その錬金術師は儘ならない~彼に薬を求めるのは間違っているだろうか~ 作:獣ノ助
彼女が思い出したその二つ名は、アルクにとって不名誉なものであった…。
キーワードは”錬金術(笑)”
『災禍の薬箱<パンドラ>』。
それは、アルクがレベル2にランクアップした際に神々によって与えられた二つ名だ。
ダンジョン探索において偉業を為し、ランクアップを遂げた冒険者に"災禍"とはあまりに酷い二つ名ではあるが、それには当然理由がある。
それは、彼の使う"錬金術"だ。
彼の錬金術を正確に言うのであれば、魔法『
主にドロップアイテムを使用して薬を錬成する魔法なのだが、素材が上層のものであるためか、はたまたアルク自身の未熟故か、出来上がるのは不良品ばかり。飲んだ者を状態異常にする薬もあれば、そもそもまともに口にできない味や臭いのものもある。魔法の行使に必要な
そしてそんな面白い話を神々が放っておくはずもなく、アルクがランクアップした際には、ミアハの健闘する間もなく不名誉な二つ名が与えられることになった。
レベル2になったことで良品が出来る確率や薬の味も多少は上がったのだが、"災禍の薬箱"という二つ名はオラリオ中に広まり、一部では"マズポ(不味いポーションの略)のアルク"とも呼ばれている。
「ランクアップから結構経つけど、やっぱ簡単に忘れてはもらえないか。」
そもそも二つ名については切っても切れないものなので、その由来となる彼の薬の評判も変わりはしない。
「薬の質についてはあまり気にしていなかったのですが、"錬金術"が使えるという点ではとても珍しい魔法ですので、結構噂になっていたと思います。」
「まぁそうだろうな。不味い薬の"犠牲者"はそう多くなかったはずだ。」
状態異常を引き起こす薬はアルクには
「状態異常になるやつは無理だが、ただ不味い"だけ"のポーションはもったいないからな。探索の時に使うようにしてるんだよ。」
「えっと…、く、苦労されているん、ですね…。」
珍しくも使いづらい魔法に悩まされるアルクに、今度はリリルカが苦笑することとなった。
ちょっとしたアルクの身の上話を終え、2人は11階層へと辿り着いた。アルクの目的である薬草は、この階層からよく見られる。10階層より雰囲気の変わったダンジョンもレベル2のアルクには問題ない。アルクが薬草を見つけ、リリルカがそれを採取する。その間、アルクは周りの警戒に当たる。即席パーティではあったが、それぞれの役割がはっきりしているため、薬草集めは思った以上に順調だった。
「いつもなら12階層に行く前に荷物が結構いっぱいになるんだが、アーデがいてくれるから、12階層での採取もいけそうだな。」
「お役に立てているのなら、何よりです。」
リリルカの"硬い"返答に若干肩をすくめながら、アルクはドロップアイテムを拾っていた。
そしてリリルカはそんなアルクの様子をジッと見ていた。
(また何かを拾ってる。魔石は確認しましたから、ドロップアイテム?でも別のモンスターの時に出ていたのも同じようなアイテムだった気が…。、)
モンスターを倒した際に、得られるものは、基本2種類となる。
1つは魔石。モンスターの核とも言える石で、それを破壊すればモンスターを倒すことができるし、破壊せずに倒しても魔石は消えないため、そのまま地上に持ち帰り換金することが可能だ。
そしてもう1つは、ドロップアイテム。モンスターの一部がアイテムとして残ることがあるのだ。もちろん持ち帰って換金することも可能だが、アイテムによっては加工して武器や防具にしたり、粉にして薬の材料にすることもできる。
ただ、アルクが回収しているアイテムは、そのどちらともつかないものだった。
魔石のように、形状はどのモンスターからも同じようなものだが、その頻度はドロップアイテムのように低い。
何よりリリルカが気に入らないのは、その謎のアイテムをアルクが全て拾っていってしまうことだ。サポーターであるリリルカは重量補正のスキルもあるため荷物持ちとしてその力を遺憾なく発揮できる。それなのに前衛で戦うアルクが荷物を増やしていくのは明らかに効率が悪い。
それにアルクが拾っているのは、リリルカも知らない魔石やドロップアイテムとは違う第3のレアアイテムかもしれない。それを独り占めにしようとしている可能性がある以上、リリルカも放ってはおけない。
(やはり、この人も……)
しかしただの小間使いとして扱き使われてきたリリルカは、何か納得したような気分だった。貴重なアイテムをただのサポーターに分ける訳にはいかない。つまりはそういうことなのだろう。別にいつもと変わらない。サポーターにはおこぼれで十分。そういうことだ。
リリルカが諦めたような視線をアルクに向けていると、それに気づいた様子のないアルクは何かを考えていた。
「やっぱやめとくか?…でもなぁ、1回くらいなら―。」
その手には先ほど拾った謎のアイテム。それを手の上で転がしながら、何かを決めあぐねていた。自分に対する当てつけとしてアイテムを見せびらかしているのだろうか、と思考がどんどん暗いほうへと向かっていくリリルカだったが、突然アルクは何かを決したように頷き、リリルカの方へと歩いてきた。
「なぁ、"錬金術"、見てみるか?」
「え?」
唐突な提案に、リリルカは戸惑った。いったいどんな流れで錬金術を見せるという話になるのだろうか。
「少しは使っとかないと、魔力も上がらないからな。」
確かにステータスの中の"魔力"は、魔法を使用することで上げることができる。そのため魔法が発現しなければ、魔力は0のままなのだ。しかしそれならば、道中で使っても良かったはずだ。なぜこのタイミングなのだろうか。
「なぜここに来るまで使わなかったのですか?」
特に聞かない理由もなかったため、リリルカは尋ねた。
「いや、錬成には素材が必要だろ?その素材に魔石やドロップアイテムなんかも使うんだよ。1人なら心置きなく使うんだが、今回は収穫の配分もあるからな。」
「―え?」
リリルカは耳を疑った。アルクは収穫の配分の為に魔法を使っていなかった。つまり、リリルカに気を遣い魔法を使っていなかったというのだ。今までリリルカが契約してきた冒険者であれば、そんな事はまず気にしなかった。おそらく同じような状況になったとしても、躊躇いなく"リリルカの取り分"を使っただろう。
「でも"錬金用"のアイテムが貯まってきてな。これで補填すればかなり節約出来る。」
そう言ってアルクがリリルカに見せたのは、先ほどアルクが拾っていた片手に収まる程の小さな石だった。紫色をした魔石と違い、その石は暗い赤色をしており、透き通ってはいない。リリルカはその石を間近で見て最初に、"まるで血を固めたみたい"と思った。
「『血晶』って言ってな、"錬金"の魔法が使える俺専用のドロップアイテムなんだ。」
その名前は、まさしくリリルカの印象そのものだった。
「専用、ですか…。でしたら換金すれば、いいお金になるのではないですか?魔石のように魔力が込められているかは分かりませんが、希少価値は高いと思います。」
「換金は最初に試したよ。それこそ錬金より先にな。でも、鑑定中に血晶が消えちまったんだ。どうやら錬成に使わなければ時間経過で消えるらしい。換金後に消えてたら、金をちょろまかしたと思われたかもな。」
つまり、錬成に使用しなければ荷物になるばかりのアイテムということだ。
(リリに分けるのを嫌って独り占めしていた訳ではなかったんですね…。)
アルクの言っていることが、血晶というアイテムについてごまかすための嘘という可能性もある。それでも、リリルカは不思議とアルクの言葉を疑う気にはならなかった。それに少し、"錬成する瞬間"を見てみたいという気持ちが湧いてきていた。
「血晶もそこそこ集まったし、使い道のない俺用のアイテムをアーデに持たせる訳にもいかないしな。で、だ。素材には多少魔石が必要になるんだが、使ってもいいか?」
「錬金術に必要ということなら構いません。どれくらい必要なのですか?」
「今回は血晶を多めに使うからな。ゴブリンかコボルトのが3個もあれば十分だ。」
リリルカにはアルクの使う錬金術のことは分からないが、どうやら魔石は必須だが血晶を使うことでその必要数は減らせるらしい。アルクの言う魔石の量であれば、アルク自身が倒してきたモンスターの数を考えれば、ほんの一部に過ぎない。
「それだけでよろしいんですか?配分を気にされていたので、てっきりもっとたくさん使うものかと思ってました。」
「ははは…。零細ファミリアだしな。貧乏性は否めない。」
(いったいミアハ・ファミリアは、どれだけお金に困っているのでしょうか…)
そんなリリルカの心の声を知る訳もなく、「じゃあ」とリリルカから魔石を受け取ったアルクは特に焦らすような素振りも見せず、魔石と血晶を地面に置いた。
「―礎となれ、"
あまりにも短い詠唱で紡がれたそれは、まだ"錬成"に至る前準備。リリルカには何の変化も確認することは出来ないが、アルクの目には手に持つ血晶が細い光の線で結ばれる様子が見えていた。
"結合"は錬成に使用する素材の選択だ。素材にしたいアイテムに意識を集中し、光の線をつないでいく。ドロップしたモンスターの相性があるのか、時折この結合で失敗することもあるのだが、今回は特に問題なく準備が整った。右手に空のガラス瓶を取り出す。ここに来る途中でアルクが飲んだポーションの空き瓶だ。
「―"
結合という前段階を考えなければ無詠唱となるその魔法により、魔石と血晶が引き延ばされるようにガラス瓶へと吸い込まれていく。その収束点となるガラス瓶が発光し、それを見たリリルカは目の前の不思議な光景にただただ驚くばかりだった。
やがて魔石と血晶は消え、光も収まっていく。残ったのは、ガラス瓶の中に溜まった、濃い緑色をした液体だけだった。
「今のが、錬金術、…ですか?」
「あぁ。とは言っても、あくまで俺の魔法としての錬金術であって、本物の錬金術がどんなものなのかは俺もよく知らないけどな。」
元々発現した魔法の名に"錬金"とあるため錬金術と言っているだけである。魔石や血晶といった限定的な素材で、何の効果があるかも分からない薬を生み出す力を実際の錬金術と同一視してもいいものかは分からない。
「それで、その、薬…でしょうか?それには何の効果があるのですか?」
「ちょっと待ってな。―"
アルクが再び無詠唱で発動したのは、生成物の効果を知るための魔法。
"結合"、"錬金混成"、"解析"。アルクの錬金魔法はこの3つがセットとなったものだ。錬成した薬から、アルクはそれに何の効果があるのかを読み取った。
「えっと、効果は…一時的な敏捷上昇大…、」
「ステータスアップですか?いいじゃないですか!素材から考えれば十分にお釣りが来ます!」
アルクの評判と彼自身の話から効果についてはあまり期待していなかったリリルカだったが、ステータス上昇という効果を聞いて、少し興奮気味になっている。しかし、効果の説明はそれだけではなかった。
「一定時間の耐久低下大、あと副作用が、上昇効果後の筋肉痛だそうだ。」
「…はい?」
リリルカの興奮は一気に冷めた。上昇が"一時的"なのに低下は"一定時間"。しかも上昇効果が切れると筋肉痛に襲われるというデメリットの追撃まであるという。
「それじゃあ、敏捷上昇の効果が切れたが最後、筋肉痛でまともに動けないうえ耐久まで低下してやられちゃうじゃないですか!」
「今まで作った中じゃ、結構当たりなんだけどな。素材も低コストだし。」
「えぇ……」
"災禍の薬箱"、その一端をリリルカは知ったのだった。
錬金術だけど、錬金術じゃない。
とんだタイトル詐欺ですねこれは…。
序章は次で最後になります。