「ここかな?」
まだ数えるほどしか訪れていない校舎内をうろつきながら、甲高い金属音とともに威勢のいい掛け声が聞こえてくるグランドの中を覗きこんでみると、目的地である野球部が練習しているグランドだった。
パワフル高校に入学が決まり、これまで通ってきた中学の卒業式も先日終えた由多加は入学よりも一足先にパワフル高校の硬式野球部の練習に参加しようとやってきたのだ。
どうやら他にも同じように練習に参加しようとしている新入生がちらほらとグランドの入り口に集まっており、由多加もその集団に近づいていく。
どうやら練習体験希望者の受付を行ってるようなのでその机の前に向かい紙に自分の名前などの必要事項を書き込んだ。
「恵夏由多加ちゃんでやんすね。もうそろそろ練習が始まるから着替えてきてほしいでやんす。すまないでやんすけど女子用の野球部更衣室はまだ準備できてないから女子ソフトボールの更衣室を使ってほしいでやんす。すぐ隣だからたぶんわかるでやんす」
「わかりました。ありがとうございますっ」
「由多加ちゃん可愛かったでやんすねぇ。せっかく女の子とも野球が一緒にできるようになったんでやんす。オイラ絶対由多加ちゃんと夢に見た青春ライフを・・・・・」
「矢部、その顔はやめた方がいいぞ。いつにもまして気持ち悪いぜ」
「山道君は黙ってるでやんす」
由多加が着替えに向かった後、隣に座ったいかにも高校球児といったような風貌の山道とコントを繰り広げているうちに集合がかかり慌てて二人はグランドに集合した。
「じゃあ新入生から自己紹介してくれ」
パワフル高校の監督である根津監督が挨拶を終え一列に並んでいる新入生の端から自己紹介が始まる。
「・・・・・・です。よろしくお願いします」
「(ど、どうしよう・・・・?まだ言うこと決めてないよっ!!)
由多加の隣の隣の人の自己紹介が終わり由多加が焦っていると、隣に立っていた金髪の少年が自己紹介のために一歩前へ出た。
「帝王シニア出身、友沢亮です。ポジションはピッチャーをやっていました。目標は甲子園優勝です。よろしくお願いします」
「帝王シニアの友沢っていうと、帝王シニアのエースで四番だったあの友沢かっ!?」
「まじかよ。なんでそんな奴がうちに来るんだよ」
中学野球にある程度詳しければすぐにわかるほどの有名人が野球で有名でもない県立高校に来たことにある部員は驚愕し、ある部員はいぶかしむ。
「(えっ!?本当に友沢亮じゃんっ。前対戦した時よりもまた大きくなってて気が付かなかったよっ)」
「・・・・次、自己紹介アンタの番っス」
「(・・・・そうだったっ!!)」
さっきまで緊張のし過ぎで横にいたのが前に対戦したことのある有名人であることに気が付かなかった由多加がパニックになってると由多加の次の番の少年がわきを突いて由多加に自己紹介の番が回ってきていることを教えてくれた。
「え、恵夏由多加ですっ。ポジションはピッチャーをやってましたっ。これからよろしくおねがいしまひゅっ!?」
思いっきり噛んでしまって顔を真っ赤にして顔を伏せたままの由他加に先輩たちから生暖かい視線が送られる。
いたたまれなくなった由他加は恥ずかしさで逃げるように列に戻って頭を抱えていると、顔を前に向けたまま小さな声で友沢が話しかけてきた。
「久しぶりだな」
「・・・・・・まさかあの友沢に覚えてもらえてるなんてね」
由多加は意外そうに自分よりもかなり背の高い友沢を見上げる。
「負けた相手のことは大抵覚えている。いつかリベンジしようと思っていたが、同じチームメイトになるとはな」
「あの時は私の力で勝てた訳じゃないし・・・・・・」
由多加は友沢にそう答えながら、ふと無意識に上級生の列に並んでる少年に目を向けた。
「小波先輩か」
「っ!?」
友沢が由多加の視線の先に気が付き指摘すると由多加は驚いたように友沢の顔を見た。
「あの人はすごい選手だ。リード、キャッチング、送球、どれをとってもすでに高校生の枠を外れてる。ポジションは違うが俺が最も尊敬している選手の一人だ」
友沢は憧れを多分に含んだ視線を、立ちながら器用に寝ている克也に向けていて、本当に尊敬しているんだと由多加には分かった。
「俺はあの人に受けてもらうためにこの学校に来た」
友沢がそう言った時、由多加は心臓が止まったかと思った。
「(そうだ・・・・・・。克兄ぃが私のボールを受けてくれるとは決まってないんだ)」
小波克也はパワフル高校の正捕手であり、彼が試合でボールを受ける相手はチームの命運を背負ってマウンドに立つ投手のみ。
故に由多加がマウンドに登れなければ克也に受けてもらうことはほぼないと言っていい。
そして、それはこの横に立っている友沢を越えなければならないことでもある。
正直な話、由他加は友沢にピッチャーとして勝てている部分があるとは思っていない。
だが、小波克也と共にバッテリーを組むという夢への渇望は誰にも負けていない自信がある。
「負けないよ。克兄ぃに受けてもらうのは私なんだから」
「あぁ。俺も負けない」
横に立つライバルとともに肩を並べながら、由多加は初めてとなるパワフル高校の練習に胸を躍らせた。