その錬金術師は儘ならない~彼に薬を求めるのは間違っているだろうか~ 作:獣ノ助
リヴェリアに言葉攻めにされるアルク。
人によってはどちらもご褒美。
アルクがベルを追ってダンジョンへと向かった次の日。ベルが無事に本拠に戻ったかの確認ついでに、いや、アイズの膝枕の感想を聞きに行くついでに無事の確認をしようとアルクはヘスティア・ファミリアの本拠へと来ていた。
そこで待っていたのは頭を抱え
「おはようさん、ベル。 昨日はちゃんと帰れ―――」
「あ、あーー! お、おはようございます、アルクさん!」
ベルの食い気味な挨拶に驚くアルク。何でも昨夜はこっそりと本拠を抜け出してダンジョンへと向かったため、ヘスティアには知られたくないらしい。こそこそと話す2人とは離れた場所で、ヘスティアは未だ上の空だ。
「何だってまた夜にダンジョンなんかに行ったんだ?」
「えっと実は…、発現した魔法を試してみたくて…。」
そういえばとアルクは思い出した。ダンジョンでベルを見つけた時、彼はむやみやたらに魔法を撃ちまくっていたではないか。ベルの話から察するに、彼は魔法を使用していなかったのではなくここ最近、というより昨日の時点で魔法を発現したという事だろう。
「魔法が発現したって事は、もしかしてランクアップしたのか?」
「いえ、違います。 僕が魔法を発現したのはこの―――」
「ぬぁーっとぅわーーー!!」
ベルが何かをアルクに見せようとしたその時、離れた場所にいたはずのヘスティアが謎の叫び声と共に間に割り込み、ベルの持っていた何かを奪い去った。ゆっくりとアルクの方を向き何かを隠したままヘスティアは告げる。
「アルク君、君は何も見なかった。 いいね?」
いいねと言われても、アルクにはバッチリとその何かが見えてしまった。それは大きめの本のようであった。ベルに発現した魔法と謎の本。そのヒントによりアルクは1つの答えを導き出した。
「それって、
「違う! 違うよ!? そんな高価な本がこんなところにある訳がないだろ!?」
「で、何で魔導書がここに?」
「ボクの話は無視かいっ!?」
神であるヘスティアの抗議を聞き流し、ベルに事の経緯を聞くアルクだった。
―――――――――――――――
「アホな客もいたもんだな。」
話を聞くと、どうやらベルの元に魔導書が渡ったのは偶然の事らしい。探索が休みであったため暇を持て余して『豊穣の女主人』を訪れたベルに、客の忘れ物だった本をシルが渡したらしく、ベルはそれが魔導書と知らずに読んでしまったのだとか。おそらくシルもそれが魔導書とは知らなかったのだろう。客の忘れ物を勝手に渡すのはどうかと思うが、そんな高価な魔道具を酒場に忘れていく客も客だ。同情の余地はない。
「ぼ、僕、どうすれば…。 弁償するお金なんて…。」
「元々そんなもん忘れてった客が悪いんだ。 あとはなるようになるだろ。」
現在アルクとベルは何一つ記されていない
「それより昨日の夜の話だろ。 お前危うくモンスターにやられてたかもしれないんだぞ?」
「ぐっ。 その…つい、魔法が発現したのが嬉しくて…。」
「そのせいで死んじまったら元も子もないっての。 魔法を覚えたからには
「はい…。」
ヘスティアもいないという事で、アルクは昨夜の件について話し出した。魔導書の話を聞いた後なので、ベルがダンジョンに向かった理由も見当が付いていた。しかし、如何に嬉しかろうとベルがやった事は命に関わる。リヴェリアにも言われたが、魔法を行使するにあたっての
「で、どうだった?」
「どうって、魔法ですか? それはもう―――」
「違う違う。 膝枕だよ、ひ・ざ・ま・く・ら。」
「え?」
アルクの質問にいったい何の事かと思ったベルだったが、"膝枕"という単語をキーワードに、昨夜の出来事が少しずつ脳裏によみがえる 。次第に赤くなっていくベルの顔に、アルクはようやく思い出したかとニヤつく。
「で、どうだったんだ? アイズと何か話したのか?」
「―――――ぃました。」
「ん? 何だって?」
「恥ずかしくって、逃げちゃいました。」
「……先は長そうだな。」
初心なだけかと思っていたが、思いの外ベルはヘタレなのかもしれない。恋路どころかスタートラインに立つ事も満足に出来ないベルに、アルクは苦笑するしかない。
「そういえば、アルクさんは知り合いなんですか? その、アイズ・ヴァレンシュタインさんと。」
「まぁ、ちょっと縁があってな。 その話は追々するさ。」
アルクがアイズを呼び捨てにしている事に気が付いたベル。その経緯を話そうか考えたアルクだったが、目的地に辿り着いたためそこで話は終わりとなった。
到着した『豊穣の女主人』はまだ開店前。事情が事情なため特に気する様子もなくアルクは何かブツブツと呟いているベルを伴い店内へと入って行く。
「なんだい、まだ開店には、…って、なんだアルクじゃないか。」
「おはようございます、ミアさん。 ちょっと用事があったんで入らせてもらいました。」
「用事? 珍しいねぇ。 ティアなら夕方にならないと顔出さないよ。」
「あぁ、用事があるのは俺じゃないんス。 こっちの彼が。」
そう言ってベルを指すアルク。ミアもベルの事は知っているらしく「あぁ、あんたかい」とベルの方へと顔を向けた。
「あら? ベルさんと、…アルクさん?」
そしてそこに今回の事件の重要参考人であるシルが現れた。都合良く役者が揃ったといったところだろうか。…肝心の魔導書の持ち主はいないのだが。多少オドオドした様子ではあったがなんとか魔導書についての説明をするベル。ミアは黙ってその話を聞き、シルに関しては「あらまぁ」といった顔をしている。彼女も共犯なのではなかっただろうか。
「…それで、この本の弁償は…。」
話を終え、さらに怯えたようにベルが尋ねる。目を瞑り少し考えたミアは、まるで判決を待つ被告人状態の彼にジャッジを下した。
「使っちまったもんはしょうがないさ。 忘れな。」
そしてベルから渡された白紙の本をゴミ箱へと投げ入れる。彼女の性格を良く知るシルや同じ結論に至っていたアルクは特に驚く事もない。ただ1人、ベルだけが状況を呑み込めていない。
「え? いや、でもそれは―――」
「何か文句があるのかい?」
「いえ、…ないです。」
自らの主神を諭す事は出来ても酒場の女主人には何も言えないベル・クラネルだった。
―――――――――――――――
「じゃあ、ベルはこれから探索か。」
「はい。 アルクさんは今日はどうするんですか?」
「俺は仕事だな。 午後から配達に出る予定だ。」
『豊穣の女主人』を出た2人はその日の予定について話していた。ベルについては前日が休みだったという事もあり今日は探索に向かうらしい。アルクは薬屋の仕事だ。いずれパーティを組もうとは言ったが、思ったより予定が合わない事も多いかもしれない。そんな2人の前に、1人の男が姿を現した。
「なぁ、お前。 そう、白髪のお前だ。 最近ちっこいサポーターと一緒にいるよな?」
"ちっこいサポーター"という言葉に話しかけられたベルはもちろん、アルクも反応した。2人がそこで思い浮かべる人物はおそらく同じであろう。
「リ、…彼女が何か?」
青い髪を1本に結ったその男を警戒し、ベルは彼女の名前を伏せた。男の目的はまだ分からないが、おそらくそれが彼女―――リリにとって良くない事であろうというのが男のニヤけ顔から
「あのサポーター、どうやらかなり貯め込んでるらしくてな。 どうだ、俺と一緒にあいつをハメてやらねぇか? 分け前は俺とお前で半々で構わねぇ。」
どうやら男の話にアルクは無関係らしい。自分が持ち掛けられた話でない以上は特に口出しするつもりはないアルクだが、それにしても胸糞悪い提案である。
「そんな話に乗る気はありません。 もしあなたが彼女に何かするつもりなら…。」
ベルもやはり同じ気持ちだったらしく、男に対して敵意を表す。しかし男の方はまさか話を断られるとは思っていなかったらしく、分かりやすく機嫌を悪くし舌打ちした。
「チッ。 なら勝手にしろ。 あいつの本性に気付いて泣く事になっても俺は知らねぇぞ。」
話は終わりだとばかりに男はベルに肩をぶつけて去っていく。その際に蚊帳の外であったアルクを
「あの人、いったい何なんでしょう?」
「さぁな。 でもリリについて俺達よりも知ってるっぽい。 同じファミリアか、もしかしたらリリが以前契約した事のある冒険者とかじゃねぇか?」
アルクの記憶にある限り、リリは決して貯えのあるような素振りは見せていない。装備についても使い古された様子であり、裕福か貧困かを問うのであれば間違いなく後者になるだろう。
「お待たせしました、ベル様。」
その時、2人の背後からリリがやって来た。今まさに話題にしていた本人の登場に目に見えてベルが驚く。この少年はどうしてこういつも慌てているのだろうか。
「や、やぁ、リリ。 今日もよろしくね。」
「こちらこそよろしくお願いします。 今日はアルク様も御一緒なのですか? お話では10階層に到達してからという事でしたが。」
「いや、俺は仕事があるからここでお別れだ。 パーティについては近い内に実現しそうだから、その時は改めてよろしく頼むわ。」
「(近い内に…。) はい、こちらこそ。」
アルクの話に一瞬何か考えるような素振りを見せたリリだったが、パーティの件に反対という訳でもないようで、笑顔で返した。それじゃあまたな、とアルクは2人に別れを告げ、本拠へと歩き始める。
―――――「あいつの本性に気付いて泣く事になっても俺は知らねぇぞ。」
「リリの本性、ねぇ。」
青髪の男の言う事を真に受ける訳ではないが、アルクはどうにも彼の言った事が気になっていた。それに彼の企みが、ベルに断られたからといって終わるとも思えない。今、リリの傍にはベルがいる。常人以上の成長を見せるベルが男に後れを取るとは思えない。
「どうしたもんかね。」
何を疑い、何を信じるか。考えれば考える程全てを疑ってしまう自分が嫌になり、アルクは大きくため息をついた。
―――――「あんたがそうしたいならそれで良いさ。 何もしなかった事を後悔するより全然良い。 まぁ、やって背負うのはあんただけどね、ハッハッハ!」
「俺はどうしたいんだろうな、セラさん。」
―――――――――――――――
「ベル様。」
「ん? 何、リリ?」
アルクと別れダンジョンへと向かう道すがら。リリはベルに質問を投げかけた。
「先程アルク様とは別の方と話をされていたようですが、何を話されていたんですか?」
「―――っ。」
その質問は、間違いなく不意打ちであった。男の話はもちろん、会っていたところも見られずに済んだと安心していたため、言葉に詰まり、冷や汗が流れる。
「特に何も。 ちょ、ちょっとした世間話だよ!」
男と話していたところを見たと言うリリに、果たしてその様子が世間話をしているように見えたかどうかは分からない。しかしリリは「そうですか」とそれ以上の詮索はしなかった。彼女がどうやら納得してくれたとベルはホッと胸を撫で下ろす。
(あの人が言っていた事も気になるけど、今リリは僕の仲間なんだ。 もしリリが危険な目に遭いそうだったら、僕が何とかしないと!)
そして、ベルの後方を着いて行くリリ。彼女もまた先程のやり取りを思い返していた。
(アルク様とパーティを組まれた後ではやり難いですし、既にリリの事も知られてしまっているでしょうね。 となれば、この辺が潮時かもしれません。)
やはり彼女にはベルと青髪の男の会話は世間話には見えなかったらしい。そしてその男は、リリが少し前まで契約していた冒険者であった。彼とベルが旧知の仲であったとは考えられない。そして、2人の共通点と言えばリリが契約した冒険者だという事。かつてリリがサポーターを務めたその男はリリの手癖の悪さを知っている。それを根に持つ彼が、次の契約相手であるベルにそれを教えていたとしても何の不思議もない。
(ベル様との契約も、もう終わりですね。)
バレてしまっては仕方がない。今の契約相手がダメなら次の契約相手を探せば良いだけ。そうやって何度も契約相手を変え稼ぎを増やして来たリリ。ただ、今回は少しだけいつもと違う気がした。
(なんで、リリは……。)
彼女の真の目的を知れば、ベルは軽蔑するだろう。彼女がやって来た事を知れば、きっと憤慨するだろう。そう考えた時、何故かリリは痛くもない胸の辺りをギュッと握り締める。
(変なの…。)
その理由を、彼女はまだ知らない。
次回はアルク君にも頑張ってもらいたいですね。
余談ですが、原作で個人的に違和感を感じたところを地味に消化したりしてます。私の作品で出る違和感の方が全然多いと思いますけどね;
また次回もよろしくお願いします。