口の中が乾いていくのが実感でき、唾を飲み込むのも辛く感じる。
須郷は自身を強者だとは思っていない、だが自身を弱いとは思ってもいない。
己の拳が、技が…誰よりも勝り守れる力だと自信を持っていた。
「……(な、なんだ…震えてんのか…?)」
今までも強敵と戦ってきた、その度に仲間と戦い勝利を掴んだ。
どんな敵でも勝てる、守るものがある限り負けはあり得ない
あってはならない。
だが身体は正直だった、目の前の存在に身体は不可能と合図を出し続けている。
「怖くなった?須郷くん」
「なわけねぇだろうが」
弱気にもなるわけには行かなかった。
「いいかい、逃げるんだ…僕はまだ死にたくないし、これ以上首を突っ込むのはまずそうだ」
「いや、逃げねぇ」
「…は?」
目の前にいる存在、Aが言うには使徒という青年を見る。
パッと見では負ける要素はない、だがこちらを見る目は気を引き締めるには十分だ。
「翔太郎が奥に行きやがったんなら、こいつが翔太郎を狙わねぇなんて事無い筈だ」
「…それで?」
「あいつがもっどってくんまでに俺はこいつを叩き潰す!」
須郷は拳を構え、一気に距離を詰めて使徒の顔面目掛けて拳を振り下ろす。
「『震波拳』!」
「……!」
使徒は腕で須郷の拳をガードするが、空気をも揺るがす拳の技はガードを貫通して使徒の脳を揺らす。
バックステップで下がり、その場でさらに型を構えて距離を詰め上段、中段、最後に振動を加えた回転蹴りを足を刈り取るように当て転倒させる。
「(いける!このまま反撃の隙を与えなけりゃ…!)」
転倒し、ガードの姿勢を崩さない使徒の頭目掛けて拳を振り上げた瞬間、須郷の身体をAが操る液体が包み後ろにいたAの元まで引っ張られてしまう。
「くっ!おいA!何しやがる!」
「何と言われても、むしろお礼言ってほしいな」
「あ?」
「見なよ」
Aに促されるように使徒の方を見る。
使徒は何事もなかったかのように起き上がり、服についた埃を片手で落としていた。
そしてもう片方の手には黒いクナイが握られていた。
「ありゃ…クナイか?」
「そうだね、周囲を見てみるといい」
さらに見るよう言われ、周囲を観察すると5本のクナイが戦っていた場所を囲むように刺さっていた。
「あのまま戦ってたら、恐らく結界張られて逃げられなくなってたかもね」
「……そうかよ、あいつもピンピンしてるって事は踊らされてたって事か」
「仮にも相手は使徒だ、人間が勝つのは難しい」
「んじゃどうすんだよ」
「……」
クナイを悠長に回収する忍者装飾の使徒を見て、須郷を見たAはしばらく黙りため息を吐きつつ液体を身体に纏わせる。
「いずれ戦うし、予行練習ということにしよう」
「やっとやる気になりやがったな」
「逃げたいけど協力関係結んじゃったしね…けど無鉄砲君が戻ったら逃げるよ」
「無鉄砲…翔太郎はそんな奴じゃねぇ」
「団体行動出来ない時点で、ほらやるよ」
須郷達をずっと見つめる使徒はどこからか鎖鎌を取り出し、けだるそうに構える。
「(こいつをここに留める事に意味がある…翔太郎が薬見つけりゃいい、だが…なんだ?何か違和感が…)」
「行くよ!『酷使せよ!』」
「!あ、あぁ!」
Aが液体の一部を針のように形を変え弾幕のように飛ばす。
それを見ながらいつでも飛び出せるように構え須郷は思考を一旦置いておく。考えるのは自身の役目ではないとして。
☆★☆★☆★
研究所、紙が散乱する一部屋で複数の人影が集まっていた。
その殆どが頭まですっぽり覆うローブを身に纏いある男を囲んでいる。
「…ごはっ…!」
「…………」
ローブの1人が周囲を見て倒れている男…翔太郎の腹部を目に見えぬ速さで蹴り上げる。
その度に翔太郎は呻き吐血しもがく、その反応が楽しいのか
1人、また1人と翔太郎に暴力を振るう。
一撃が重く、気絶しそうにも新たな一撃の痛みで意識を戻される。
「おい、俺達の目的は機密物の処理だ、余計なことはするな」
部屋の入り口から同じくローブの者が現れ、集団暴行を止め解散させるように人をかき分け翔太郎の前に立つ。
ローブの者達はしぶしぶのように部屋から出ていく。
「…さて…ん?」
ローブの男も出ようとすると足が止まる、片足をボロボロになった翔太郎がしがみ付いていた。
その目は虚ろでしがみ付く力も弱い。
「…薬…よこ…せ…!」
「………」
ハット帽が落ち、翔太郎の血で汚れていく。
ローブの男は足を無理やり引っ張り、翔太郎の拘束を解く。
翔太郎は最後の力を振り絞り、男の足首を掴む。
「よこせ…」
「……すまねぇがもうない、処分した」
「…な…」
薬は無い、途端に翔太郎の手の力は無くなり、男はゆっくりと足を引っ張りその場から出口へ向かう。
だが男は途中で止まり、翔太郎の方を向く。
「お前がもっと強ければ、早く来れてりゃ…結果は違ったかもな……じゃあな」
男はそう言い、その場を後にした。
翔太郎は薄ていく意識の中、ただただ自身の弱さに…後悔した。