――どちゃっ、と。生々しい音を立てて、それが目の前に落とされた。
それは、二足歩行の赤いトカゲのような、そんな生物だ。それが今――巨大な、存在しているだけで魂が敗北を認めてしまうような絶対的捕食者である狼の口から落とされたのだ。他ならぬ、俺に対して。
しかしもう慣れた光景だった。
いつも同じ時間に、同じ場所で、同じ獲物が与えられる。なにもしなくても、なにをしたわけでもないのに、なぜか俺に与える。
狼は、じっと俺を見つめ、やがて背を向けてその場を去っていった。恐らく、自分の獲物を確保しに向かったのだろう。
その後ろ姿を眺め――少しの逡巡の後に、トカゲにかぶりついた。
それが俺――『暴獣』二狼に憑依した男の日常だ。
いつか、なんて覚えていない。気がついたらこの世界にいたのだ。初めは困惑した。見覚えのない光景に、赤ん坊になってしまった体に――そしてそんな俺を感情の読めない瞳で見つめる狼に。
あの狼の正体を俺は知っていた。というか、一目で理解した。同時にこの世界のことも。
あの狼はこの世界――トリコの世界において八王と呼ばれている存在の一角、『狼王』ギネスだ。
八王とは、トリコ世界に存在する八匹の王のことを指す。
『竜王』デロウス。
『鹿王』スカイディア。
『蛇王』マザースネーク。
『烏王』エンペラークロウ。
『狼王』ギネス。
『鯨王』ムーン。
『猿王』バンビーナ。
『馬王』ヘラクレス。
それぞれが常軌を逸した化け物たち。その気になれば地球なんて簡単に滅ぼせるような連中だ。
俺に赤いトカゲ――レッドニトロを与えているのは『狼王』ギネス。そしてこの場所はどう見てもグルメ界だ。
なんで分かるのか?
それは、原作で見たようなモンスターたちを見たからだ。
閑話休題。
原作でギネスに育てられた存在と言えば、"ノッキングマスター"と呼ばれる次郎しかいない。次郎はそのあまりの強さと凶暴性から、彼の師である美食神アカシアに力を封じられるほど。実際に全ての封印を解いた次郎は、ハ王にも迫る実力者である青いトカゲ――ブルーニトロを何体も相手にして瞬殺していた。しかもグルメ細胞の悪魔無しで、だ。ぶっちゃけ悪魔さえ宿していれば手がつけられなかっただろう。それぐらい規格外な人間なのだ、次郎は。
つまり次郎に憑依した俺も、将来的には同等の領域にたどり着くことが確定している。そう、地球を容易く破壊できる化け物のカテゴリに入ってしまうのだ。
それは別に構わない。構わない……のだが。問題は未来で起こるであろう事態について。次郎は原作終盤にて、ラスボスであるアカシアに殺されてしまうのだ。
アカシア曰く次郎は、「地球が何個も崩壊するほどのダメージ」をノッキングという技術で生きたまま体内で止めていた。そして最期はそれを解除され、一人の人間が背負うにはあまりにも大きなダメージによって命を落としてしまう。
――それだけは避けたい。なんとしてでも阻止したい。
今はまだギネスに頼りきりだが、いつかギネスの元を離れて、アカシアに拾われなければならない。それはもちろんノッキングの習得のためだ。極めれば死の寸前だろうが止められる技術を逃す手はない。
原作で次郎が殺されたのは、油断したからだ。かつて過ごした日々が本物だったのか、偽物だったのか。それを問いただすためにあえて一箇所だけノッキングをしなかったことが災いした。
逆説的に言うと、完全にノッキングしてしまえばアカシアを殺せていた可能性もあるのだ。アカシアに宿る悪魔――ネオだけが気がかりだが、希望はある。
アカシアをノッキングして、完全に動けないようにしてから、金の缶詰に詰めてもらうか、怒りを込めた攻撃で倒してもらえばいい。そうすれば俺は晴れて生存。ハッピーエンドだ。
――よし、そうと決まれば、体を鍛えるか。
これは俺が、死なないために必死に生き抜く物語。
その果てになにが待ち受けているのかわからない。けれど、絶対に、決して死んでやらないつもりだ。
だから――
「期待してるぜ、アカシア先生?」