バベルの観測塔 作:馬鹿凡怒
PAGE.1 どこか遠くの世界を想う
…ここは暗闇。太陽の眩い光も風の吹きすさぶ音も届かない、何もない静かな真っ暗闇の中である。
その中で一人の男が口からゴボゴボと泡を立てながら、ゆっくり下へ下へと落下していた。
(…………)
辺りが非常に暗くてよく見えないが、その顔は嬉しさや怒りや悲しみなどの感情に満ちた表情ではないことは確かである。
(…もう、身体がちっとも動かない。やはり私はここで、終わりを迎えてしまうというのか)
永久とも思える落下の最中、何かを待ちわびているかのような彼の諦観とした虚ろな佇まいは、まるで生命が終わりを迎える瞬間を表現した一つの芸術作品のように見える。
(いやはや…我ながら実にあっけなく悲しいものだが、これもまた定められた運命なのだろう。現状を素直に受け取る他ないか…)
男はもう自分が手遅れの状態であると判断したのか、時間が停滞しているかのようなこの空間の中で、足掻くことも苦しみに顔を歪めることもしない。
ただただ安らかに、底の見えぬ深淵に寄りかかって自らの重みで沈んでいくことに身を任せていた。
(…しかし、ああ。まったく、この期に及んで気付いたが、私という存在は、本当にどうしようもなく破天荒なものであるらしい)
心の中でぽつりと呟かれる男の声。既に光も届かぬ暗闇の奥深くまで入り込んでいるため、その呟きは誰にも聞こえることはない。
(私は希代の親友を今まで散々振り回し、数々の冒険に足を踏み入れては幾度も波乱を巻き起こして。その悪路の果てに待ち構えていた強大なる巨悪と戦い、そして最後には相打ちした)
暗闇に染み入るようにも響かずに、それはただ虚しく落ちていく。それでも彼は、自分の駆け抜けてきた軌跡を思い出して独り言をこぼした。
(今、私という役者はこれから舞台を退場するというのに。…だというのに、どうやら私の心はまだ、これっぽっちも満足などしていないようなのだ)
またも、ぽつりとこぼされる心からの言葉。だがそれは、誰一人の耳にも届くことなくぼんやりと薄れて消え失せていくのみ。
この男は死の間際に立たされてから、初めて自身の内に抱いている強欲で無邪気な執着心を自覚したようである。
(…ああ、こんな願い。今となっては到底叶うはずもないが、心底から希望してしまう)
彼は何を思うわけでもなくおもむろに目を閉じる。
(未だ見たこともない世界に遍在する、星の数ほど満ち溢れた謎や不思議や神秘たち。それらを全て、この手で解き明かすという夢を…)
やがてぴくりとも身体を動かさなくなり、彼はそのまま吸い込まれるように暗闇の中に溶けて消えていったのだった。