その錬金術師は儘ならない~彼に薬を求めるのは間違っているだろうか~ 作:獣ノ助
そんな中、アルクはいったい何を思うのか…。
少しずつですが、彼の物語が動き始めます。
「やったじゃないか! ベル君!」
シルバーバックを撃破したベルの元にヘスティアが駆け付け、彼に思いきり抱き着いた。いつもであれば恥ずかしさに赤面する彼だが、勝利の余韻もあってか笑顔でそれを受け止めた。
「やりました! ありがとうございます、神様っ!」
「それはこっちの台詞だよ! ありがとう、ベル君!」
その姿に、住民達は惜しみない拍手を送る。そしてその人混みの後方、人の間から僅かにそれを見る事が出来る場所にはアイズがいた。彼女はダイダロス通りの騒ぎを察知して駆け付けたのだが、到着した時には既に戦いは終わっていた。
(あの子は…。)
笑顔を浮かべる少年の姿に、アイズは見覚えがあった。最初に出会ったのはダンジョンの中。5階層で自分たちが逃がしたミノタウロスに襲われる彼を助けたアイズは、何故か彼から逃げられた。予想外の事に落ち込むアイズだったが、彼との再会はすぐに訪れた。それは翌日の酒場での一幕。ベートがベルに逃げられたアイズをからかったために気が沈んでいたアイズだったが、そこには件の少年がいたのだ。話を聞いていたのだろう、彼は急に酒場を飛び出してしまった。
初めて会った時に彼が逃げた理由は分からない。だが、今度は分かった。自分達が、彼を傷つけたんだと。ミノタウロスの一件は、ロキ・ファミリアが原因だ。その被害者と言える彼を、他の誰でもない自分達が傷つけた。その事実に、アイズの気持ちは深く沈んでいった。
そしてこれが3度目。冒険者としての心も折ってしまったのではないかと懸念していた彼は、多くの人に称えられていた。直接戦闘を見た訳ではないが、この地へ逃げたのが中層のモンスター、シルバーバックであった事は知っている。駆け出しに見える彼がどうやってその大猿を倒したのかは分からない。ただ、きっと彼は"冒険"し、それを乗り越えたのだろうと、そう思った。
「ちょっと待ってぇな、アイズたん。 せっかく合流出来たっちゅーのに。」
彼女がベルを見つめていると、後ろから主神であるロキが疲れた様子でやって来た。騒動の中で親とはぐれた猫人の女の子を送り届けた彼女は、引き続きオラリオを駆け回っていたアイズと合流していたらしい。しかし騒ぎの元へと急ぐアイズに結局置いて行かれたようだ。
ミノタウロスの件に酒場の件。謝りたい事はたくさんあるが、目の前の女の子と微笑みあう彼の邪魔はしたくない。アイズは未だ冷めぬ喝采を背に歩き出した。
「あ、ちょ、アイズたん! せやから待ってぇな!」
息も整わぬ間に踵を返すアイズに抗議するロキ。疲れた状態ながらも遅れまいと着いて行こうとする彼女だったが、そこで何かに気が付いた。
「…ロキ?」
急に足を止めた主神に、それまで彼女を気にせず自分のペースだったアイズも不思議に思い足を止めた。
「急用思い出したわ。 逃げ出したんはここので最後って話やったけど、一応注意しながら戻ってくれるか? アイズ。」
「? …はい、分かりました。」
先程とは少し様子が違うロキを疑問に思ったアイズだったが、それを追求はせず、報告のためにギルドへと向かって行った。
「すごい騒ぎになっちゃいましたね。」
「うん、…そうだね。」
未だ勝利の余韻の中にいるベルだったが、ヘスティアの様子がおかしい事に気が付いた。
「神様?」
「よく、頑張った、…ね。 ベル…君…。」
ヘスティアはその言葉を最後に倒れてしまった。興奮気味だったベルの頭が一気に冷めていく。
「神様!? 神様っ!!?」
ベルの呼ぶ声にも、ヘスティアはその目を閉じたままだった。
「ヘスティアには悪い事をしたかしら?」
彼女は建物の上からベル達を見ていた。危うく邪魔が入りかけた彼女の思惑だったが、結果は上々だった。視線の先の少年に抱きかかえられるヘスティアに内心で軽く謝罪して、彼女は衣で身を隠しダイダロス通りに消える。
「やっぱりまだおったか。 ちょっと話でもせぇへんか? …フレイヤ。」
「えぇ、構わないわ。 ここじゃ難だから場所を移しましょうか。 ロキ。」
しかし、彼女に気づいた悪戯神が、そこにいた。
―――――――――――――――
「で? 気に入った冒険者の為かどうか知らんけど、えらい騒ぎを起こしてくれたな、フレイヤ。」
「だから言ったでしょう? あなたにも付き合ってもらうかもしれないって。」
とある店の二階の個室。ロキの正面に座っているのは美の女神、フレイヤ。ダンジョンに蓋をするようにそびえる白亜の塔バベルの最上階に住む彼女は街へと下りずともその様子を知る事が出来るのだが、怪物祭の開催されたその日は地上へと下りて来ていた。実は、闘技場近くの屋台へ赴く少し前、ロキはアイズを伴ってフレイヤに会っていたのだ。その時フレイヤはこう言っていた。
――「気になっている子がいるの。」
美の女神に相応しい美貌を持つ彼女は、その魅力によって数多くの団員を抱えている。神すら魅了する彼女が気にかける冒険者とはいったい誰なのか。オラリオで唯一のレベル7の冒険者を侍らせている彼女が単純に強い冒険者に興味を持つとは考え難い。
――「今はまだ強くはないわ。 本当に偶然目に入ったというだけ。」
天界の頃から命を終えた英雄を集めていたというフレイヤ。彼女が興味を示す英雄が今オラリオにいるのかと思ったロキだったが、少し予想とは違うらしい。"今は"、と彼女は言った。もしかしたら、彼女はその手で自分に相応しい英雄を生み出そうとしているのかもしれない。
思惑についてははっきりとした答えを提示しないフレイヤに、自分やオラリオを巻き込むつもりかと問うロキ。そんな彼女に美の女神は笑顔で肯定を示した。
「確かにデカい騒動の割りに住人に死者や重傷者はおらんかったみたいやけど、やり過ぎやで。」
彼女の思惑の一端を聞いていたため、ロキは今回のモンスター脱走事件がフレイヤの仕業だと判断した。彼女の魅力を以てすれば、モンスターすら魅了する事も可能だろう。規模に対し被害が小さかった事についてはフレイヤが何かしら細工したに違いない。彼女なりに気を遣ったのだろうが、それでもロキにはどうしても見逃せない事があった。
「それに何や、あの蛇みたいな花みたいなけったいなモンスター。 あんなのにも色目使ったんか? 趣味悪いで。 ウチの子達がおったから良かったものの、あんなん野放しにしたらいつ死者が出てもおかしくなかったんやないか?」
それは、ティオナ達も見た事がないという花型のモンスターだ。レベル5であるアイズ達も苦戦する程のモンスターをガネーシャ・ファミリアがどうやって調教しようとしていたのかは知らないが、それを街へと放ったフレイヤを責めない訳にはいかない。
「そんなモンスター、私は知らないわよ?」
「…なんやて?」
モンスター脱走の主犯である事を隠そうともしないフレイヤが今更嘘を言っているとは思えない。だが、そうであるのならば、あのモンスターは一体――――
怪物祭が終わった夜、オラリオには雨が降り始めた。月も見えない薄暗い街。人影のないそこにはある男神の姿があった。その手には極彩色の石。魔石のようだが、色は明らかに異なる。
「よく降るな…。」
男神はそう呟くと、その極彩色の石を懐に収めた。
ミアハ・ファミリアの本拠である『青の薬舗』では、明日の開店に向けての準備が行われていた。その光景は、いつもと変わらない。もし違う点があるとするならば、今日は人数が多いというところだろうか。
「これは、こっちで良かったですか? アルクさん。」
「あぁ、それで良い。 悪いな、店の手伝いなんかさせちまって。」
「いえ、迷惑をかけているのはこっちですから。 これくらいは手伝わせて下さい。」
ベルが『青の薬舗』にいるのには理由がある。彼女の主神ヘスティアが倒れた後、その場にアルクが現れたのだ。一度ダイダロス通りで大きな物音を聞いていたため念のためにと再度来てみると、どこからか歓声が聞こえて来たため音の元へと向かったアルク。するとそこには涙を浮かべて慌てた様子のベルと、彼の腕の中で気を失ったヘスティアがいたのだ。
「もし俺が引き返さずにちゃんと調べてたら、駆け付けられたかもしれなかったんだけどな…。」
「いえ、アルクさんも街のために大変だったんですから、気にしないで下さい。」
「そう言ってもらえると助かるわ。」
今ヘスティアはナァーザのベッドで寝ている。ミアハの診たところ、彼女は過労だった。しばらく経てば目を覚ますので問題ないらしい。
「こっちは終わりました。」
「ありがとうございます、シルさん。 なんかすみません。 付き合わせちゃって。」
さらにもう1人。自分が任された分を手早く並べ終えたメイド姿の女性がアルク達の元へとやって来た。彼女の名はシル・フローヴァ。『豊穣の女主人』の従業員である。
「いえ、元はと言えば私が財布を忘れたせいでベルさんを巻き込んでしまったんですから。」
彼女はどこからかベル達が『青の薬舗』にいる事を聞きつけたらしく、ヘスティア、というよりはベルの身を心配してやって来た。リューからシルがベルを気に掛けていると聞いていたが、確かにその通りらしい。
「大きなモンスターをベルさんが倒したというのは聞きました。 実は私もチラッとだけその姿を見掛けたんですが、思わず見惚れちゃいました。」
「え、えっと、それって…。」
「じゃあ、そろそろ店に戻りますね。 アルクさんもこれで。 あ、ティアさんが寂しがってましたよ?」
「ティア姉さんはそんな柄でもないでしょ。 でも、その内寄らせてもらいますよ。」
2人に別れを告げ、シルは酒場へと戻って行った。ベルはまだ顔を赤くしたままであるが、その時奥の部屋から声がした。
「ベルく~~ん…。」
主神の呼ぶ声に、ベルは急いで駆け付けるのだった。
「うむ、もう大丈夫だろう。 栄養のある食事も用意しているから食べて行くと良い。」
「ありがとう。 助かるよ、ミアハ。」
目を覚ましたヘスティアの診断を終えると、ミアハは部屋を後にした。その際にアルクへと向けた目配せにその意図を察したため、アルクもミアハに続いて部屋を出た。
「それにしても、シルバーバックを倒すとはなぁ。」
アルクは食事の準備を手伝いながら呟いた。少し前に7階層で気を失っていた彼とはまるで別人とも言えるベルの成長には感嘆するしかない。中層で戦えるとは流石に思えないが、このままいけばアルクがパーティの勧誘と共に提示した"10階層への到達"も近いだろう。
「確かにベルの成長には目覚ましいものがあるな。 あそこまで急速に力をつけた冒険者は私も聞いた事がない。」
第一級冒険者であっても、そこまで到達するには長い年月がかかる。例えば駆け出しの冒険者が初めてのランクアップを迎えるには1年以上かかるのが当然。
「もしかしたら、もしかするかもしれないな。」
そう遠くない未来、ベルはレベル2の舞台に上がってくるかもしれない。そして、その勢いが止まる事が無ければ、レベル2で足踏みしているアルクを容易に追い抜いてしまうだろう。その考えが頭をよぎった時、アルクの両の握り拳に力が入った。
(俺は、羨ましいのか…? それとも、悔しいのか…?)
何度ダンジョンに潜っても、思ったようにステータスは伸びない。積み重ねが大切である事は知っているが、少なからず才能もステータスの上昇に関わってくる。経験のまだ浅いベルが異例の早さで強くなったのであれば、それはきっとベルの才能だろう。
そしてもう1人。アルクは昼の騒ぎで見たある冒険者の事を思い出した。傷を負いながらも戦場から降りずに立ち向かい、レベル5の冒険者も苦戦を強いられるモンスターを一撃の下に一掃したエルフの少女。レアスキルを発現しただけでは只の自慢話にしかならない。それを使いこなして見せたのは間違いなく、彼女の才能だ。
「アルク? どうしたの?」
俯いていたアルクを心配してナァーザが問いかける。アルクは少し疲れただけだとその場は言い繕った。まるで彼の心を見透かすかのようにミアハがアルクを見ていたが、それに彼は気付かない。
アルクは岐路に立っていた。一方は自らが目指すと決めた"茨道"。そしてもう一方は、ずっとそこにあるのにアルクが見ようとしなかった道。第一級冒険者を目指すのであれば、進むべきは間違いなく後者。しかしその先に、アルクがかつて憧れたあの人はいない。
「アルク、強くなりたいか?」
「…もちろん。 いつだって俺はそう思ってますよ。」
ミアハの質問に、アルクは当然といった様子で答えた。彼が強くなりたいと願っている事などミアハが知らないはずがない。何故今更といった様子のアルクにミアハは告げた。
「決めるのはお前だ。 お前が望むように強くなれば良い。
「―――ありがとうございます。 ミアハ様。」
その道を選んでしまえば、きっともう茨の道へは戻れない。
「おぉ! これは久しく食べてない家庭の味ってやつだね!? ベル君、早く早く!」
「ちょ、ちょっと待って下さい、神様!」
その時、上機嫌なヘスティアと、彼女に振り回されながらもどこか嬉しそうなベルがやって来た。いったい2人が何を話したのかは知らないが、見る限り問題なさそうだ。そんな2人に水を差してしまわないようにと、アルクは彼を悩ますそれを一度頭から振り払い、今はただ、ベルの成長を共に喜ぶ事にした。
動き出した歯車に少しずつ、少しずつ巻き込まれている事を、アルクはまだ知る由もない。そしてその中で彼はまた、選択を迫られる事になるだろう。
これにて2章終了です。
早く原作準拠を抜けたいですが、道のりは長いです;
原作でミアハ・ファミリアについて触れるあたりで過去の話を入れたいですね。
ご意見・ご感想お待ちしております。