その錬金術師は儘ならない~彼に薬を求めるのは間違っているだろうか~   作:獣ノ助

16 / 29
食人花の調教師らしき仮面の男と遭遇するアルク。
最後の手として錬成した薬は、まさかの殺虫剤だった…。


今回でリヴィラの事件偏は終了になります。


Recipe.16 - 鍛冶師 + 折り返し

錬成は不発に終わり、いよいよ打つ手はなくなった。苦し紛れでも構わないとアルクが錬成した薬を迫り来る食人花へ投げつけようとした瞬間、彼の前に人影が立ち塞がった。

 

「ごめんアルク。 遅くなった!」

 

「なんとかまだ生きてるみたいね。 団長に感謝しなさいよ。」

 

それは、ティオナとティオネだった。武器を振るい目前に迫る食人花を容易くに両断した2人は、食人花が塵となった事で仮面の男の存在を確認した。

 

「あんた誰?」

 

「そいつは、多分…、調教師(テイマー)、だ…。」

 

ティオネの質問に答えたのはアルクだった。呼吸が安定せずしゃべるのもつらいがそれは伝えなくてはならない。

 

「じゃあ、あいつが街を襲わせたって事!? 許せない!」

 

ティオナはその事実に憤慨し、仮面の男へと斬りかかる。しかし―――、

 

食人花(ヴィオラス)。」

 

男の呼び掛けに応えるように、再び食人花が現れる。1対1であれば倒す事は容易だが、数匹で守りに入られてしまったため、男へ簡単には近づけない。どうにか同時攻撃を以てその壁を打破しようとするヒリュテ姉妹だったが、そこで男はボソリと呟いた。

 

「宝玉の回収が必要か。 レヴィスは何をしている…。」

 

すると男はアルク達に背を向け、森の奥へと消えて行く。

 

「もしかして逃げる気!?」

 

「させない、っ! って、こいつ等邪魔!」

 

それを追い掛けようとする2人だったが、食人花が行く手を阻みその背を捕らえることが出来ない。ティオナが最後の食人花を片付けた時には、男は既に消え去っていた。

 

「ちっ、逃げられた。」

 

「いったい何だったんだろうね、あいつ。」

 

食人花の調教師であればその身を確保すべきだろうが、森の中へ逃げ込んだ以上深追いすれば相手の術中にはまり兼ねない。それに、苦戦しているというアイズの方も気になる。フィンの直観によりアルクの救援に来た2人だったが、アイズの元へ駆け付けたいという思いはフィン達が救援に向かったとしても変わりはしない。

 

「仕方ないわ。 団長達と合流して報告しましょ。」

 

「分かった。 という事だからアルクも…、ってアルク!?」

 

迅速な状況判断によりフィン達との合流が決定し、その場を離れようとするヒリュテ姉妹だったが、そこでようやくティオナが蹲るアルクに気が付いた。意識をギリギリの状態で保っている彼はもう声も出せずにその身をピクピクさせている。

 

「悪いわね、忘れてたわ。 とりあえずこれ、飲みなさい。」

 

ティオネから渡されたそれを痛みに耐えながら飲み干すアルク。するとその効果はすぐに表れ始めた。体の痛みが引き、呼吸も楽になっていく。ポーションとは思えないその回復速度と治癒力に、アルクは自分が飲んだものがハイ・ポーションだろうと思い至った。

 

「悪いな。 こんな高価なもん。」

 

「別にいいわよ。 それに、あんたの身の安全は団長が保証したんだから、何かあってもらっちゃ団長の顔に泥を塗る事になっちゃうでしょ!」

 

「そ、そうか。」

 

もう既に身の安全も何もない状況なんだが、と思ったアルクだったがフィンが関わった時のティオネは下手に刺激しない方が良いだろうとそれ以上は何も言わなかった。ハイ・ポーションによる回復でアルクがようやく立ち上がると、その場を離れていたティオナがやって来た。

 

「もう食人花の気配も感じないね。 あ、はいアルク。 剣と薬!」

 

「ありがとな、助かった。」

 

ティオナが回収した大剣とホルスターを身に着けアルクが準備を終えると、3人はアイズやフィン達のいる場所へと向かい始めた。

 

 

 

アルク達が到着した時には、アイズ達の戦いも既に終わっていた。ボロボロになったアイズに薬を渡すレフィーヤに、おそらく状況を整理しているのであろうフィンとリヴェリア。その様子はどう見ても勝利を喜ぶといったものではない。

 

「やぁ、無事で何より…という感じじゃないね。」

 

ハイ・ポーションで回復したと言っても戦闘の痕や消耗を全て治せはしない。アルクを見たフィンはその姿から彼の負傷を悟ったのだろう。

 

「すまないね。 安全を保証すると言っておきながら君を危険な目に遭わせてしまった。」

 

「構いませんよ。こんな異常事態(イレギュラー)、想定しろって方が無茶なんですから。」

 

リヴィラの街を他の階層から餌を求めてやって来たモンスターが襲撃する事は珍しくない。現にリヴィラは今までに何度も崩壊と再建を繰り返して来た。しかし今回は状況が異なる。食人花という18階層では出会う事の無い強さのモンスターの群れに、その強化版とも言える人型モンスター、そしてさらには食人花を操っていると思われる調教師まで現れた。レベル2でありながらその全てと対峙し生き残ったアルクは思いの外幸運なのかもしれない。

 

「ねぇ、フィン。 アイズの様子、おかしくない?」

 

「あぁ、実は例の赤髪の女に負けてしまってね。 思ったよりもそれを引き摺ってるみたいなんだ。 いつものアイズなら、一度負けた程度であんな風にはならないんだが…。」

 

『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインと1対1で戦い、勝利を収める事が出来る者がいったいこのオラリオにどれだけいるだろうか。少なくとも、それ程の実力者であるのならば、ロキ・ファミリアの古参であるフィンやリヴェリアが知らないはずはない。

 

「私もフィンも、彼女の事は知らない。 様子がおかしいと思ってアイズに彼女を知っているのか聞いてみたが、知らないらしい。」

 

「人型のモンスター、だったりして?」

 

「あの姿でモンスターだとしたら、洒落にならないね。 仮に彼女が街を歩いていても、誰も彼女がモンスターだとは気づかないだろう。」

 

その姿は"人"であり、そして"冒険者"としての彼女を知る者はいない。赤髪の女の正体は依然として謎に包まれたままだ。そしてそれは、仮面の男についてもやはり同様。むしろ仮面と外套で姿を隠している分男の方が謎は多い。

 

「話では赤髪の女も食人花を操っていたらしい。 彼女達が調教師というのは確定だろう。」

 

突如として姿を現した食人花。単純に新種のモンスターだと捉えていたが、そのモンスターにはそれを使役する調教師がいた。もしそのモンスターの発生にも調教師が関係しているのだとしたら、とある1つの問題が生まれる。

 

「食人花と調教師をセットと考えるなら、怪物祭で発生した食人花の調教師も近くにいたかもしれない、って事ですよね?」

 

「そうなるね。 これは思ったより一大事かもしれない。」

 

――食人花の調教師は既に、オラリオに潜んでいるかもしれないのだから。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

リヴィラでの事件から数日、アルク達は街の復興を手伝いつつ食人花と調教師について何か手掛かりが残っていないか調べていた。事件直後は体に残ったダメージから本調子とは言えなかったアルクも、今では傷も癒え調査に参加している。

 

「調べるっつってもなぁ。 何が手掛かりになるのやら。」

 

「ははは…。」

 

とは言っても、やる事はほとんど復興の手伝い。事件については状況整理くらいしか出来る事がなく、それをフィンとリヴェリアがやっているためアルク達に出番はない。殺人事件の捜査時と同様の愚痴をこぼすアルクにレフィーヤも苦笑気味だ。

 

そんな中で唯一収穫と言えるものがあった。それは食人花からドロップしたと思われる魔石だ。通常の魔石は紫色をしているのだが、その魔石は極彩色に光っていた。その魔石を見た時に反応したのはティオネだった。曰く、以前ファミリアの遠征で現れた新種の芋虫型モンスターを倒した際に、同じ色の魔石がドロップしたらしい。

 

「芋虫型のモンスターも、食人花の同類かもしれないね。」

 

しかもその芋虫型モンスターについても大きな人型が現れたという。フィンの言う様に食人花と無関係とはとても思えない。ティオナの武器を溶かしたというモンスターだ。もしかしたら食人花以上に厄介な敵かもしれない。

 

「さて、次に行きましょうか。 …アイズさん?」

 

「え? あ、…うん。 そうだね。」

 

レフィーヤの言葉に鈍い反応を返すアイズ。最近の彼女は何かを考えこんでいる事が多い。理由はやはり赤髪の女なのだろうが、それを彼女は語らない。本人に話す気がない以上はどうしようもないだろうと、アルクは特に詮索するつもりはない。

 

(それにしても、あの剣姫ですら敵わない、か。 最近上ばかり見てる気がするなぁ。 いい加減頭が痛くなってくるぜ。)

 

リヴィラでの一件でアルクが何をやっていたか。簡単に言ってしまえば、調教師と思われる仮面の男に蹴飛ばされて悶絶していただけである。レベル2という事を加味してもあまりに不甲斐ない。不甲斐なさ過ぎる。

 

 

 

「リヴィラの方もだいぶ落ち着いて来た事だし、そろそろ出発しようと思う。」

 

それはその日の夕方にフィンから告げられた。元々換金のために立ち寄ったのであり、ここが目的地ではない。先に進むならば、あまりここで時間を食ってはいられないのだ。しかしフィンの言葉に、アルクは思い悩んでいた。するとその時、

 

「なんだ、また随分と大物が揃っとるな。」

 

彼等に声を掛ける冒険者がいた。長い黒髪を1本に纏め、左目には眼帯をしている。褐色の肌で、背はアルクに並ぶ程高い。

 

「やぁ、椿。 今日も試し斬りをしていたのかい?」

 

「おうさ。 頼まれていたものがいくつか出来たからの。」

 

彼女の名は椿・コルブランド。鍛冶師(スミス)系ファミリアの最高峰と言われるヘファイストス・ファミリアの団長であり、神を除けばオラリオで一番の鍛冶師である。となれば、オラリオ最強の一角であるロキ・ファミリアと親交があっても不思議ではない。

 

「おぅ、お前はいつかの…あー、…大剣使いではないか!」

 

名前こそ出なかったが、椿はパーティの中にアルクを見つけ、声を掛けた。最高級ブランドの武器や防具を扱うヘファイストス・ファミリアの彼女と零細ファミリアのアルクが顔見知りである理由は、アルクの背負う大剣にあった。

 

「今日も持って来ておるようだな。 にしても、やはり…。」

 

「預けませんからね?」

 

「分かっとる分かっとる。」

 

 

 

アルクがオラリオで大剣をメンテに出そうとした時に分かったのだが、実はその大剣は稀少鉱石(アダマンタイト)で出来ていたらしい。並の鍛冶師ではメンテが行えないという事でミアハと神交があるヘファイストス・ファミリアに向かったのだが、そこでアルクが背負う大剣に椿が目を付けたのだ。

 

――「お主、良い剣を持っておるの。」

 

見せて欲しいと言われ大剣を椿に渡したアルクだったが、彼女は大剣を調べるや否やアルクに大剣の改造を提案してきた。

 

――「(つば)がないのも気になるが、(つか)も比率的にもっとしっかりさせたい。」

 

確かにアルクの大剣は少し細い柄に大きな刀身がそのまま付いているという少し特殊な形状ではあるが、既にその形が馴染んでいるし、何より形見であるその大剣を改造する気はない。改造を拒むアルクに、鍛冶師の魂に火が付いたのか譲らない椿。最後は彼女の主神である鍛冶神ヘファイストスが止めに入り、大剣は改造を免れた。

 

そんな事もあり、アルクが大剣のメンテにゴブニュ・ファミリアを使う様になったり、メンテ費用に目を回したりという後日談もあるが、それはまた別の話だ。

 

 

 

「何やら街が騒がしいようだが、何かあったのか?」

 

「実は―――」

 

フィンは椿にリヴィラで起こった事件について話した。調教師についてはもちろん、食人花についても彼女には初耳となるだろう。

 

「例の武器を溶かすというモンスターと同類かもしれない、か。 刃こぼれなら鍛冶師の腕にもよるところだが、溶かしてしまうのはどうにもならん。 これは、例の物を早めに仕上げた方が良さそうだな。」

 

「あぁ、頼むよ。」

 

フィン、というよりはロキ・ファミリアから椿へ何か依頼をしているのだろう。少し気になったアルクだったが、他のファミリアの詮索はあまりするものではないと忘れる事にした。

 

「そうと決まれば急がねばな。 では、しっかり稼いで来るんだぞ。」

 

ヘファイストス・ファミリアに依頼をするのであれば、資金稼ぎが目的でもある今回の探索は椿にとっても無関係ではない。暗に「今後とも御贔屓(ごひいき)に」と告げる椿は手を振りながら地上へ向け出発する。

 

「ちょっと待ってください。 俺も一緒に行って良いですか?」

 

そんな彼女を呼び止めたのは、アルクだった。

 

「どうしたのアルク? これから一緒に先に進むんじゃないの?」

 

突然のアルクの言葉にその真意を尋ねるティオナ。フィン達も同じ事を思ったのだろう。次のアルクの言葉を待っている。

 

「ここからは、俺にはまだ早そうだからな。 こっからは力をつけてからにするわ。」

 

「別に敵については任せてくれて良いんだけどね。 もしかして、食人花の件で信用を失ってしまったかな? 異常事態とはいえ、君を危険な目に遭わせたのは事実だ。」

 

「いえ、そんな事はないですよ。 ただ、これ以上守られながら進むのを自分が許せないってだけです。」

 

「…そうか。」

 

このままフィン達は中層を抜けて下層、そして深層まで行くだろう。彼等に任せていればアルクは難なく上質な薬草を採取出来る。最初はそのつもりで同行したはずだったのだが、リヴィラの事件を通して改めて実力差を思い知ったアルクは、それを情けないと感じてしまった。

 

(そうだよな。 自分の力で来なきゃ、ダメなんだよな。)

 

そんなアルクにとって、地上へと戻る椿との出会いは渡りに船。アルクの気持ちを理解したのかフィンはそれ以上は何も聞かず、アルクの()()を受け入れた。

 

「それならこれを持って行ってくれ。 魔石集めの代金だ。」

 

そう言ってフィンがアルクに渡したのは、袋に入ったお金だった。リヴィラで換金し、多少物資の補充をした残りがそこには入っていた。

 

「いや、それは……。 はぁ、…いただきます。 ありがとうございます。」

 

固い意志を感じさせるフィンの真っ直ぐな視線に抵抗を止めたアルクはそれを受け取った。

 

「そこの大剣の…、アルク、だったか? その小僧が手前に付いて来るという事で良いのか?」

 

「はい、急ですみませんがよろしくお願いします。」

 

「構わんさ。 しかし、少し急ぐからの。 しっかり付いて来いよ!」

 

「はい!」

 

思わぬ事件に巻き込まれる事になったアルクは、先へ進むロキ・ファミリアの一行と別れ、地上へと戻るのだった。




次章はもう一つの物語に合流します。
アルク君も今よりずっと活躍できる……はず?


過去偏に関するアンケートへの参加、ありがとうございました。
アンケートはこの話の投稿を以て締め切りといたします。

思いの外票が割れたので少し驚きましたが、結果により
今作に章分けして投稿、とさせていただきます。

投稿頻度を上げる等、本編の進行に極力影響が出ないよう頑張りますので、投稿した際には過去偏も読んでいただけたら幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。