ファースト・オブ・バレット   作:パルバール

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第81話『新たな者』

 

夢で思い出した時と変わらない姿の少女

自分の目の前に立っておりどう話したらいいか分からない

けど、まず言わなければならない事があるとしたらこれかもしれない

 

「…ひ、久しぶり…元気にしてた…?」

 

思っていた言葉とは違うなんとも弱々しい言葉…本当は違う言葉を言いたいのに上手く口にできない

我ながらなんて情けないのだろうか、恥ずかしさのあまり隠れたい気持ちでいっぱいだった…

 

「今、君がくれた本を探してたんだ…ゾンビを出す魔女が現れて…あの本があれば皆を救えるんだ」

 

少女は何も言わない、その黒い目はずっと自分を見ている

その目はずっと見てるとまるで闇に呑み込まれてしまいそうな程の黒い…

 

『………』

 

ゆっくりと右手を上げ自分の方にその手を向ける、何をするのか分からないがどうしていいか分からず眺めそのまま棒立ちになってしまった

 

 

 

 

 

(避けて!)

 

 

 

 

 

そんな声が頭に響く、反射的に倒れるような形で近くにあったダンボールの山に体を投げ出す

そのすぐあと、自分が立っていた場所に何かが当たり異臭が立ち込める。すぐさま体を起こして自分が立っていた場所に目を向けると木の床が腐り始めていた

 

「ひぃ…!く、来るなぁ!」

 

自分は少女に向けてそこら辺に落ちている物を投げていた…怖い、恐ろしい、逃げたい…そんな思いで一心不乱に…投げていた

投げた物は少女の体を通り抜け地面に落ちる

 

「(な…何やってんだ僕は…!やめろ!やめろっ!)」

 

頭は何故か冷静でいられた、しかし体は冷静ではいられなかった…体というよりも本能が未知の恐怖に恐れ自身の思考とは逆の行動をする

 

「(やめて!頼む!止まってくれ!誰か!誰か…僕を…止めてください…)」

 

どんなに願っても、想っても、体が止まることはない

少女にはなんらダメージはない、無意味な行動を今してるとも言えるだろう…それに相手は攻撃をしてきた…反撃をしても何も問題はない

だがそれでも、そうだとしても自分の行動が情けなくなりこれ以上少女を攻撃はしたくはなかった

 

 

 

それは1冊の本を手に取った瞬間だった、体がピタリと止まり自分の思った通りに動けるようになったのは

 

「…ぁ…これ…は…」

 

それは黒い本だった、真ん中に紫色の宝石が埋め込まれており僅かに紫色のオーラが漂っている

手に取り、すぐさま開く…黒く表紙に何も書いてなかった本は宝石を中心に円状に謎の文字が広がっていく、まるで魔法陣のように

 

『…………』

 

少女はまたゆっくりと右手を上げこちらに向けてくる

 

「っ!え、えーっと…!」

 

魔導書は凄いものだと柏崎達は言っていた、ならばこの状況を打破できる何かがあるかもしれない

そう思いページをめくっていくがそんな都合のいいものは見つからず難航する

少女の手からドス黒い球体が出現し、こちらに飛んでくる

ゆっくりと感じ、周囲の風景もゆっくりと時間が進んでいく

魔導書の最後のページを開く、そしてそこに書かれていたものをやけくそで唱える

 

「こ、『酷使せよ!障壁!』」

 

 

エドワードを中心に膜のような壁が広がっていく、その壁はどんどん広がっていき…少女さえも包み込んでしまう

 

───────────────────────

 

暗い部屋、椅子に座る1人の男が不快そうに舌打ちをする

 

「…障壁で阻まれたか…だが逃れはしない、じっくり待つだけだ」

 

近くに置いてあったワインを手に取り1口飲みながら次の1手を考え始める

 

───────────────────────

 

障壁、使用者を守る為の魔術…そして囲んだ障壁の中は使用者の魔力が濃く漂う

 

「…ど、どういう事だ…?僕こんな広くするなんて…」

 

していない、魔術を初めて触れた者が使うには異質過ぎる程範囲が広い

 

『……………………』

 

少女は動かない、障壁の範囲内に入った瞬間まるで動きが止まったロボットのようにピクリとも動かなくなったのだ

 

「………っ!………なんで…こんな…」

 

強く握った拳を壁に叩きつけ怒りを紛らわす、記憶にある少女は楽しそうに笑う子だった…しかし目の前にいる少女は笑うことはなかった、むしろ攻撃をしてきた

 

「…君が…敵だなんて…」

 

力なく項垂れて壁に叩きつけた拳を見る、傷つき血が流れる手…痛みと現実の厳しさに涙が流れる

 

 

 

その手を、優しく包む細い手…エドワードの手は淡い光に包まれ傷が少しずつ治っていく

 

「え…?」

 

顔を上げる、この場には自分と………少女が立っていた

 

『……エドワード』

 

突然の事に思考が止まり呆然としてしまう、数秒の沈黙があったが何を言えばいいのか分からず手の傷が治るまで何も言えずにいた

 

──────────────────────

 

「うわぁ…こうも集まるとキモイのかゾンビって…」

 

木の上からこんにちは、俺は森の外付近の木の上に登りとりあえずの安全圏にいた

ゾンビ達はすぐしたで俺を食おうとしてるのか集まっている…が、登ろうとするやつどころかジャンプなどをする個体もいない

 

「これなら多少時間稼げるか…」

 

一旦離れたのはいいものの、エドを救うには戻るしかない

だがあの謎の少女がいる限り俺はむやみやたらに近づく事ができないでいた…どーしたもんかね

 

「最悪本だけでも…」

 

最悪の事態を想定しつつも回収する算段を立ててると遠くから騒がしい声が聞こえてくる…これは…?

 

『カシワザキさーん!!!どこですかー!!!』

 

………理由はともかく大声を出してる奴は後でタイキックの刑だな、声がした方を向くと多数のゾンビを引き連れながら必死に走ってるエドがいた…あぁ…自力で脱出したけどゾンビに見つかったのかな…?

 

「っと、流石に助けないとな…カクロ!」

『にゃ?』

「全力でいくぞ!」

『にゃにゃ!』

 

素早く助けに行く為にカクロに魔力を流しながら木の上から飛び降りる、多少集まっていたゾンビ達を落下する途中でナイフを振り処理する

頭部にナイフを突き刺されたゾンビ達は糸が切れた人形のように倒れ最初からそこにいたと言わんばかりに動く気配がない

 

「…ん?」

 

ナイフに付いた肉片を振り落としながらある一体のゾンビ…だった亡骸を見る

その亡骸は生前カバンを肩から下げてたのだろう、シンプルながらもボロボロになったカバンを下げていた…そしてそのカバンに何かが結びつけられている

 

「…紙?それも新しいな」

 

亡骸が下げているカバンに元々付いてたにはあまりにも真新し過ぎる、警戒しながらも結ばれた紙を解きゆっくりと広げ

 

背筋が凍るような悪寒がした、読み進めるにつれて顔から血の気が引いていくのが分かるくらい俺は恐怖した

 

「…俺が来るのは分からないはずだ、それに…ましてやこんな…偶然を頼るか…?…偶然じゃないとしたら…」

 

震える手を落ち着かせながら紙を折り畳みポーチに入れる

 

「と、とりあえずエドを救って…それから考えよう…」

 

カクロが心配するように1部を尻尾に戻し俺の手を撫でてくる

それに苦笑しながら大丈夫だと言いエドの方へ急ぐ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紙の内容は『青葉からの決行時間とそれぞれの立ち回り』が詳細に書かれた紙だった

 

────────────────────────

 

時間は少し遡り、障壁の中にいるエドワードと少女は向かい合っていた

 

少女はとても悲しそうな顔をしてこちらを見てくる、その表情が本当の表情かどうか分からなかったがエドワードは思った事を口にする

 

「なんで…傷を…」

 

柏崎達が見た魔女の魔法、そして今見た魔法を見て同一人物なのではないかと確信していた事もあり困惑してしまう

自分が子供だからだろうか?と思ったがなら何故最初に攻撃してきたのかが分からなかった

 

『…痛いのは私も嫌いだから…』

 

そう言い微笑む少女はやはり悲しそうな表情になる

 

『エドワード、時間がないの…1回しか説明しないからよく聞いて』

「な、何を…?」

 

少女の真剣な雰囲気に気圧され警戒を忘れてしまったエドワードは両肩に少女の手が置かれるのを見てるだけだった

 

『あの花畑…あそこに儀式の道具が埋めてあるの、いつもは障壁で守られてるから入れないわ…けど『私が』毎朝確認しに行く時だけ障壁が剥がされるの』

「……………」

『その時に貴方も入って…儀式を破壊してほしいの』

「…そ、そんな事突然言われても…」

 

敵だと思っていた、だが目の前の少女は儀式を破壊してほしいと願う

 

『儀式がめちゃくちゃになったら『夜』が終わる…私達の時間じゃなくなるの、そしたら皆助かる』

「…ぁ…け、けど…」

 

色々と聞きたい事があった、何故一緒に行ってくれないのか

何故『私達の時間』なのか、味方になってくれないのか

 

『…そろそろ障壁も消える、貴方と私の魔力が満ちてるからあの人の縛りから外れたけど元に戻ったらもう私じゃない』

「私じゃ…ない?」

『次に会った時は敵と思って、手加減はしちゃダメ…さぁ、行って!』

 

少女にぐいぐいと押され障壁の外に出される、障壁は少しずつヒビが入ってるらしくピシッ…とガラスが割れるような音がする

 

「…っ!」

 

これが壊れたらまた攻撃される、そう思うと体は踵を返して玄関へと足を急がせる

 

『……愛してるわ、エドワード…』

 

そんな声が…聞こえた気がした

 

────────────────────────

 

現実は厳しい、話を聞いたりするにも時間が足りない

ゲームのように選択肢は出てこない

漫画の主人公のように、少女に言葉をかけてあげることも

ヒーローのように皆を守ることさえままならない

 

「こんな現実はクソだ…出てこいよヒーロー、助けてくれよ…」

 

怯え、恐怖し、少女から逃げるように走っていくエドワードの姿は第三者から見たらとても滑稽で情けないだろう

何故自分がこんなめに、そう思いながら道を走ってるとはぐれゾンビ達がエドワードに気が付き後を追いかけてくる

 

「カシワザキさーん!!!どこですかー!!!」

 

後ろから多数の足音が聞こえる、ゾンビが自分を食おうと走ってくる死の足音だ

 

「…(この世にスーパーヒーローなんていない、カシワザキさんやケイトさん達は自分のできることをして頑張ってる)」

 

ならば、自分にもできることがあるのではないか?そう思い手に持ってる本を見る

淡く光るその本はまるで自分を使えと言わんばかりに存在感を出している、これを使えば

 

「…ぼ、僕だってっ!!!」

 

一気に距離を離して振り向く、いつもの自分なら迫ってくるゾンビに襲われ呆気なく死んでしまうだろう

だが

 

「今ならっ!今の僕なら!」

 

本を開き、ある1文の呪文を口にする

 

『酷使せよ!底なし沼!』

 

淡い光は右手に集まり頭の中には次はどうすればいいかハッキリと分かる

右手を地面に叩きつけ意識を集中させ範囲を決める、すると前方向の地面が広範囲の沼になりゾンビ達を飲み込み始める

 

沈んでいくゾンビ達を見ながらエドワードは自分のした事に驚きながらもこれならば、と覚悟を固めた

 

 

 

新たな魔術師の誕生である


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