その錬金術師は儘ならない~彼に薬を求めるのは間違っているだろうか~   作:獣ノ助

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ベルの勇姿を目の当たりにしたアルク。
彼等は次のステージへと進もうとしていた。


アレンはしばらく悶えながら掻き毟っていた。


Recipe.26 - 魔剣鍛冶師 + 小さき新人

「本当にいいのか? アイズ。」

 

「うん、構わない。」

 

ベルの戦いを目の当たりにしたアルク達。その戦いぶりやオール"S"というステータスにそれぞれ思うところはあるようだが、残念ながらいつまでもベル達をそのままにはしていられなかった。ベルは防具も含めボロボロの状態であり、精神疲弊(マインドダウン)で気絶したまま。リリの方も傷こそ治療済ではあるが体力等の消耗が激しい。2人のパーティであるアルクがすぐに地上へ連れて行こうとしたところ、待ったの声が掛かった。

 

「1人で2人を運ぶのは大変。 だから、私も手伝う。」

 

アイズの提案に問題ないと返そうとしたアルクだったが、既に彼女はベルを背負っており準備万端の様子。断りづらくなったアルクはそのままベルをアイズに任せる事にした。

 

(頑張ったベルへのご褒美にもなるだろ。 …気絶してるけどな。)

 

「それじゃあ俺はリリを…、って、リリ?」

 

「彼女なら気を失ってしまった。 おそらく彼が無事だった事で安心したのだろう。」

 

見てみれば確かに気を失っているが、苦しそうな様子はない。アルクはリリの所持品であるバックパックを背負い、彼女自身はいつかの時の様にお姫様抱っこ状態にする。

 

「アルク・サルマン。 これを彼に。」

 

歩いて来たフィンがアルクに差し出したのは、紅い角であった。

 

「彼の戦利品だ、忘れないようにね。」

 

「はい、ちゃんと渡しときます。」

 

2人の様態の事もあるため、話もそこそこにアルクとアイズは地上へと向かった。

 

 

 

「それにしても、女神の戦車(ヴァナ・フレイア)まで出て来るとはね。 僕達の前に立ち塞がったオッタルといい、とても偶然とは思えないな。」

 

フィンは見えなくなるその時までずっと、アイズの背で眠る少年から目を離す事はなかった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「レベル2ーーー!!?」

 

ギルドに叫び声が響く。目の前でその爆音を耳にしたベルとアルクは堪らず耳を抑えている。

声の主はギルド職員のエイナ・チュール。彼女は今、アドバイザーを務めているベルから近況を聞いていた。しかし、話の中にはエイナも耳を疑う内容が含まれていた。

 

「まぁ驚くよな。 たった一月でレベル2なんて。」

 

「は、ハハハ。」

 

 

ランクアップ情報

ベル・クラネル レベル2 所要期間1ヵ月

 

 

ギルドで情報を整理するためその功績が貼り出されるまで少しかかるが、大体そんな感じとなるだろう。そこに二つ名が添えられれば、ベルも一気に有名人となる。何と言っても彼はアイズ・ヴァレンシュタインの所要期間1年という記録を大幅に塗り替えた超最速の世界記録保持者(ワールドレコードホルダー)となるのだから。

 

「そういえば、二つ名はどうなってるんだ?」

 

「うん、実は今日がちょうど神会(デナトゥス)の日らしくて、僕にピッタリの二つ名を勝ち取ってくるって神様が朝から出掛けて行ったんだ。」

 

「今日神会(デナトゥス)だったのか。 ミアハ様はそういうのあんま出ないからなぁ。」

 

ミアハ曰く、「それよりも皆のために薬を作っている方が性に合っている」らしい。ちなみにアルクの二つ名を決める際には流石のミアハも神会(デナトゥス)に出席したのだが、結果は知っての通り。健闘虚しく災禍の薬箱(パンドラ)という不名誉な二つ名を持ち帰る事になった。

 

「マシな二つ名、もらえると良いな。」

 

「うん!」

 

「『赤面脱兎(レッド・ダット)』とかな。」

 

「何それ!?」

 

ウサギのような外見と良く赤面して逃げ出すためにアルクが考えた二つ名は(すこぶ)る不評だった。「いいと思うんだけどな、語感とか」と少し不満気なアルク。ふざけているようで、多少本気だったのかもしれない。

 

 

 

 

ギルドにランクアップ等の報告を済ませたベル。続いて訪れたのはバベルのとある武具店。ミノタウロスとの戦闘により防具が壊れてしまったため、新たな防具を買いに来たのだ。

 

「ベルもこの店知ってたのか。 俺もここ使ってるぜ。」

 

「アルクも?」

 

その武具店は、アルクも良く利用する店であった。なんでも見習い鍛冶師の作品を販売しているらしく、その中にはヘファイストス・ファミリアの鍛冶師の作品もあるとの事。一度大剣のメンテナンスのためにヘスティア・ファミリアを訪ねた際に、主神であるヘファイストスから「中には将来有望な鍛冶師の作品もあるから、ぜひ行って見てね」と勧められたアルク。単なる宣伝だろうと思いながらもやって来た彼の予想は、良い意味で裏切られた。

 

「目の利かない俺でも分かる上等な防具もたまにあるからなぁ。」

 

見習い鍛冶師と言えどその中にも大きな実力差がある。何とか売り物になるような小さなナイフもあれば、ブランド品と見紛うようなフルアーマーもあった。

 

「なんでいつもあんな隅っこなんだ! もうちょっとマシな所で売ってくれても良いだろ!?」

 

受付から聞こえる不満の声。おそらく見習い鍛冶師が自分の作品の置き場に異議を唱えているのだろう。名を揚げるため、出来る限り客の目に付きやすい場所で売って欲しいと願う気持ちは分からなくもない。

 

「んー、ないなぁ。」

 

アルクが掘り出し物はないかと武具を物色していると、立ち止まり何かを考えているベルに気が付いた。どうやら彼には何か買いたい防具の当てがあったらしい。

 

「ないって、何を探してるんだ?」

 

「あ、うん。 実は"ヴェルフ・クロッゾ"さんが作った防具を探してて。 前の防具もその人が作ったものだったんだけど、軽くて使い易かったから。」

 

「なるほどな。 …って、"クロッゾ"?」

 

その名にどこか聞き覚えのあるアルクだが、どうしても思い出せない。その内思い出すだろうとアルクは気にせず物色を再開した。ベルは別の場所にあるのではないかと考え、受付へと尋ねに向かう。

 

「あの、すみません。 ヴェルフ・クロッゾさんの防具って、売ってないんですか?」

 

ベルの問いに、店主の目が点となる。そして彼がベルの顔からゆっくりと視線をその隣にいる男へと向けていくと、視線を向けられた男は、突然笑い出した。ベルには何が何だか分からない。

 

「あるぜ、冒険者。 お前が欲しがってる防具なら、"ここ"にな!」

 

そう言ってニカッと笑う青年。彼の前にあるのは木箱に入れられた"ヴェルフ・クロッゾ"と刻まれた防具。そう、彼はその防具の製作者、つまり、ヴェルフ・クロッゾその人なのだ。

 

 

 

 

「まさかわざわざオレの防具を探しに来てくれる冒険者と会えるとはな。」

 

「僕も、クロッゾさんに直接会えるとは思ってませんでした。」

 

新しい防具を手に入れたベルと、アルク、ヴェルフの3人はバベルにある休憩所で話をしていた。ちなみにアルクは特に掘り出し物も見つけられなかったため何も購入していない。

 

「あー、出来れば名前で呼んでもらって良いか? そう呼ばれるのは好きじゃないんだ。」

 

「え? はい、じゃあヴェルフさんで。」

 

"クロッゾ"と呼ばれる事を嫌うヴェルフ。ベルは疑問に思うも言及はしなかった。

その後の話でヴェルフはアルク達のパーティに加わる事が決定した。なんでもランクアップにより"鍛冶"の発展アビリティを手に入れたいらしい。ヴェルフの鍛冶師としての腕が上がるのであればその顧客とも言えるベルにとってもメリットがある。その場にいないリリにも話を通す必要はあるだろうが、彼女もベルが話をすれば問題ないだろう。

 

「アルク、だったな。 ヴェルフだ。 よろしく頼む。」

 

「あぁ、アルク・サルマン、ミアハ・ファミリア所属だ。 よろしくな、ヴェルフ。」

 

アルク達のパーティに、1人の鍛冶師が加わった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「『リトル・ルーキー』?」

 

「うん、どう思う? リリ。」

 

「えーと…、そうですねぇ………普通?」

 

「だよねぇ…。」

 

リリの感想を聞きテーブルに突っ伏すベル。同じ席に着くアルクやヴェルフも苦笑気味である。

 

「いいじゃないですか。 私は好きですよ、『リトル・ルーキー』。」

 

そこに現れたのは給仕服姿のシル。彼女の言葉に「そうですか?」と少し持ち直すベルだったが、その様子にリリは不満気である。

 

先程から何度も出て来ている『リトル・ルーキー』という言葉。察しの良い人ならばすぐに分かるだろう。そう、それは世界最速でレベル2となったベル・クラネルの二つ名だ。

 

「最速も最速だったからな。 頭角を現す前にランクアップしちまったんで神様達も良い案が浮かばなかったんだろ。」

 

アルクの様に前科…、もとい良し悪し問わず何か評価に値する実績があればそれに因んだ二つ名が付く。しかしベルは冒険者になってまだ一月。彼が為した事はそう多くはない。それ故に『リトル・ルーキー』という無難な結果に落ち着いたのだろう。

 

「良いじゃないか。 どっちにしたって誰より早くランクアップした事には変わりないんだ。 今夜はそれを盛大に祝おうじゃないか。」

 

「そうですね。 …それはいいんですが、…あなた様は?」

 

ベルのランクアップの話で聞くタイミングを逃していたリリは、割りと初めから気になっていた事を尋ねた。ベルのランクアップ祝いと称しているが、実は今夜集まったのはリリとヴェルフの顔合わせも兼ねているのだ。

 

「あぁすまない。 自己紹介がまだだったな。 オレはヴェルフ、鍛冶師だ。」

 

「えっと、リリルカ・アーデです。 ベル様達のサポーターをしています。 それで、何故鍛冶師のヴェルフ様がここにいらっしゃるのですか?」

 

ベルは、ヴェルフのパーティ加入についてリリに話した。最初は自分の知らないところで話が進んでいた事に不満そうなリリであったが、パーティに鍛冶師がいる利点も理解しているため反対する事はなかった。

 

「改めてよろしくな、リリスケ。」

 

「変なあだ名で呼ばないで下さい! リリはリリです!」

 

抗議をするリリに「良いじゃないか」と笑うヴェルフ。そんなやり取りの中、アルクは何かを思い出そうとしていた。

 

(ヴェルフ…。 変なあだ名…。 んー、ヴェルフ……ヴェル……あ。)

 

「そうか、椿さんの言ってた"ヴェル吉"ってのはヴェルフの事だったのか。」

 

誰にも聞こえぬ声で呟くアルク。それはロキ・ファミリアのパーティに同行し、リヴィラの街を訪れたその帰り道。偶然居合わせたヘファイストス・ファミリア団長の椿と共に地上へ向かう途中で聞いた話だった。

 

―――「お前はどこか、ヴェル吉と似ておるな。」

 

そのヴェル吉という青年は、魔剣を打つ事が出来る鍛冶師であるが、椿曰く"つまらない意地"で決して魔剣を打とうとしないらしい。"武器は使い手の半身であり、どんな窮地であっても決して使い手を裏切らない"、それが彼の持論。だからこそ、"使い手を残して砕け散る"魔剣を彼は打とうとはしない。

 

(似てる、か。 俺もやっぱり意地になってるだけって事なのかね…。)

 

もし椿の目にヴェルフとアルクが似て見えたのだとすれば、その"ヴェル吉"に対しての彼女の意見は大なり小なりアルクにも当てはまるだろう。

 

「クロッゾって、あの没落した鍛冶貴族の!?」

 

アルクが思い(ふけ)っていると、いつの間にかヴェルフの秘密はバレてしまったらしい。

没落した鍛冶貴族であるクロッゾ一族。その一族において唯一クロッゾの魔剣を打つ事が出来るにもかかわらず魔剣を打たない鍛冶師、ヴェルフ。

 

「ほんと、妙なメンツが集まったもんだわ。」

 

誰かがそれを聞けば、「お前が言うな」と返されるところだろう。しかしヴェルフの話で騒いでいるベル達にはアルクの言葉は聞こえていなかった。

 

「あなたがそれを言いますか。」

 

「―――っ!?」

 

否、バッチリと近くで料理を運んでいたリューに聞かれていた。

 

記録保持者(レコードホルダー)、ベル・クラネル。

元盗っ人の小さなサポーター、リリルカ・アーデ。

魔剣を嫌う鍛冶師、ヴェルフ・クロッゾ。

そして、マズポを生み出す錬金術師、アルク・サルマン。

 

(ほんとに妙なパーティだが、これなら攻略出来るかもしれないな。)

 

アルクは思い出す。それは、かつてのファミリアの記憶。

中堅ファミリアが零細ファミリアへと落ちる原因となったその出来事をアルクは決して忘れない。

 

(パーティは4人になった。 そしてレベル2は俺とベルの2人。)

 

条件は揃った。いや、()()()()()。ベル、リリとパーティを組んだ、その瞬間に。それでも進もうとしなかったアルクに火を点けたのは、間違いなくベルだろう。

 

(今度こそ攻略してやる。 ダンジョン……中層!)

 

ロキ・ファミリアという大派閥に付いて行くのではなく、正式にパーティを組んだメンバーでのダンジョン攻略。ついにアルクも、止まっていた歩を進めんとしていた。

 

 

 

 

 

 

「そういえばアーニャの兄貴情報役に立ったぞ。 ありがとな。」

 

「にゃ?」

 

アルクの感謝に心当たりのないアーニャは首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 

 

「素晴らしかったわ。 やっぱり私の目に狂いはなかったみたいね。」

 

バベル頂上。ここでもアルク達と同じようにベルと赤いミノタウロスの戦いを見ていた神がいた。彼女の課した試練を見事乗り越えた少年。その姿に彼女はうっとりとした表情を見せる。

 

「申し訳ありません。 我が力が足りず、彼の元に向かうロキ・ファミリアの連中を止める事が出来ませんでした。」

 

「構わないわ。 相手が悪過ぎたもの。 ロキ・ファミリア(彼等)の遠征についてもっと調べておくべきだったわね。」

 

如何にオラリオ最強の冒険者と言えど、レベル5、6の冒険者に一斉に仕掛けられればその対処は厳しくなる。しかも彼の塞ぐ道を通り抜けられた時点で負けという圧倒的に不利な状況だった。それについては主神であるフレイヤも理解している。

 

「アレンもご苦労様。 レベル2の彼がいてはあの子の試練にならないものね。」

 

オッタルとは逆の位置に控えるアレン。彼もまたオッタルと同じように試練における邪魔者となるアルクの隔離を任されていた。

 

「ところでアレン。 あなた、どうしてそんなにボロボロなのかしら?」

 

主神の指摘にアレンの肩がビクリと跳ねる。彼の傷はアルクの痒み薬により上昇した力で自らを掻き毟ったため出来たものだが、その情けない事実を敬愛する神に話す訳にもいかない。

 

「なんでもありません。」

 

「……………そう。」

 

少し考えたフレイヤだったが、やはり深くは追及しなかった。




ちょっと時系列をずらしてみたり。

次章は過去偏を予定していますが、その前にもう1話挟もうか考え中です。
急参戦のヴェルフをちょっと馴染ませたいですしね。


活動報告にも書きましたが、しばらく投稿が不定期となります。
遅くとも2週以内には次話投稿をと考えていますが、仕事が五月雨に増えるため予定が立てられない状態です;

せめて土曜は休みたい……


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