その錬金術師は儘ならない~彼に薬を求めるのは間違っているだろうか~   作:獣ノ助

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最速でレベル2へとランクアップしたベル。
そんな彼のパーティに加わる事となったヴェルフ。


あぁ、ここまで長かった…。


Recipe.27 - 上層の長 + 中層への道

「ついに来たぜ、11階層!」

 

アルクは何度も足を運んだ地であり、ベルとリリもここ最近来る事が多かった11階層。

その中で新鮮な反応を示すのはパーティの新メンバー、ヴェルフ・クロッゾだった。

 

「ヴェルフは初めてなんだっけ?」

 

「あぁ、オレは…その、魔剣の事もあってファミリアじゃ少し、な。 だからこうしてパーティを組んでくれて本当に助かった。 改めてありがとうな、ベル。」

 

「ううん、ヴェルフの"鍛冶"アビリティの獲得は僕にとっても助かるし、お互い様だよ。」

 

今日の目的はヴェルフを加えての初探索となるためそれぞれのポジションや動き方の確認が主である。アルクだけでなくベルもレベル2となった上にパーティの規模も4人となったので、上層の探索はこれまでになく快調だ。

 

基本はアルク、ベル、ヴェルフが前衛で戦い後衛のリリがボウガンで援護するスタイル。しかしベルには無詠唱の魔法『ファイア・ボルト』が、アルクには発火薬等の投擲があるため少し距離を取って中衛的な位置から状況を把握する事も出来る。

 

「12階層到着、と。 早かったなぁ。」

 

「3人の時点で難なく来られていましたからね。 報酬が4等分になると考えたのであれば妥当なところだと思います。」

 

「え、お金の話?」

 

上層最後の階層へと到着した一行。パーティのレベルを考えれば中層に行く事も可能ではあるのだが、今日いきなり中層へと足を踏み入れる予定はない。そのための準備が整っていなければ如何に上層を容易に攻略出来たとしてもあっさりと命を落としてしまう。中層への進出とはそれほど世界が違うのだ。

 

「おっと、早速モンスターのお出ましだな。 インプは任せろ。 あいつ等ならオレでもなんとか倒せる!」

 

「発火薬もほとんど使っちまったし、俺はオークの相手をするかな。 ベルはヴェルフの、リリは俺の援護を頼めるか?」

 

「分かった!」「分かりました!」

 

投擲用の薬の在庫が心許(こころもと)ないアルクは中衛兼任から完全に前衛となる。前衛と援護でペアを組み、それぞれモンスターの群れに対抗していくアルク達。インプ達を倒した隙をつく形でヴェルフに迫るハードアーマードも、ベルが放つファイア・ボルトの前に塵となる。

 

その戦闘の中で、ベルはランクアップにより強くなっている事を実感していた。

 

(凄い。 魔法の威力が全然違う。 それに、敵の動きが良く見える!)

 

本拠でヘスティアにランクアップをしてもらった際には強くなったと言われても良く分からなかった。しかし今、ベルはモンスター達を相手にそれまでとは明らかに違う動きを見せている。共に戦っていたアルクとリリは感嘆し、今日初めて戦闘を共にしたヴェルフでさえも、その姿に呆けていた。

 

 

 

―――チリィン

 

 

「おいベル。 その手、どうしたんだ?」

 

「え?」

 

ヴェルフの言葉にベルが自分の右手を見れば、そこには白い光。まるでベルの右手が光を(まと)う様に光っている。

 

「え? 何、これ。」

 

―――チリィン

 

しかし、ベルにもその光に心当たりはない。しかもその手元からは微かに鈴のような音が聞こえる。ベルとヴェルフでその不思議な光に首を傾げていると、どこからか冒険者の叫び声が聞こえた。

 

「逃げろー! インファントドラゴンだぁ!」

 

冒険者達を追っているのは大きな胴体に長い首を持つモンスター。上層最強と言われるインファントドラゴンである。その首長竜は真っ直ぐにアルク達の下を目指している。

 

「リリ、危ない!」

 

そして、一番近い位置にいるのはリリであった。大きなバックパックを持ち、ベルの様に"敏捷"が高くはないリリに逃げる暇はない。しかし、

 

「大丈夫か、リリ?」

 

「はい、ありがとうございます、アルク様。」

 

リリとペアを組んで行動していたアルクがいたため首長竜の脅威からの離脱は容易だった。猛進を続ける首長竜は次にベルとヴェルフの下へと向かう。

 

「ベル、早く逃げ――「【ファイア・ボルト】!」…あー、まぁいいか。」

 

避けてやり過ごそうとしたアルクだったが、ベルは果敢に魔法で立ち向かった。こうなれば首長竜はベル達をはっきりと敵と認識し、襲い掛かって来るだろう。大剣に手を掛け再び戦闘態勢に入ろうとしたアルクだったが、そこで彼の予想外の出来事が起こった。

 

ベルの『ファイア・ボルト』を受けたインファントドラゴンの首が吹っ飛んでいたのだ。

 

レベル2に上がり魔法の威力も上がったとして、ベルの『ファイア・ボルト』がインファントドラゴンを一撃で倒せるか。答えは否だろう。誰もが呆気にとられる中で、その功績が嘘ではないと言わんばかりに残った胴は塵となり、大きな魔石がゴトリと地面に落ちた。

 

 

 

後に分かった事なのだが、どうやら『ファイア・ボルト』の威力が上がったのはベルがランクアップ時に発現したスキル『英雄願望(アルゴノォト)』が原因らしい。その効果を簡単に表すならば"溜め攻撃"といったところだろう。ベルとヴェルフが見たという白い光はその蓄積した力が視覚化されたものだと思われる。ベルは無意識のうちに力を蓄積しており、それを『ファイア・ボルト』に乗せて放ったという訳だ。

 

「無詠唱魔法といい、ほんとベルは出鱈目だよな。」

 

「そ、そうかな…。」

 

アルクもあまり人の事は言えないだろう。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

「その角を使って新しい武器を作ってやろうか?」

 

それは、ベルがヴェルフにランクアップの切欠となったであろうミノタウロスとの闘いについて話していた時だった。その戦利品である紅い角を見たヴェルフはそれを素材にしてベルの新たな武器を作る事を提案した。

 

「えっ、そんな事出来るの!?」

 

記念品として持っておく以外に用途のなかった紅い角。それが自分の武器になると聞いてベルは目を輝かせた。思ったが吉日とばかりに話は進み、アルクを加えた3人はヴェルフの工房へと向かった。

 

ちなみにリリは下宿先の主人の調子が良くないとの事で不在である。アルクも午後から仕事があるため探索は休みにする予定だったのだ。

 

 

 

 

「散らかってて悪いな。 その辺でゆっくりしててくれ。」

 

工房に着くとヴェルフは早速準備を始めた。炉に火が入ればそこは正に工房。アルクも工房の様子を見た事がない訳ではないが、一からその工程を見た事はないためベル同様に少し興奮気味である。

 

しばらく経ち、ベルとアルクが工房にあるヴェルフの作品を見て回っていた時だった。

 

「ベル達は、オレに"魔剣を打て"とは言わないんだな。」

 

ヴェルフは辟易していた。魔剣の力を使って名を揚げようとする冒険者達に。数回使えば砕けてしまうその力は、決して冒険者そのものの力とはならない。砕ければ次をと求める者、さらには砕ける前提で多くの魔剣を求める者。そんな者達を前に、ヴェルフは魔剣鍛冶師としての道を閉ざした。

 

アルクは椿の話でヴェルフが魔剣を打たない事を知っていた。ベルもヴェルフが魔剣を打てるというのは主神ヘスティアから聞いていた。アルクは打ちたくないというのであれば無理を言うつもりはない。ベルは単純に無欲。冒険者となってからの日の浅さと武器、魔法、スキルと恵まれている状況もあってか魔剣が欲しいという欲がない。

 

「まぁ、売っても良いならもらうけどな。」

 

「え!? いや、アルク、それは流石に…。」

 

「ハハッ、そんな事面と向かって言われたのは初めてだ。 もちろんそんな理由で打ってやるつもりはないけどな。」

 

アルクの冗談に、ヴェルフは愉快そうに笑う。1人真に受けてしまったベルはアルクの言葉が冗談だと気付き「なんだ、冗談か」と苦笑い。

 

「それじゃあそろそろ俺は行くわ。これから仕事だ。」

 

「あ、うん。 またね、アルク。」

 

「折角来てもらったのに何も構ってやれなくて悪いな。 アルクももし何か欲しい武器があったら言ってくれ。 素材さえあればオレが立派な武器に仕上げてやるよ。」

 

「魔剣の素材って何だっけか?」

 

「喧嘩売ってんのか?」

 

「冗談だ。 …そうだ、ちょうど欲しいと思ってた武器があったんだ。」

 

「そうなのか?」

 

「あぁ、と言ってもちょっと特殊なんだがな――」

 

アルクは最近になって欲しいと思い始めていた武器についてヴェルフに話した。話を聞くにつれてヴェルフの顔は次第に難しいものになっていく。

 

「その手の武器は作った事がないんだが、まぁリリスケがいればなんとかなるだろ。 素材についてはまた今度な。」

 

「おぅ、じゃあこれで。」

 

武器については今後詰めていくとして、アルクはヴェルフの工房を後にするのだった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

次の日、アルク達は今後の予定について話し合っていた。

ランク、人数共に申し分ないという事で中層への進出が決まったのだがアルク以外は中層初心者のため、その準備は念入りに行う必要がある。

 

「まずは知識だな。 ベルはもうエイナさんから講義を受けてるんだろ?」

 

「うん、中層の話をした次の日からミッチリ…、それはもう、ミッチリ…。」

 

講義を思い出したのか遠い目をするベル。エイナの講義はなかなかのスパルタであり、アルクの担当アドバイザーであるミィシャから聞いた話では、ギルドの奥にある講義室からベルがゲッソリした姿で出て来たとか。

 

「一緒に中層に向かう以上、リリとヴェルフにも講義を受けてもらわなくちゃいけない。 個々での判断が必要になる場面もあるだろうからな。」

 

「確かに。」

 

「勉強かぁ。 ま、しょうがないか…。」

 

ヴェルフは少し気が進まないようではあるが、2人共アルクの意見に同意する。中層知識の修得はアルクが言うまでもなく不可欠。特にサポーター歴が長く状況判断に長けたリリにとっては大きな意味を持つ。

 

「そんで、装備と道具も揃えないとな。 特に炎対策については必須だ。」

 

「炎対策……あ。」

 

「ベルは講義で聞いただろうが、中層最初の13階層から出て来るモンスターにヘルハウンドっていうのがいる。 厄介な事に奴等は炎を吐いて攻撃してくる上に群れで行動している可能性が高い。 炎対策が不十分だとすぐに消し炭だ。」

 

「オレがどれだけ炎を前に武器を打って来たと思ってるんだ。 モンスターの炎程度で怯むようなへまはしないさ。」

 

「炉の炎は襲い掛かっては来ないだろ?」

 

「うっ…。」

 

いつも冗談交じりに話すアルクだが、今日の様子はまるで違っていた。その真剣な眼差しに、ヴェルフはもちろんベル達も息を呑む。彼はパーティ唯一の中層経験者なのだ。その言葉の重みがズシリと伝わってくる。

 

「"行ってみれば分かる"なんて言うけどな。 中層(これ)に関しては"行ってから分かっても遅い"んだ。 ダンジョン13、14階層での冒険者の死亡率は極めて高い。 その理由のほとんどは準備不足。 ランクアップで勢いづいた冒険者達が半端な知識で中層へ飛び出した結果だ。」

 

ベルは考える。自分は浮足立っていないだろうか。エイナの講義で中層の恐ろしさは理解したつもりだった。しかし、自分はレベル2なのだから大丈夫と(おご)っていなかったか。アルクがいれば大丈夫と高を括っていなかったか。中層進出への覚悟が、本当に出来ていたか。

 

「万全の準備で向かっても異常事態(イレギュラー)一つで状況は一転する。 そうなれば求められるのはその場での対応力だ。 そのためにも知識は詰めるだけ詰めといて損はない。」

 

異常事態(イレギュラー)、ですか…。」

 

「あぁ、モンスターの大量発生やダンジョンの崩落は上層より遥かに起こりやすい。 いざって時の判断が早いか遅いかで命に関わる事だってある。」

 

その言葉を重く受け止めているのはアルク自身も同じであった。彼も直面した中層の脅威。それを思い出し俯きそうになるが、いつまでもそのままではいられない。

 

(今度は俺が守る側なんだ。 ベル達をあんな目に遭わせはしない。 絶対に!)

 

心中で意気込むアルクだったが、そこで妙に場の雰囲気が暗い事に気が付いた。それもそうだろう。アルクが中層の恐ろしさを真剣に語り続けたために、ベル達は不安が募る一方なのだ。

 

「ま、行かなきゃ始まらないんだ。 いきなり深くまで潜る訳じゃねぇんだし、13階層からゆっくり慣れて行きゃ何も問題ないさ。」

 

多少強引ではあるがパーティの士気を少しでも高めようとするアルク。先程の真剣な姿とは打って変わった様子のそんな彼にベル達は顔を綻ばせる。

 

「そうだな。 出来る事からやってこうじゃないか。 それに、オレの魔法も役に立ちそうだって事も分かったしな。」

 

「リリもサポーターとしてどんな場面でもベル様を援護出来るよう勉学に励みます!」

 

「うん、僕も、あの人に追い付くために頑張る! もっと強くなる!」

 

想定とは少し違ったが、なんとかパーティの士気は上がったらしい。それぞれの思いを胸に意気込むベル達。「あの人って誰ですか?」というリリの疑問にベルが慌てているが、それはいつもの事だろう。

 

そしてアルクも今一度、パーティでの中層進出に覚悟を決めるのであった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「あぁ、暇だ…。 折角出て来られたってのによぉ。」

 

ダンジョンのとある場所で、1人の男が佇んでいた。

 

「目立つ行動は避けろっつってもよぉ…。 こうも暇じゃあ鈍っちまうぜ。 」

 

「ん? おいあんた、こんなところで何してんだ?」

 

1人でボソボソ呟く男に気付いた冒険者がどうしたのかと問いかける。

 

―――ザシュッ 「…え?」

 

次の瞬間、問いかけた冒険者の体は斜めに切り裂かれていた。彼は最期まで自分の身に何が起こったのか理解する事が出来ずに逝った。

 

「あぁ、やっちまった。 まぁ1人くらいなら大丈夫だろ。 とりあえず移動しねぇとなぁ。 このまま突っ立ってたら死体の山が出来上がっちまうぜ、ヒヒッ。」

 

男はダンジョンの奥へと姿を消した。

 

残されたのは誰とも知らない冒険者の亡骸だけであった。




これにてこの章は終わりとなります。
次は過去偏となりますが、X.5章ではなく【過去偏】という表記を加えようと思います。
現在の話からの導入にする予定です。


アンケートで章分けと決めつつ"そのままの流れで"も取り入れる回答者の方々には申し訳ない構成となっていますが、ご了承ください。


さらに過去偏はペースを上げて、と言ってましたがリアル多忙のため上げられそうにありません。次の投稿は来月になると思います。


こんなバタバタ初心者な私ですが、引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです。
感想等もお待ちしています。

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