魔剣に魅せられて 作:鍛治師
路線変更に戸惑われるかもしれませんがご了承ください。
千冬が部屋を出てから十分もしないうちに扉は開いた。
随分早いなと思いながらも視線をそちらに向けると、千冬とは違う女が先ほど見た護衛の人間を引き連れて部屋に入ってきた。
「ん? お前は誰だ? 俺に何の用がある……?」
椅子から立ち上がり、警戒心を露わにしながら質問すると女は感情を読み取れない表情と抑揚のない声で答えた。
「名乗ることは許可されていないのでお答えできません。ですが我々の任務は説明できます。貴方はISを所持しているらしいですね?それを回収することです」
男を見下しているかと思いきやそうではなく、ただ仕事で淡々と要求を述べているだけの様子だ。
その酷く冷たい声音と態度からは同じ人間とは思えない。むしろここまで人間らしさを殺せることに驚愕する。
この一般人からかけ離れた感覚は、おそらく軍人か情報機関から派遣されたという人間だろうか。
「残念だが俺はISなんて持ってないんだ。ここに居ても時間の無駄だよ」
「嘘を言う必要はありません。すでに私たちは貴方がISを持っていることを知っています」
「それが間違いなんだろ?」
さっさと面倒ごとを持ち帰って欲しかった俺の素っ気ない態度から、ISを渡す気(相手から見れば)がないと勘違いしたのか丁重に扱った
それは俺がなによりも大切にし、今まさに欲していた愛刀だった。
「それは……」
「はいこれは貴方の大事な私物だと伺っております。それは先程の会話から推測できましたので」
「千冬との会話を聞いていたのか……だが、俺は知らないと言っている」
こいつらが持ってきたのは俺が執着する刀だった。
それは交渉する上では有効な手段となるだろう。相手の欲しがるものを用意できればそれだけ相手を御しやすくなるのだから。
ただし、交渉する物があればの話だ。
「私たちも手荒な真似はしたくありません。我々は迅速に任務を終えて帰還する必要があるのですから」
「……」
最悪の状況となった。
相手の要求するものがどこにあるか知らないと言うのにそれを信じてもらえないならどうしようもない。
仮に噓を言おうにも閉じ込められているのだからどこにも隠す場所はないし、ISを所持していると疑われることになったのは橋での出来事だったので家にあるなどとも言えない。
知らないものをどこにあるといえばいいのだろうか?
手の施しようがない事態に直面し、悩んでいることを迷っていると判断したのか提示した交渉のカードを女性は引き下げた。
「残念です。仕方がありませんが、これを出してもダメということは交渉材料がなくなったということになります」
女は至極真面目そうに分析した情報を口に出した。
だから、と俺が先程から訴えることを繰り返そうとするとその刀を見せびらかすように掲げた。
「ですが、これを破壊すると言ったら貴方はどうされますか?」
「なっ⁉︎」
「やはり有効な方法のようですね。カタナとはいえ側面からハンマーを叩きつけられると壊れますよね……? 刀匠鉄打終夜さん」
よりにもよって最悪の札を切ってきた。
焦りと怒りで拳が震え、殴りたい衝動に駆られる。だが、相手は武装している。流石に銃で撃たれれば身がもたない。
拒否権など無いというのに切れるカードがないので頭の中には絶望しかなかった。
「……やめろ。やめてくれッ!」
「でしたら、再三申し上げる通りにISを」
「ッ⁉︎ ……無理だ。そんなものはない……ッ!」
俺が渡さないことを確認すると、ついに女は仲間に合図した。それに応えるように1人の兵士がハンマーを振り上げた。
──一体俺が何をしたというのだろうか?
俺は
愛をなくした。
情熱をなくした。
希望も生きる志もなくなった。
そんな俺に残ったのは1人で住むには大きすぎる屋敷と刀鍛冶という仕事。
1人だけの孤独な日々を生きてきた俺の前にクロエや束といった温かい人が現れた。
ようやく光がさしたのかと、昔掴んだ暖かさをまた感じ取れるのかと思っていたというのに今度は対価として何物にも代えられない最愛の形見を持っていこうとしている。
いつもそうだ。
俺の幸福に対していつも世界は高すぎる代償を求めてくる。
今度は自分の大事なものを奪われるのを指を咥えて見ているか、望まない争い事を起こさせるかを選択させたがっている。
苦しい、辛い……
誰も傷つかないような選択肢を常に求めているというのに嘲笑うかのように苦渋の決断を押し付けられている。
もう酷く疲れてしまった……
このまま楽になってしまいたい、何度願った事だろうか?
だというのに、未だに未練があって生き続けるしかない。
今度もまた、苦しい道を選ぶことになった。
パン、と短い発砲音が響いた。
見せしめのように大切な刀を叩き割ろうとする侮辱に耐えきれず、目の前の女に手を伸ばした瞬間、俺は撃たれた。
熟練の兵士たちからしたら俺の女を人質として要求するなどという幼稚な魂胆はお見通しだったのだろう。
そして四肢を撃ち抜いて無力化するというまでが筋書き通りなのだろうが、俺は女の胸ぐらを掴み上げていた。
「やはりそうでしたか……どれだけ頑固な貴方でも銃弾を受けるのは危険すぎた……だからISを展開する」
俺の体は、あの橋で一夏と切り結んだ時のような力の漲る感覚が駆け巡り、それに伴い体のあちこちに薄い鎧のようなものが纏わりついていた。
「これが、ISか……っ!」
その異常を自覚したことで頭の中に膨大な数の情報が流れ込んでくる。
あまりの情報の多さと抗えない強制力によって頭が割れてしまうのではないかと錯覚するほどの頭痛に見舞われた。
「どうしました?ISは初めてではないでしょう?」
ただ声をかけられるだけでも増幅された神経は過敏に反応してしまい、耳鳴りさえしてきた。
頭を振って苦痛から逃れようとしても、決して離さないという意思の表れかさらなる情報の波が襲いかかってくる。
「何が起こってるのかはわかりませんが好機です。今のうちに捕らえなさい」
胸ぐらを掴まれて命を握られているというのに目の前の女は自分の命を気にもせず武装した男たちに指示を出した。
──逃げないと
ISの力は生身の人間に対しては強大すぎてあっさりと殺してしまうだろう。
だから抵抗することよりも逃走を選択したというのに体が動かない。戦うことを強要するように体の自由を奪っている気さえする。
モタモタしている終夜の葛藤など知らぬとばかりに武装した兵士たちは取り出した小さな機械を終夜の背中にコツンと当てる。
途端に全身に電流が流れ、膝を地面につけることになり、人質にした女からも手を離してしまった。
「ごほっこほっ……任務完了ですね。ISを回収し、早急にこの場を離脱します」
女が何か言っているが聞き取れない、というより脳が正常に機能できず言葉を正しく理解できない。
未知の苦痛に苛まれ地面をのたうちまわる俺に声が聞こえる。それはあの時と同じ柔らかで優しい少女の声だ。
溢れかえる雑多な声は、テレビのノイズを大音量で耳元で流されたような雑音で、そんな中にまともな声が聞こえるということはいよいよこの声は人間のものではなくISのコアの意識、ということになるのだろう。
どうして私を使ってくれないの?
酷く傷ついたような悲しそうな声で少女、小夜時雨は語りかけてきた。
私は小夜時雨。貴方のISであり、貴方の苦痛を癒す存在
貴方は私を受け入れた。そして望みを口にした
なのに何故その力を振るわないの?
矢継ぎ早に口に出される小夜時雨の疑問を終夜は答えない。
小夜時雨には操縦者が理解できなかった。
危機に瀕している状況を打開できる力があるというのに行使しないことは最も苦痛なことであった。
守りたいし、その為の力はある。だというのに守るべき存在が拒否した。それは自分の存在を否定されたことと同義であった。
私は貴方を守りたいだけ。だから使って……!
痛みに呻きながらも終夜は立ち上がった。
まだ体には電流が流れて手足の先は痺れているが、強く意思を込めたら体はなんとか動いたのだ。
「……それはできない。おまえはISなんだろ? ISは空を飛ぶ為だけの翼だと記憶してる」
終夜が立ち上がったことに周囲は驚き、警戒した。
ISを身に纏っていること自体が異常だというのに、さらに命に関わるほどの電流を食らっているはずだった。意図して動けるはずがないのだ。
女の部下たちが使用したのは
その剥離剤をISに使用すればコアだけを簡単に回収できる代物であった為にISを回収する任務にはうってつけのものだったのだが、期待した結果を裏切るように依然として終夜はISを纏っていた。
「ありえません……貴方は何者なのですか?」
表情筋が死んでいるように感情を表にしなかった女は、驚愕と僅かな恐れを露わにしていた。
そんな女の事……この場に立っている人間も音も気にもせず、終夜は内なる声と言い争っていた。
戦って、勝って! 私たちは無力なんかじゃないッ! それを今証明するの……それが、私たちが生きる為の一手なんだよ
「ダメだ。俺は戦えない。戦っても無意味に命が散り、悲しむ人間ができるだけだ」
そんな綺麗事で逃げないでよッ⁉︎ 生きる為に戦うのは罪なんかじゃない‼︎ 生きたいと望むのは命あるもの総てが抱く感情なんだよ!
ISは操縦者の体に生じる電磁波や思考を読み解いてそれに合わせて動く。
つまり重機械をパネル操作するのとは違い、意思で動いていると言ってもいい。
コアは操縦者と同調すればするほど操縦者の望む動きに従順に、さらに予測してより速さと精度を実現できる。
コアは時を重ねれば重ねるほどに操縦者を理解していくのだ。
もし仮に、数年間操縦者と共に生き、苦楽を共にしたのであればその理解は本人の行動・思考を模倣できる域にまで達することになるのでないだろうか。
人はその行為を共感という。
だからこそ分かるものが小夜時雨にはあった。
──鉄打終夜は己の為に刀を握ることはない。
「戦うことは罪だ。人を傷つけ、殺めたならそれにはどのような理由があろうとその事実がある。俺が殺せば、
あ、あぁっ……
その揺るがない心は小夜時雨を深く傷つける。
自己の否定。存在の否定。想いの否定。
終夜本人にその気は無いのだろう。だが意図せずして人を傷つけるということはよくあることだ。
……嫌。貴方がなんと言おうとも私は貴方の傷つく姿を見たくない。貴方が戦わないというのなら私が……ッ‼︎
戦いを望む少女と戦いを望まない青年。
それは1人を想う者と他人を思いやる者となり、はたしてどちらが正しいのすら分からない。
けれど、分かることはひとつだけある。
優しさより愛情の方が誰かの為に立ち上れるということだ。
小夜時雨の握る刃は己自身。
ISは本来宇宙空間で活動する為に生命維持装置や機体の活動分のエネルギーが毎秒ずつ消費されていく為に膨大なエネルギーの蓄えがある。
終夜のISは基本的に生命維持装置と絶対防御しか働かないので、小夜時雨が操れる余分なエネルギーは沢山ある。
そのエネルギーの塊を放出すれば、いとも簡単に危険な兵装になるのは間違いなかった。
そんなことをつゆほども知らない終夜は小夜時雨の気持ちを推し量りもしなかった
「俺は戦えないし、戦わない」
もう知らない! 何もかもがどうでもいい! 私は貴方に害をなす人を滅殺するだけだッ‼︎
終夜の周りに淡い光の塊が現れる。
優しげな光は殺意の込められた刃であり、人間の首を一瞬で跳ね飛ばしてしまう悍ましい鉾の形を象っていた。
「ッ! やめろ!」
「総員、退避!ISとあの発行する物体から距離をとれぇ!」
少女の殺意は終夜に押さえつけられるが、その殺意は霧散することなく空中を漂う。
やがて形を保てなくなって漏れ出た光は、辺り一面を怪しく照らして爆ぜた。