かった!!俺達のジゼルちゃんにとんでもねえ事させようとしやがって!!!」
僕の言葉を最後まで聞き届けた後。ジゼルの言葉の真偽を確かめるより先に、最寄りの堕し児が僕へと斬りかかってきた。そりゃそうだ。自分達の
堕し児達からすりゃ僕がそんなものを背負わせたって嘘を吐く理由は無い。仮に僕の言葉を嘘とジゼルが否定したとしても「堕し児を心配してのこと」と解釈する。
おかげで堕し児達は一層のこと僕への殺意を昂らせ、不格好ながらにも神機を構える。その目には「故郷を地獄に変えた仇を討ち取る」という私怨だけでなく、「世界を滅ぼそうとする第零接触禁忌種を討ち取る」って使命感まで燃えている。確認するまでもなく、僕を殺そうというモチベはこの上なく高まった事だろう。
「舐めんじゃねえぞ!!第零接触禁忌種ソロモン!!俺達がてめえの思い通りになるとでも思ってんのか!?」
「そ……そうよ!!私達は貴方を討って、お兄さんの仇を………いえ!!貴方から世界を守るんだから!!」
「そうかそうか。既に人ならざる身の上で随分と頼もしいことだ。君達は志を同じくする神機使いの来訪すら恐れているくせに。」
そして僕に挑もうと構える彼らに対し、僕は態とらしいまでの嘲笑で応じる。ほらね、みんな大好きだよね。使命感。こうやって共通の敵を作って、戦う大義名分を与えておけば人間ってやつは簡単に団結する。んで彼らを戦力として鍛えたい僕にとって、この敵意や殺意の高まりは実に都合がいい。
………まあ、ジゼルとしてはこうやって僕が堕し児と溝を深めるのが嫌で昨日のことを誰にも言わなかった訳だが。それを僕に台無しにされた上で、弁解も出来なくなったせいかな。ジゼルは大粒の涙をボロボロと零して、刃を向けられる僕の方を見つめている。
「ちがうの……みんな、ちがうの………!!」
流石にあんな顔させると罪悪感あるが、そんなものは今更だ。唯一と言っていい大切な肉親の弟を殺し、その忘れ形見も奪わせ、復讐という拠り所すら僕はジゼルから取り上げかけた。
その上で唯一、ジゼルは
助け舟に見せ掛けた惨い仕打ちだとは僕もちゃんと分かっている。分かった上で、僕の目的のために彼女の優しさは尽く踏み躙る事になる。
「では来たれ英雄諸君。君達が超えるべき壁の高さ、君達の如何に脆弱か、そのほんの一端を身を以て知るがいい。」
「行くぞお前らァ!!あんの人の真似事した邪悪の権化を、今日こそ俺達の手でぶち殺すんじゃアアア!!!」
「「「「「ウオオオオオオオオ!!!!!」」」」」
「お願い……!!みんなやめて……その子は………」
膝から崩れ落ちるジゼルを他所に、僕と堕し児の
そしてその上でジゼルに今一度見せつけた方がいいとも思ったんだ。僕は「望まずアラガミにされた幼い
「起動せよ
僕が有するアラガミの情報の中から保有能力を選択し、その性質を融合した上で僕は裸足の足に意識を向ける。そうすれば先ずはウロヴォロスの触腕を素体とした根が支部の床下を這い、堕し児達の足元を覆う。
そこから本来なら触手で突き上げを行い、相手を打ち上げるのが原種のウロヴォロスの能力だ。しかし僕はその触手を堕し児の足元に伸ばすと同時、先端にコクーンメイデンの腹部の機構を生成した。
その上でその伸縮性の毒針をボルグ・カムランの外皮で覆うことで硬度を強化。地中から突き上げるよう展開すればそれは、足元から咲く無数の針山と化す。
「────
「なっ────!?」
唱えた直後。実質その場から一切の前動作を見せることなく、堕し児全員の足が無数の鉄針によって刺し貫かれた。……思い付きでやってみたが、神機使い相手にも有用そうだな。
回避困難な初見殺しのおまけに、あんな足がスポンジみたいになるんだから機動力も殺せる。初撃以降は躱されるだろうが、開戦早々撃つには出し得でしか無い技だ。使える組み合わせとして覚えておこう。
だが………
「………舐めんじゃあない!!足を貫かれた程度で、私達が止まるとでも────」
「そうだよね。それでこそ
堕し児達は足を縫い付ける剣山など気にせず、そのまま僕に刃を振るおうと躍起になっている。そうした気迫には僕も少なからず圧倒されるよ。やはり彼らのその執念は、そう時間を要せず彼らを優秀な戦士に変える。そう確信するほどに。
だからさらに追撃として、僕はプリティヴィ・マータの凍結能力を足の蔓越しに発動。既にスポンジ状の堕し児の足を、瞬間凍結させることでバラバラに粉砕する。
そうすれば堕し児は全員膝から下を失って倒れるから、さらに千本剣山を発動。神機と腕輪、そして頭部を除く全身を剣山で縫い付け、今度こそ完全に無力化した。
「が………………………ッ!!!」
「くれぐれも戦闘中は、どんなに頭に血が昇っていようと視野を広く保つことだ。この手の踏むと起動する罠は、これから君達が戦う神機使いも扱うからね。
流石にもっと分かりやすいと思うけど。」
「誰が神機使いと戦いなんかするか……クソッタレ………!!」
予備動作なしの広範囲座標攻撃とかいうクソ仕様は、きっと僕しかやらないから。これに慣れておけば、神機使いの置く罠にかかる間抜けはいなくなる事だろう。
でもその場で身動きひとつすること無く、堕し児の軍勢を一瞬で無力化した僕はどう見えたのやら。全身串刺しの刑という、再生能力が無ければ残虐極まりない仕打ちをどう見たのか。
床を堕し児の血で真っ赤に染めた数秒後。ジゼルは僕の手を掴むと、力尽くでエレベーターの方へと引きずって行った。
そして────
「────なに、考えてるの!?!??」
「惨い攻撃使ってごめんね。ただ君が戻る頃には彼らも元通りになってるだろうから、そんな怒らないでよ。」
「それもだけど………そうじゃなくて!!!」
僕を堕し児達のいない二階に連れ出すと、ジゼルは胸ぐらを思い切り掴んで僕を壁に押し付けてくる。その手は怒りで震えていたし、綺麗な赤い瞳からは未だ涙が零れ続けている。
けど僕は敢えてこちらから歩み寄るような真似はせず、何に怒っているか分からない体を装い首を傾げる。そうすればジゼルは僕を強く抱きしめ、震える声で漏らした。
「私……キミに人として生きて、みんなに嫌われないようにって黙っていたのに……!!なんで、言っちゃうの………!!」
「君がそうやって僕を庇うからだよ。堕し児を体良く動かす仲介役が、彼らと軋轢を生んだら元も子も無いだろう。」
「………………………っ!!」
そしてその上で、一番彼女が返すのに困る回答を選んで答える。あくまでジゼルは僕と堕し児の間を取り持つための存在で、ジゼルが僕に抱く同情心は決して表沙汰にしてはならない。それはジゼル自身、堕し児達との仲を円滑にするために必要な前提条件とは分かっている。
だからこそ抱きしめる腕の中で淡々と僕が紡ぐ言葉は、またしてもジゼルの心を削って追い詰める形になる。そうと分かった上で、僕は続きを語る。
「君が僕に属する裏切り者だって勘違いされたらどうなるか。……聡明な君が、想像できないわけ無いだろう?」
「………………分かってる。分かってる、けど……その………」
「心配しなくても、僕は人に憎まれるのも恨まれるのも慣れている。僕の扱いに憐れみを向けようと思うなら、それこそお門違いだ。」
例え僕が小さくて儚い子どもの姿をしていて、実際にその根源が年端もいかない子どもだとしても。仮にそんな子どもが寄って集って罵倒され、暴力を振るわれる様が視覚的に堪えたとしても。実際それは堕し児を纏め上げるための最適解で、その上で僕は自身の扱いに悪感情を覚えることは無い。
そしてそうした僕の在り方は、ジゼルにしてみれば到底耐えられる訳が無い。それなりの良心を持った人間の視界に僕の在り方は、壊れた狂人か何かにしか見えない。挙句にそれが不可抗力でこうなったとあれば、年端もいかない子どもであれば、その有様はどれほど哀れに見えるやら。
「………………………ッ!!!」
「………どうしたのジゼル。苦しいのだけど?」
「憎まれるのに慣れたとか恨まれるのに慣れたとか……そんな悲しいこと言わないでよ………!!『私のせいで嫌な役やらされた』とか、恨み言の一つも言っていいんだよ………!??」
彼女の胸に顔を埋める形で、ジゼルが僕の頭を長い指で撫でる。「少しでも僕に人間らしさが戻りますように」、なんて叶うわけもない祈りと共に。僕の代わりにとでも言うように涙を流し、僕を必死に慰める。
………こんなとこ、堕し児に見られたらジゼルも終わるのに。何でそこまで僕を人間扱いして、人間に戻そうとするのか。そんなに僕への復讐を諦めたいか。僕に人類絶滅を諦めさせたいか。
だとしたら涙ぐましい努力だ。そう嘲笑するのは容易いが、同時に頑なに僕を人間の子ども扱いして接するジゼルは不思議な気持ちになる。本当だったら「余計なことは考えるな」と拒絶して、距離を置くのが正解なんだろうけど。
僕は僕の有様に勝手に傷ついて、涙を流して悲しむジゼルをそっと抱きしめ返した。そうやってジゼルの想いをほんの少しでも肯定したのが驚いたのか、ジゼルは涙の溜まった瞳で驚いたように僕を見つめる。だから僕は、呆れを込めた独り言をその場でぼやく。
「………本当に、君は頑なに僕を人として扱うんだね。僕を殺さなきゃ人類は滅ぶ。そう分かっているくせに。」
「い……いけない?だってキミ、実際元人間だし……人間の子どもだし。それに────」
「僕をアラガミだと認めたら、君達堕し児も「自分は人間だ」って胸を張って言えなくなるからだろ。……僕は僕も堕し児も、一度だって人間だなんて思ったこと無いよ。」
んで追撃と言うにはあまりに心無い一言を加えれば、ジゼルは返す言葉を失った。それで目に見えてしょんぼりするから、僕は改めて彼女の身体に顔を押し付ける。……別に事実を述べただけで、非難した訳では無いからね。
………むしろ僕は、そんな中で「自分達は人間だ」と叫び続けられる堕し児はあまりに健気で嫌いじゃない。その上で僕までをも自分達と同じだと、平等に接してくれるジゼルにはそれなりの親愛も抱いている。……と、思う。
だからこそ、そんなジゼルにしか頼めない仕事がある。本当は自分で考えようと思っていたんだけど、ジゼルに任せてみたくなった。
「だからジゼル。……僕に未だ人の幻影を重ね続ける君だからこそ、一つお願いがあるんだ。聞いてくれるかい?」
「………うん。……いいけど、何して欲しいの?」
「僕に
このままだとこれから来るフェンリルの連中に、馬鹿正直に【ソロモン】と名乗らなくちゃいけない。だから人を騙る上で僕には人としての偽名が必要だ。
その上ジゼルはどうにも僕をアラガミである【ソロモン】の名で呼ぶのが苦しくて嫌らしいから。彼女にとっても呼びやすい名を考えてもらおうと、僕は思い立ったのだ。
………………が。
「────────いいの………?」
………そんな気楽で気紛れな、本当に気が向いただけで与えた仕事なのに。当のジゼルは僕の与えた仕事に対し、息を飲む程に重い意味を見出した。赤くて綺麗な瞳を大きく見開いて、僕が「名前を下さい」と頼んだ事実を随分と強く噛み締めていた。あくまで人間共に騙る偽りの名前なのに。
「………私で、いいの……?そんな大事なこと……キミにはもっと相応しい相手がいるんじゃ……フレイとか………」
「あの娘は僕に人として接した事なんて一度も無いよ。……君が初めてだ。僕をまだ人間だなんて呼ぶ娘は。そして君以外、そんな愚者は要らない。」
「………………………………………ッ。」
暗に自身の身の上は決して他の堕し児に明かさない。そう断言し、ジゼルに「名付け親」の役目を与える。……うん。割と残酷なことしてる自覚はあるよ?案外僕は、この娘の精神を嬲るのが趣味なのかもしれない。そう錯覚するくらいには、彼女に
………なのに。それでも僕がほんの少しでも歩み寄ったのが、ジゼルにとっては嬉しくて嬉しくて仕方ないらしい。実の子でも抱きしめるように優しく頭を撫でながら、ジゼルは僕に再度尋ねた。
「………本当に、私なんかでいいの………………??キミのこと、憎いっても思ってるのに………」
「いいよ。………僕に名を授ける役割は君が相応しい。いや────ジゼルがいい。」
「………………そっかあ。」
これ程にジゼルが僕に与える名を特別扱いするものだから、僕も不思議と特別な事をさせてるように感じてしまう。……けどそんな役割を押し付けられる相手はやっぱり思いつかなくて。改めて僕から頼み込む形で、僕はジゼルに人としての名前を考えさせた。
それからどれだけの時間が経ったのか。ジゼルは長く目を閉じて、一生懸命に僕の名を考えてくれた。そしてその上で、彼女はある名を僕に導き出した。
「じゃあね。
………【ゼロ】、なんてどうかな。」
…………………………………。
………………………………………………………。
「………ジゼル?」
「な、なに?やっぱ………変かな?」
「いや。……君に名付け親を任せたのは案外正解だったなって。そう思っただけだよ。」
こんなに僕に相応しい名前を思い付くなんて。アラガミとして生きてきたが故に人としては空虚で、本来ならこの支部内にも世界にも存在しない人間。在らざる人たる僕を表わす上で、これほど相応しい名もあるまい。
最もジゼル自身はもっと別の願い……というか叶えようもない切な祈りを込めて、僕にこの名を授けたようだが。そういう意味ではこの名は重すぎるが。それでも僕が彼女のくれた名前を肯定して噛み締めれば、見たことが無いくらい嬉しそうにしていた。
「本当に!?……この名前、気に入ってくれた!??」
「ああ。……君がどんな意図でこの名を付けたのかは知らないが、覚えやすくていい名だと思う。これから他の堕し児にもこう呼ばせる訳だからね。」
「………それなんだけどさ、ソロモン?」
彼女の呼び声に対し、抱きしめられたまま僕はジゼルの顔を見つめる。嬉しそうにニコニコはしているものの、珍しくジゼルは言葉の続きを紡ぐのに躊躇しているように見える。
……まあ躊躇するのも頷けるくらい、重たいこと考えてるんだけどさ。名前を与えるなんて大役を引き受けてくれたんだ。それこそ多少のワガママなら聞いてやるべきだろう。そう思い、僕は彼女に言葉の続きを促す。
「何か僕に頼みがあるなら聞こう。……君はそれだけの事を僕にしてくれたからね。」
「!!………ほ、ほんと!?じゃあ別に、変な意味がある訳じゃないんだけど………お願いしてもいい、かな?」
「何なりと。」
彼女の願いを肯定すれば、ジゼルが幸福そうに目を細める。………ほんと、僕のせいとはいえ重い娘だこと。そんな特別、僕なんかより余程見出す相手がいるだろうに。
「……ゼロ。その名前を他の子に教えるの、明日にしてもいい………?」
「いいんじゃないか?覚えやすい名前だと思うし。」
「ごめんね。……今日だけは、ゼロの名前を私だけが噛み締めたくて………多分、いっぱい呼んじゃうけど………」
僕の人としての名前の名付け親となった事実を噛み締めるように、ジゼルが小声で呟く。慈しむように何度も何度も、僕を抱きしめその名を囁く。
そしてその事に気分を良くしたのか、結局僕はまたジゼルの部屋へと連れて行かれてしまった。まるで僕に与えたばかりの名を誰にも聞かせたくない。そうある種の独占欲を感じさせるほどに、この日のジゼルは僕が愛しくて仕方ないようだった。
その上僕はそれを拒絶するための方便も持たず、珍しい事に僕もされるがままだった訳だが。何かを間違えた気がするのは、きっと気のせいでは無いだろう。
ゼロ
どうかこの子が苦痛と憎悪に満ちた過去と決別し、新たな人生を始められますように。そう新たな始まりを願って第
その名に込められた叶わぬ願いを知るものは、生涯ソロモンとジゼルの二人のみである。