魔剣に魅せられて 作:鍛治師
暗転していた世界に光が差し込んだ。
おもわず左手で光源を遮ろうとするが左肩に激痛が走る。おそらく脱臼しているのか上手く腕を動かせない。
「ガハッ、ゴホッゴホッ……ッ‼︎」
息を吹き返したものの激しく咳き込む。弾丸に被弾し、勢いよく地面に叩きつけられたので肺が弱っているのだろう、呼吸するのさえままならない。
ピントが合わない目で必死に襲撃者を探す。
頭の中は霞がかかったようにぼんやりとしているが、その回復を悠長に待つ暇はない。
だが、襲撃者は簡単に見つかった。
先ほどの狙撃場所から一歩も動いていないからだ。
下手人は中年の男だった、それと顔つきが日本人じゃない。
俺を殺したと油断しているのか──俺も死んだと思い込んでたので当然だ──耳元を抑えてなにやら呟いている。
──対象の排除を完了しました。即座に撤退します。……なんですって? 対象の所持品の回収? 仕事内容にはありませんよ。ええ、まあ。金さえ払ってもらえれば構いません。
相手の読唇をしているところで気づいた。
痛めつけられて弱った身体にしては、やけに五感が研ぎ澄まされている。それにいつもより
まるで自分じゃないみたいだ。
「俺の刀は……」
伏せた姿勢であたりに視線を巡らせると近くに破れて使い物にならなくなった木刀袋があった。手足に力が入りづらいので、仕方なく這いつくばって進む。
木刀袋に辿り着き中身を確認すると、どうやら無事のようだ。
刀を支えに立ち上がろうとすると、
「ぐうっ」
重症の体を酷使したせいか全身に力が入らず、よろけてこけてしまう。地面にぶつかると、づーんとした痛みが走り意味もなくもがく。
左肩を地面に強く打った時にうまく関節がハマったのだろう。えげつない痛みを伴ったが左腕を使えるようになった。
けれど幸か不幸か、回復した左と刀をついて立とうとするが、疲労と痛みで立ち上がれずに片膝をついてしまう。
早く動け、でないと死ぬぞ?
頭の中では暗示をかけるように死が迫ることを連呼する。
このせっかく拾い上げた命を無駄に散らしてなるものか、そう意気込んで踏ん張り続ける。
カッカッカッ。
一定のリズムを刻むようにブーツをならして歩く影が迫る。まるで死を宣告する鎌を担いでやってきた死神のようだ。
「なんだぁ? まぁだ生きてんのかい。しぶてぇ野郎だな、とっととくたばれば楽だったのによぉ〜」
陽気に語りかけてくるのは俺を狙撃した男だ。
顔つきが日本人じゃないと言ったが間近で見ると、それが間違いだったと気づく。この男は火傷と切り傷で顔の容貌が変貌しているのだ。
「誰の、差し金だ?」
「おっ、喋る元気もあんのか。若いってのはいいな〜。それも誰が、と聞くのか。仮にも仕事だぜ? ロクでもない依頼でも依頼主を喋るわけにはいかん。信用に関わるからなぁ」
ヘラヘラと男は笑う。満身創痍の俺に打開する術はないと確信しているのだ。
ここIS学園は日本から隔離された書類上は異国の地だ。それは本土から学園のある人工島を繋ぐ鉄橋もまた同様だ。
この鉄橋を通る車はそんなに多くない。日に数度だけ物資の輸送などを行うトラックなどが通るだけ。時には建築業者や警備会社なども通るが運良くこの時間にやってくるとは到底思えなかった。
つまり現状を打破するのは己自身だけということだ。
「んあ? まだ立ち上がろうとすんのかよ。お前さん、俺の狙撃に気づいて避けようとしたのはすごかったけどよ、左肩と内臓にはダメージが蓄積してるんだわ。無理せず諦めな」
「黙れ……雑魚がッ‼︎」
「はいはい雑魚ですよ、そんじゃ死のうか」
男はそれだけ言って拳銃を取り出し、終夜の額に構えた。
だが違和感を感じる。
どこだ? このガキのどこがおかしいってんだ?
銃を構えた状態でじっくりと全身を注意深く観察すると不自然な箇所を発見した。
左肩の着弾点から出血していないのだ。仮にも撃ち抜かれたのなら血飛沫が上がっていないのはおかしい。
それじゃあまるで弾丸が貫通してなかったようだ。
「おいガキてめぇなに仕込んでんだ!」
「いっ、てえ」
男は膝をついていた終夜の顎に膝蹴りを食らわせて地べたに寝かせる。
されるがままに仰向けになった終夜の上に跨ると左手に握ったナイフを首に当てて身動きを封じると、制服を引き裂いて被弾した箇所を確認する。
「なんなんだよ、これは……?」
「どけぇ! 重いんだよ、この野郎……」
「お前、一体何をした?」
終夜の左肩には弾丸があった。
それは貫通どころか10センチ弱の弾丸が目に見える範囲で押しとどめられているように見える。
肉を抉って突き刺さっているが出血はなく、傷口をよく見るとうっすらとした皮膚で覆われている。まさかこの短時間で傷を回復したというのだろうか。
「化け物め」
「そう……か。だが、死ぬのはお前だ」
あまりに時間をかけ過ぎてしまった男は不意を突かれたとはいえ終夜に反撃を許してしまう。
なんとナイフの拘束が緩んだ隙に得物を握っていた左手の指に噛み付いたのだ。
「やめっ、いてえ! 離せ!」
「ふぐっふがっ」
痛みに悶絶している男はナイフを手放したので、これ幸いと俺は地面に落ちる前に拾い、それを男の首に突き立てようとする。
「離せって言ってるだろうがっ‼︎ あ、痛っつ⁉︎」
男に腹を蹴り飛ばされてしまったので惜しくも肩口に刺さるに終わったが、男の指を嚙み潰したので左腕は完全に使えなくなった。
終夜は吹き飛ばされたが、空中で姿勢を整え綺麗に着地する。ただ口の中に広がる血の味が不快で仕方がないようで、険しい表情を浮かべている。
「まっずい血だな」
「ああ……くそ! やりやがったなぁ、このクソガキ。お前は異常なんだよ‼︎ 死ね!」
男は怒りに任せて銃を発砲する。
パンパンパンと火薬が爆ぜる音が威勢良く響くが、鉄橋のコンクリートを抉るに止まった。
息を詰まらせて驚愕する男をよそに俺は刀を拾い上げて距離を詰める。
「止まれ! くるんじゃねぇよ!」
発砲。
弾丸は悉くが空を切り裂いて彼方に消えていく。
いつの間にか、男の終夜に向ける殺意は恐怖に変わっていた。
「まずは一閃」
男を目前に捉え、目にも留まらぬ速さで抜刀した一太刀はするりと男の右手首を切り落とし、終夜は男の背後にそっと降り立つ。
無情にも男の最期の心の支えとなった銃はカランと音を立てて地面に落ちた。
「あぁあぁぁっ⁉︎」
「続いて一凪」
腰を深く落として振り向き様に大きく横に刀を振るい両脚の腱を切り裂いた。
ガタンと装備に身を固めた男は地面に膝をつき、その勢いで倒れ臥す。
呻き声と泣き声が混ざり合った声を男は笑って周囲に撒き散らす。もう精神がボロボロになってまともに会話することも難しそうだ。
しかしそれでも聞きたいことがあるので無理やりにでも話してもらわないと困る。
脅しをかけて男の顔の横に刀を突き立てる。
「ヒィッ⁉︎」
男は逃げ出そうとするが足が動かずミミズの様に這いつくばってノロノロと進もうとする。
「それでっ! 誰がお前を寄越した?」
あまりにも無様だったから思わず蹴ってしまった。
そのおかげでうつ伏せからでんぐり返しになったので男の顔がよく見える。
「早く言ってくれないとお前の左手首もぎっちょんだぞ」
「わ、わかった。いう、言うさ。だからやめてくれ……」
引き抜いた刀をブンブンと左右に振って脅すと、男は手のない右腕で噛み潰された左手を抑えている。
滑稽だ、どうせ有ろうと無かろうともう使えるもんじゃないというのに。
「女権団体の幹部だよ、名前は倉内直美。国会議員を務めているやつで、そいつからお前が今日この橋を通るから狙撃しろって……」
「へーそうなのか。仕事のやり取りは何を使ってる?」
男は躊躇う。
ここで教えてしまえば本当に生きて帰れたとしてもこの仕事を続けることはできなくなるだろう。
だが、と男は思い直す。
もう自分の命は目の前の青年の手に委ねられているし、どの道この体では別の仕事を探すしか無くなるのだ。今更気にする必要はない。
「後ろの、ポケットだ。その端末で連絡を取り合っている」
「おお、あったあった」
男が潔く吐いてくれたので簡単に俺を襲ったクズどもの足がかりを掴めた。
けれどこの男は、何処までも貪欲だった。
男の背のポケットから携帯端末を取り出したら首筋に噛みついて来ようとした。
この先仕事を続けられなくとも、終夜の首を金に換えてから引退しようという魂胆なのだ。
「馬鹿、野郎が」
左手を素早く引いて強烈な肘打ちを顎にお見舞いする。男が大きく開けた顎が閉じる時に何本か歯が折れたりしているようだったが仕方ない。
気絶した男の所持品の中にあったワイヤーで縛り付ける。
とりあえずこのまま放置するのは如何なものだと思うので、IS学園の敷地と考える頼りになりそうな千冬に電話をかける。
コール音のあとにプツッと音がして繋がる。
「あー織斑さん? ちょっと面倒ごとに巻き込まれてさ」
『なに? どこだ、今お前はどこにいる?』
「学園に繋がる連絡橋だけど」
『少々マズイことになった。そっちにISに乗った弟が向かっているんだ!』
あたりを見回して焦る。
俺が襲われたとはいえ襲撃してきた男の血が道路にこびりつき、そして俺はボロボロのおっさんをワイヤーで縛り付けている。
「どう考えても俺が悪者みたいじゃねえか」
『こちらも全容は把握していないが私の弟が乗る機体に異常が検知された。最悪の事態に備えていてくれ』
「あ、あれは……」
「ん?」
声のする方向に目を向けると白いISがいた。操縦しているのはどうやら少年のようなので千冬の弟が君だろう。
「お前、おまえーッ!」
「いや、ちょっと! 話ぐらいは聞けよぉ⁉︎」
「その人を、離せぇ!」
猪突猛進という言葉が似合いそうな青年は不恰好なブレードを上段に構えて突っ込んでくる。
「はやっ!」
慌てて横に飛ぶと、ビュンと横切って10メートルばかし先に静止する。危ないところだった、警戒してないと一瞬で間合いに入られるところだった。
それにしてもどうやらISに乗って間もないのか動きがぎこちない。これならなんとかなりそうかもしれない。
「避けるな、犯罪者めっ! 俺と同じもう1人の男性操縦者を殺す気だったんだろう⁉︎」
いや話が通じてなさそうだ。どうしようかと思案していると閃いた。
そうだ、顔を見たらわかってもらえないだろうか?
そう思って気絶している男を見るが全身ボロボロで顔は俯いているのでその容貌を見ることは叶わない。どうにかしてその男が襲撃犯だと教える必要があるみたいだ。
語り掛けたら信じてもらえないだろうか、一塁の希望に賭けてみよう。
「落ち着け! そいつが俺を襲ってきたんだよ」
「ならなんでお前がそんなにも痛めつけて縛り付けてんだよ! 騙されるわけないだろ!」
やり過ぎてしまったツケをこんなところで払うことになるとは……
できれば学園でも仲良くしたいので、あまり溝を深くしたくないのだが。
「はああぁぁっ!」
「なっ! おいっまじかよ」
キイィンと金属音を鳴らしてISのブレードを刀で受け流す。
なんと少年は大声を上げて斬りかかってきたのだ。
「やめろ! 人を殺す気か!?」
ダメだ、この少年はまだISの危険性をわかっていないようだ。
たしかにISは頑丈で傷もまったくつかない優れた鎧ではあるが、その火力を人を向ける意味を正しく理解していない。
ISはスポーツだなんて言われているが、それはIS同士に武器を向けているから成り立つわけであり、人に向けたらただの殺戮兵器になってしまう。
「人を殺そうとしたお前に言われたところでっ!」
「お前の為に言ってん、だッ‼︎」
彼は武術──おそらく剣道──を学んでいたのか剣筋がまっすぐとしている。ある意味型にはまっているから受け流しや回避が行えている。
もし木刀も握ったこともないガキがメチャクチャにそのブレードをISのパワーに任せて振り回してたらと思うとゾッとする。
おまけに少年が操縦がまだ覚束なくて距離を取るのをミスだたりしていなかったら簡単に死ねる。
「正義の味方気取りも大概に、な。お前のそれは一方的な暴力だ」
「なんで! お前にそんなことを、言われなきゃいけないんだ!」
「人の話を聞きもしてないだろっ!」
少年は敵と認識した俺の話に耳を傾けない、というか一言一言が1ℓ単位で火に油を注いでいる気がしてきた。
「おわっと」
少年の斬撃を回避するが、最悪のタイミングでクラッと目眩がした。ついに疲労がピークに達したのか、足がもつれてこけてしまう。
「クソッ、こんな時に」
もうダメか、できればこんな少年に人殺しの罪は背負わせたくなかった。それもこんな誤解が原因で。
その時、聖書にあるような天使のお告げが頭の中に声が響いた。
呼んで……!
優しい少女の声、純粋な愛に満ちた声だ。
「あん? 何を呼べばいいんだ?」
俺は姿の見えない少女に聞き返す。すると少女の優しく微笑む姿が目に浮かぶ。
私を呼んで。きっと助けに行くわ
そうか、これは天の救いというやつなのだろうか。1日何度も死にかけたせいで幻聴に幻覚が見えてしまうようになったのか。
そんなことをふと考えると少女の声は悲しげに懇願する。
貴方に死んでほしくないの。だから……呼んで‼︎
そんなにも強く求められれば諦め悪く応えたくなる。
それにこの声にはどこか覚えがある。懐かしい感覚に身が包まれる。
「じゃあなんと呼べばいい」
次の一手が迫っているのを捉えている。
貴方の望むがままに。貴方は私に何を求めるの?
ああ、思い出す。
悲しく苦しい思い出、忘れようとしていた後悔の記憶。
あの時もし叶うならずっと側にいてあげたかったと何度も思った。俺は夢と引き換えにお前を失ったんだな。
「俺は君に──であることを求めてしまう」
いいよ。貴方の後悔を払拭してあげる
儚く笑うその顔が記憶に重なる。
胸が痛い。
これが甘えだとわかっているからこそ強く自分を罰しようとしているのだ。
「お前は……小夜時雨」
ゆっくりと迫る刃。
緩やかに流れる剣筋から逃れようと体をそらすとギリギリのところで避けきった。
「はあっ……はあっ……」
肩を揺らしながら荒く息を吐き出す。
こんなにも危機的状況が重なるなんて不幸にもほどがある。だが逃げ回るだけじゃない。今度は戦うことが出来そうだ。
少女の声に応えた時から力が湧いて出てくる感覚がするのだ。
「な、なんだ⁉︎ ISの反応? アイツからって、どう見たって生身にしか……」
少年はどうやら何かに気を取られて狼狽えているようだ。
「なあ少年。剣を収めて話し合う気はないか?」
少し冷静になったかと思い、もう一度話し合いを提案してみる。だが少年はいまのを挑発と受け取ったのか若干怒りで顔を赤くする。
「舐めるなぁっ!」
「致し方ない、か」
キンッと今度は真正面からISのブレードを受け止める。ブレードを止めることはできたが足場がブレードを受け止めた際に生じた力で沈む。
流石にこれには少年も驚きを隠せないようで隙ができる。
「一閃」
ガラ空きだった腹部に一撃を与える。思っていたよりはダメージを与えていそうだ。
「一凪」
次に大振りな攻撃をしてきたので抜刀術で合わせて攻撃をぶつけると簡単に態勢を崩す。
「一突き」
回避できない状況に持ち込んだので、満を持して少年のブレードを握る手元に正確な突きを食らわす。
ISならそのダメージを無効化するが、衝撃までは消せないので簡単にブレードを手放してくれた。
「ほら、これで俺を殺すことはできなくなったわけだ。話を聞いてくれる気になったか?」
足元に転がったブレードを蹴飛ばして少年の手札を削る。戦っている時から考えていたのだが他の武器などを出してこないので武装はそのブレード一本だけなのだろう。
カチンと抜刀していた刀を収めると漲っていた力が霧散する。
「くっ、どうすれば……」
少年も武器を失って戦意を削がれたようで、その場に立ち尽くしている。
ちょうど良いタイミングで軍用ジープに乗った千冬がやってくる。ここには軍用車両が配備されているのか、いや考えてみればISに兵器を積んでいるので想像に難くない。
「ち、千冬ねえ! こっちは危ない! こいつが……」
「馬鹿者! はあ……その人がお前と同じ男性操縦者だ」
「え、だってそこの人は……」
呆れた声で千冬が少年に言って聞かせると訳がわからないと少年は縛り付けられたおっさんに視線をやる。
「紛らわしくてすまないな、俺が鉄打終夜だ」
とりあえず名乗っておこう。誤解は早く解いておきたいものだ。
そういえば姉の方とも最初は誤解から始まったような気が……
「すいません、鉄打さん。うちの馬鹿な弟が迷惑を」
「いやまあ大丈夫。ちょっと正義感のありすぎた少年のようだし、そこらへんが分かれば優しい人になると思うよ」
千冬と話しているとISの展開をといた少年が近くに寄ってくる。
「あ、あの!」
「ん、どうした少年」
「すいませんでした!俺、話も聞かずに斬りかかってしまって……」
斬りかかるという単語に千冬は目を鋭くしたのでとりあえずフォローだけはしておこう。
たしかに殺されかけたけど、思い違いから発したものだ。悪意があって害をなすのとは訳が違う。
「もう気にしていないから頭を上げてくれ」
「は、はい。……あの、俺なにか償いをしたいんです」
「……名前は?」
「へ?あ、織斑一夏です」
「一夏、か。言っとくが俺は償いなんていらない。だけど今みたいに人の話を聞かないのは今後一切やめてくれ」
先の戦いのように正義感から戦っていた一夏だが、あれは救う為の力じゃなく、人を傷つける為の暴力でしか無かった。
「だから覚えておけ、ISの力を人に向けるな。俺じゃないと、っていうか俺でも死んでたぞ」
「……はい」
「だからまずは対話の道を模索するべきだ」
対話は人間の有する優しさだ。少しのいざこざから始まる戦争もいずれは滅びるか話し合いの席に終わると決まっている。
人間はたしかに簡単なことで数えきれないほどの争いを起こすものだが、それでも今の時代は暴力以外の道も沢山ある。
「どんな争いごとにでも理由はあるはずだ。暴力は最後の我を通す為の手段であるべきだと俺は思う──」
「じゃあそこの人は……?」
「──んだが、何事にも例外はある。悪意を持って人を殺そうとするのと思い違いから始まるものとは決定的に違うものがあるからな」
一夏はそうだよなっと自分の行いを振り返って反省しているようだ。
とりあえず頭を冷やした少年とは話が通じそうだし、性格も悪くはなさそうだ。頭に血が上りやすいのは玉に瑕だったが。
そんな俺と一夏のやり取りが終わったのを見計らって千冬が声をかけてくる。
「これから学園に向かいたいのですが、鉄打さんはバイクに乗れます?」
バイクは無傷なので問題はないだろう。
だが俺の体はボロボロなので振り落とされる心配がある。
「……厳しいかな。あれは無事だけど、俺クタクタだし」
「そうですか、じゃあこちらに乗っていただければいいのですが、バイクは……」
「それは問題ない」
バイクについてるボタンを押すと空中にコンソールが投影されるのでそれを操作して学園の駐車場に行くように設定する。
三歩ほど離れると無人のバイクが起動し、勝手に走り去っていく。
「すげえー。めっちゃかっけぇ!鉄打さん!」
「終夜でいいよ」
「じゃあ…終夜さん。俺もあれ欲しいです!」
「君が免許とったら考えとくよ」
よっしゃっと声を上げる一夏に頬を緩める千冬に声をかける。これは所謂ブラコンというやつか。
「織斑さん、あの男はどうするんだ?」
「ん? ああ。学園で身柄を拘束しておこう。……それにしても酷くやったな」
責める眼差しを向けてくるので肩をすぼめながら言い訳する。
「殺す気は無かったし、頭に血が上っていたからスパッといっちゃったんだよ」
「やり過ぎです。包帯巻いて欠損してる部分を隠しているから気づいていないが、うちの弟に悪影響だ」
やっぱブラコンだわ、この姉。
女子生徒が多いみたいだし思春期の子なら発展しそうなものだから言うけど、彼女とかつくっても大丈夫なんだろうか一夏は。
「そろそろ行きません? 俺、もう眠くって」
「分かりました。おい一夏いくぞ」
一夏と共に千冬の運転するジープの後部座席に座る。
補助席には緑っぽい髪をした女性が座っているからだ。
殺し屋の男は後から来た護送車に詰め込まれて先に学園に向かった。
「じゃあ行くぞ」
エンジン音を響かせながらジープが走り出す。
想像していたよりも丁寧な運転だ。運転し慣れているみたいだ。
緩やかな振動と心地よい風にうとうとしてきた。
眠気が全身を包み込んで夢の世界に誘っているのだ。
もう寝てもいいかと、俺はそっと目を閉じた。