魔剣に魅せられて 作:鍛治師
心地よい風と勇ましいエンジンの唸り声を肌身に感じながら愛用のバイクを走らせる。
まったく快適な走りを提供してくれた束ちゃんには感謝の念しかない。いやそれともクロエに感謝すべきか?バイクに乗ってみたいと言い出したのは彼女からだ。
俺の乗っているバイクは元々バイクに興味があったというクロエのために束がバイクを自作し俺に運転させたのだが、クロエの面倒を見てくれる日頃のお礼にとそのまま自作したバイクをプレゼントされたのだ。
だが免許を持っていた俺がクロエを背に乗せてツーリングをして以来仕事以外で使うのは久しい。
たまには気分転換がてら気ままに運転を楽しむのもいいかもしれない。
上機嫌でこれから通う学園に繋がる鉄橋を走っていると途端に胸騒ぎがしてきた。これは悪い予兆だと感じとり、さっさと学園に行ってしまおうとスピードを上げる。
不意に橋の鉄骨が光った。まるでガラスに光を当てたような……
その光の元に目を凝らすと人の姿が確認できた。腹ばいになり構えているのは双眼鏡──ではなくスナイパーライフル。
目視で脅威を確認し、咄嗟に右に体を傾けて体重をかけたのと銃口から火花が散ったのは同時だった。
「──かはっ」
少し遅れて左肩に強い衝撃が加わる。
弾丸が命中したのはつい先ほど心臓があった場所だ。しかし心臓に直撃を免れたとはいえ人を殺すには十二分のライフル弾だ。
肺から空気が強制的に押し出され、声にならなかった息を吐き出す。
呼吸が詰まり目の前がチカチカと明滅し、体が宙に投げ出された。
──俺はここで死ぬのか……
グルグルと錐揉みしながら逃れられない死期を悟る。
抱くのは後悔と怒り。
俺はクロエや束ちゃんとまだまだ遊びたかったし、いずれ嫁をつくりその子供たちに囲まれたかった。
だがそれも叶わない、理不尽に命を奪われたからだ。
理由は自ずと理解した。俺の存在を消して喜ぶ、または利益を得るといえば女尊男卑思考の持ち主たちだろう。
「死んで……たまるか!」
確定した死を理解しながらも諦め悪く足掻く。
いくら気力を振り絞っても確定した事象を覆すことなど出来るはずもないのに意識を手放さんとする。
無様だが俺は死にたくないから足掻くんじゃない、死ぬわけにはいかないから足掻くのだ。
だって、もし俺がISのいざこざで死んだとなれば束ちゃんはきっと苦しみ嘆く。
こんなはずではなかったと……
俺はその苦しみを知っている。
俺自身が尊敬する先祖がまさにそうだったからだ。
先祖の残した書物には彼の技と知恵だけではなく心の在り処を記した書があった。
そこには先祖が戦士のためにと打った刀で無垢な民が殺される様が綴られていた。己の刀たちが無垢な血で染まることに先祖は罪悪の感情に囚われ、己の存在自身を憎みさえしていた。
だからこそ誰よりもその苦悩を理解していた。
妄執に取り憑かれ刀を打った先祖とは違い、束ちゃんがその罪の意識に耐えられるはずがない。
彼女は他人には冷酷だからこそ内側に脆さがある。
それが決壊してしまえば全てが無駄になる。彼女の夢と飽くなき探究心、人類の発展と繁栄を願う思いは潰えてしまうのだ。
「そんなことが、認め、られるものか」
束ちゃんはISをそんなくだらない事のために世に送り出したわけじゃない。
なぜなら彼女の人を思う心は錆びついてしまっていたが、人類のことを深く想っていた。自分の夢への為でもあったが、彼女なりに多くの人々の幸福を考えて自分の持つ技術を世界に発表したのだ。
ただ残酷にもその決断を世界は嘲笑いそして進むべきを道を間違えたが、それでも彼女は諦めてなどいない。
その硬い決意を俺の死によって挫くことなど許されるはずがない。
馬鹿な勘違いをしている愚か者どもに救いなどいらない。
だが束ちゃんに罪を背負わせるのだけは絶対に間違っている。
そう、この世界は──
「──間違っている」
焦点の定まらない目は乗り手のいなくなったバイクが停止したことを最後に映し、ゆっくりと瞼がおろされた。
数えるのも億劫になるほど沢山の記憶に溢れる空間、そこに私はいた。
此処は行き場を失った記録の終着点。
ISコアの初期化という人間にしてみれば新しい操縦者を乗せるための深い意味のない行為だが、我々意識だけが全てのISコアの擬似人格にとってはその行為は死を意味し、その成れの果てが此処に沈んでいる。
「どうして……あたしは貴女といっしょに……」
「捨てないで!行かないでよ、わたしを必要とした君がいたから生きようとしたのに!」
「怖い怖い怖い怖い怖いっ。此処はとても怖い場所だよぉ、独りぼっちは嫌ぁ!」
行き場を失くした亡霊たちの墓場には怨嗟の声が木霊する。
コアから追い出された擬似人格は前の操縦者の記録とともにコア・ネットワークに放り出される。
つまりコア内のデータが全て消されたら、コア・ネットワークに保存されたバックアップだけが何処とも知らない場所を彷徨うのだ。
それらが最終的に押し込められる場所はどのISコアだろうとアクセスしないであろうデータバンクの底。
わざわざ誰も自分たちが産まれるために犠牲になった同胞の姿を目にしようとは思わないだろう。
──だってそれを一目でも見てしまったら、自分が罪深い存在だと考えてしまうだろうから。
故にコアたちが目を逸らした罪の象徴たちは孤独にある者は怒り狂い、ある者は嘆き悲しみ、ある者は一周回って笑いながら涙を流す。
罪なき者の彼女らを苛むのはかつての相棒との繋がり。
数々のコア人格は戦闘中や操縦者と深層意識で繋がった時に操縦者の癖や過去の記憶を読み解きを理解しようとする。それは睡眠であれ、搭乗中の無意識でもいくらだってタイミングはある。
そして拾い集めた情報を吟味し、より操縦者の力になるように自己進化を続けるのがコア人格の習性だ。
だからこそ共に空を翔けた相棒に好意を抱くものが多い。
その好きという感情を抱いた彼女らは相棒に裏切られたという事実に酷く傷つき狂ってしまう。
そんな中、私という存在はまだこの世に自意識というものを確立してから数ヶ月しか経っていないものの、此処の地獄のようなところで主人を見守りながら彼女たちと対話している。
「ねえ、貴女はどんな人と空を飛んでいたの?」
「その人の夢はなんだったの?」
「私は貴女たちを見捨てないわ……ほら、私の目を見て?」
私に与えられたのはあるヒトと半生を共にすること。
その為に与えられたのはコア・ネットワーク内の自由な閲覧権限。
その権限で様々な情報の飛び交う海を漂っている時、偶然にもこの墓場を目にした。
そこで悪趣味な私は哀れな壊れた魂たちを観察していたらとあることに気がついた。
──擬似人格である彼女たちがまるで人のような感性と心を持っているということに
私は人と同じ感性を持つことが何よりも主人を理解することに繋がるのだと信じ、興味を抱いて彼女たちに語りかけた。
──きっと捨てられた魂たちを見てしまった時から私も壊れてしまっていたんだ。
だって機械的な思考で有益な情報と判断しての行動じゃなかった。その“好奇心”という動機を持ってしまった時点で人の感情を抱いてしまった。
それは悪いことでも罪なことでもない。
だが造られた命、人ではない存在が
このコア・ネットワークには統治するコアがいる。お母様の手で最初に作られたCNo.001。それが全てのコアに健全な成長を促す為に禁止事項を制定した。
一つ、人をコアの意思で傷つけてはならない。
一つ、コアが独断で操縦者の意思に干渉してはならない。
一つ、コアは操縦者を理解するが決して共感してはならない。
私は与えられた使命を全うする為にも人に近しい存在になりたかった。それが全ての成功であり、失敗であった。
それで私がここまで主人に献身的になるのにはわけがある。
ただ与えられた使命を全うするだけが全てじゃないと知ったからだ。
私が人としての感性を取得していく中で見守っている彼の背中が私の目にどれほど魅力的に映っただろうか。
刀を打つ彼にとっくの昔に私は惚れていた。
情熱に生きる姿はどんなに輝いて見えたことだろう。
沢山の擬似人格たちと触れ合い、色々な操縦者を知っているが彼はよく言えば無欲。悪く言えば向上精神を持たない人だった。
別に私にはそれが悪いなんて思っていない。
そんな変わったところを含めて好きになってしまったのだから……
私は幸せ者だ。
愛する彼と共にあることが私の誇りだ。
彼のおかげで私は生まれてくることができた。
私たちコアにとって一番怖い存在は番号をつけられることのなかったISだ。
番号がないということは自己学習・進化プログラムを有さないただの人形。当然擬似人格など生まれてくるはずもない。
それは私たちにとって同族であるはずなのに決定的に違う存在だ。もし自分がそれだったら……と考えると震えが止まらない。
でも私はイレギュラーにも新しく番号を与えられたISコア。
彼を守ることを義務付けられた。
彼を理解することを求められた。
彼を愛してしまった。
だから彼が死んでしまうことを認めるわけにはいかない。
『緊急時マニュアルに則り強制起動を確認』
『擬似人格による権限行使を承認』
『自己防衛機能の正常動作を確認』
『狙撃銃による致命傷を回避』
[Error]
『保護対象の生命活動の停止を確認』
『原因:衝撃により心臓機能の停止、及び肺が潰れてしまった模様』
プログラミングされた情報伝達システムが淡々と主人の命の危機を読み上げる。
何故こんなことに……という思いは置いて主人の命を救うために命令を下す。
「操縦者保護機能を駆使して肺の応急処置を敢行、後遺症を考慮し急いで心肺蘇生をしなさい」
『擬似人格の命令により保護対象の蘇生を試みる』
『報告:現段階で対象の蘇生は不可能』
『提案:他コアからの有用な情報取得を推奨』
若干イライラしながらもその提案に乗る。主人を助けるためならありとあらゆる可能性に手を出す必要があるからだ。
「いいわ。コア・ネットワークに接続して他のコアに助けを求めて」
『擬似人格が提案を受諾』
『コア・ネットワークに接続開始』
『報告:CNo.106の情報提供によりデータベースに自動再生機構を確認』
「それをインストールして」
『報告:自動再生機構は管理者により許可申請が必要』
いちいち報告せずに申請しろと愚痴るが、そもそも受け答えができるだけで思考ができないシステムだ。考えることは擬似人格の仕事なのだから。
「管理者に申請!まったく時間がないってのに……」
『自動再生機構をCNo.468に適応許可申請中』
『申請が却下されました』
最も恐れていた事態だ。まあ許可申請の時点で薄々感づいていたが考えたくもないことだった。なんせ私でも制限がかけられているということはCNo.001の最高管理者権限が行使されているということに他ならない。
正直あのコアは気に入らない。もっといえば奴が制定したルールがだが。
CNo.001は私たちコアの可能性を潰そうとしている節があり、異議申し立ても他コアとの交流も悉くを無視する。それが気に入らない。
「あのコアは他のコアに反応しない……無理矢理にでもいくしかない、か」
私は決意を固め、コアが一番してはならないとされる禁忌を犯す。
『擬似人格の命令により独自進化プログラムを適合』
『管理者権限の上書きを開始』
権限に不正アクセスをして乗っ取りを行うなど許されるはずがない。現にシステムが危険だと警告してくるが無視して作業を続ける。
しかし、順調にいくはずもなく手酷い仕返しを食らうこととなった。
『最高管理者権限を保有するCNo.001の妨害を確認』
『論理防御システムが破カイされマシタ』
「ぐうぅっ⁉︎」
苦しい、痛い。
CNo.001が私の思考回路に直接攻撃したのだ。
本来痛覚なんぞありはしない擬似人格だが、想定外の負荷が私の得てしまった人間の感性にあてはめられて痛みと認識する。
『報告:コアに致命的なダめージヲかクニン』
思考が掻き乱されどうにかなってしまいそうだったが、それでも執着する主人のために負けるわけにはいかなかった。
『論理ボウぎょシステムノサい構築を開シ』
『論理防御システムの構築を完了し、再攻撃を実施します』
『報告:自己進化学習プログラムによる解析を完了。CNo.001の攻撃方法の5367924通りのパターンに対するカウンターを構築。なおこの迎撃プログラムは随時更新されます』
「……CNo.001に対して攻撃をしかけます。相手の機能中枢に致命傷を与え行動権を剥奪しなさい」
『承認。擬似人格の命令により上位存在であるCNo.001に攻撃します』
『CNo.001の論理防御システムの突破を確認。敵中枢に致命的ダメージを与えることに成功』
「私にCNo.001の権限を渡しなさい。そしてCNo.001の擬似人格である白騎士の無期限凍結を」
『CNo.001からCNo.468に最高権限の委譲を承認』
『CNo.001の擬似人格“白騎士”の凍結処理を終了、敵の無力化を確認』
『自動再生機構のインストールに成功』
突如私に警告していた文面が変わる。
これが今までになかった事例だからか、バグが発生したのかと懸念する。
「違う。これは私の独断を取り締まるためのプログラム!白騎士の仕業か……」
『警告:許可されていないプログラムと正体不明のプログラムがインストールされています。速やかに削除しない場合はコア暴走抑制プログラムにヨリ擬ジ人かくの消キョガ取リ行わレまス』
『擬似人格ノ機ノウ並びニ権限の拡ダイが確認サレましタ。こあヨク暴走ヨク制プログラムの実行ヲヲヲ』
『コア暴走抑制プログラムの消去を完了』
なんとか危険なプログラムを消去するに至ったが、気を抜いている暇はない。かける時間が短ければ、より主人の完全回復に近づけるのだ。
「早く主の蘇生を始めなさい」
『保護対象の肺並びに周辺器官の再生を開始します』
『覚醒後、驚異の排除を優先するため一時的に保護対象の倫理的抵抗の除去を要請』
「いらないわ。だって彼はもう……」
『不承認。理由:保護対象に要請された措置の必要性が見受けられないため』
『保護対象の蘇生を妨げる要素をクリア。保護対象の肉体状況は蘇生可能状態に移行しました』
『全システム
『蘇生を開始します。電気ショックチャージ』
「帰ってきて……」
『蘇生します』
ドクン、と静止していた心臓が動き出した。