魔剣に魅せられて   作:鍛治師

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第8話

「なんて酷いことをするんだ、小夜時雨っ!」

ッ……!

 

1人の男の後悔と苦悩の入り混じった叫びが響く。

終夜は顔を怒りで歪ませてあたりの惨状を見渡した。辺り一面に広がるのは崩れた廃墟を思わせる瓦礫の山。

 

ますます怒りは募りばかりだが、違和感に気づき視線を右手に向けると、いつのまにかその手には刀が握られていた。

思わず、怒りも忘れてどうして刀を取り戻していたのかと思案する。

 

「いつのまに俺の刀が……」

 

これもISに備わっている能力なのだろうか?

自慢の刀といえど、もし爆発に巻き込まれていればひとたまりもなかったので、非常に有難いことではあった。

しかし、それはそれとして今の惨状における原因である小夜時雨がやったことだと考えると、内心は複雑な気持ちであった。

 

「なあ、小夜時雨……」

 

未だに小夜時雨は沈黙を保ったままだ。

終夜と話すことを避けるかのように黙り込んでやり過ごそうとしている。生身の人間ならともかく、ISが干渉を拒否したならこちらから関わることはできないので終夜にはお手上げだ。

 

「どうすれば、よかったんだろうな……」

 

何が最善だったのだろうと振り返る。

結局のところ、自分の一番近いところにいたISという存在を蔑ろにしたのが全ての失敗だったのだろう。

終夜はISにあるとされる擬似人格の存在を知っても()があるとは到底思えなかった。その凝り固まった価値観が小夜時雨を許容しなかった。

 

なぜいつも大事な何かを信じることができないことができないのだろうと嘆く。

そうやってまた被害者面か、と自分を責める声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

「感傷に、浸っている暇なんてないか……ごめんな、小夜時雨……」

 

あたりに散らばる瓦礫と牢屋となっていた残骸を見つめてため息をつく。

これも小夜時雨が自分を思ってのことなのだろうと心の何処かで理解していた。先の言い争いで必死で説得をしようとした小夜時雨の姿勢を見れば明らかだ。

 

 

だけど、ここまでやる必要があったのだろうか?と疑問に思う。

終夜のISである小夜時雨の放った高エネルギーの塊による爆発は、頑強な材質でできた壁をぶち抜き、その残骸で清潔に保たれていた施設を塵で覆った。

 

あまりに強大な爆発ではあったがその中心点となる爆心地に終夜は無傷で佇んでいたのだ。小夜時雨の展開したエネルギーによる防御障壁によって完璧に守られて……

圧倒的な破壊力と絶対的な堅牢さを誇るISは、こんなにも誰かを傷つける力しか振るえないのだろうかと悲しく思う。

 

違うよ……

 

「小夜時雨……? 一体どういうことなんだ?」

 

私たちはいつも鎖に縛られているからなんだ。これは私の願望じゃない。貴方のものなんだよ?

 

細々と弱い声音で否定をする声が聞こえた。

紛れも無い小夜時雨の声。

待ち望んではいたけれど、その悲観じみた声には切なさが宿っていた。

 

「どういうことなんだ?どうして……そんなにも苦しそうなんだ?」

 

そうね、貴方はIS(私たち)のことを何も覚えてないもんね。それなら思い出して……私は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「動くなッ! ISの展開を解除してこちらに引き渡せ!」

 

呆然と立ち尽くしている終夜に対し、ISの力の片鱗を目の当たりにしても終夜に危害を加えようとした人間たちは恐れを知らぬとばかりに銃を構えて囲い込んだ。

 

彼らは、そこいらにいるヤクザどもと違い、過酷な訓練をこなした選りすぐりの隊員で構成される特殊部隊員たちだ。

自分たちよりも強い力を持つものと対峙しても逃げることなく任務を遂行する為に果敢に挑むのだ。

 

「……」

「大人しく従う意思はない、か……総員構ぇっ!」

 

もちろん愚かに何の勝算もなしに突っ込むわけではなく、先のエネルギーを放出したことによってエネルギー残量が残り少ないと踏んでのことだった。

何度も国際条約を破って導入されたISを撃破、回収してきた彼らは経験上、対IS戦における戦いの作法を熟知している。

 

しかし、だからこそ引っかかる事もあった。

諦念を帯びていた終夜の目が、鋭く威嚇する目つきに変わっていることに……

だが今更立ち止まることなんてできない。

 

副隊長は部下たちに命令を下す。

 

「撃てッ!」

 

男が発砲の命令を下すと一斉射撃が行われる。

ここで注意すべきなのはISの悉くを理解している彼らが馬鹿正直に火力勝負など挑むはずもないということだ。

終夜の視界を埋めつくさんとするほどの弾幕を展開し、終夜は回避行動と防御を行うのは予想済み。

 

大きく斜め左後ろにバックステップを踏んだ終夜の足はコツン、と何かにあたる感触があった。

 

「なんだ……?」

 

さっと足元を確かめると、回避先を見越して転がされた複数の手榴弾が転がっていたのだ。

 

それは終夜の間近で炸裂し、ISのハイパーセンサーや敵の位置情報の取得などに機能障害を起こさせた。

手榴弾といってもただの破片を撒き散らすものとは違い、対IS戦を想定したEMPグレネードだったのだ。

 

「これは……」

 

ISに乗り始めて間もない終夜はISの万能性に過信していたのかもしれない。

ハイパーセンサーによって齎される数多くの情報が荒れ狂う視界に表示され、まともに機能してないことは素人目で見ても分かった。

 

 

だがそれでも、と。センサーが使えないからなんだと、地面を蹴って銃を向ける兵士たちと距離を詰める。

 

「な、何故動けるんだ!?」

「ボケっとするなよッ!来るぞぉ!」

 

銃を撃って牽制するが、悉くを人間離れした動きで回避されるので徐々に後退してもすぐさま近距離戦に持ち込まれて銃を真っ二つに叩き斬られる。

つまり生身の人間が戦うのは負け戦ということに他ならない。

 

「クソがっ、銃が潰された!」

「こっちもだ! 奴は武器破壊を狙ってるぞ」

 

的確に武装を破壊することで無力化を図る終夜によって部隊に混乱が生じた。

兵士たちの戦いによる高揚感は段々と失われ、焦りに変わりつつあったからだ。

けれど、最新のIS技術やナノマシンの応用により試験的に運用されている手術が兵士たちを未だに戦場に縛り付けた。

 

兵士たちが恐怖して逃げ出したくなろうと、彼らは戦意を失うのではなく、より善戦するための思考に切り替わる。

 

 

「副隊長、指示を。このままでは部隊が完全に無力化されます」

 

 

ISが操縦者の思考を解析する仕組みを応用して、戦えなくなる兵士から恐怖心を取り除き、ナノマシンの作用で脳内物質の分泌を促すという人間の体の神秘に深く踏み込んだ実験。

 

兵士たちは戦うことを己の意思ではなく強制されるようになっていた。

さらに彼らは自分の意思を表に出すことすらできなくなった。

 

 

身体機能とともに脳に処置を施されている彼らは思考と感情を調整される。個人の意思は抑圧され、個ではなく参加する団体のために働く。

その恩恵により敵前逃亡や戦意喪失など部隊にとって致命的な問題を引き起こさずに隊員たちはなんとか命令を順守して戦えた。

 

けれど、それが持つのはものの数分だけだ。

まだ試験運用に過ぎず、完璧には程遠いシステムであるためにその効果が約束されるのは十分ほどなのだから。

 

 

「継戦できない者は下がれ! 戦闘を継続できる者は攻撃手段を失った隊員を護ることを優先しろ」

 

何か有効な策を見出さなければならない。

だが、手元にある装備以上のものをこの戦闘が行われている空間で調達できるはずもなく、ただ部隊長が策を持って戻ってくることを祈るばかりだ。

 

「戦線はこれ以上維持できません。最低限の足止めに殿を置いて撤退するべきです」

 

1人の隊員、兵士長が進言してきた。

 

「そもそも予め立てられた作戦からは逸脱しているのです。この行動は軍部の意向を無視するともとられかねない。早急に合流地点に向かうのが最も適切な決断です」

 

彼の撤退という思考は戦意喪失の表れだろうか? もはや隊員たちの当初の手術による効果が失われているようだった。

 

「それは無理だ。我々の足を掴まれる痕跡を万が一にも残してはならない。それに言っておくが軍部が求めているのは鉄打終夜の所持するISコア、並びにその機体だ。いいか、これはよりよい未来を実現する為の任務なのだ」

 

頭に血がのぼっているのか、彼は怒りを隠そうとせずに語尾を荒げて話を続ける。

彼は一応兵士長という部下を率いる立場でもあるので今回の手術はされているものの、比較的軽めの個人感情の抑圧だったはずだ。

彼の思考が最善の策として撤退を導き出したのは、はたしてそれの影響なのだろうか?

 

「ぐだぐだと戦いを続けてもそれこそ無意味です! 部下は新しい次世代兵士用の手術の影響で精神的に疲弊している。長引けば精神的にも苦痛となり、やがて弾薬などの物資の枯渇もする。そうなればもはや戦うことすら困難になる。よく見てください。作戦失敗は目に見えているでしょう⁉︎」

 

当然兵士長の言い分はわかる。それこそ最初から理解はしていた。それでも撤退命令を出せない理由はISの脅威に晒されているからだ。

仮に背中を見せて逃げれば何人が背後から斬り付けられことになるのだろうか?

 

未だに撤退案を押し通そうとする兵士長と手術効果の薄れてきた隊員たちをまとめ上げる為にも声を張り上げる。

 

「ガタガタ抜かすな! 半円を描くように陣形を整えろ。お互いをカバーして奴を近づけるな。我々に残された道は目の前のISを排除するしかないのだ」

 

倒せるはずがないと分かっている。

だが、部隊壊滅への一歩を遅らせることはできる。

 

まず終夜が銃弾を全て避けていたことから、被弾するとマズイのかもしれないと考えこの布陣を敷くことで無力化されるのを減らそうとしている。

あくまで時間稼ぎにしかならないものだとしても戦わざるを得ないのであれば消耗を抑える他ない。

 

 

 

兵士たちの誤算は小夜時雨がただのISではなかったということだ。

 

通常のISはEMPを食らわせればスラスターや補助機構に障害が発生して機能不全に陥るが、終夜のISは見た目からしてそこいらのISとはかけ離れていた。

 

上半身は生身と言えるほどの軽装甲であり、足回りは補助機械で一回り大きくなっている姿から小夜時雨はISというより強化外骨格に近しいものといえた。

通常のISはスラスターの推進力で圧倒的な機動力を誇るが、小夜時雨にスラスターは確認できず、その機械の足で走っているようだ。

 

「チっ、なんなんだこの化け物はぁっ‼︎ EMPに耐性を持っている時点でわけわかんねえってのよぉ!」

 

戸惑いを隠せない兵士たちはもう逃げ腰になっていた。

十分も経ってはいないが、試験運用という不確かなデータ収集目的の装備に欠陥が生じていても致し方ない。

恐怖する心の拠り所となっていたのはこれまでのIS討伐の実績と経験だ。

 

それにより恐怖心を克服してきたが、目の前に居座るその存在はISなんかじゃなかったと理解してしまったからだ。

 

競技用でも宇宙探索用でもない、まさしく地上を走り、ただ敵を排除する為だけの兵器というのが相応しいだろう。

 

 

「落ち着けッ! 弾幕を絶やさずに距離を取るんだ」

 

部隊の内部崩壊を止めたところで意味のないことだと薄々思っていたことが戦闘が長引けば長引くほど浮き彫りになってくる。

 

──これ以上は戦うことはできない。

部隊長の代わりに指揮をとる副隊長はそう判断した。

もし倒せても部隊は壊滅する。それは好ましくないことだった。

 

彼らは存在しない特殊部隊。死んだ人間の死体を放り出す事も、上層部にたどり着くような痕跡も残してはいけないのだ。

しかし、どうしても被害が出てしまうのならば最低限に抑える必要があった。

 

 

「ここが引き際か……総員、撤退用意!煙幕とEMPで退路を確保する」

 

グレネードのピンを抜こうとした時、少し遠くからこちらに向かってくる機動音を拾った。

それは部隊長の天津が乗るISのものであった。

 

「ここは私が相手します」

 

透き通るような凛々しい声の方向に振り返ると、天津がISに乗って施設内の廊下を滑るように飛んでいた。

それは正しく戦地に降り立った女神のようであった。

 

「私の部下から離れなさい」

 

その手に握る突撃銃で、終夜を目と鼻の先まで近づくことを許した部下を守るように発砲する。

おそらく学園に配備されている教員用ISを持ち出してきたものだろう。

 

 

「新手、か。厄介だな……」

 

流石にISは脅威とみなしたのか、終夜は相当な距離をとってこちらの出方を伺っている。

腕をだらんと下げて体を左右に揺らしていることから肩の力を抜いて余計な体力使わぬように脱力しているようだ。

その全く緊張のかけらも感じさせずにいる姿は戦闘の素人とは到底思えない。

 

今すぐ攻撃にうって出てはこないだろうと判断した天津は、代理で指揮を執っていた副隊長に命令を与える。

 

「私がこの場で戦います。副隊長は隊員を率いて痕跡を消し、速やかに撤退してください」

「ですが任務が……」

 

副隊長の男は、ISに乗った天津とともに戦えば終夜を倒してISを回収できるのではないかと考えた。

 

だが、天津の冷たい視線を向けられて考えを改めた。

敵地といえる学園で、時間が経てば経つほど様々な危険な要因に晒されるのは明白であったからだ。

 

優先順位として、任務も大事ではあるのだが、あくまで1番大事なのは部隊の機密性だ。

その機密性が失われれば設立目的の隠密に任務を遂行することができなくなり、特殊部隊としての役割を失うことになりかねない。

前提条件として、それだけは避けねばならないのだ。

 

「了解しました。部隊を率いて撤退します」

「更識がじきに来ます。呉々も遭遇しないように気をつけてください」

 

副隊長の男は隊員に命令を下し、本人は何の行動も起こさない終夜に目を向けた。

すると、こちらの視線に気づいたのか目があった。

 

酷く冷たい眼差しからは全くと言っていいほど敵意も殺意も感じられなかった。

それは自己防衛の為に戦いをしているようで、こちらが銃を下げれば刀の構えも解いてピタリと止まってしまいそうに思えた。

 

「隊長、もしかして……」

「気づきましたか。おそらく想像通りでしょうね」

 

──鉄打終夜に交戦の意思はない。

 

それでも殿を務めるといったのは後々の辻褄合わせの為。

そう考えれば納得がいくし、最もリスクの少ない最善の手となることだろう。

 

「分かりました。……総員ッ撤退ィ!」

 

部下の背中を守るように立っている天津を前にして、終夜は逃げ帰る兵士たちに興味を見せず、ただ視線で見送っているだけだった。

 

そこで天津は確信した。

鉄打終夜には戦う気がないことを。

 

「無事に退却できそうですね。……それにしても不思議です。貴方は何故我々を1人も殺さないのですか? そのISを持ってすれば容易いことでしょうに……」

 

疑問を口にする天津はもとから返事など期待もしていなかった。

だが、想像とは違い終夜は答えた。対話を図るように。

 

「俺は人を殺したくないし、誰とも争いたくない」

「……誰かに命を狙われようとも?」

「ああ。最低限の自己防衛はとるが殺す必要がないのなら人殺しは意味のない、無益なことだ」

「なるほど。だから私の部下を殺さずに武器だけ切り捨てたのですね……?」

 

終夜の話を聞いて感情が死んでいるような天津でもふっと笑ってしまいそうになった。

そんな歪な在り方は理想主義者の弱者のものだ。そんな生き方が出来るはずもないと天津は知っている。

 

「ふふっ、馬鹿な考えです。聡明な方かと思っていましたが、どうやら愚かな人のようですね……」

 

平和ボケした社会に身を置いているからそんな思想を持ってしまうのだろうか?そんな疑問が脳裏をよぎる。

 

「理想主義者が社会を腐らせるんですよ。分かりますか? 叶いもしない、身の丈に合わない望みばかりを口にするから皆が堕落し、そして腐り果てる」

 

憎々しげな眼差しは、彼女の見てきたものを表しているようだった。

 

「笑っちゃいますよね? 理想を実現できないから、夢を見る。夢を見るから求めてしまう。でも、誰もが夢を掴めるほどの力も能力もないから他人の足を引っ張ったり、足掛かりを横から掠め取ることで醜くい姿になりながら叶えようとするんですよ」

 

 

 

だから争いが起きる。

戦争は過去のもの? そんなことはない。

今にも火種は燻ってちょっとの事で爆発する。

人間は学習するというが、それによって昔のように愚かな戦争を起こさなくなったかといえばそうではない。

ただ戦争の形態が変わっただけだ。むしろ様々な取り決めをしたせいで複雑化し、昔よりもややこしくなってしまっている。

誰もが利益だけを求めて争うことだけは今も昔も変わらない。

 

いかに他者を騙し、利益を得るか。

それが全て。天津たち特殊部隊の設立だってそういう意図があるからつくられる。

 

むしろそれらを疎んだからこそ全てを壊そうとする存在が現れる──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、結局のところこちらの要望に応えるつもりはないということですよね。今ならISの展開を解除してこちらに引き渡してくれるだけで争わずに済みますが」

 

意地悪そうな声色で自分勝手なことを言う天津には、先ほどのような人形じみた性格の持ち主とも到底思えない。

ヒートアップするほど素が出てしまうのだろうか?

それにしては先ほどの私情を挟まない凛とした姿はなく、ただ自身の軽蔑する者に強く当たっている姿は滑稽という他ない。

 

「悲しいな。そうやってなんというべきか……自分だけの定規で推し量り、相手の言い分や考え方を切り捨てるのはとても寂しいと思うが」

 

彼女のいうような争いを避けるにしても、大事なものを削ることは決してできやしない。

我が身かわいさに小夜時雨を引き渡すなど根付いた倫理観……といえるのかわからないがひどく醜い生き方だと、今まで築き上げてきたものが忌避しているからだ。

 

誰だって仲の良かった友達やペットと突然引き離されて会うのをやめるよう強要されても、はい。と納得できるはずがない。

それと全く一緒というわけではないが、それなりに似通っているはずだ。

 

 

兎にも角にも彼女の圧倒的な優位性と思想に基づいた軽蔑は、彼女自身では自覚のないことであろうが昨今の女尊男卑という愚かな思想に類似しているように思えた。

思想は感化されるだけでなく影響されるものであり、それが彼女の在り方を変えた歪な人格を形成しているのだと。

 

どちらにせよ、小夜時雨というISはただの“物”ではなく、自分で考え、物事に喜怒哀楽を見出し、傷つきもする“生きている物”だ。

俺は誰もが競技用なりハイテク機械の宇宙服なんなりと、なんにせよ道具として見ているISをそうゆう“物”に見れなかった。

 

「それは無理だな。小夜時雨が嫌がってる」

「おや?争いたくないんじゃありませんでしたか?貴方にとって争いよりもISの方が、力の方が大事なのですか?」

 

言葉尻を捉える今の彼女は視野の狭ばった人のようだ。

これ以上話しても理解が深まることはないのだろう……

 

戦う道を避けることは出来なくなった。

 

 

 

 

「非常に残念です。それはそれとして、ファーストコンタクトがこんな形で終わりになるなんてまことに遺憾です」

 

天津の冷徹な顔からはできるとは思えなかったニヤリというやってやったという表情を見せた。

終夜は思わず眉をひそめる。

すると、ここにはいない声が響く。

 

清き激情(クリア・パッション)

「誰だ──」

 

驚いた声を上げる終夜だったが、突如終夜の周りの空間が爆ぜる。

それは先ほどの爆発に比べれば小さなものだが、ISであろうと直撃した時のダメージは大きい。

 

「更識さんですね?助かりました」

「そうですよ、天津先生。貴女がどうしてここにいるんですか?」

「私も彼の話を聞いてみたかったのだけですが……どうやら逃げ出そうとしたようみたいで」

「まあそういうことにしておきましょうか」

 

廊下の角から姿を現したのは、水色髪の更識と呼ばれたのは学園の女子生徒だった。

 

本来は学園の地下を知る人間は限られているが、学園の生徒会長でもあり、更識楯無は家系が暗部であるためにここの存在を知らされていたのだ。

楯無が気になったのは天津の存在だったが、彼女は爆煙が晴れるのでそちらに意識を向けた。

 

「ごほっごほっ……突然すぎて死ぬかと思ったわ。助かったよ小夜時雨」

 

煙の晴れたところには軽い火傷を負った終夜が片膝をついて立っていた。

間も無く専用機である霧纒の淑女(ミステリアス・レイディ)を展開した楯無がランスを構えているのを見て立ち上がり、再び刀を構えた。

 

「今度はお前か?」

「ええ。お姉さんが相手よ。先に言っとくけど手加減はしないからね」

「そんなものに期待はしてないが……お姉さんって。絶対に俺の方が年上なんだがなあ」

 

そんな軽口を言い合う楯無だが、内心は冷や汗を流していた。

想定通りなら終夜が戦闘を立て続けにしていることを考慮に入れて、今の爆発でISのエネルギーが枯渇する、又は展開解除に陥るはずだと考えていたからだ。

 

しかし、軽傷を負いながらも(本来はISのシールドバリアーにより防がれるはずである程度のもの)尚且つまだ継戦できるのは予想外の事態であった。

今到着したばかりの楯無が知らないことだが、天津は先ほど見た終夜の専用機が展開した障壁が防いだのだろうと結論づけた。

 

「更識さん。鉄打終夜のISにはおそらく常時展開されているシールドエネルギーがありません。彼のISは独自の防御障壁を展開して攻撃を防いでいます」

「それは……骨が折れそうね。殺さずに加減するには優しい相手じゃなさそう」

 

 

「でも、やるしかないわね。私、条件付きのステージをクリアするのは結構得意なのよ」

 

楯無は天津の話を聞いて違和感を感じながらもなお一層力を込めてランスを握り、素早く瞬時加速を行って距離を詰めた。

 

「織斑の時より早いッ⁉︎」

 

あまりの速さに終夜は目を丸くして、間一髪、左に踏み込んでランスの突きを右に受け流す。

冷や汗とともに、じっとりと浮かぶ額の汗が気持ち悪いが、残念ながらそれを拭うほどの暇がない。

 

「クソがッ! なんつう速さだよ。こちとらIS乗り始めて数時間の素人だっていうのに」

「嘘でしょ! そんな微々たる時間でこの動きなんてどんな才能の持ち主よ。でも……嫉妬しちゃうけど経験はこっちの方が豊富なんだから!」

 

楯無はその受け流された勢いを利用して、床に対して垂直にランスを突き立てる。

そしてポールダンスを踊るように体を捻って回転蹴りを食らわせた。

 

「まだまだ甘かったわねッ!」

 

奇想天外な攻撃に慣れていないせいで完璧に受けきることが出来ず、終夜は腹に重い一撃を受けてしまうことになった。

 

「ぐうぅッ……! キッついなあッ!」

 

しかし、ただではやられぬと、どこからともなく取り出した装飾もされていない無銘の刀を投げてきた。

瞬きする早さで展開された刀は鍛治師の仕事柄か、イメージするのにさほど時間をかけないその早さはプロ顔負けの腕前と言ってもいいくらいだ。

 

「なっ⁉︎ 武装を展開するにしても早すぎるんじゃないかしらルーキー君ッ!」

 

これには楯無も面食らって咄嗟にランスで刀を弾き落としてしまう。

 

いつもなら楯無は専用機の第三世代兵装であるナノマシンで構成される水で防御するのだが、さっき清き激情で消費したナノマシンの補充が完璧に間に合っていなかった。

装甲に使用しているナノマシンを使う手もあったが、咄嗟の判断が追いつかず体の方が先に反応してしまう。

 

その刀に意識を割いた僅かな時間で終夜の姿と気配を見失ってしまった。

 

「まさか逃げた……? 最初からそのつもりだったのかも?まったく何処にいったのかしら」

 

水のナノマシンを精製するアクア・クリスタルをフル稼働させながら周囲の異変を探る。

巨大な地下空間にある収容施設は、脱走などを考慮した単純構造と狭い設計でつくられている為に余計な装飾が一切ない。

現在戦闘中の牢屋付近の場所も、廊下をぶち抜かれてできた空間であり、隠れられる場所なんて一つもない。

 

そんな状況で終夜を見失ったその答えは……

 

「更識さん気をつけて! 相手は上ですッ!」

 

廊下と同様にぶち抜かれた天井の上から強襲を仕掛けてくることだった。予想外の角度からの攻撃に急いでアクア・ナノマシンによる水のヴェールで対処するが……

 

「ええいッ!瓦礫の破片が鬱陶しいわね⁉︎」

 

結果、降り注ぐコンクリートや鉄筋をヴェールで受け止めるはめになり、その質量に押し潰されそうになった。

 

仕方がないので自分の真上にヴェールを集中させて瓦礫を横にずり落とそうとするが、銃声と天津からの危険を知らせる声が開放回線(オープンチャンネル)で意識に割り込んできた。

 

「早くそこから離れなさいッ!」

 

何が……、と聞く前に瓦礫がヴェールを破って楯無の体を打つ。

 

「くぅっ……どうして水のヴェールが……?」

 

疑問に思う楯無だったが小夜時雨の特殊な兵装によるものというわけではない。

終夜は押し止められた瓦礫を上からさらに蹴ることで、空中で水のヴェールに取り込まれたことを利用してそのヴェールを破ったのだ。

 

「マズイです。逃げてくださいッ!」

「別に殺したりしねえって……」

 

ISの絶対防御が発動したことにより楯無が怪我を負うことはなかったが、その衝撃により視界が明滅し、シールドエネルギーがごっそりと持っていかれた。

 

「ちょっとやばいかも! このままじゃ……」

 

楯無を下敷きにする瓦礫の山の上に終夜が立っているのを見て一方的に嬲られるのと思い、それを避ける為にISのパワーアシストで瓦礫を無理やり押し上げて逃げる。

 

「おわっとぉ。ISってそんな無茶もできんのか……その瓦礫が何トンあると思ってんだよ」

 

終夜は崩れる瓦礫の山から降りるとISの無茶苦茶な性能ぶりに呆れている。

その余裕な様子に焦りを感じたのか、楯無は天津の意見を求めた。

 

「劣勢と言わざるを得ませんね天津先生……」

「そうですね。まさか鉄打終夜にここまで武の才があるとは思ってもみませんでした」

「もうシールドエネルギーも半分を切ってますし、継戦するのも難しいです」

「流石に私も量産機の性能で長時間も相手取れるかは分かりません。ここは応援が来るまで耐えるしかありませんね」

 

事実、楯無の消耗は著しく、このまま戦うのは愚策というしかないわけであり、天津のISによる援護があろうと小夜時雨のスペックでは易々と回避されるし、弾が当たると確信を持って言えないほどであった。

 

 

 

学園の生徒最強である会長、日本の暗部の当主、ロシア国家代表、様々な視点による思考を巡らせた末に戦うしかないと楯無は行き着いた。

ここで妥協して戦わずに負けを認めたら、積み重ねた全てが無くなることを意味している。

 

誰が戦わずして逃げた生徒会長を最強として仰ぐ?

 

誰が敵になり得るかもしれない可能性を秘めている終夜と直面し、逃げた当主が務める暗部を頼る?

 

誰がISに乗り始めて間もない男に敗北を認めた女を国家代表にする?

 

例え誰も彼もに知られずとも、知る人は知るのだ。

不利であろうと求められた責務は果たさなければならない。

それがこれらの肩書に伴う責任だ。

 

 

「これだけは使いたくなかったんだけど仕方ないか。先生、少しだけ頼みます」

 

その言葉を受けて天津は楯無を守るように前に出る。

その後ろで楯無は自分の装甲に使用している水の装甲と滞空するアクアヴェールを集めて槍状の攻撃的な塊に変換する。

 

「ちょっなんだそれ!やばそうな気がするだが……」

「頑張って耐えてね……!」

「んな、無責任な!」

 

楯無が水の槍を持って終夜に接近する。

 

「頼むぞ、小夜時雨ぇ!」

 

終夜の声とともに楯無の前に障壁が現れる。

これが終夜を守る唯一の砦であると楯無は判断し、槍をそのままぶつける。

 

ミストルテインの槍ッ!

 

強固な障壁であったそれが槍と接触すると、大きな爆風を起こしながら貫通してしまい障壁は砕け散った。

一点集中の強力な水の槍には流石の爆発を塞ぎ切った盾も負けるようだった。

 

 

「え、嘘⁉︎ そんなにもあっさりと破れちゃうなんて想定外!」

 

楯無は慌てた声を出すが、とどまることを知らない水の槍は無情にもまっすぐと進む。

その穂先がISを纏う終夜にあたる、かと思いきや、サッと右手を挙げた終夜の掌を前に霧散した。

 

「は、い? 消えた⁉︎ ミストルテインの槍が消えちゃった!」

 

訳がわからないと困惑しながら天津の元に急いで引き返す。

当の終夜もよく分からないようで右手を握ったり開いたりして摩訶不思議なことについて考えを巡らせているようだ。

 

「なんだこれ? わけわかんねえな」

 

困惑しているがそれでも戦いは続いているのだ。気を抜いている暇なんてない。

 

「いや余所見する暇なんてないよな」

 

終夜は右手に持った刀を左肩に引き寄せて構える。

そして地を蹴り瞬く間に距離を詰めて強力な一筋を、楯無のガラ空きの胴体に叩き込まんとする。

 

「甘く見てんじゃないわよ!」

 

相手に次の一手の予測をさせにくくさせるための構えに楯無は戸惑ったが、経験による直感からなぎ払いだと信じてランスを刀身にぶつけて弾くように防ぐ。

 

「それも織り込み済みだ」

「そんな、まさか……」

 

弾かれた勢いで身を翻して立ち位置を変えた終夜は、楯無の後ろに回り込んで刀を突きつけていた。

 

「さあ、俺も手荒なことしたくないからさ。ちょっと口を貸して貰うだけで構わないから協力してくれよ」

 

苦渋に顔を歪める楯無。

装甲として使っているアクアナノマシンは先のミストルテインの槍で失っているので、ISのSEに頼ることになる。

だがしかし、何故かSEの消費が激しいので心許ない残量であり、仮に斬られてしまえばISの防御を無視して肉体に傷を負う可能性すらあるために抵抗できなかった。

 

「貴方本当になんなの……いくら機体の性能があろうと熟練者には勝てないものなのよ。そもそもISをいとも簡単に操るなんて馬鹿げているわ。はあ……」

 

これ以上の抵抗は意味をなさいだろうと判断し、大人しく楯無はISの展開を解除する。

 

楯無が敗北を認めることよりも相手に負かされるほうが印象に悪い。これは先ほどの選択よりも名誉を失墜させるのに効果的な手段と言えた。

終夜自身にその自覚がないのがタチの悪いことで楯無は不憫だったというしかない。

 

「鉄打終夜。更識さんから離れなさい」

 

銃を構える天津が1人いようと人質になった楯無がいれば攻撃はできかっただろう。

 

そう1機のISであれば性能差で遅れをとらずに戦えるのだろうが数が増えればそれだけ不利になる。

 

「鉄打! 剣を納めてくれッ!」

 

IS兵装のブレードである“葵”を手に持った千冬が天津と同じ教員用ISを纏った女性を引き連れてあらわれた。

 

終夜は顔を上げてあたりを見回すと、後方に2人と上空に3人、左右に1人ずつと見事な陣形で囲まれており、逃げ出そうとすれば誰か1人に進路を塞がれる形になるようにしている。

 

「これはしてやられたな」

 

楯無に気を取られている間に集まってきたのだろう。

いつもの終夜なら千冬の勧告に従っていただろうが、一度監禁されていた身のために今度は何をされるか分からないという懐疑心の方が強く、大人しく従うつもりはいまのところない。

 

「流石に学園の破壊をこれ以上許容することはできん。大人しくこちらに従ってくれないか?」

「べつに構わねえけどよ……俺はどうやらこの学園の生徒として扱われていないみたいだが?」

「それは悪いとは思っている。しかし、不法にISを所持している以上自由を約束することはできないんだ」

 

終夜は千冬の要求に応じる姿勢を見せるが、鬱憤が溜まっていたのか不満をぶつける。

千冬もその点は非があると認識しているようで、少し語調が弱くなるが、それでも学園の教員である以上突き通さなければならないらしい。

 

「こんなんなるんだったら来なきゃよかったな。……家に帰りてぇなあ」

 

ため息まじりに吐いた言葉だが、終夜当人もこの発言が叶うことはないとわかっている。

知らなかったとはいえ、限られた数しかないISを()()()()していたのだ。ISと無縁の生活を送ることなんてもはやできないだろう。

 

「諦めろ。ISは国家事業だ。お前と一夏には嫌でも学園に留まざるをえない。それがお前たちの安全に繋がってもいるんだ」

「言われなくてもわかってるって」

 

髪をわしゃわしゃと掻く。

無造作に向けられた視線には不快感の塊の、まるで詐欺に騙されたというような思いが込められていた。

 

「なんだこれ、霧か?」

「何を言っている。そんな訳が……」

 

空間に滞留する突然現れた霧に警戒する一同だが、その中から1人の少女がやってきた。

 

「お話に割り込むような形ですいません、織斑千冬様」

「お前はラウラ……いや違うな」

 

まだ幼さを感じさせる声を持った人形を思わせる銀髪の少女。ゴスロリの洋服が人形という印象に拍車をかけているのだろう。

 

「クロエじゃないか! どうしてこんなところに……?」

「お久しぶりです。今日は束様の言伝を預かってきました」

「束ちゃんの言伝?」

 

皆に聞こえるように、クロエはISに備え付けられている開放回線で話す。

 

「今頃、学園長様や学園の運営組織でもある国際IS機関と国際IS委員会にも送られている内容です。

“束様が終夜様にISを与えたのはデータ収集の為であり、終夜様とそのISに対して過度な干渉、生徒以上又は以下の扱いは止めるように”といった内容です」

 

クロエの言葉を聞いて千冬は眉を寄せてため息をつく。

 

「それが受領されると思っているのか? 私はともかく上の連中は認めんだろうな」

「いえ、認めざるを得ません。もし拒否された場合、この監禁した行いが表沙汰になり、IS学園が閉鎖に追い込まれる可能性すらあります。それに国際IS機関の方々は女権団体とも密接な関係のようですし……」

 

額を手で覆って千冬は悩ましそうに呻く。

クロエはその間、じっと終夜を見つめていた。

 

やがて、整理がついたのか千冬が口を開く。

 

「いいだろう。その話は信じることにしよう」

「ありがとうございます。千冬様」

「では……これより鉄打終夜の処遇は学園の一般生徒として扱うことにする。専用機については追々決める決めるとする。異議のあるものは?」

 

千冬がそう言い放つと当然口を開こうとする教員も出てくるが、睨みつけることで威圧して口を噤ませる。

これ以上いざこざを起こされても面倒なだけであり、山積みとなった様々な仕事を済ませなければいけない千冬は、徹夜だな……と呟き遠い目をした。

 

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