魔剣に魅せられて 作:鍛治師
目が覚めた場所は質素ながらも頑丈なつくりの壁に囲まれた部屋だった。
内装は簡易なパイプベッドにプラスチックの机と椅子だけで、その全てが固定されており移動させたりは出来ない。
なぜこの留置所のような場所に入れられているのかは、4回の冷え切った飯を食ってもいまだに分からないままだ。
分かるのは襲撃者や織斑と戦ってできた傷や疲労がたたって眠りに落ちたこと、その後はどうやらこの牢屋にぶち込まれたことだけだ。
『鉄打、起きているか?』
聞き覚えのあるくぐもった声が聴こえたので、折り紙の鶴を折っていた手を止めて、寝心地の悪いパイプベッドから身を起こす。
悪趣味なこの部屋はどうやら壁に隔てられた向こう側から監視されているらしい。
入口の天井からぶら下がっている監視カメラは俺の動きに合わせてレンズを動かして怪しげな動きをしていないかずっと見張っている。
『なぜこんな所に入れられたのかと戸惑っているだろう』
俺が起きていることを確認すると申し訳なさそうにしながらも当たり前のことを言ってくるのでイライラした。
どうにもならないが監視カメラのレンズを睨め付けた。
「そりゃそうだ。せっかく休業してまでこの学園に来たっていうのに監禁かよ……あんまりじゃないか?」
『……これは私も本意ではない』
「そうかい」
──なんと言おうとも俺をここに閉じ込めたことに変わりはないだろうに。
どんな事情が学園側にあるにしろ俺は脱走も、抵抗もできないように拘束されている。ということは、あちら側には俺が出歩いたら何か不都合なことが、それとも拘束しないといけない理由があるのだろう。
『とりあえず話がしたい。私は今のお前が置かれている状況も説明する義務があるからな。とりあえず椅子に腰掛けてくれ、話はそれからだ』
大人しく指示されるがままに椅子に座る。変に無視をしたりして反抗的な態度を見せても話が進まずにただぐだるだけなのは目に見えていたからだ。
すると、想像した通り千冬が部屋に入ってきた。
それに護衛と思わしき武装した人間もついていた。よっぽど危ない人間と思われているのか、ずっとこちらの様子を伺って、何かあればすぐに攻撃できるようにしている。
だが、千冬は護衛に出入り口の外で待機するように言い、俺の向かいの椅子に居心地悪そうに座り話を切り出した。
「……すまない、気を悪くしたと思う。しかし、今、お前がどういう風に学園側から認識されていると思う?」
「さあな。俺にはさっぱりだ。それにしても……前に会った時とは随分と口調が違うじゃないか?」
「公私はしっかりと分けているのでな。それよりも本当に理解してないんだな?」
千冬の突然の質問の内容と、トーンの下がった声から切迫詰まった状況なのを理解したので、少しは真面目に答えることにした。
「分からんな。なにしろ、この部屋に入れられてからは何の情報も耳に入ってこない。……もし一つ挙げるのであれば、ここの飯が冷え切って美味しくないものばかりだということだ」
監視め、手を抜いていたな……
そんな呟きをよそに千冬が状況を詳しく説明してくれるようだ。
「一言でいえば、学園はお前を正体不明の危険人物として警戒している」
「へぇ。そりゃまたどうして?」
「実は、お前の元に一夏が向かったことについて、学園長と生徒会長、それに私の目の前で尋問をされた。お前もおかしいと思わなかったか?一夏があの場にいたことを」
普通に考えればおかしい点は沢山あった。
誰も知らないはずの襲撃現場に、ISを纏った一夏が偶然来るわけがない。何かトラブルがあってやってきたと考える方が納得できる。
さらに連絡橋を通る時には検問所を通過しないといけないので、襲撃犯は学園の中にいる何者かに手引きされたというのが妥当なところだろう。
そんな疑問点を自分の中で上げていると千冬は一夏について話し始めた。
「お前の元に直行する前の一夏は学園のアリーナでISの戦闘を行っていた」
「……まだ初心者の一夏にか?」
「そうだ。詳細は省くがクラスで一夏と揉め事を起こした生徒がいてな。専用機を持っていたから決闘で決めることになり、一夏はその戦いにギリギリで勝利した。その直後のことだ、ISを再度展開したと気づいた時にはアリーナのシールドを切り裂いてお前のいる方向に飛んでいった」
まだ入学したての一夏にISで戦わせるとは無茶だとは思うが、それでも勝ちを掴んだということは並々ならぬ才能があったということだろう。
それも気になることではあるが、問題は一夏がなぜ再度展開したかという点だ。
まだISに乗り始めて日が浅いであろう一夏のことだから誤操作でもしたのかとも思ったが、ISは想像以上に優れたものらしく、操縦者の不注意で起きる事故などを未然に防ぐ機能が搭載されているらしい。
「今の話でなぜ一夏が急変したのか疑問に思ったことだろう。それを問いただした時に一夏はこう答えた」
──コアからのメッセージが来た。
──必死に助けを求めている声で、見て見ぬ振りをできなかった。
「コアか……」
「そうだ。ISを動かすために必須の部品であり、ISのシステムの中枢に位置するものだ。詳しく話すことを求めると、一夏は、頭の中に直接語りかけてくるような少女の声がしたと言った。これを私たちはコアの自己進化が生んだある意味自然発生した人工知能、擬似人格ではないかと思っている」
──少女の声、頭の中に直接、擬似人格──
もしかしたらあの時聞こえた少女の声は、幻聴などではなく、コアからの声だったのだろうか。
だが、俺はISを持っていない。
それが一番の否定材料なのだが、生憎友人にその開発者がいるので、知らないうちに渡されていたとかは十分に可能性がある。
「本来はIS側から操縦者に干渉することはあり得ない。……しかし、あの時、管制室から観測していた白式──一夏のISだ──はシステム負荷を吐き出していた。それを我々の知らないところで異常な事態が起きているのではないかと疑ったのが、今回の始まりだ」
「つまりありえないはずのコアからの呼びかけによって一夏は導かれるがままに空を飛び、その向かった先が俺の元だったから怪しいと?」
「その通りだ。だから学園側は、お前がISに干渉できるのではないかと睨んでいるわけだ」
正直、俺にその話をしたところで疑いを晴らすことはできやしないだろう。
先の話から推測した俺がISを所持している可能性を追ったとしても、なぜ俺のISが一夏のISに敵対されるのかが分からない。
原因が分からないということは、手がかりを手繰り寄せてその先を探すしかないのだが、今回起きたのは人間には認知できないところでの話だ。解決できる術は今のところないのだろう。
「それで俺は何をすればいい? もしかして俺がその原因を知っているとでも思っているのか?」
「いや、前に話した私には分かるがお前はISに全く関心を寄せていなかった。そんなお前がコアに外部から干渉できるほど術を知っているとは思えない」
「ならそれをそのまま偉い人に伝えてくれよ。俺が話せることはない」
だが……と言おうか迷っている素振りを見せてから千冬は確信を持って言い放った。
「お前はISを持っているな?」
「なんだと?」
「誤魔化すな。今更隠す必要などない」
千冬は決定的証拠を握っているように問い詰めてくる。
先の俺がISに興味がないと言ったのは何処へやら、矛盾した言い草に困惑し、怒りを募らせる。
「さっきと言ってることが違うじゃねえか?」
「そうだな。だが一夏はお前と戦ったときにISの反応があったと言った。それで白式のログを洗って調べると確かにそのデータはあったのだ。これには言い逃れは出来ないだろう?」
「そんなことを言われてもわからん。こちとらISの知識をかけらも知らねえんだからよ」
イライラして感情が昂り、そういう時に限って余計な事に思考がいってしまう。
「当然だとは思うが俺の所持品を調べたんだよな……?」
「ああ、勿論だ。見つけることはできなかったがな」
「……俺の刀はどうした?」
「お前が襲撃犯を返り討ちにしたやつか?あれは学園に関わりのある外部組織に預からせて貰っているが……」
「違う。もう一本の方だ」
俺はこの学園に来る時に背負っていた刀は二本だった。
俺を襲った男を倒し、一夏とも戦った時に使った刀は護身を兼ねた鍛錬用のものだった。
「お前の荷物は全部学園で預かっているが何か渡せないわけでもあるのか?」
「……あれだけは千冬以外には預けておけない。あの刀は俺にとって命よりも価値のあるものなんだ……刀だけでもいいから返してくれないか?」
もう一本は俺の人生に最も意味のあるものだ。
そして俺の刀だというだけで金持ちのコレクターなどが欲しがる代物でもある。他人の手に渡ればどこにたどり着くかは容易に想像がつく。
だからこそ金目当てに盗む輩も出てきてもおかしくない。
──なにより襲撃してきた人間が話していた相手は俺の刀を回収するように言っていた。それを先に話しておくべきだったか……
「そうは言っても私の管理下ではないから動かすのには時間がかかる」
「千冬が持っているわけではないのか⁉︎ あれの価値を分かってる筈なのに……?」
千冬の発言からあらゆる最悪の可能性を想像してしまい。焦りともしもの可能性を考えてなかった自分に嫌気がさしてやけになって千冬に摑みかかる。
が、今は学園で教師をしていても一度は世界の頂点に至った人間だ、当然避けられる。
「落ち着け、鉄打。今ここで怒りをぶつけるのだけはダメだ!」
千冬は学園に監視されている俺が問題を起こすのは状況がより悪化することを考えた上で注意しているのだろう。
そんな気遣いをしてくれている相手に八つ当たりするのは違うと理解していたから深く息を吸って呼吸を整える。
(怒りに呑まれるな。ここで暴力沙汰でもおこしても状況を悪化させるだけだ)
なんとか落ち着きを取り戻してどかっと椅子に座る。
冷静に考えれば明白なことではあるが、学園で教師をしている千冬が俺の知るような人間たちの醜い争いを知っているわけがなかった。
何しろ人間には欲深い奴が多い。
それは上に行けば行くほど欲望の桁が上がっていく。
例えば金持ちのコレクターという人種は価値のあるものを自分の手元に置くことで悦に入るもので、自分の持つものよりも優れたものを他人が持っていることを嫌う傾向がある。
だから誰も持っていない貴重な代物などの唯一性に価値を見出して手に入れたがる。
それに加えて金に目が絡むやつも多い。
横領とかがいい例になる、紛失したと見せかけた横流しだって考えられる。
そんな世の中で価値のあるものを他人の手に渡すなど馬鹿さ加減にもほどがある。
この学園で信頼できるのは千冬一人だけなのだから、その他の人間に管理を任せるなど怖くて認められるわけがない。
「……分かった、それは私が悪かった。急いで取りに行ってこよう。ただその刀を見せたらちゃんと話してもらうぞ?」
「……そうしてくれ。悪かったな、八つ当たりして」
「気にするな」
そう言って千冬は部屋を出て行った。
刀の件を先に片付けなければ終夜とまともに会話できないと判断してのことだろう。
私が今いるのは学園の地下に造られた巨大な空間だ。
このIS学園は人工島なので建造当初から地上とは別の地下施設を造るように最初から予定されていた。
最初からというのにも理由があって、ここIS学園は表向きはISに関わる人材の育成学校と言われているが、本質はISの実態を調べる為の施設と言っても過言ではない。
例えば地上が表の顔となるのなら、地下は世間には秘匿された全てが詰め込まれたものだということだ。
その地下空間は大きく分けて四区画ある。
一つは私がこれから向かう倉庫区画だ。そこには学園のあらゆる資材や物資が保管されている。
二つ目は教員用兵器庫の区画。文字通り教員用のIS兵器が保管されていたり、教員用ISの整備も行える設備がある。
三つ目は研究室がある。私はあまり立ち入ったことはないが、沢山研究員がいたことを覚えている。
四つ目は鉄打が入れられている独房がある。その存在を知ったのは鉄打が来てからだ。
そんな広大な地下空間を移動する方法はエスカレーターだ。自分の足で歩き回るのは非常に疲れるからな。
鉄打を閉じ込めている部屋から出てきた私は水平型エスカレーターに乗り込みながら更識楯無に電話をかけた。
地下空間の壁は配管と機械をごちゃ混ぜにして塗りたくったように複雑で、近未来的な風景を感じさせるものだ。思い浮かぶのは第三東京市の地下風景だろうか。
「更識。鉄打の所持していた荷物の保管場所は何処だ?」
『どうしてそんなことを……? まあいいですけど。それらは地下の倉庫区画のDブロックにあります。一応伝えておきますがISの反応は検知できなかったそうです』
「やはりそうか……」
(鉄打が本当にISを所持しているかは兎も角、仮に持っていたとしても自覚がないという線が濃厚になってきたな)
そういえば、と腕時計を確認するとまだ昼休憩を控えた授業中の時間を指していた。
まだ授業中のはずで電話には出れないはずだ……
そんなことが頭に過るが更識の事だ。生徒会がとか適当な言い訳で抜けているのだろう。
しかし、生徒の模範となるべき生徒会長がこんな不真面目では生徒たちに示しがつかないだろう。こんな奴が生徒会長なのは問題ではなかろうか?
たしかに優秀ではあるのだが、やはり生徒会長の選考基準は間違っている気がしてならない。
そんな考えはおいてわざわざ電話をかけてまで聞いた意図を、一人で話を進める私に通話先の更識は詳しく話すことを求めてきたので答えることにした。
『何か進展がありました? 私にも教えてくださいよ〜』
「いや、これといったことはない。しかし、ISを所持しているという自覚が無いだけのように感じ取れた」
私が後で学園長に伝えようとしている内容を話すと、お家柄から情報通なおかげか有益な情報を教えてくれた。
こういうところは生徒会長であって良かったと思える点だ。むしろそれ以外にない気もする。
『ふむふむ。でしたら一つ面白い話がありましてね。鉄打終夜は以前から篠ノ之束と接触していたそうです。私の部下を連れた政府の伊藤という男も、鉄打終夜の口から篠ノ之束のことを聞いたみたいなので篠ノ之束と鉄打終夜が交流関係にあるのは間違いないかと。ですから……』
そういえば鉄打と会った時に束のことを話していた。何でそんな大事なことを忘れていたんだと私は自分を叱る。
それを思い出せば鉄打と溝を深める必要もなかっただろう。
そも束と交友関係にあるのなら何らかの特異な点があった筈だ。それはIS適正だったということだろうか。
だから──
「束が鉄打にISを与えた、と?」
『はい。それなら出処不明のISコアも説明がつきますから……それで話を進めることでよろしいですか?』
「ああ。学園長にも話をしておいてくれ」
私とは逆方向に向かうエスカレーターに三年のIS実技担当の天津さんが乗っていたのですれ違う時に会釈する。
天津先生は職員室でもそれなりに人気のある人だ。(女尊男卑の影響で女性同士の交際を一部では異性よりも推進している。学園は女性の職員がほとんどでそっちの気の人も少なくない)
いつもきっちりとスーツを着こなして淡々と仕事を終えるのには憧れを覚えるが、少々生徒に冷たい気もしてならないので私は少し苦手なのだが、同僚はそういう所が好みだそうだ。
更識との通話に意識を戻すが、頭に残るのは鉄打とは未だに関係に罅が入ったままのことだった。
そんな私が頭を悩ましていることを察したのか更識はまだ何か?と聞いてきたので少しだけ鉄打の状態をを話しておくことに決めた。
「厄介なことに少し話が拗れてしまった」
『それはまたどうして? まあ監禁されたことでしたら分からなくもないですが……』
「そうじゃない。鉄打が学園に持ち込んだ二つ目の刀の事を気にしてしまって会話が続かなくなってしまったんだ。余程大切にしていたのか管理の状態を曖昧に答えたら苛立った様子も見受けられた」
『職人気質なんですかね? 自分の作品にこだわりを持っているような……』
茶化すように更識は言う。
鉄打は職人として素晴らしい腕を持っていたし、仕事に対しても真面目だった。
だが鉄打の言っていたのは
それが本当なら、現時点で鉄打が気にかけているのは家と大切にしている刀ということなのだろう。
「違うな。鉄打が戦いに使用した刀には全くと言っていいほど興味がない様子だった」
『でしたらどうするんですか?もしかして刀を取りにでもいこうと?』
「ああ。そのことでお前に電話したんだ」
少し頭を悩ませることがあったのか、うーんと呻き声がして、ちょっと待っていてくださいと言われた。
そしてやっとエスカレーターから降りた私はそこからは徒歩で広大な倉庫区画の中で一番奥にあるDブロックに向かわねばならない。
少ししてから更識が気にしていたことを話してくれた。
「……この話は警備の人に知られていませんよね?」
その質問の意図がよくわからずに私は頭を捻る。
返事が返ってこないことで察したのか少しだけ詳細を話してくれるようだ。
更識が教えてくれたことを簡単に言うと、学園の地下のエリアは外部の警備会社を雇っているそうで度々学園上層部の運営と衝突を繰り返しているらしい。
つまり運営とは仲が悪く、その亀裂から今回の件は通達していないそうだ。
もしこの件を知られたら学園の運営と会社の方で法廷で争うことになるかもしれないらしい。
「馬鹿なことを。何故学園長はそんなことを許した?」
「学園長といえど上層部には逆らえませんよ……」
そんなことをしていたら学園が内部崩壊するんじゃないかと心配になってため息がでる。
いつだって真っ先に被害を被るのは現場の人間だというのに……
そして楯無が電話越しに叫んだ声と、広大な地下を震わせた衝撃はほぼ同じタイミングのことだった。