その錬金術師は儘ならない~彼に薬を求めるのは間違っているだろうか~   作:獣ノ助

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中層進出を決めたアルク達。
彼等は新たな冒険に向け、準備を整えていた。


中層には何度か足を踏み入れているアルクであるが、彼も何やら中層進出には思うところがあるようで…


6章:【過去偏】『錬金術師、弟になる』
Recipe.28 - 手伝い + 恐竜 + 射手


ヴェルフがパーティに加わり、いよいよアルク達は中層の攻略へ向かう事となった。

しかしアルク以外は中層についての知識があまりない。そのため、数日の準備期間を設けた。やるべきことはアドバイザーの指導の下で中層の知識を得る事と、それに応じたアイテムや装備を入手する事だ。10階層に足を踏み入れた時とは違う。強さも数も、上層とは桁違いなのだ。

 

「使える薬がもっと欲しいな。 ちょっとダンジョンで作って来るかな。」

 

アルクも中層攻略に向けて準備をしているのだが、中層での戦いにおける準備は普段から出来ているため焦る事はなかった。アルクが薬作りにダンジョンへ向かおうとした時、店の奥からナァーザが現れた。

 

「あれ? アルク、どうしたの?」

 

「あぁ姉さん。 ちょっとダンジョンで錬成でもして来ようかと思ってな。」

 

「え? アルク、忘れたの? 今日は卵を取りに行く日だよ。」

 

「……あ。」

 

彼女の言葉に固まるアルク。どうやら完全に忘れていたらしい。

 

「準備も大切だけど、今日はこっちの手伝いをお願いね。 納品にも関わるから。」

 

「分かってるよ。 もう出発するのか?」

 

「もう少し待って。」

 

そう言ってナァーザは再び店の奥へと消えて行く。アルクも仕事に必要な最低限の準備をし、ナァーザを待つ。すると、急に店のドアが開いた。

 

「すみません。 今日は休業…、ってベルじゃないか。」

 

「あ、アルク。 おはよう。」

 

ベルの挨拶にアルクも「おはよう」と返す。今は各々準備を進めているため、ベルも例外ではない。しかし『青の薬舗』を訪れた彼は今からダンジョンへ向かわんばかりの装備だった。

 

「どうしたんだ? まだ準備期間だったと思うが。」

 

「うん、実は準備するのにお金がもっと必要かなって思って。 もしアルクの都合が良ければ一緒にダンジョンに行こうかと思ったんだけど…。」

 

「あぁ、悪いな。 今日は街の外まで仕事で出る予定なんだ。」

 

しっかりとした準備をするならば、やはり出費は(かさ)むもの。ポーションや対策アイテムを揃えていく内に、ベルの(ふところ)はかなり寂しくなっていた。資金稼ぎに力を貸したいアルクだったがその日の仕事はどうしても抜けられない。どうしたものかと考えたアルクはベルにある提案を持ち掛けた。

 

「そうだ、うちの仕事を手伝ってくれないか? もちろん給金は出すぜ?」

 

「え? 店の、仕事を?」

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

「いやぁ、楽しみだねぇ、ベル君♪」

 

「あ、あの…神様? これは仕事であって遊びに行くんじゃ…。」

 

「分かってるさ。 でも2人で一緒にオラリオの郊外に出るなんて初めてなんだ。 ちょっとくらいはしゃいだって構わないだろ?」

 

「ちょっとヘスティア様! あまりベル様にくっ付かないでください! ベル様も何ニヤニヤしてるんですか!? やっぱり胸ですか? 胸なんですか!?」

 

「……うるさい。」

 

「良いではないか。 たまにはこのように賑やかなのも悪くない。」

 

オラリオの街から離れていく馬車の中。そこには2人の神と4人の眷属というなんとも奇妙なパーティの姿があった。アルクの予定ではナァーザとミアハ以外には臨時バイトという事でベルのみが同行する予定だったのだが、その事を伝えに行った際にヘスティアが参加となり、次いでベルと探索に向けて準備するものの擦り合わせをしようとやって来たリリが加わった。

 

「別に手伝いは必要なかったんだけど…。」

 

「まぁまぁそう言わずに。 ベルを騙してた分の清算って事でさ。」

 

「ぐっ…。 痛いところを…。」

 

アルクの言葉にぐぬぬと言い淀むナァーザ。すると、それを聞いていたリリが反応した。

 

「ベル様を騙してたって、ナァーザ様は一体何をなさったのですか?」

 

「リリ、その事はもう済んだ話だから、ね?」

 

「いえ、同じくベル様を騙した者同士として、聞かない訳にはいきません!」

 

「何だよその使命感…。」

 

ナァーザは以前、ベルが駆け出しであるのをいい事に薄めたポーションを通常の値段で売り付けていた。『調合』という発展アビリティをフル活用し、薄まった味を様々な調味料で誤魔化したナァーザであったが、その作業は通常の仕事とは異なる。製薬はほとんど行わないアルクではあるが、ナァーザの製薬作業を見慣れていれば、その違いに気付かない訳がない。早々に罪は露呈する事となった。

 

無償でポーションを配るミアハへの不満やそれにより火の車状態を抜け出せないファミリアの現状といった貯め込まれていたものを吐き出すナァーザであったがそれとこれは別問題。"自身の武器のメンテや錬金混成(アルケミクサ)の材料のために消えていくアルクの稼ぎ"も必要経費という事で勘弁していただきたい。

 

 

―――「ちゃんとベルには謝って下さいね、―――()()()()()()。」

 

 

他人行儀なアルクのその言葉がトドメとなり、ナァーザはベルに謝罪する事となった。

 

 

 

 

 

「着いたぞ。 ここがセオロの森だ。」

 

一行が到着した目的地は、見渡す限り木々の生い茂る森林地帯であった。今回のミッションはそこにあるとある素材の入手だ。

 

「そういえば、何の素材が必要なの?」

 

「あぁ、言ってなかったな。 "ブラッド・サウルスの卵"が今回の目的だ。」

 

「ブラッド…サウルス?」

 

「ベルはまだ日が浅いから知らないか。 ダンジョンだと深層のモンスターだしな。」

 

「え…、"深層"のモンスター……? って、無理無理無理! 僕じゃ死んじゃうよ!」

 

深層域のモンスターを相手にするのであれば、おそらくレベル3であっても厳しいだろう。つまりその場にいるメンバーでは束になっても敵うはずがないのである。しかし当然ながらそれをアルク達が理解していないはずもない。

 

「地上で繁殖してきたモンスターは魔石が小さいせいか、強さもダンジョンの奴と比べてかなり落ちてるんだよ。 もちろん得られる素材の質も下がるが、まぁ今回は気にしなくて良いさ。」

 

ダンジョンがバベルにより蓋をされるより昔、地上の各地へ散って行ったモンスター達は繁殖によりその数を増やしたが、それに反して体内に持つ魔石は小さくなっていった。同じモンスターであってもその力は魔石の大きさに比例する。地上のブラッド・サウルスであれば、レベル2の冒険者ならば倒す事も可能なのだ。

 

「それじゃあ、アルクとベルはモンスターの気を引いて。 私達はその間に卵を巣から取ってくるから。」

 

「わ、分かりました。」

 

倒す事が可能だという話を聞いても相手はダンジョンにおいて深層に生息するモンスター。ベルの顔には心配という様子が窺える。

 

「じゃ、これな。 下手に狩り過ぎると次回の卵採取に影響するからな。 なるべく注目を集めたうえで逃げてくれ。 大丈夫、ベルの速さなら問題ないさ。」

 

そう言ってアルクはベルに小さな袋を渡す。その袋から漂う嫌な臭いにベルは覚えがあった。「あれは」と呟いたのはリリだった。それもそうだろう。その臭いはリリがベルを10階層に置き去りにする際に、彼にモンスターの注意を集めるため使ったアイテムが放っていたものと同じなのだから。

 

 

―――べちょり

 

「……え?」

 

 

ベルの肩に落ちて来た粘性のある液体。ベルが恐る恐る振り返ると、そこには口を開いた大きな恐竜の姿があった。

 

「行くぞ、ベル! 喰われるなよ!」

 

「えぇーーーっ!?」

 

ベルと同様にモンスターを誘い寄せるアイテムをぶら下げ走り出すアルク。ベルもすんでのところでブラッド・サウルスの牙を避け、逃走を開始する。

 

しかしアイテムの効果は抜群らしく、臭いに惹かれてベルの前方から別のブラッド・サウルスが現れる。挟み撃ちとなったベルは突然の状況に反応できず、足を止めてしまった。その時、

 

―――ピューーーッ!

 

2匹のブラッド・サウルスの頭の真横を大きな音を立て何かが(よぎ)る。一瞬そちらに気が逸れた隙にベルは2匹の間から抜け出した。

 

「いったい何が―――」

 

「姉さんだよ。 『鏑矢(かぶらや)』って言ってな、射った矢から音が出るんだ。」

 

「え、ナァーザさんが? 結構距離が離れてたと思うんだけど…。」

 

「姉さんの弓矢の腕前は一流だからな。 これくらいの距離なら狙い通りさ。」

 

卵採取のメンバーから遠ざけるために走ったため、ベルからは既にナァーザ達はほとんど視認出来ない。しかしその距離を物ともせず狙った通りに矢を射ったというナァーザの技に、ベルは驚きを隠せなかった。

 

「だいぶ集まって来たな。 一度あの木の上で休もう。 もちろん袋はぶら下げたまんまな。」

 

周辺の恐竜達の注意がアルクとベルに向いていると判断したため、その状態を保ちながら大木の上で少し休憩を取る事にした。幹の太いしっかりとした大木のため、仮に恐竜達がアルク達を落とそうと攻撃をしたとしても簡単に折れはしないだろう。

 

「んー、向こうにブラッド・サウルスはいないみたいだな、よしよし。」

 

囮としての役目をしっかりと果たしている事を確認したアルクは比較的太い枝の付け根に腰を下ろした。ベルも木の下に集まる恐竜達に怯えながらも同様に腰掛ける。

 

「いきなりで悪かったな。 ほんとは来る途中で説明するつもりだったんだが、やたらと賑やかになったんでつい話しそびれちまった。」

 

「びっくりしたけど、アルクが言ってた通り僕でも十分逃げられたし、それにナァーザさんも助けてくれたから大丈夫、かな。」

 

まともな説明も無しに危険な囮を押し付けられたにもかかわらずそれを責めようとはしないベル。

アルクはそんなベルの頭をクシャっと撫でた。

 

「えっ? な、何?」

 

「別に。 何でもねぇよ。」

 

もし弟がいたらこんな感じなんだろうか、とアルクはふと考えた。

 

(もしかしたら姉さん達から見た俺は、こんな感じだったのかね。……いや、ないわ。)

 

ファミリアに入団して間もないアルクをナァーザやティルニアは弟の様に可愛がっていた。しかし、アルクは決してベルの様な"聞き分けの良い弟"ではなく"手のかかる弟"だったに違いない。

 

「そういえばさっきの、…鏑矢、だっけ。 凄かったね!」

 

「ん? 鏑矢がか?」

 

「音が出る矢っていうのも凄いけど、それを射ったナァーザさんだよ! あんなに離れているところからブラッド・サウルス達の注意をまとめて惹いちゃうなんて。」

 

ほとんど視認出来ない場所からベルと恐竜達の位置を把握し、最も恐竜達の注意を集められる場所に射る。そんな芸当が出来る冒険者はそれほど多くはないだろう。

 

「あんなに凄いのに、なんで冒険者を止めちゃったの?」

 

「……。」

 

ベルの質問に、アルクが沈黙する。その様子に自分が触れてはならない話を聞いてしまったのではないかと慌て始めるベル。

 

「あ、ご、ごめん! 他のファミリアの事情に首を突っ込むなんて―――」

 

「いや、丁度良いかもしれないな。」

 

「……え?」

 

アルクの真剣な声色に動きが止まるベル。ベルを見るアルクの視線は、どこか覚悟を(うかが)わせるそんな真っ直ぐなものだった。

 

「これから俺達は中層に向かうんだ。 この話はきっとベルにとっても良い勉強になる。 だから、聞いてくれるか? ダンジョンという()()()を前に崩れて行った、とあるファミリアの話をさ。」

 

「とある……ファミリア―――」

 

 

 

それは、とある中堅ファミリアの没落物語。




かなり間が空いてしまい申し訳ありません。
まだリアルは落ち着いておりませんが、少しずつでも執筆は続けていきますのでよろしくお願いいたします。

次回からは過去のお話です。
ほぼオリジナルとなりますので至らない点は多々あるかと思いますが、お付き合いください。

ずっと原作沿いだったのでオリジナルのお話はちょっとワクワクします。

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