魔剣に魅せられて   作:鍛治師

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第9話

閑散とした校舎の廊下を終夜とクロエは並んで歩いていた。

静かな学園はおおよそ様々な人種の生徒が集う学園とは実感の湧かないいたって平凡な進学校の風にしか見えない。

 

だが、そんな静かな風情のある学校に見えるのはまだ学期が始まったばかりでクラブ活動なども本格的に始動してないためだろう。校舎に残っている生徒はほとんどいなかった。

途中で何人かの生徒は見かけたが、どの子も遠くから怪訝な眼差しを向けてくるだけで済んだのは、正直に言うとクロエの編入手続きが追加されて苛立っていた千冬に騒ぎを起こすなと口酸っぱく言われてる身からしたら非常に有り難いことだった。

 

「それにしても…監禁されてはいたが、しっかりと編入の準備は進んでいたんだな」

「ええ。いつまでも終夜さんを地下で監禁するには限度というものがあります。でしたら学園内で飼うというのが最善だと判断してのことなのでしょうね」

 

2人は地下区画から千冬に連れられてまず職員室に向かった。そこで用意されていた寮部屋の鍵を貰い、これから生活する自室に行く最中なのだ。

 

「なんだかしっくりこないよな?一体全体、俺のISを狙った連中は何者だったんだろうな。まるっきり痕跡といえるものが見つからなかった」

「しっくりこない、というのは分かりかねますが、手がかりは終夜さんが暴れすぎて戦闘の現場が荒らされたからだと思います」

 

やっぱそうだよなと肩を落とす。一部の学園の教師から勝手に暴走して暴れまわった精神異常者だと言われているのは想像がつく。

 

「ですが、やはり学園側に問題は多々ありますから。おそらく今も責任の押し付け合いをしている真っ最中でしょう。あまり期待はできませんね」

 

肩をすぼめて呟くあたり、クロエも状況をあまり把握できていないのだろう。

 

 

今回の一件における終夜の身柄の拘束は、元は終夜が所属不明のISを所持している出処と危険性について取り調べるためだけの措置のはずだった。そのため予め学園内での生活をする自由は約束するつもりであったのだ。

けれど、終夜の規格外の戦闘力を危険だと判断したものたちが話を拗らせた為に対応と管理に滞りがおきて今回の襲撃事件が起きたというわけである。

──しかし、事件の襲撃者の痕跡が残っておらず(警備班の監視カメラによる監禁施設の映像などには何も映っていなかった)証拠は全く挙げられないのが現状だった。

 

さらに厄介なことに、学園が外部組織から雇っている警備会社の警備班へわざと通達を怠ったり、契約に反する行為をとったそれらのいざこざの責任追及で、結局は終夜のISが“暴走”して施設を破壊したということで学園上層部は報告書を片付けてしまった。

 

 

「でも、束ちゃんも何考えているんだか……クロエを学園に入学させるなんて昔じゃ考えられないことだよ」

 

終夜は我が子の成長に感心した親のような心情だった。出会ってすぐの束は人間不信にも近しいほどに有象無象と罵る輩たちを嫌っていた。

そんな自らの娘を預けるほどには寛容な心、とは言えるほどではないがゆとりを持てるほどになったのは喜ばしいことだった。

 

「束さまも渋ってはいられましたが、最後は終夜さんがいるということで許可を下さいました。だから、わたしに何かあったら、その時は助けてくださいね?」

「そういうのは束ちゃんから言うもんだろうが……まあいいか。これからはよろしくな」

 

クロエの普段の世間知らずさと、どこかズレているような言動に安らぎを終夜は感じた。

ここのところ荒んだ日々を送っていた為に、自分でも気づかないうちに肩の力が入りすぎていたのだろう。それに気づくと途端に倦怠感がのしかかってきて、早く寝心地の良い寝床に横になりたくなってきた。

 

「それにしても、どうしてIS学園に入学なんてしたいと思ったんだ?正直、クロエじゃあ寮とか学校の集団生活はしんどいだろう……?」

「そうですね。でも、終夜さんがいるなら心細くないですし、いつからか普通の生活や人並みの人生というものには憧れを持っていたんです」

 

それに、終夜さんが学園に通うというのは相当不安ですしね、とクロエは余計な一言を付け加えて意地悪そうに口角を上げて笑う。

束ちゃんが拾ってきた時と比べれば、笑うことが上手くなったし、それに可愛い笑みを沢山浮かべるようになった。

 

だが、一方的に言われるがままなのは気に食わないので言い返してやろう。

 

「そんなこと言ってるけど案外寂しいから、なんていうのが本心なんじゃないのか?束ちゃんに引き取られてすぐの時は、俺にべったりだったしなぁ……」

 

 

 

 

クロエは育て親から捨てられたところを、束ちゃんが拾って養子にした娘だ。

 

保護した時は目を患っていた。さらに自分の知らないものと触れ合うたびにパニックを起こしたり、鬱病のような思考の沼、自己否定の幻聴が聞こえるために情緒不安定といった精神疾患も持っていた。

 

 

今では視力をナノマシンやIS技術の応用手術で目がすごく悪い、という程度には回復しており、それに伴って精神状態も安定した。

今では日常生活内ならなんら不自由ないほどではあるが、なおさら当時は酷い有様だったという言葉しか出ない。

 

 

「あのさ、自分勝手なことだとは分かってるんだけど、ちょっとの間だけでもいいからくーちゃんを預かっといてくれない?」

 

束ちゃんはいつも唐突に家にまで押し掛けてくる。それは普段となんら変わらない光景ではあったのだが、その日は、見慣れない少女──話にだけは聞いていた拾い子のクロエを引き連れていた。

 

「束ちゃんさぁ……自分で拾って帰ってきた子の世話ぐらいしないと流石にダメだろ」

 

当然、自らの子ではなくとも親として育てる道を選んだのなら、自分よりも我が子を優先して然るべきなのだ。

 

それが本来あるべき親としての姿であり、一つの命に対する責任。

──そんな考えが思い浮かぶだけで、どこか胸が締め付けられる感覚があった。

 

「いやぁ、この頃少し忙しくってさ〜。あの…なんだったかな……?そうそう!アラスカ条約っていうIS技術の運用協定があるんだけどね。せっかく面倒だと思いながらも決めたっていうのにね!それを破る連中が多いのなんの……」

「事情は分かった。束ちゃんにとって、我が子のようなISのことだもんな。どうしても放ってはおけないことなんだろう?」

 

彼女にとって、クロエとは形ある子供であった。

そして、もう一つの形なき子供はIS──機械という無機物に命を与えた責任を彼女は取ろうとしていた。

 

パワードスーツの一種であるISには意思が宿っているという。

ならば、違法実験や非道的なものにストレスを感じるようなISも出てくるはずだ。それを少しでも軽減しようと世界中を東奔西走しているのが、最初からの彼女の変わらぬ志だった。

 

「そうなんだよ!というわけでよろしくー!」

 

結局、そんな大変危険な状態のクロエを引きとった束ちゃんは、気分的な興味というか愛着が湧いたのか知らないが後先考えずに連れ帰ってきてしまったようで、自分で面倒を見ている暇もないぐらい忙しい時期ということを考えていなかったらしい。

 

「まあ、そんなわけだから、よろしくな」

「あ、うぅっ……」

「こりゃ大変かもしれんな……」

 

小さく愚痴って顔をまじまじと見ると視線があったのだが、ひっと責め立てられてるように感じたのか目を伏せって距離を取ろうともがいた。

 

そうして幼いクロエを束の代わりに面倒をみることになってしまい、いつのまにか束ちゃんよりも俺の方に懐いてくれていたというわけである……

 

 

 

「その話は恥ずかしいのでやめてくださいっ!」

 

顔を真っ赤にして目線を下げてしまったので、からかうのはやめておこう。その反応も可愛いのではあるが、流石にやりすぎると泣いてしまうかもしれない。それはいただけない。

 

本当に日々を小さな生活音にすら怯えていた頃とは随分と見違えた。自分がその役割を担ったのだというのを思うとなおさら感慨深いことだ。

 

「もう悪い夢はみないか?」

「時々、だけ……」

「そうか。強くなったな」

 

悲しそうに下を向いているが横から見える耳と頰が真っ赤で、照れているというのは簡単にわかる。

自分では感情を表に出さない方だと思ってるのかもしれないが、恥ずかしい時に後ろに手を組んで指を弄る癖なんかがあったり小さな仕草で結構読み取れるものだ。

 

「そんなことは、ないです……」

 

それでも心も体も大きくなった彼女に対して、俺はどこか娘のような存在感を覚えながらも、妹のような扱いをしてしまう自分がいることを考えていた。

 

 

学園の校舎を抜けて短い寮への道すがら、見知った少年がポニーテールの少女と歩いている姿が視界に映った。

 

「よお、織斑」

「ん?あれ、終夜さんですか!?今までなにしてたんですかー!男1人じゃないと安堵したのに中々会えなくてきつかったんですよ!」

「悪かったな。あー……少し編入の手続きに不備があってな。それで一先ずは、手続きが終わるまで女子生徒に見つからないようにって、言われてたんだよ」

「ああ、それで……」

 

終夜の話で納得した一夏は、終夜の隣にちょこんと小さく体を丸めているクロエに視線を向ける。

何故だろうか……さっきまでは、「私、学校生活も上手くやっていけます!」って自信に溢れた様子だったのに人見知りを発症している。

仕方がないので俺から紹介することにしよう。

 

「こっちはクロエっていうんだ。知り合いの子でな。偶然再会したから寮まで話して向かってたんだ」

「へえ……多分、見たことない顔だから編入生かな?珍しいもんですね、編入がこんな学校始まって早々になんて。それに……顔付きはドイツ人ぽいですよね。外国人の知り合いなんてとても顔が広いんですね」

 

鋭い織斑の指摘でじわっと背中に汗をかいた。

平時ではやけに周囲に対しては洞察力が鋭い。

 

学園は世界中から生徒が集まると言っても、日本は例外として他国からは大体の生徒が代表候補生や、またはそれに準じる国から注目されているような将来有望な生徒がやってくる。なので、異国の生徒が多いといえど、目につく範囲ではそれなりに人種が違うというのは目につくものなのだ。

 

だけど、そもそもの話がまわりをよく見ていないと気づかないような前提条件だ。もしや先入観に囚われなければ相当目のきくやつなんじゃないだろうか?

それはそれとして、今のは一夏が感想として言っているのか、それとも皮肉として言っているのやら……

 

「……まあ仕事柄、外国人の顧客とかもいるからな」

 

お茶を濁そうとすると、一夏の隣にいた大和撫子というのがぴったりな少女が一夏の横腹を小突いて話を切り出した。

 

「おい、一夏!この人は日本一の刀匠ともいわれる鉄打終夜さんじゃないのか!?」

「へ?」

 

先ほどとは打って変わって、間抜けな顔を曝け出して思案している一夏に、後ろでクロエがクスッと笑った。緊張がほぐれてきた証拠だ。

 

「終夜さんてあの人間国宝の人だったのか……?全然気づかなかった……」

「お前、いつの間にそんな凄い人と面識を持ったんだ。羨まし……んんっ。私に紹介してくれたって良かったんじゃないか?」

 

ちょびっと下心が丸見えな少女は刀に興味があるのだろう。いわゆる刀剣女子というものだろうか?

それにしても姿勢が良く、歩き方などからしっかりとした印象を受ける少女だ。

 

「終夜さん、こいつは俺の幼馴染の()()()箒です。それで……」

「いや待った、当ててみようか。武道、か武術をやっているんじゃないか?そう、例えば剣道とか……」

 

目を見開いて驚いた様子の一夏の顔を見て満足する。人のあっと驚く表情はいつ見ても面白いものだ。

それに武術ならある程度嗜んでいるから分かるものがあった。経験が活きた、ということだろう。

 

「よくわかりましたね。箒は家が剣道場を開いていて、俺も昔はそこで剣道を習ってました」

「なるほどな。あの太刀筋はその剣道の名残か……」

「ええ、まあ」

 

少しばつが悪そうな顔をしたので話題を切り替えることにしよう。あまり年下をいじめるものでもない。

 

「まあ、知っての通り俺は鉄打終夜だ。織斑と同じくISを動かせる。よろしくな、篠ノ之さん」

「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」

 

慌てたり、落ち着いたりと高低差が激しく思えるが、返事はきっちりと返し、そして慎ましい佇まいから案外しっかりとした少女なんじゃないかなと感じる。

 

それよりもこっちの子供は、とまだ後ろで隠れているクロエに終夜は目を向ける。彼女は中々話を切り出す勇気が出ないのか、緊張はほぐれても隠れることをやめなかった。

 

「ほらほら、しっかりと挨拶しろよ。流石に失礼だぞ?」

 

この際、優しくしてあげるよりも背中を押して成長を促す方がいいのではと思い、脇の下から両手で持ち上げて、一夏と箒の前に持ってくる。

 

「やッ!自分で出来ます……!やめてくださいっ!」

 

流石に子供扱いし過ぎたのか、むすっと頰を膨らませ、目を閉じてはいるがじっと睨んできた。それは一夏が苦笑いをし、箒はちょっと吹き出しそうになっていたからだ。

 

「はあ。もういいです。いつものことですから……」

「いつもしてるのか……?」

 

あっ……と、クロエは失言して一夏に突っ込まれてしまう。また睨んできた。

 

「なんだよ……挨拶するだけだぞ?」

 

早くしてくれ……と眠気がまた襲いかかってきたのでこれ見よがしに欠伸をする。それでようやく諦めがついたのか、クロエは無駄なことをやめて、ちゃんと挨拶をするようだ。

 

「わ、わたしはクロエ・クロニクルといいます。織斑さんが言った通りのドイツ人です。えっと、あの……友達は少ないので、仲良くしてくれると嬉しいです……!」

 

ペコッと頭を下げて挨拶を終えたが、恥ずかしさからまた後ろで指を弄っていた。

 

「おう!よろしくな。俺のことは一夏でいいぜ」

「クロエというのか……私も箒でいい。苗字呼びは苦手なんだ」

「はいッ!一夏さん、箒さんよろしくお願いします」

 

はじめての友達にクロエはぱあっと笑顔になって喜びを露わにする。そんなクロエの様子に何かを察した一夏と箒は優しい笑みを浮かべた。

 

「よし!じゃあ寮に向かうか。だいぶ時間かかったからな。早く寝たい!」

「ええ……そんなあけっぴろげに言うもんですかね?今は、ほら感動的な場面ですよ?」

 

続けて欠伸をした時には一夏もう呆れた顔をしていた。

「ほら、行くぞ」と声をかけて先に歩くと、3人は並んで(箒を真ん中に、一夏と箒が色々と質問をしている)歩いていた。

 

 

そういえば……と、一夏が何かを思い出したようだ。

 

「どうかしましたか?」

「いや、2人の部屋って何処なんだろう……、と思いまして。問題がなければ部屋番号を教えてもらってもいいですか?」

「まあ構わないが」

 

そういって終夜が見せた鍵には部屋番号が書かれてなく、〈副寮長室〉と書いていた。

 

「あれ?副寮長って……そりゃまたどうして?」

「たしか…生徒寮の空き部屋が無いらしくてな。予備というか転校生や転入生用のは開けとかないといけないし……それに男子が女子しかいない寮のど真ん中で暮らすのも問題だろ?」

「うっ……そうですよね……」

 

一夏に箒の鋭い視線が刺さる。つまりはそういうことなのだろう。

クロエは分かっていないのか、キョトンと首を傾げて一夏と箒に説明を求めているが、二人は雑な誤魔化しで逃れようとしている。

 

「あ……そういえば、クロエは終夜さんと一緒の部屋、なんですか?」

「そんなわけないだろう。クロエは寮長室で一時的に千冬と共同生活だとさ……」

 

一夏は学園が終夜を自分とは全く違う扱いに落胆し、そして“千冬と”という言葉に焦りを覚えているようだ。

 

「あの…弟の俺が言うのもなんですが、千冬ねえの部屋はやめといた方がいい」

「そりゃまた……どうして?」

「そ、それは言えないんです……俺がバラしたと千冬ねえが知ったら何されるか……千冬ねえは、自分の私生活を晒されることを物凄く嫌がるんです」

「じゃあ、一夏の怯える千冬の実態とやらを見に行くか」

 

一同は何かに怯えている一夏を引き連れて寮部屋に向かう。

 

 

クロエが千冬から預かった寮長室の鍵を取り出すが、ふと思うことがあったのか一夏に質問を一つする。

 

「一夏さんがそれほどに言うものって何処かに隠されてたりしますか?」

「いいや、入ればわかるよ」

「目につくところにある、ということですね。では、行きます!」

 

鍵が外れると、一息に終夜が扉を開け放つ。

そこに広がる光景は酷い有様、というほかなかった。

誰もこの学園内にて、千冬の部屋の中を想像できるものはいないだろう。生徒はもとより、同僚のものでさえも……

 

床に広がる潰れたビール缶やおつまみの袋、ベッドに放り出された衣服と下着類。部屋で書類の処理などもしていると思われる机の上は紙束であふれていて仕事ができる環境ではない。

 

おおよそ人が生活できるのか?と疑うゴミ屋敷の一室のような有様。この部屋にはISの世界大会にあたるモンドグロッソにおいて見事に優勝を果たした世界最強の称号(ブリュンヒルデ)を持つ者の栄光はなかった。

 

 

「これは酷いな。仕事に追われてる身とはいえ、ここまでとは……流石に引くわ」

「家での家事は俺が担当していましたからね。千冬ねえは不器用といいますか…料理とか掃除とかは俺が一手に引き受けたせいでここに来てなおさら苦手になっているみたいです」

 

せっせと何処からか取り出したゴミ袋にビール缶やつまみのの袋を放り込んでいる。

 

「あの……終夜さん。わたし、千冬さんと同じ部屋で暮らすのはちょっと……」

「そりゃそうだ。流石にクロエをこんな部屋に住まわせるのは俺が許さんよ」

 

副寮長室で一緒に暮らすしかないのだろうか。

束ちゃんから預かっていた時は、夜な夜な悪夢に魘されるクロエの頼みもあって一晩中付き添ってあげたりもしていたので、そこまで抵抗はない。もはや家族のようなものだったからだ。

とはいえ、クロエも思春期に差し掛かっている頃だろうから、配慮してあげたいのだが……

 

「それなら、俺とクロ……」

「ん?なにか言ったか、一夏?」

 

一夏が何か言おうとしたのに気づいてそちらに顔を向けるが、そこでは篠ノ之が一夏の口を塞いで耳打ちをしていた。

 

「どうした?」

 

不自然な行動に疑問を持つが、即座に篠ノ之が反応する。少し興奮気味なのは何故だろうか。

 

「いえ、なんでもありませんよ。それにクロエも満更ではないようですし、いいんじゃないでしょうか」

 

クロエを見るが、プイッと顔を背けてしまってその表情を窺うことはできない。

 

「でもなぁ、クロエも昔と違ってもう女の子だからな。大人の男と同じ部屋で暮らすというのは流石にいかんだろ。クロエも嫌だろうしな」

「い、嫌じゃないですよ?むしろ嬉しい、ですし!」

 

震える声で否定したことに驚く。まだ昔の名残が残っていてホームシックのようなものでも発症したのだろうか?

考えてみれば、クロエがしっかりと自意識を保てるようになってきたのは10歳以降なので、まだ思春期といえるものが来ていないのかもしれない。

 

「話はまとまったようですし、私と一夏は部屋に戻りますね」

「明日の朝は一緒に朝食を食べましょう!迎えに行くので待っててくださいね。クロエもまた明日な!」

 

取り残される俺とクロエは顔を見合わせる。

千冬の部屋は一夏がある程度片付けたとはいえ臭いも残っているし、まだ人が住めるような状態ではない。

 

「はあ、仕方がないか。ほら、来いよ」

 

クロエの荷物を持って副寮長室に入る。

しばらく使われていないところを急いで掃除したようなので部屋の隅やベットの下なんかにはまだ埃が溜まっていそうだった。

それでも、寮長室に比べればマシというか、十分すぎるほどに清潔だ。

 

「俺はもう寝るから、クロエは気にせずシャワーでもなんでも浴びてこいよ」

 

荷物と上着をそこら辺に放ってベットにバタンと倒れこむ。

しかし、優しく受け止めてほどよく反発する心地よさは至高ともいえるほどに快適な睡眠を提供してくれそうだ。

 

ようやくまともな睡眠が取れそうだ。

 

 

「おやすみなさい……終夜さん」

 

 

 

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