その錬金術師は儘ならない~彼に薬を求めるのは間違っているだろうか~ 作:獣ノ助
その企みを前にアルクはどう動くのか。
彼の顔芸はアニメでこそ光る。
「よ、今日はお互いダンジョンか。 どうせなら一緒に行くか?」
「おはようございます。 そうですね、ダンジョンに入る前にリリと予定を確認するつもりなので、入口まで一緒に。」
並んで街を歩き始める2人。すると自然と話題は昨日の青髪の男の事となる。
「なぁ、ベルは昨日の男の話、どう思う?」
「
ベルもやはりその件が気になっていたらしい。計画を断られたために適当な事を言ってベル達にリリに対する不信感を抱かせようとしたとも考えられるが、残念ながらそれを完全に否定出来るほどアルクとリリの付き合いは長くはない。
「僕は、リリが困っているなら助けたいです。 悩みがあるなら、相談に乗ってあげたいです。 だって僕とリリは、パーティですから。」
「…そうか。」
「それに似てるんです。 神様に会う前の、一人ぼっちだった頃の僕に。 だから…。」
しかしベルは既に答えを出していたらしい。彼の真っ直ぐな意見に、アルクも自然と頬が緩む。
「ベルがそうしたいならそれで良い。 何もせず後悔するより全然マシさ。」
「はいっ。」
どこかで聞いた台詞をベルに伝えるアルク。選択した道の先で後悔する事になっても、きっとベルならそれを糧に進んで行けるような、そんな気さえしてくる。
「ベルはヒーロー気質なのかもしれないな。」
「え?」
「いや、なんでもない。」
ダンジョンの近くでは、リリが既に待っていた。予定を確認する2人と違いソロ探索となるアルクはその場で別れ、ダンジョンへと潜っていく。
途中でふと振り返り、アルクはベルと話しているリリを見据える。
1回とは言え彼女とはパーティを組んだため、多少の人となりは理解していると思う。それでもどこか拭えない懐疑心に、アルクは自分とベルの気質の違いを感じた。
―――――――――――――――
「こんなもんかな。」
手早く薬草の採取を終えたアルクは、少し早い時間ではあるがダンジョンから帰還しようとしていた。採取した薬草の処理や選別もあるので早めに切り上げる事自体は決して悪い事ではない。もし早めに切り上げた帰りでベル達とばったり会ったとしてもただの偶然、そう、
「昨日の今日で気にし過ぎかね。」
しかしアルクは知らなかった。その日、リリがベルに10階層への進出を提案していた事を。そして、その予想を超えた進出ペースによりアルクとベル達は出会う事なくすれ違った事を。
ダンジョン8階層。ベル達は既にいないその階層で、アルクはのんびりと周辺を気にしながら歩いていた。9階層と同じくベル達がいる様子はないと判断したため7階層へと上がろうとしたところで、アルクは気になるものを見つけた。
「なんだ、あの大荷物。」
それは、大きな袋を背負った男だった。魔石等のアイテムを入れるための袋を所持している事は特に不思議ではないが、男が持つ袋はやけに大きい。しかも男の周辺にパーティと思われる冒険者がいないのだ。ソロでの探索に大きな袋は邪魔にしかならない。ソロにおいてはある意味ベテランとも言えるアルクがそう思うのだから間違いない。
「準備は出来たか? そろそろ行くぞ。」
しかしどうやらソロという訳ではなかったらしい。別の男がやって来て大きな袋を背負う男に合流した。ただ、何故か合流した男も同じように大きな袋を背負っている。いったいどれだけ魔石を稼ぐ気でいるのかと呆れるアルクだったが、その時男の持つ袋がモゾッと動いた。
(おいおいまさか誘拐じゃないだろうな。 何なんだあいつらは。)
只ならぬ雰囲気を感じ、男達から見えぬよう身を隠すアルク。2人の男が持つ袋は、よく見ればどちらもモゾモゾと動いているように見える。
(まさか、"
袋の中身は分からないが、違法性については高いとみていいだろう。どこかへ向かう2人の後を追う事にしたアルク。
「へへっ、驚くだろうぜ。 アーデのやつ。」
「―――っ!」
どうやらこの件は、アルクにとって予想以上に無視出来ないようだ。
―――――――――――――――
付かず離れず。男達の後を着けるアルクだったが、バレない距離を保っていた事もあり2人を見失ってしまった。上層の広さはそれほどないと言っても入り組んだ道がアルクの行く手を阻む。
「どっちに行きやがったんだ? クソッ。」
『ギャァ―――!!』
「今のは! こっちか!?」
突然聞えて来た叫び声に、アルクは行く方向を定める。リリの悲鳴には聞こえない野太い悲鳴だが、手掛かりがない以上"何かが起こった"と思われる場所へと向かう以外にない。アルクが駆け付けると、そこには大量のキラーアントに襲われる男の姿があった。
(こいつは…。)
アルクはその男に見覚えがあった。襲われていたのは、昨日ベルにリリを陥れる計画を持ち掛けた青髪の男だったのだ。その時に見せたニヤけ面とは打って変わって、男は絶望を張り付けたような表情をしている。
「しゃあねぇな。」
アルクとしては昨日の事もありこのまま見捨てるというのも考えたが、相手が誰であっても見殺しというのは後味が悪い。それにアルクの主神であるミアハは医神。ここで見捨てては神に合わせる顔がないというものだ。アルクは背負った大剣を振り回し、男に群がるキラーアントを蹴散らした。
「大丈夫か?」
「た、助かったぜ。 って、お前は!?」
男もアルクを覚えていたらしい。恐怖から安堵した表情に変わったかと思えば今度は驚愕の表情。見事な顔芸と言わざるを得ない。
「お、お前も俺を、ハ、ハメるつもりか!?」
「お前"も"?」
それをしようとしていたのは彼の方ではなかったか。状況が呑み込めず困惑する。
「クソッ、あのサポーターをハメるのに手を貸すっつーから雇ってやったのに、結局俺も蟻共に始末させるつもりだったんじゃねぇか! ふざけんじゃねぇ!」
求めてもいないのにべらべらと事情を説明する青髪の男。アルクとしては助かるのだが、状況的にあまり悠長にしてはいられない。
「勘違いしてるらしいが俺はそいつらとは関係ない。 それといいのか? 話してる間にまたキラーアントが集まって来たぞ?」
「チッ。 関係ないなら丁度良い、この蟻共を片付けてくれ。 無事に抜け出せたら礼もする! 悪い話じゃねぇだろ!?」
「残念だが俺はこの先に用があってな。 その代わりこいつをやるよ。 防虫効果のある薬だ。 これを体に掛けとけばしばらくキラーアントは寄って来ねぇさ。 」
アルクが取り出したのは、以前食人花との戦闘中に錬成した薬だった。当時は絶望させられた効果であったが、今この場では何とも頼もしい薬だ。
「分かった。 それをくれ。 早く!」
迫るキラーアントを前に男が急かす。アルクは出し惜しみする事無くその薬を男に渡した。男は薬を受け取るや否や、それを開け、頭から被る。するとどうだろうか、今まで押し寄せようとしていたキラーアントの動きが止まった。
「おぉ! こいつはすげぇ! 今の内に逃げ…、うっ、なんだ? この臭いは。」
安堵したと思いきや今度は謎の悪臭にしかめっ面。本当に顔芸が面白い。
「おいっ、なんだこの薬!? なんでこんなに臭ぇんだ!? 」
「そういう薬なんでね。 それよりいいのか? 早く行かないと、効き目が切れるぜ?」
アルクに悪態をついていた男だったが、その言葉に焦りを
「異臭騒ぎになるんじゃねぇか、あれ。 …と、俺も早く行かねぇと。」
キラーアントの大群という異常事態から考えて、既にその先で何かが起こっていると考えていいだろう。襲い来る蟻達を大剣で薙ぎ払いながらアルクはダンジョンを駆け抜ける。
「囮になってくれよ。 なぁ、アーデ?」
獣人と思われる恰幅の良い男はリリに無情な提案を投げ掛けた。リリは身包みを剥がされた様子でいつも背負っているバックパックもない。
「そんな、約束が違―――」
「約束っつーのは持ってるもん寄こせば助けるってあれか? そんなの本気で信じてたのか? 騙し取るなんてお前が良くやって来た事じゃねぇか。 今日だって冒険者を騙してこいつを手に入れたんだろう?」
そう言って獣人の男が手にしたのは柄から刀身にかけて黒色をしたナイフ。それは、リリが契約している白髪の冒険者が愛用している武器だった。
「それはっ。」
「じゃあな、アーデ。」
リリの言葉に耳も貸さず、獣人の男は仲間の2人と共にその場を去ろうとする。そこにはキラーアントの大群が集まって来ていた。しかし何故か蟻達はその敵意を男達ではなくリリへと向ける。それは、リリの近くに転がった大きな袋が原因だった。
キラーアントというモンスターには、厄介な特性がある。それは、自身に危機が迫った時、特殊な信号を出し仲間を呼ぶというものだ。しかもその体は甲殻に覆われているため、上手く関節等を狙わなければなかなか倒しきれない。その結果、瀕死のキラーアントに気を取られ、いつの間にか大群に囲まれているという事もある。そういった面から、キラーアントは"新米殺し"とも呼ばれている。
大きな袋の中身、それは正しく瀕死のキラーアントであった。しかもその数は3つ。多くの蟻達が3匹の信号に呼ばれ、リリの元へと集まろうとしている。
「いつまでもここにいちゃ俺達もやべぇ。 行くぞ。」
先程もリリを罠に嵌めるために彼等が利用した青髪の冒険者がキラーアントに驚き慌てて脱出を試みた。しかし彼は運悪く迫り来るキラーアントの群れに真正面から突っ込んでしまったらしい。その断末魔とも言える悲鳴を獣人の男達は聞いている。彼とは違いキラーアントについても計画済だった男達はリリから奪い取った荷物を手に、予め決めておいたルートを進み逃げ出した。
「なんだ、こりゃどういう状況だ?」
その直後、男達が逃げて行った方向とは別の場所から大剣を手にしたアルクが現れた。アルクはその場を見渡し、リリの存在を確認した。
「リリ、大丈夫か? それに、ベルは?」
「ア、アルク…様…。 ベル様は…ベル…様は……。」
アルクはリリの様子がおかしい事に気が付いた。明らかに彼女は怯えているのだ。もしその原因がキラーアントであったのならば、アルクが来た事で多少なりとも安堵したはずだろう。しかし状況はむしろその逆。彼女はアルクに対して、何かに怯えている。
「
「――っ!」
アルクの言葉に大きく動揺を見せるリリ。鎌を掛けるつもりも含めての質問だったが、どうやら
「狙いはあのナイフか。 つまり今、ベルはまともな武器も無い状態って訳だな。」
「ぁ……ぁ……。」
次々に明らかにされていく自らの罪に、リリは涙を浮かべ震え出す。その最中にも自分の元へと迫るキラーアントを、アルクは大剣で薙ぎ払う。
「――んで、」
「ん?」
「なんでリリはこんな風になってしまったんですか。 こんなに惨めで、情けなくて、…弱い。」
「分からん。」
キラーアントはアルクの届かぬところからもリリへと迫る。しかしアルクはそれを阻止する事をしようとはしない。
「これは、当然の報いですね…。 あんなに、…あんなに優しく接してくれたベル様を裏切ったリリへの、…報い。」
「そうかもな。」
アルクはリリの言葉に淡々と返す。それを聞いているかは定かでないが、リリは諦めたように微笑んだ。
「もう、終わりなんですね。 やっと、…やっと終われる。」
(本当に終わりか? こんなんで終わっていいのか? ―――なぁ、ベル。)
彼は言っていた。彼女を助けたいと。確かに彼女は彼を騙していたかもしれない。しかし、その可能性を考えて尚、彼はそう言ったのだ。
「本当に、……終わって―――」
その時、自分に微笑みかける白髪で紅い眼をした少年がリリの脳裏を過る。諦めたはずの心が再び高鳴り始める。微笑みは消え、彼女は大粒の涙を落とした。
(ここで助けるのは俺じゃねぇだろ? 早く来い。 来いよ、
「終わってしまうんですか!?」
「【ファイア・ボルト】!」
次の瞬間、リリに押し寄せる蟻の群れが塵と化した。声のした方を確認する事もなくアルクは手にしていた発火薬の瓶をホルスターに収める。
「ほんと、ヒヤヒヤさせてくれるわ。」
その場に駆け付けリリの窮地を救ったベルは、急いで彼女の元へと向かう。リリは驚きに目を丸くし、呆けたままだ。
「リリ、大丈夫!? ケガはない!?」
「…どうして?」
「どうして?」
「なんでリリを助けたんですか? リリはベル様を騙していたんですよ!? ベル様の大切なナイフを盗んで、ベル様を10階層に置き去りにして! なのになんで!?」
「え、えーっと…。」
本来ならば、ベルがリリを糾弾する場面だろう。しかし何故かベルがリリに問い詰められてしどろもどろとなっている。完全に逆である。
「リリを、放っておけなかったから、かな?」
「おかしいです! 今日だけじゃありません。 魔石をちょろまかした事だって一度や二度ではありません。 配分だってベル様の経験が浅いのをいい事に、ベル様とリリで5:5ではなく4:6、いえ、2:8にした時だってあります! 」
(結構やってんな、おい。)
「他の団員からの仕打ちの腹いせに、期限切れの食料を渡したり、モンスターもいないのに敢えてベル様のスレスレのところを射った事もあります!」
「…あ。」
(やり過ぎじゃね? ってか心当たりあるのか、ベル?)
「それでもベル様はリリを助けるって言うんですか!?」
「うん――「なんで!」え、…っと、女の子、だから?」
「それじゃあ女の人なら誰でも助けるって言うんですか!? ベル様の馬鹿! 人でなし! 女の敵! ヘタレ、白髪頭、すけこまし!!」
(なんか違うの混ざってないか?)
堰を切った様に本音をぶちまけるリリ。ぶちまけ過ぎて少々必要のない暴露や罵倒も飛び出している気もするが、女性だから助けるというベルの返答がどうだろうかというのはアルクも概ね同意である。
「じゃあ、"リリだから"だよ。 リリを助けたいと思ったんだ。 …理由なんて、分からないよ。 僕がそうしたいと思った、ただそれだけなんだ。」
ベルの言葉にリリは大声で泣き、ベルの胸の中で何度も謝罪の言葉を繰り返した。どうしたら良いか分からないベルはアルクに助けを求めるが、残念ながらアルクは今も尚群がっているキラーアントの一掃に忙しい。というか助けて欲しいのはどちらかと言えばアルクの方なのだ。
結局リリが落ち着いたのは、アルクがキラーアントを片付けた後だった。
リリちゃん少々暴走中。
次回でこの章は終わりとなります。
今回生じた原作とのちょっとしたズレによるオリジナル展開の予定です。
ぁ、顔芸の彼は出ません。
薬による異臭は数日間取れる事はなかった、とだけ記しておきます。