魔剣に魅せられて 作:鍛治師
鉄打 終夜
読み方はかねうち しゅうや
それではよろしくお願いします。
終夜は今日もまた手槌を振るっていた。
毎日朝の鍛錬を終えると鍛冶場にこもり、生業とする刀鍛冶を始める。
終夜の刀を求めるモノは数知れず。求めるモノが多かろうと一年に50本だけ売るという終夜のところには人が沢山訪れる。
山一つを敷地とする鉄打家は人里離れたところに住んでおり、山の中にある家に辿り着くのも一苦労するというのにだ。
そんな終夜の刀を欲する理由は様々だ。
家宝にするというものや、コレクションに加えたいという金持ちの外国人、時には国の役人から頼まれることもある。
終夜が気まぐれでオークションに出品すれば競売は荒れに荒れて億に届くことまである。
だが彼は家のために刀を打つ。
そんな彼のところに、ありふれた客とは雰囲気の異なる集団が現れた。屈強な男たちと形容するのに相応しい黒スーツの集団だ。
「お時間を頂けますかな?鉄打終夜どの」
ボディーガードと思われる男たちの中に目立つようなヒョロヒョロの役人が出てきた。何度か面識がある。名は伊藤といった気がする。
前に来た時は確か飾太刀などの依頼をされたことがあったはずだ。
「えーと、たしか伊藤さんでしたっけ。何かご用で?」
水に濡らしたタオルで汗を拭きながら終夜は伊藤と対面する。
「はい、先日あるニュースが流れたのをご存知ですか?」
「いや、テレビとかは全く見ないもんで置いてないんですわ。……それで何が?」
伊藤は驚いた風もなく受け流す。終夜の浮世離れした生活を送っているのはすでに知っていたからだ。
「ある少年が受験会場で誤ってISに触れてしまったんです。すると、なぜかISが起動してしまいました」
「IS……んー、ああ!あの空飛ぶ鎧ね。束ちゃんが作ったっていうやつ。でもあれって男は動かさないんじゃなかった?」
終夜が昔に見聞きした話をなんとか思い出し答える。伊藤は流石に行方不明となっている篠ノ之束を知っていることに興味をそそられたが、気を取り直して続ける。
「篠ノ之博士と面識が……?いえ、それは置いときましょう。終夜どのの言う通りです。ですが、現にISを動かせるものが現れました。ですから終夜どのにも検査を受けてもらいたいのです」
終夜は面倒くさそうに頭をかく。彼としては適正なんてあってもなくても困らないというか、ある方が困るので正直気乗りしない。
「それってどうしても受けないといけません?」
「はい。もちろんです」
「もし適正があるとどうするんですか?」
「その場合は、件の少年──織斑一夏君とともにIS学園に入学してもらいます」
終夜は深くため息をつく。どれだけ最高と名高い鍛治師であろうと国に逆らえはしない。
けれど、それでは家業である刀を打つのが難しくなる。それはとても困る。
「その場合、うちの生業としてる刀はどうなるんで?」
「それは……一時的とはいえ出来なくなるでしょう」
「ほう。で、どうしてくれるんですか?」
困ったように伊藤は狼狽える。一端の役人には決めづらいことであろうと終夜は気にせず言葉を続ける。
「今年納品する刀はあと44本。それらを今からつくるとしてもとても間に合いませんよ。ただでさえそこに入学させられるとしたらあと二年は依頼を受けれません。そこのところを考慮していただきたい」
「IS学園に就学中は支給金が払われます。お仕事については休業していただくしか……」
役人の金で片付けてしまおうという魂胆を見抜いた終夜は怒りが湧き上がってくる。
刀鍛冶が理解されないのは許せた。今の時代に必要な人間がほとんどいないからだ。
それでも終夜は鍛治師ということに誇りを持っている。
だがこの役人はあろうことか他人の仕事に敬意も払わず土足で踏みにじろうとしたのだ。その所業を許せるはずがない。
「ふざけないでもらいたい。この仕事は信頼で成り立ってんだ、わかります?ここに来る刀を打って欲しいという人たちは俺の腕を信頼するから依頼してくるんですわ。それを簡単にやめろだなんて身勝手にもほどがある」
「落ち着いてください。どうしようもない場合は、なんとかして学園でも鍛冶場を提供いたしますから」
はぁ、と理解してもらえないと察した終夜はそれ以上何も言わない。
役人の男は何もわかっていないのだ。終夜の腕がどうこう以前に道具が無ければ意味がない。それをつくらせる?この刀鍛冶を生業としてきた家にある鍛冶場と同等のものをつくれるはずもない。
「何にもわからんのなら黙っておいてください不快ですから。だから、まぁ……分かりました、検査は受けますが、結果がどうあれ俺はすべての刀を打ち終えるまでそちらには行きません」
「そ、そんな!困ります」
「困るのは俺だよ。アンタのはただの手柄とか出世だろ?カスみてえなもんじゃねえか。それで、どこで検査を実施しているんですか?」
「それは、この町の中央中学校体育館ですが……」
ブチギレしそうになりながらも激情を必死に抑える。
検査の場所を聞き出したので終夜はパーカーを羽織り、木刀袋を肩にかけて支度をする。終夜は決して納得したわけでは無いが面倒ごとはさっさと終わらせたかったのだ。
伊藤はなんとしてでも終夜を従わせたいのか、こちらの用意した車が〜と言って終夜を連れて行こうとするも、鬱陶しがった彼は途中で引き離すように山を駆け下りて行ってしまった。
それを追いかける役人と男たちだが舗装されていない道を軽々と走り抜ける終夜に追いつけるはずもなく距離を離される。
ひらけた場所に辿り着き、ようやく追いついたと思うも山の麓に設けた駐車場にある車庫からバイクに乗った終夜が出てきた。
「じゃあお先に」
そう言ってアクセル全開で飛ばしていく終夜の姿はすぐに消えてしまった。
中学の校門前にバイクを止めると、そそくさと体育館を目指していく。体育館の前に臨時で設けられた受付に免許証を見せる。
受付の女性はさっと目を通すと顔を向けもせずに「奥へどうぞ」と一言だけ。
「ずいぶんと冷たい人だな。まあいいか」
検査を取り仕切る職員の男は手渡された資料と終夜を見比べる。
そういえば終夜は彼の顔を見たことがあった。数年前までは家に何度か来ていた。当時自治会の会長を務めていたからだったか……
その男はとても疲れている様子だ。近くの市町村から訪れる沢山の若い男性を捌いていたからだろう。
「えーっと、貴方は鉄打さん……ああ、町外れの山に住む方か。お父さんはお元気で?」
「いえ、父は二年前に病気で」
「あ……それは失礼しました。どうぞこちらに」
若干空気が重たくなるが終夜は特に気にした風ではなかったので職員の男も肩の力を抜く。
男は終夜に検査の手順を教える。簡単な内容すぎたがほとんどの事は政府の研究所から派遣した人間がやってくれるらしい。
仕切りを通された向こうには大量の機材とその中央に鎮座する巨大な鎧。周りの機材に科学者風の人たちが忙しそうに計測している。
これがISかぁ、と終夜は間近で見れることに興奮を覚える。浮き足立った終夜を尻目に職員の男は終夜に教えた検査の手順を確認する。
「では、鉄打さん」
「これに触れれば良いんですよね」
ピタッと手のひらが機械仕掛けの鎧に触れるとあたりが真っ白な光に包まれる。周囲では叫び声にも似た歓声が上がる。
それは歪で不完全だった。
ISに触れた終夜はたしかに起動することが出来た。しかし完全には程遠いとしか言いようがない。
なぜなら機械仕掛の腕や脚部を装着できたというのに装甲が現れず配線は剥き出しになり、肝心のシステムが危険信号を発していたのだ。
その異常な現象に研究員達も慎重になって対処しようと解析をしているとISがエラーを立て続けに吐き出しついに終夜を拒絶するように弾いたのだ。
「いてぇな……なにが起きてんだ」
突然投げ出されたのでうまく受け身をとれずに転がる。すぐに立ち上がるも多少強く打ったのか、赤くなった箇所を押さえる。
痛みが引いてくると終夜は詳しい話を研究員たちに聞き出そうとするも彼らは解析の結果が映し出された画面に釘付けになっていた。
本来勝手に覗いてはいけないのだろうが終夜の中で好奇心が勝りこっそりと研究員たちの背後から画面を盗み見る。
[IS適正:Error]
研究員たちは先からその画面と各々のPCに表示したデータと見比べ議論をしている。
「これは適正が無いということか?」
「馬鹿なことを言う。半端ではあるが起動していたでは無いか!これはISにバグが発生したのだろう」
「たしかに適正はあるということだろうが、ISにバグは考えられん。コアの中のプログラムによって早期に対処、修正されるはずだ」
「その通りだ。この現象はたしてバグだろうか?私には拒絶したように思えた。そうでなければISが操縦主を危険にさらすようなことをしないと思うが」
「なんだよ……これ」
状況がよく飲み込めず混乱する思考を鎮めるために深く息を吸い込む。
やっと落ち着いてきたと言うのに一番聞きたくなかった声が聞こえてきた。
「ま、まさか本当に動かせるとは……」
仕切りの入り口には伊藤が立っている。終夜は深くため息をつく。先の伊藤との話からもわかるように動かしてしまえばロクなことにならない。
「ええ、最悪です。まあそう言うことなんで」
家に帰ろうと預けていた荷物を受け取る終夜を伊藤は引き止める。見れば6人の黒スーツ──伊藤と一緒にいた護衛たちだ──に距離は離れているものの囲まれてしまった。
「いえ、貴方を家に返すわけにはいきません。身柄はこちらで預からせて頂きます。手荒な扱いは誓っていたしません」
「拘束されること自体が手荒なんじゃないんですかね……ていうか俺、さっき言いましたよね?仕事を終えるまではそっちの都合には合わせられないって」
伊藤の引き連れる屈強な男たちを気にすらかけず横を素通りしていく。一番近くにいたスーツの男はその態度に虚を突かれるものの、慌てて終夜の肩を掴み逃しはしなかった。
「これは貴方の事を考えての措置なのです。貴方が万が一誘拐などをされては大変ですからね。流石に鍛治師の貴方の刀があろうと軍人などには歯が立たないでしょう?」
「試してみましょうか。見たところそこの男性たちは随分と愛国心溢れる方たちのようだ」
そう言って肩にかけていた木刀袋から刀を取り出す。鞘を掴んでにへらと笑っていると舐め腐った態度に痺れを切らしたのか伊藤が怒鳴るように部下に命令する。
「ご協力してもらえないのであれば致し方ありません。鉄打終夜を捕らえなさい」
パシュっと麻酔弾が終夜に向かって放たれるが、男たちが引き金を引いた時にはすでにその場にはいなかった。
終夜は銃を構えられた瞬間に右に踏み込んで射線から逃れていたのだ。
そして真横を通り過ぎる麻酔弾をついでとばかりに切り落とす。真っ二つになった弾はカランカランと中身を零しながら地面を転がった。
「動くなよ、手元が狂うからな」
呆けている男たちをすれ違いざまに峰打ちと鞘を当てて利き腕を潰し、銃を使用できなくする。
「弾が当たらんのなら押し倒せ!」
伊藤が的確な指示を飛ばすものの麻酔弾が当たらないなら近距離に持ち込めば勝てるかと言われればそんなはずもない。
近づけば鳩尾を突かれ、気づけば背後に回られ取り逃がす。男たちは狐に化かされている気分になりながら終夜を追い詰めようとするが、1人の男が機材に足を引っ掛けてしまい仕切りのカーテンや機械を巻き込んでしまい場は騒然となる。
気がつけば終夜は姿を消しており校門の前にあったバイクも無くなっていたので、どさくさに紛れて帰ってしまったのだろう。
カン。カン。カン。
手槌で鉄塊を打つ。寝る間を惜しんで鍛冶場に詰める終夜。近くには山盛りのおむすびの皿に新品や飲みきった水のペットボトルが散乱していた。
「さあ、終夜どの。とっとと来てもらいますよ」
勝手に鍛冶場に押し入った伊藤は無視され続けイライラしていたのか無理やりにでも引き剥がして連れて行こうするがビクともしない。
日頃から限界を超えた鍛錬をしている終夜の肉体は自己破壊と超回復を繰り返し極限まで引き締まった筋肉がついている。さらに全身を使って刀をつくっているので体幹も鍛えられていた。
その彼が少し意識さえすればガッチリと石のようにその場から動かせなくするのなんて造作もない事だ。
無視を決め込んだ彼は1人機械のように刀を打つ。
彼の飯に手をつけようとしたり、麻酔などで危害さえ加えなければ無害で何もしてこなかった。
二、三日もそれを繰り返せば通い詰めた伊藤とその部下も呆れて足を運ばなくなった。
打って打って打ち続け、時間の感覚が曖昧になり意識の混濁が見受けられるようにさえなってきた。
一ヶ月は経ったのだろうか?いや、まだ経っていないかもしれない。
一週間に1回の仮眠と1日1食の生活。
疲労と睡眠不足で心は弱り果て、やがて無心となった彼はようやく今年の52本目となる最後の一本を作り終えた。
刀身に桜の毛彫を施されたその刀は終夜の満足のいく一本。ただの刀ではなく彼が魂を込めて打った力作。
その名は『暮桜』
白い刀身にうっすらと青みがかったその刀は見目麗しく、しかして世の名刀を凌ぐ力を貸し与える。
だが美しき薔薇には棘がある。
この刀は身の毛もよだつほどの殺意を感じさせ柄を握ることを躊躇わせる。
暮桜には恐れを抱きながらもどこか魅入ってしまう。そんな魔力が秘められていた。
それが終夜の刀であり、だからこそ人を惹きつける。
ふらっと疲労が限界に達し、立つことさえ覚束ない終夜は、なんとか鍛冶場を出て屋敷に戻って眠ろうとするものの途中で力尽き縁側に倒れる。
「失礼する。鉄打終夜はいるだろうか」
プツリと意識が途切れる直前に玄関前に立っていたのは凛とした雰囲気を纏う女性だった。