神様にされたら愛され過ぎてヤバい件について。   作:Am.

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02.偽巧(タブー)

 そうしてリンドウとの初任務を終えた後、僕はリンドウと共に帰投した。が、そこで僕はリンドウ諸共一悶着があった。

 

 そう、僕が抱えるロシアの生き残り────つまりは堕し児達である。

 

「おうおうおうおう、おかえりなさい支部長様ァ!?まんまと無事に生き残りやがって、テメエこの野郎!!」

 

「お隣の極東の厄種役立たずもご一緒たぁ、こりゃあお似合いだわねェ!?お()ェらが戻ってくるたあ思わなんだわクソが!!」

 

「なっ………なんだ!?」

 

 帰投し早々、神機を預けてラウンジに帰ったらこれだ。赤い腕輪をしたロシアの生き残りの面々が僕らを取り囲み、ここぞとばかりに罵詈雑言を飛ばしてくる。

 

 おまけに今回は、普段は事態を鎮静化するジゼルも居ない。彼女には事務仕事を投げ付けたシックザールの手伝いをして貰ってる。ついでに余計なことしないかの監視も含めて。

 

 とはいえ問題ない。僕は僕で、堕し児達の扱いは慣れたものだ。リンドウの目がある手前、アラガミの能力で叩き伏せる訳にも行かないが。暴行の二、三発も辞さないラウンジの雰囲気の中で、僕は堕し児達に笑顔で尋ねる。

 

「おはようみんな。今日も元気そうで何よりだけど……君達に任せた()()の進捗はどうかな?こんな場所で僕らに構ってる余裕、あるとは思えないのだけど。」

 

「ッ!??それは……その、今なんか考えてらあ!!テメエこそ、この極東の役に立たねえカス共を働かせてんだろうな!?」

 

「それは勿論。寧ろ先程も随分と助けられてしまった。やはり本職だけあって腕がいいんだよ。ね?リンドウ。」

 

 暗に「こいつらクソ強いから気を付けろ」と、堕し児達にそう伝える。が、何人に伝わったのやら。堕し児達はバツが悪そうに顔を逸らすのが殆どで、次にどう(なじ)ったものかと言葉を探している。その嫌な視線が僕だけでなくリンドウにも向くあたり、恨みの深さは同格か。まあ無理もないか。

 

 流石に心配は無いと思うが、この支部内で公に妙な真似をしないよう釘だけは刺しておくか。リンドウが隣にいる手前、僕も下手なことは言えないけども。

 

「皆の遺恨はよく分かるが、くれぐれも()()()()()()()()お行儀良くね。フェンリルから支援が来た以上、君達を使う理由は無くなったんだから。」

 

「!!!………っ、クソガキが!!」

 

「文句があるなら働きで示す事だ。心配しなくても、そのうち君達にも「仕事」は出来る。その時までに、各々牙を研いでおいてね。」

 

 暗に「下手な真似したら消すぞ」と脅した後に、僕やリンドウへの報復の機会をチラつかせる。そうすればまだ不満気ではあるが、堕し児達は僕らの道を開けた。想像を絶するクソ民度にリンドウは唖然としてるが、その手を僕はそっと引く。そうして階層を移せば、漸くリンドウはその口を開いた。

 

「お前……なんかめっちゃ嫌われてないか?大丈夫か?」

 

「君も大概嫌われてただろうに。僕は大丈夫だよ。」

 

「そうか?ならいいんだが……俺達のは、覚悟してるから大丈夫だ。俺も、あいつらも………」

 

「支部の有事に真っ先に逃げた役立たず」「ソロモンを討ち損ね、まんまとロシアに呼び寄せた疫病神」。現在の堕し児達の間で極東第一部隊とは、大雑把に言えばこんな認識だ。それはジゼルだけでなく民間人上がりの彼らも同じで、支援に来たのが極東の面々と知れた時は大いに沸いた。悪い意味で。

 

 そして僕は言わずもがな。リンドウの目の前、僕が諸悪の根源(ソロモン)だと暴露しないだけの理性は働いていたそうだけど。それでも隙あらば突っかかって来るのは変わらないし、状況が許せば間違いなく僕を殺しにかかる。そう僕が育てただけあり、その在り方は決して変わらない。

 

 けど初対面のリンドウからすれば、僕までが弾劾されてるのは予想外だったらしくてさ。まあこんな愛らしい子どもの姿で寄って集って糾弾されてりゃ、見てていい気もしないだろうが。リンドウは暫く迷った末に、僕に聞くことにしたらしい。

 

「………なあ。言いたくなかったら良いんだが、なんでお前さんは……その。あんなに嫌われてるんだ?仮にもこの支部を救った英雄だろ?」

 

「この支部のために大勢死なせたから、だろうね。」

 

「………………………っ。」

 

 嘘は言っていない。この支部を手にするために、僕は大勢殺した。が、今使うのはそっちではない方弁だ。まあそれでも、こんなこと言ったってリンドウは困惑するだけなんだけどさ。答えたようで答えてないよな。

 

「大勢死なせたって……どういう事だ?お前さんは………」

 

「分からない?支部を救いあの軍勢を撃退した七十二の神機使い。その下にどれだけの屍が積まれたか。」

 

 少なくとも喰う者と喰われる者。神骸種が堕し児になる過程で残存人口は半減したが、僕の方弁ならその数はさらに増える。支部に残存する神機を片っ端から民間人に適合させ、あの軍勢に突っ込ませることで撃退した。言うのは容易いが、そもそも神機ってそこまで無条件に適合するものなのか。

 

 答えは断じて否。もしそう適合するならあれほどの神機が埃を被り、あれだけの命が軽い居住区育ちがのさばるわけが無い。どう少なく見積もっても五人に一人、それが神機に()()適合する人数だ。そして適合に失敗してアラガミ化を引き起こしかけた人間は、原則として全員処分する事になっている。

 

 だからフェンリルは本来、失敗を避けるべく適合率を調べる事前調査を施す訳だけどさ。今回の僕はそんなものもせずに無作為に行ったから、余計に死人が増えた。

 

 しかも適合したとて、あくまで出来上がるのは神機を握り立ての新兵だ。あの軍勢に突っ込ませて、どれだけの人間が生き残ったのやら。そしてどれだけの人間が死ぬか分かりながら、僕は彼らを軍勢にぶつけ続けた。

 

 適合試験の過程で使い潰し、適合した新兵を使い潰し、(のこ)った神機を次の人間に適合させる。その繰り返し。そうやって屍で道を作った結果がこの勝利と、僕に降り積もった怨みの数々である。

 

 十歳そこらの子供が背負う業苦にしては重すぎる?それは本当にそう。これでも真実よりはだいぶマシではあるんだがね。虐殺しまくって生き残りもアラガミに変えたとか、口が裂けても言えないわ。

 

 それでもこうした血塗れの筋書きは、リンドウにとってもあまりに重すぎたらしい。僕がやった事────否。そうせざるを得なかったと知るなり、リンドウは僕の身体を強く抱き締めた。

 

「………………すまない。」

 

「なんで謝るの。リンドウは悪くないのに。」

 

「俺のせいで……俺が、ソロモンを仕留められなかったせいで……お前さんに地獄を選ばせた。」

 

 まあある意味、リンドウのせいではあるが。リンドウがサリーを手に掛ける事が無ければ、僕も人類全てを滅ぼそうだなんて思わなかった。が、あれに関しちゃ最初に仕掛けた僕のせいだ。だから殺す必要を認めこそすれ、リンドウを恨む気など毛頭ない。

 

 分かってる。そっちの話じゃないだろ?リンドウが僕に懺悔してるのは。

 

「………俺は。姉上が殺され掛けて、撤退したんだ。死に掛けのソロモンを放置して、奴らの【伴侶】に追けられてると知りながら………」

 

「へえ。………それで?」

 

「そのせいで、ソロモンはこのロシア支部に辿り着き……大虐殺の限りを尽くした。そのせいで、お前さんみたいな子どもに……こんな地獄みたいな選択をさせちまうなんてよ。」

 

 そう諸悪の根源に懺悔するリンドウを、僕はそっと抱き締める。何故か罪悪感で潰れそうなリンドウを見てると、こっちが悪いことをした気になるが。いや実際悪いことしてんだけどさ。人間視点だと。流石になんて言うか、こっちまでもがいたたまれなくなる。

 

 当然僕としては、僕に向く憎悪も虐殺に対する罪悪感もどうでもいい。が、ジゼルを見てたから分かる。こういう手合いの人間にそういう内面を話すと、それはそれで「自分のせいで心が壊れた」って余計な苦しみを与えるだけだ。宿敵なのを考えるとそれも良いんだけど。さっきも言った通り、僕は別にこの人に恨みがある訳じゃない。

 

 だからね?代わりに尋ねたんだよ。単純な興味として。

 

「ちなみにリンドウ。……その死にかけたお姉さん、どうなったの?」

 

「どうにか息はある。………が、もう二度と神機は握れないだろうってよ。「何故見捨ててソロモンにトドメを刺さなかった」って、めちゃくちゃ怒られたよ………」

 

「そう。………生きてたんだ。」

 

 ほんと神機使いってやつは恐ろしいものだ。記憶が正しければチャージグライドで内臓ぶち抜いたのに。それで神機使い引退するだけとか、生命力があまりに化け物すぎる。あのツバキさんだからって信じたいが。あれが極東のデフォならもうパンドールぶち込む以外の攻略法は無いぞ。

 

 けどそうか。生きていて、それでいて二度と神機使いは出来ないか。つまり二度と僕の目の前に出てこない。であれば、わざわざ出向いて殺す理由もないか。

 

 …………………………………………。

 

「良かったねリンドウ。君のお姉さんが生きてたなら、君は判断を間違えなかったって訳だ。」

 

「………………間違ってなかったと、そう言ってくれるのかい。そのせいでロシアは襲われたってのに………」

 

「「生き残ることを第一に考えろ」って言ってただろ。君は第一部隊の隊長として、隊員を生かす事を第一として行動した。隊長としてはこの上なく正しい判断じゃない?」

 

 まあ大局を見るならそれは悪手だったのかもしれないし、現に僕にとっても都合のいい行動であった。けど僕ももし、傷ついたのが僕でなくサリーやディーヴァだったなら。きっと同じように、後先も考えずに撤退を選んだ。

 

 結局身近の大切な誰かを守るために最善を尽くす。それが人として、人を根源とするものの正しい生き方なんだ。そしてそのために必要であれば、他者を犠牲にすることが出来る。それは守られる側からすれば、これ以上に頼もしいことは無い。

 

 ………分かってる。こんなのは慰めに見せかけた自己正当化だ。僕とリンドウが似てるわけないのにね。一点だけ共通点があっただけで気持ち悪い。仮にも宿敵を、分かった気になろうなどと。

 

「少なくとも僕が君なら、全く同じ判断をする。……そういう意味では、少なくとも僕はリンドウを責めたりはしないよ。」

 

「そうか。………お前はほんと凄いなあ。こんな小さいのによ……」

 

「僕は他の人みたいに被害被ってないからね。正直どうでもいいんだよ。死んだ人間のことなんて。」

 

 だってこれから僕は、人類そのものを滅ぼす可能性すら全然あるんだ。そんな人を殺す度に心を痛めていたら、それこそ心が保たない。仮に人類を改めて滅ぼす必要がないほどの安寧を手に出来たとして、そのためにはこの第一部隊の全滅は必須だ。

 

 ……そうだ。死んでしまえばどうでも良くなる。人の姿で対峙すれば気が合うリンドウも、他の第一部隊の面々も。取り返しがつかなくなってしまえば、そういうものだと諦められる。

 

 今更躊躇うな。僕はサリーやディーヴァのために、人類を滅ぼすと決めたんだ。そのためだけに多くの命を踏みにじり、今なお残った命を良いように利用してる。これで躊躇って失敗すれば、それこそバカ以外の何物でもない。

 

「大事なのはねリンドウ。過去の後悔なんかじゃなくて、これから何をするかだよ。後悔があるなら尚更だ。」

 

「………分かってる。みっともない所を見せたな。」

 

「うちの治安の悪さを見れば気が滅入るのも仕方ないよ。けど、積み上げた屍をどう生かすかは生者にしか決められない。僕も屍の山に報いるために、やるべき事をやるから。」

 

「だからリンドウも成すべきを為せ」と。そんな偉そうなことを告げ、僕は四階でリンドウと別れた。ほんと傍から見たら嫌なクソガキだよな。

 

 けどおかげで僕も覚悟は出来た。例えこの第一部隊との共同生活がどうであれ、どれほど神機使いとしての生活が楽しかったとしても彼らは殺す。そしてそのために出来ることは、どんな事であっても手を打っておく。

 

 例えばこの支部の堕し児達。彼らの第一部隊に対する憎悪は、ああ言った手前何だが上手いこと使える。あくまでジゼルを経由して、先導することになるだろうが………元よりその作戦は、僕も思いついてるんだ。

 

(………支部長の業務が終わったら相談してみるか。)

 

 デスクワークは全部シックザールがやってくれたからな。「学べば誰でも出来る書類仕事などより、君は君にしか出来ない仕事をするべきだ」とかで前線送らされたし。そのせいで第一部隊の「神骸種の調査」の監督をしてる以上、支部内で僕がやる事は少ない。せいぜい先程の任務の結果をシックザールに報告するだけだ。

 

 故に僕はシックザールに貸した応接室に辿り着けば、ノックもなしに扉を開ける。そうすれば書類の山に囲まれたシックザールが挨拶代わりに手を軽く上げた。ついでに無事に帰ってきた僕に、それを後ろから睨んでいたジゼルも明るい笑みを浮かべる。

 

 それを柔らかな笑みで応対すれば、シックザールは書類をめくる手を止めて僕に尋ねた。

 

「おかえりゼロ支部長。任務の方はどうだった?」

 

「ヴァジュラが乱入した以外は恙無く。隊長殿が優秀だった為、随分と楽をさせて頂きました。」

 

「謙遜しなくていい。君もその力、存分に振るってくれたそうじゃないか。流石は期待の新型神機使いだ。」

 

 なんて、報告ついでに軽くシックザールと会話する訳だが。それで分かった。こいつ、さてはリンドウに通信機か何か仕込んでたな?んで任務の様子を把握してやがったわけか。迂闊なことしなくて良かった。アラガミの力や血の力を使ったら速攻でバレると思っていいな。油断も隙もない。

 

 んで、シックザールに任せた書類仕事の方なんだけど。こんな油断も隙もない男だから、僕はジゼルに尋ねることにした。

 

「それより支援の手続きや書類仕事など、全て請け負って頂きありがとうございました。ジゼル、進捗の方は?」

 

「粗方終わったよ。ただゼロも目を通して、一緒に決めた方が良さそうな部分だけ未記入で何ヶ所かあるけど。こいつ一人で決めようとしたから、待った掛けといたんだよ?」

 

「こいつとか言うんじゃありません。」

 

 案の定なんか勝手に決まり事が決まりかけてたそうで、口では制しつつも「よくやった」とウィンクを送っておく。シックザールめ。本当に油断も隙もない。支部長が不甲斐ないガキなのをいい事に、隙あらば首輪をつけようとしてきやがる。いや……僕の用心深さがどの程度か、敢えて探ってやがるのか?

 

 そしてジゼルが鼻を鳴らせば、シックザールは何食わぬ顔で僕にまだ手を付けてない書類を差し出してくる。主要設備の管理権限や情報共有網の秘匿共有先……ああなるほどここに極東の名前を書こうとしたわけか。

 

「まあ僕もこれから現場仕事が増えるとここを空ける事も増えるし。設備の管理権限は、支部に滞在してる間は許可してもいいのでは?そこらの勝手は僕もまだ分からないし。」

 

「情報共有網の秘匿共有先は?これ、なんか極東とここだけで内緒話するためのやつじゃんね。」

 

「復興の最中な以上、余計な波風は立てたくないから保留で。……相談事などがあれば、僕が直に聞きますので。」

 

 なんて僕が柔らかい笑みはそのままに告げれば、シックザールは僕の選択をあっさりと許諾した。あくまで「僕の意向を最優先に」ってスタンスは、やはり僕を値踏みしてるようだが………果たして僕は上手くやれてるのやら。

 

 とにかくそんな塩梅に、ジゼルとシックザールのおかげで今日の支部長としての業務は直に片付いたのだが。そうすると僕がジゼルに声を掛ける前に、シックザールが僕を呼び止めてきた。

 

「ところでゼロ支部長。この後少しだけ時間いいかな?」

 

「……構いませんよ。どうかなさいましたか?」

 

「どうにも話を聞くに、君は神機適合後の検査を行っていないのだろう?今後は忙しくなるだろうから、今のうちに済ませてはどうかと思ってね。」

 

 あああれか。確か神機に適合した後、細胞の状態とかなんか色々と確認するやつな。それで神機との適合率とか身体の異常の有無とか、なんか色々と分かるそうだが。実行には専門的な知識が要る上、僕も技術者の類はまだ喰った事が無い。そのせいでシックザールの言う通り、そんな健康診断(バイタルチェック)などの検査の類はやっていない。

 

 けどシックザールは今じゃ支部長だが、昔は神機絡みの研究なんかの第一人者だった。技術屋は廃業したとかだが、それでも新型神機使いという希少サンプルは気になるのだろう。少なくとも純粋な心配という訳ではあるまい。

 

 何にせよ僕にとっては厄介な話だ。何しろ僕はアラガミだし、もっと言えばこいつらが追ってるソロモン本人だ。幾ら人の形を真似て、オラクル細胞を人の細胞に寄せて変質させてるとは言えよ?そういう検査したら、ソロモンとまではバレなくてもアラガミとはバレるかもしれない。が、かと言って検査を拒否っても怪しまれる。どうしたものか。

 

 ………いや、別にいいか。

 

「そうですね。今後の繁忙期に何らかの異常があっても困りますし、僕だけお願いしても宜しいですか。ついでに機材の運用と各数値の正常値なども教えてください。他の神機使いの体調も定期的に確認したいので。」

 

「随分と勉強熱心だな君は。……良いだろう。幸い専門用語が多い以外、そう扱いが難しい技術は無い。君ならきっと直ぐに覚えられる。」

 

 了承ついでにそう申し出れば、シックザールは案外快く僕の技術の学習を了承してくれた。これでもし僕が神機使いのあれこれを知れれば、他の堕し児の身体情報の偽装がしやすくなる。書類の話でなく、堕し児の身体の違和感を減らせるという意味でだ。

 

 そしてその上で、僕は僕で絶対にどこかに異常が出るだろうから。そちらについての言い訳は、よくよく考えたら良い案件があった。

 

 

 そうした思惑の元、僕はシックザールに連れられて早速バイタルチェックに掛けられたのだが。そうしてシックザールが僕の身体を調べ始めれば、案の定というか直ぐに異常が見つかった。

 

「………………っ。」

 

「どうかしましたか。シックザール支部長。」

 

「………ゼロ。率直に聞くが、今の体調はどうだ?頭がボーッとしたり、身体が痛んだりはしないか?」

 

「至って健康体ですけど。」

 

 つっても珍しくシックザールが狼狽したから「なんかあったんだな」って分かったんだけど。何があったんだよ。アラガミが人間の真似事したらどこに異常が出たんだよ。もう率直に結論だけ言ってみろ。

 

「……その、だな。君の身体の細胞は、オラクル細胞に汚染……と、呼んでもいいのか?率直に言えば【アラガミ化】を引き起こしている……と、思われる。」

 

「ハッキリしない言い草ですね。もしかして、前例があまり無い症状なんですか?」

 

「ああ。正直に言って、こんなものは初めて見た。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()宿()()()()()()()()。そのお陰で全身がアラガミ化を引き起こしてなお、人の身体のままなんだ。言うなれば君は、アラガミの能力を有した人間……と言うことになる。」

 

 中々確信を突いた評論だが、自分でも何を言っているか訳が分からない。シックザールはそんな表情をしていた。実際にオラクル細胞の形を人間の細胞の形に寄せたのだから、その評論は限りなく正解に近いのだが。

 

 だが当然、フェンリルが有する技術では該当するような状態に至ることは無い。そもそもアラガミ化はオラクル細胞が人間の細胞を捕喰し、増殖したオラクル細胞に置き換わる事で起きる。当然その過程で人の形をした細胞は淘汰され、後に残るのは全身がオラクル細胞のアラガミだけだ。

 

 にも関わらず、僕はどうやってアラガミ化を起こしたまま人間性を保ったのか?当然前例のない個体を前にしたシックザールは、次にその疑問に至る。

 

「……覚えている範囲で教えてくれ、ゼロ。君は一体、どうやってアラガミ化を()()()?」

 

「その口振りからして、凡その想像はついているのでしょう?それで合っていますよ。」

 

「………………………………ッ!!!」

 

 が、その発想そのものはきっと技術者であれば一度は至る。特にオラクル細胞について研究するものであれば思いつく人間は何人かいるはずだ。ただ思いついたとしても、絶対にやっては行けない方法なだけで。

 

 何しろオラクル細胞が有する捕喰という性質には、明確な規則が存在する。それは『捕喰したものの形質を真似る模倣』と、『自身に似た対象は捕喰しないという偏食性』。神機の偏食因子なんかは後者を用いた最たる例だ。

 

 対して僕が用いたのは前者。オラクル細胞に特定の対象を喰わせまくる事で、その形質を任意の形状に寄せる。その上でオラクル細胞の形を人間の細胞のそれに寄せれば、同じく身体を形成する人体の細胞を捕喰するアラガミ化は止まる。

 

 そうした理論だけであれば、思い至る研究者は何人か居たはず。だが誰も、その実証を試みるような者は居なかった。当然だ。何故なら────

 

「………一技術者として、あくまで参考程度に聞きたい。ゼロ……君は一体、()()()()()()()()()()その力を得た?」

 

「恐らく十三人です。と言っても数が多いので神機の捕喰形態を用いましたが。結果は見ての通りです。」

 

「………………流石に多いな。」

 

 ────完全にアラガミ化が終わる前に人間を喰いまくり、体内の活性化したオラクル細胞に人間の形質を学習させる。そうすればオラクル細胞が形状の似た人体を蝕むことは無くなり、自身の肉体としてその能力を十全に行使できる。

 

 こんな仮説、思いついただけでは絶対に実験なんて出来る訳が無い。神機を用いた大量の同族喰らい(カニバリズム)など、人間にとっては禁忌も禁忌だ。

 

 だがその悍ましさをある意味実行し続けた僕だからこそ断言できる。アラガミも人のみを山のように捕喰すれば、人間の声や姿を模倣できた。元々人であったものを人の形に留める程度、技術としては造作もない事だ。

 

 故にこの技術は僕の与太話などではなく、実用的な手法だ。仮に僕以外の神機使いに同じことをさせたとて、僕のような擬似的な人型アラガミは出来上がる。だからこそシックザールも僕の話を真面目に聞いている。

 

 最も適合失敗によるアラガミ化と多数の生贄を前提とした、狂気の技術など絶対に誰も試さないだろうが。こんな()()()()()()()()()()()()()()、使わなきゃいけない場面なんて限られてるだろうからな。現にシックザールも僕のやった事を知った今、珍しく動揺が見えるもの。

 

 それでも否定や糾弾をする素振りが無いのは、こいつも必要ならば小のために大を殺す決断ができる人間だからか。それも必要であれば、全人類を供物に出来るほどに。だからこそその有用性を聞き、使う価値があれば用いるのだろう。

 

 だからもう少しだけ、僕は独自に実証した技法の欠陥をシックザールに開示した。そんな厄介なアラガミ擬き、作られて僕にぶつけられても困るからさ。

 

「おまけにこの方法を用いると、適合させた神機が自身の細胞で汚染されてしまいまして。非常に申し訳ないのですが、僕の神機は未来永劫僕以外には使えなくなりました。」

 

「………………まあ、そうだろうな。」

 

「加えて今は僕もこうして正気のままですが、オラクル細胞の記憶は永遠のものではありません。ので、定期的に人間を捕喰しないと恐らくアラガミ化を再発してしまいます。」

 

 最も実際のところ、せいぜい捕喰内容の維持程度なら血液の摂取で事足りるだろうが。それでも定期的な人間の捕喰が必要となると、維持コストは通常の神機使いとは比にならない。挙句の果てに常にアラガミ化による暴走のリスクがあると、到底普及は不可能な技術である。

 

 故に人類は、後にも先にも偏食因子を真っ当に改良する方面で技術成長を遂げる訳だが。果たして僕がこの際に明かした技術が、真っ当な技術者達の手を介して洗練でもされたのか。この技術は後に、思わぬ場所にて根付くことになる。が、それはまた別の話。

 

 しかし極限下で禁忌に手を染め、許されざる技術の実証により支部を救い出した。あらゆる命を残弾に地獄を打ち破った惨たらしい英雄譚は、ある意味この支部の現状に相応の説得力を与えるに至った。

 

 そのせいだろうか。僕は首を傾げ、シックザールに改めて問う。不思議とその答えは造書庫(ライブラ)が使えない今でも分かっていた。

 

「シックザール支部長。……数多の死を積み自我を保ち、貴重な新型神機を永劫穢し、僕は禁忌を実証しました。………僕は咎人として裁かれますか?」

 

「私が今君に聞いたことを公開すればな。………だが君にそのような選択を強いたのは、こうした自体を招いた我々だ。故にこの一件は、私が上手いこと黙殺してみせる。そう身構えないでくれ。」

 

「何から何までお世話になります。」

 

 端末を指で叩きながら、僕に目も合わせずにシックザールが答える。否────僕の目を見れないか。それもその筈だ。何しろこの技術は手段はさておき「アラガミ化を引き起こした人間を救う技術」だ。

 

 そうしてシックザールに暗に僕は示した。「僕はアラガミ化した人間のある種の成れの果てだ」と、嘘偽りの無い自分の根源(ルーツ)を。妻がアラガミ化して地獄を作り、その妻の成れ果てを後生大事に育てる男だ。思うところは間違いなくある。

 

 ましてやその存在が小さな子どもで「自分達のせいでそうせざるを得なくなった」ともなればだ。シックザールは一通りの検査を終えた後に、僕の頭に手を置いた。そしてただ一言。

 

「今日はご苦労だったなゼロ。……君はもう休みたまえ。」

 

「やるべき事を全部やったら、そうさせてもらいますよ。」

 

「………………そうか。」

 

 発された労いの言葉をやんわりと否定すれば、何とも重苦しい表情でシックザールは僕の前から立ち去った。……アラガミ化した人間と言う意味では、やはりアイーシャが重なるか。中々どうして(ゼロ)という存在は、全方位に嫌な影響を与えるらしい。或いは人間に、大切にされやすいらしい。

 

 とにかくこうしてこの日、初めて僕とシックザールの二人だけの秘密が出来た。そしてこの日を境に、僕らは幾重にも秘密を重ねていくことになるのだが。それはまた別の話。




情報開示:血の施術

ゼロが提唱した神機の新たな適合手段。アラガミ細胞の学習進化と形質判断の性質に注目したもので、アラガミ化を引き起こしたばかりの神機使いを人の形に留めることが可能。

しかしその実態は、完全にアラガミ化を終える前に活性化したオラクル細胞に人間を喰わせまくるというもの。こうする事で体内のオラクル細胞の形状が人の細胞を模倣し、形状の似た人体の細胞を捕喰しなくなる。

その上で活発化したオラクル細胞により、施術者は通常以上の身体能力や再生能力を得る。加えて生身でオラクル細胞を用いることで、一部のアラガミが用いる異能さえも行使出来るものと思われる。

さらに適合失敗によるアラガミ化を踏み倒せるため、どんな神機にも強制的に適合できるのが最大の利点。しかしこの方法で適合した神機は使用者の細胞に汚染され、永劫他の神機使いが使えなくなってしまうという欠陥も存在する。

加えて方法が人の共喰いである事と、アラガミ化の鎮静に要する人間が十数人というコスパの悪さ。その上でアラガミ化により朦朧とした精神で、こうした手順を踏ませる事から成功率は著しく低い。仮に行う場合、神機への適性以上に常軌を逸した精神が必要となる。

おまけに施術後も、この方法で生まれた神機使いは定期的な人体の接種が必要となる。もしそれが叶わない場合、再度アラガミ化を引き起こして暴走するリスクが付き纏う。不幸中の幸い、この正気の維持には血液程度で事足りるものとされているが………

こうした無数の欠陥と倫理的な問題。加えて神機の適合失敗を前提とした技術という構造から、他の研究者は思いついても決して実験すら試みなかった。

ある意味で数多の人間を喰らい、崩壊した人間性を埋め合わせたソロモン────ゼロはこの技術の先触れと言える。故にその虚言は実体験に基づく真であり、後に()()()()実用化にすら至る。
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